第143話 誰よりも愛おしいマリア
私はものごころついた時から、マリアが大好きだった。
「お姉ちゃん大好きっ!」
「もう……マリアったら」
マリアは誰よりも綺麗だった。誰よりも心が美しかった。
私にとって、マリアは全てだった。
だが私は知る。この世界の残酷さというものを。
「見て」
「綺麗……」
「本当に美しいわ」
「ブラッドリィ家の姉の方はよく出来た子ね」
「妹はちょっと……ね」
パーティーでそんな声を聞いた。
その時のマリアの表情は、よく覚えている。私と比較され、その肌と目から敬遠されていた。
マリアはこんなにも美しい。
本当に綺麗だ。
透き通るような純白の肌と髪。灼けるように赤い瞳。それらが相まって、マリアは本当に天使のように綺麗だ。
私の自慢の妹だ。
誰よりも美しいマリア。
でも、周りはマリアを敬遠する。
幼い頃は思った。どうしてこんなにも綺麗なマリアを、敬遠するのかと。
そして私は知った。人間とは、異質なものを排除しようとするのだと。
そんな中、私は称賛される。
美しく、頭も良く、性格も良く、何よりも魔術に長けている……と。
一方のマリアは私よりも劣っていた。何をするにも、遅くて上手くできない。
でも時間をかければ、マリアはちゃんと出来る。だというのに、周りはそれを評価しない。親も兄も、マリアと私を比較する。
「マリア」
「……お姉ちゃん。いいの私は、いいの……」
マリアは自然と私から離れていった。
ずっと仲の良い姉妹でいると思っていた。けれど、変わらずにはいられなかった。
この血統を重視し、異質なものを排除する社会は、私たち姉妹にとって枷でしかなかった。
それでも私は、ブラッドリィ家の長女として努力する必要があった。私が使い物にならないと分かれば、次はマリアがその苦労を背負うことになってしまうかもしれない。
マリアのためにも、私は【お姉ちゃん】をしなければならない。
しっかりとその道を進まないといけない。
たとえそれが、マリアを傷つけることになったとしても。
私にできることは、それしかないのだから。
「……」
「マリア。今日は一緒に出かけない? 本当にいい天気なのよ」
「別にいい」
「そう……じゃあ、一人で行ってくるわね」
「……行ってらっしゃい」
マリアは変わった。
髪型は奇抜。前髪を斜めにして、片目しか見えない。後ろは刈り上げるほど短い。
両耳には大量のピアス。時々血を流していて、痛々しく見える。
私ともあまり話さなくなってしまった。
マリアは変わった。でもそれでいいと思った。
だって、その本質は変わっていない。マリアは私のことを応援してくれているのは知っていた。
知っている。私が出場している試合には、絶対にマリアがいた。
あまり会話を交わすことはないが、マリアは昔からずっと優しいままだった。
同時に私は、マリアが羨ましいと思った。
彼女も辛い思いをしているのは、分かっている。でもそんな風に、自由に振る舞えるのは羨ましい。私は三大貴族の長女として、振る舞い続けないといけない。
別にそのことは、割り切っている。今の自分も決して嫌いじゃない。
幸せだとは……思う。
それでもやっぱり、姉妹だから比較してしまう。
マリアは自由でとっても綺麗だ。でも私は……変わることは、できないのだと、そう思ってしまう。
「あれは……?」
ある日。
それは、生徒会での活動が終わった時だった。文化祭の準備をして、今日も疲れたと思って自室で休もうと思っていた矢先。
マリアがいた。学院の門の前で、誰かを待っている様子だった。
もしかして、私に会いにきたのだろうか。
と、そう考えているマリアが声をかけたのはレイさんだった。
「え……?」
戸惑う。
いつの間に、あの二人はあんなにも仲良くなったのか。
ギュッと胸の前で両手を握り締める。
こんなにも胸が痛いのは、どうしてだろう。
私はこんな胸の痛みを知らない。でもこんなにも、切ないのはどうしてなんだろう。
レイさんは出会った時から変わった人だった。彼は真っ直ぐな人だった。
私と違って、ものすごく真面目で、そして美しいひとだ。
彼の周りは、いつも人で溢れている。
みんな笑っている。
その輪の中に、私は入れない。だってそれは、あまりにも眩しいから。
夏休み。その時に、私の趣味を認めてくれて、レイさんとは距離が近づいた。嬉しかった。私の書くものを認めてくれて、本当に心から嬉しかった。
だが私は、どうすることもできない。
あの婚約者を、ブラッドリィ家をどうにかしたいとは思う。でもどうすることもできない。ちっぽけな私では、どうすることも……。
「──で」
「そ──なのか?」
「えぇ──」
途切れ途切れ、二人の声が聞こえる。それを隠れて見守っていた。
そしてマリアは笑う。レイさんも優しく微笑む。
二人のその姿を見て、今度は心に暗い感情が灯る。
こんなにも、私はこんなにも苦しんでいるのに、どうしてそんな風に二人は楽しそうなのか。
「……ッ」
手が痛いほどに、拳を握り締める。
「あぁ……」
手を開く。すると、血が流れていた。爪が食い込んで、皮膚を少し破ってしまった。流れる血を見て私は、どうしようもない気持ちを抱き続ける。
これはきっと、身勝手な嫉妬だと分かっている。
マリアには私と違って、幸せになって欲しい。
でももし。もし、仮に。
マリアがレイさんとお付き合いをするとする。そして、彼と結ばれて結婚するとしよう。
私はその時、心から祝福できるのだろうか。
いや、きっと私は──
「……戻ろう」
ボソリと呟いて、私は寮の自室へと向かっていく。
ふと、後ろをちらりと見るとマリアは笑いながらレイさんの肩を叩いていた。二人が仲良くなるのは嬉しい。マリアのことも、レイさんのことも、大好きだから。大好きな二人が結ばれるのは、いいことだ。
「……ッ」
この心に宿る、黒い感情を無視すると私は走っていくのだった。
その感情を振り払うようにして。
「手紙……?」
生徒会室に戻ると、手紙が置いてあった。宛名は、レイさんからだった。
今更、どうして手紙なんか。
口頭で言ってくれたらいいのに。
そう思って私は手紙の封を切った。
そこには簡潔に──
『屋上で待っています』
と書かれていた。
「屋上?」
どうして屋上に? 確かに今は、後夜祭の準備も終了し、もう私の出番はない。残りは後片付けをするくらいだ。
でもどうせなら、レイさんと二人で過ごしたいと思っていた。
彼にはとてもお世話になったから。お礼を改めて言いたい。
そして私は屋上への階段を登る。
レイさんと会う時間だけが、今の私の楽しみだった。
彼と過ごすのは、とても心が落ち着く。今の状況の中であっても、レイさんとの時間は私を癒してくれた。
「ふふ……」
少しだけ思い出し笑いをする。
彼のおかしな言動を思い出して、笑ってしまう。本当にいい思い出ばかりだ。
本当……あぁ、本当に……。
でも何か、嫌な予感がする。
この先に進んではいけないと、本能が告げる。
けれど、レイさんが待っているので、進まないわけにはいかない。きっと待たせてしまっている。私はその警鐘を無視して、屋上への扉を開けた。
突風が吹く。
流れる髪を抑えて私が見た光景は、受け入れがたいものだった。
「マリア……? どうしてここに?」
尋ねる。尋ねるしかなかった。
どうして?
どうして二人が一緒にいるの?
鼓動がドクドクと打たれる。胸に手を当てる。
信じられない。どうして、どうしてなのマリア?
嫌だ。嫌だ。嫌だ。聞きたくない。
そんな顔をしないで。聞きたくない。聞きたくないッ!!
そして、マリアがギュッとレイさんの腕に、自分の腕を絡めると……残酷な現実を私に突きつけてきた。
「お姉ちゃん。私ね、レイと付き合うことにしたわ」
「え……?」
始まる。
私は知ってしまう。
今からきっと知りたくない現実に直面する。
そして、それはきっと……私の黒い感情を再び呼び起こしてしまう──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます