第141話 崩壊する世界
「そ、それって……どういう意味なの?」
「言葉の通りだ」
「う、嘘だって……レイは
おぼつかない足取りで、後方にズルズルと下がる。
一方で俺は、マリアの方へと歩みを進めていく。
そして、告げる。
どうして俺が、自分の正体を告げたのか。さらには、今の状況を。
マリアが考えていた疑問は全て氷解するだろう。その、残酷な真実によって。
しばらく俺は話を続けた。その際に、アトリビュートである冰剣も見せた。これこそが、冰剣の魔術師の象徴であると。
マリアはその魔術を見て理解してくれた。彼女も、三大貴族が一人。この魔術の、練度の片鱗はわかるようだった。
そうして、全ての真実を、彼女に伝えた。
「う、嘘……そんなことって」
「事実だ。そして、マリア。君は協力してほしい」
「な、何を? 私に何をさせる気なの?」
マリアは怯えていた。
それもそうだろう。こんな話、信じたくはない……というのは理解できる。だが、あまりにも証拠が残り過ぎている。これは間違いなく、真実なのだから。
「それは──」
言葉にした。
その瞬間、彼女は怯えから怒りに感情が変化した。
「そんなっ! そんなことってないわ! 私にそんなことができるわけがないっ! 私の気持ちを知っているのに、そんなことを言うのっ!?」
「──するしかない」
「でもっ!」
一気に距離を詰めると、俺はマリアの両肩を思い切り掴む。
怒りに支配されているその双眸をじっと見据える。
美しく煌めく真っ赤な瞳。それは、怒りに燃えていた。
誰よりも愛する姉にそんなことができるわけがないと、マリアはそう訴えていた。
俺だってそうだ。
レベッカ先輩を傷つけることなど、したくはない。
だが、するしかない。
彼女を救うには、彼女を壊すしかない。
これまでの苦しみから解放するためにも、俺たちは己が心を殺すしか無いのだ。
「マリア。俺たちは共犯者だ」
「共犯者……?」
俺は顔を俯かせ……改めて覚悟を決める。右の拳を、心臓において自分の鼓動をしっかりと確かめる。
そして、バッと顔を上げ、もう一度マリアと向き合う。
「……分かっている。俺だって、こんなことは言いたくはない。こんなことなど、したくはない。マリアと同じだ。だがしかし……すでに状況は動いている。そして、レベッカ先輩を救うためにも俺だけじゃない。君の力も、必要なんだ」
「……」
「これは罪だ。先輩を救うためとは言え、絶望に陥れるのは……心苦しい。でも、二人ならそれを背負っていける。マリア、どうか協力してほしい」
「……」
俺の手は震えていた。
こんな時に思い出すのは、レベッカ先輩との思い出だ。
入学してしばらくした時、先輩はランニングをしている俺に声をかけてくれた。
それから同じ部活に所属することになり、先輩には本当にお世話になった。
夏休みのあの時は先輩の秘密を知って驚いた。
レベッカ先輩が、同性愛をテーマとした漫画を描いているなど夢にも思ったことがないからだ。
その中で、先輩の真剣な表情を初めて見た。芸術活動に取り組む先輩は、いつもよりも輝いて見えた。
それから、あの瞬間がやってきた。
別れる際、先輩は涙を流していた。
今はその真相が分かっている。
しかし、俺はきっとこれから、もっと悲しい思いをレベッカ先輩に強いる。
だから覚悟は……とっくに決まっているつもりだというのに、やはりこの手の震えは止まることはなかった。
「レイ……」
マリアは俺の名前を呼ぶと、そっと震えている右手に触れてくれる。
「そう。そうよね……レイだって、お姉ちゃんにそんなことをしたいって思うわけないわよね」
「あぁ……」
「私だってそう。お姉ちゃんにもう、辛い思いはして欲しくない」
「……俺だってそうだ」
俯く。拳を握りしめて、その痛みに耐える。この心は、今にも壊れてしまいそうだった。
「でも、しなくちゃいけないの?」
「それしか方法は……ない」
「そっか……」
風が吹く。
互いの髪が、再びサラサラと靡く。
夕焼け。
黄昏時の光が、俺たち二人を包み込む。
ただじっと、二人で視線を交わす。
マリアのその瞳は揺れていた。
いや、彼女だけではない。俺の瞳もまた、揺れている。
この感情は揺れ続けている。
ずっとそうだ。だが、これを制御して、レベッカ先輩に相対しなければならない。
それが先輩を救うために、必要なことだから。
「ねぇ……レイはずっと戦ってきたの?」
ふとマリアが俺の過去について聞いてくる。
「そうだ。俺の師匠は、【冰剣の魔術師】だった。そして、極東戦役が終わると同時に……その後を継いだ」
「正真正銘の七大魔術師って……わけ?」
「あぁ。すまない。今まで隠していて……」
「ばっか。そんなこと、簡単に言えることじゃないって分かるわよ」
「そうか……」
暫しの沈黙。
マリアはただじっと、この暮れていく太陽を見つめていた。
俺はそんな彼女の横顔を見つめる。
真っ白な髪と肌が、夕焼け色に染まる。
その光景はどこか現実的ではない、幻想的な光景のように思えた。
「お姉ちゃんを助けるために、必要なのよね?」
「そうだ」
「絶対に助けることはできるの?」
「……誓おう。絶対に、彼女を助けると」
「うん。そっか……分かったわ。協力してあげる」
こちらを向いて、マリアは儚気に微笑む。
こんな役目を、マリアに押し付けたくはない。
俺が一人で全て背負い込んで仕舞えばいいと、そう思っていた。
だが、レベッカ先輩と向き合うにあたってマリアは絶対に必要だと思った。
全てを盤石にするために、マリアは必要だった。
「私とレイは共犯者ね」
「そうだ」
「ふふ……」
「どうかしたのか?」
「……なんだかレイとはずっと前から一緒だったような気がして」
マリアはそんなことを言うが、実際に俺たちが出会ったのはここ数ヶ月の間。特に過去にあった記憶などはない。
「そうなのか?」
「えぇ。レイはやっぱり、魔術師としても特別だけど……なんだか親近感が湧くの」
「そうか……」
それから再び、沈黙の時がやってくる。
屋上から下を見ると、すでに後夜祭の準備は始まっている様子だった。
レベッカ先輩のことは、手紙でこの場所に呼び出してある。
後は二人で、彼女を待つだけだ。
すでに師匠たちも動いているのだろう。
それに、ブルーノ=ブラッドリィとエヴァン=ベルンシュタインもまた……全ての
いわば、俺たちはこの
そうなるように、強いられている。
でもそれで良かった。
言いたいことは山ほどある。
もっと他の方法はないのかと、問い詰めたい気持ちもある。
だが、現状ではこれが最適解だ。
それに仮に、俺が早く状況を知っていたとしても……これ以外の方法を見つけることができたかと問われれば……自信はない。
結果として、俺はこれを選んだ。
提示され、それを自分の意志で選択したのだ。
悔いはない。
ずっと後悔ばかりの人生だった。
過去を憂い、仲間の死を悔いて、ただ悲しみを背負いながら生きていた。
しかし今度こそ、後悔はしたくない。
だから俺は……レベッカ先輩と、覚悟を持って向き合う必要がある。
「マリア。詳細は──」
そして俺は、マリアと話し合った。
今後の段取りについて。二人で意見を出し合い、決まった。
「はぁ……なんだか私って、いつもそんな役回りばかり」
「すまない……」
「もう。そんな深刻な顔しないでよ」
「しかし……」
「いいのよ。どうせ、こうでもしないと私たち姉妹は向き合うことはできないと思うから。いい機会よ……」
「そう言ってもらえると、助かるが」
「レイもシャキッとしなさい! もうすぐ時間でしょ?」
「あぁ。そうだな」
二人でこの屋上で、レベッカ先輩のことを待つ。
すでに日は暮れつつある。
黄昏時の光も、もう微かにしか見えない。
そしてついに……夜の帳が下りた。
校庭では後夜祭のために、キャンプファイヤーが設置されている。その火の明かりが、この屋上からはよく見える。
すると、下の方から……コツ、コツと足音がする。
等間隔で響くそれは、間違いなく足音だった。
しばらくして、扉が開く。
そこにいたのは、レベッカ先輩だった。
「マリア……? どうしてここに?」
この状況が理解できていないレベッカ先輩は、ただ唖然としていた。
基本的にこの場は、マリアに流れを任せることにしている。
どうせなら自分に任せて欲しいと、彼女が言ったからだ。
そして、マリアは俺の腕に自身の腕を絡めるとこう、告げた。
「お姉ちゃん。私ね、レイと付き合うことにしたわ」
「え……?」
始まる。
俺たちは共犯者。
今から共に、罪を重ねる。
レベッカ先輩の心に、絶望を刻むために──。
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