第140話 突きつける真実
文化祭が終了し、ついに各クラスでの出し物の売上が決定した。
俺を含めて、生徒会組で集計を出してそれをランキング形式にしていく。一足先にメイド喫茶を上がった俺は、生徒会室でその集計を手伝っていた。
この手の作業は、特に計算に関することは得意なので、ディーナ先輩と分担して、集計し……終了。
それを表にまとめると、俺は椅子の背もたれに体を預ける。
「ふぅ……」
「レイ。よく頑張ったわね」
「ディーナ先輩」
一息つくと、先輩が飲み物を渡してくれる。
それは水だったが、今は水分が補給できれば何でもよかった。
俺は水を一気に喉に流し込むと、ディーナ先輩に一礼をする。
「先輩。ありがとうございます」
「いいのよ。それに本当に、レイはよく頑張ってくれたしね」
そう言うと、他の園芸部の先輩方も同じように俺を称賛してくれる。
「そうだよ!」
「うんうん」
「レイくんは本当に頑張ったと思うよ!」
「本当に、レイくんは何でもできるんだから」
「そうだね! お姉さんたちも感心しちゃった!」
その声を聞いて、俺は自分の胸が暖かくなるのを感じる。
「先輩方……」
正直言って、涙が溢れそうだった。俺は、クラスメイトだけではない。部活動の先輩も、本当にいい人たちに出会うことができて良かった……改めて思った。
だが、俺にはまだ使命がある。やるべきことがある。
だから、涙を流すことはできない。
「レイさん」
レベッカ先輩が近づいてくる。
そしてスッと、握手を求めてくる。
「あなたのおかげで、文化祭は成功に終わりました。厳密に言えば、後夜祭が残っていますが……今年も無事に三日間を終えることができました。本当にありがとうございます」
その薄くて小さな手を握ると、レベッカ先輩は頭を下げた。真っ黒な艶やかな髪が、さらりと流れる。そんな先輩の様子を見て、俺は……顔に出ないように努める。
知られてはいけない。
気取れられてはいけない。
騙せ。
彼女を騙せ。
己が心を殺せ。
いつものように、先輩に対して振る舞え。
呪詛のように自分にそう吐き捨てると、仮面をつけて先輩に接する。
「いえ。こちらこそ、先輩のお手伝いができて良かったです。本当に最高の文化祭を経験することができました。感謝します。レベッカ先輩」
「ふふ。レイさんってば、本当にあなたは不思議な人ですね」
クスッと手を口元に持っていくと、他の先輩方も優しい笑みで俺を見つめる。本来ならば、ここで感謝の言葉を改めて述べたい。
だが俺の心情はそれどころではなかった。
レベッカ先輩の置かれている状況を知り、そして……それに拍車をかけなければならない。
これは俺にしかできない。
だから自分の心を押し殺して、いつものように笑う。
きっと仮面をつける感覚は、このようなものなのだろう。改めて、自分の醜さに嫌気が差す。
「では皆さん。講堂に移動しましょう。最後の発表の時間です」
レベッカ先輩の後を、全員がついていく。
そんな中、俺はただ一人立ち尽くしていた。
この生徒会にいた期間はまだ短い。しかしここには、思い出が詰まっている。
ディーナ先輩、それに他の先輩方だけではない。レベッカ先輩との時間も、ここには残っている。
彼女の笑顔も、少し拗ねたような顔も、怒った顔も、悲しそうな顔も、見てきた。この目に灼きつけてきた。
だからこそ俺は……先輩を壊さなければならない。
全ては、先輩を救うために──。
◇
講堂での発表は、ディーナ先輩とレベッカ先輩が行うということで俺は壇上では無くクラスメイトのもとにやってきていた。
「レイ! 戻ってきたのね!」
アメリアだ。
メイド喫茶をやり切って、その頬は興奮しているみたいで赤くなっていた。
あの達成感は最高のものだった。俺もまた、やり切ったという自覚がある。
「あぁ。無事に集計は終了した」
「ということは、順位はもう……知っているのよね?」
「そうだが……それは言わないことになっている。発表の時まで、待っていて欲しい」
「そうよね……うわ〜、ドキドキしてきた!」
俺の話を他のクラスメイトも聞いていたようで、全員ソワソワとしている。
みんなの様子を微笑ましく見つめる。
そうだ。全員でやり切ることができた。だから今は、喜ぼう。
みんなと達成できた喜びを俺は、享受すればいい。
仮面を貼り付け、そのように振る舞えばいい。
「それでは、順位を発表していきます──」
レベッカ先輩の澄んだ美しい声が聞こえてくる。
だが今は、彼女の声は聞きたくはなかった。その顔も、見たくはなかった。
先輩に感情移入すればするほど、自分の覚悟が鈍ってしまう気がしたから。
本当に人の感情とは御し難いものだ。
いっそのこと、無くなってしまえばいいと思った時もあった。
こんなに苦しい想いをするくらいならば、感情など……いらない。
でも、俺は知った。この世界には醜さと同時に美しさも確かに存在しているのだと。それはこの感情があるからこそ、享受できるのだと。
極東戦役を経て、この学院での日々を経て、俺は多くのことを学んだ。
だから今度こそ、俺は上手くやる。
もう絶対に、誰も失いたくはないのだから──
『うわああああああああああああああああああ!!』
『きゃああああああああああああああああああ!!』
その声が周囲から湧き上がるのを感じ取って俺は、ついに一位の発表が行われたのだと分かった。
「やった! やった! レイやったわ!」
「レイくんやったね!」
「レイ! 一位だぜ! おい!」
「やったな。レイ……」
アメリア、エリサ、エヴィ、アルバートがそれぞれ俺に向かってそう声をかけてくる。
俺は知っていた。自分たちのクラスがぶっちぎりで一位だったことを。
そしてみんなは湧き上がっている。この時に、俺一人が喜んでいないのはおかしいだろう。俺はすぐに、その盛り上がりに溶け込むように努める。
「あぁ! やったな! みんなの協力のおかげだ!! みんな、ありがとう!!」
大きな声で、声を上げる。
もちろんそれは、嘘ではない。
嬉しいに決まっている。
このクラスで、達成できたことに最高の喜びを覚えている。
初めは色々とあった。
だが今はこうして、全員で纏まって最高の瞬間を迎えることができた。
だから俺はこの瞬間だけでも、心から喜ぼうとそう思って全員と抱きしめあった。
しかし、ふと壇上に目がいってしまう。
そこでは、穏やかに微笑んでいるレベッカ先輩がいた。
視線が交差する。
その瞬間、俺は……一瞬だけ自分の表情が曇ってしまうのを他人事のように理解する。
やはり俺は、器用に生きることはできないようだ……。
「レイ……どうしたの? 何かあった?」
周囲のクラスメイトたちが未だに騒いでいる中、アメリアは俺のことを心配そうに見つめてくる。
ただじっと、俺の瞳の奥を見るように、彼女は近くに寄ってくる。
やめてくれ。
今は、君の顔を直視することはできない。
覚悟が、自分の決死の覚悟が揺らいでしまうから。
アメリア。そんな表情で、近寄って来ないでくれ。
そう言えることもなく、俺ができるのはただ顔を俯かせることだけだった。
「レイ。何があったの? あなたがそんな風になるなんて……」
アメリアだけが、すぐに俺の状態を知った。
だがここで、全てを話してしまうわけにはいかない。
俺は強い人間だ。いや、強く在るべき人間だ。
「アメリア。俺は……」
「……言えないのよね?」
「……すまない」
察してくれているのか、彼女は優しい声音でそういった。
そして俺の両手をギュッと包み込んでくれる。
「終わったら、全部話してもらうから」
「あぁ。約束しよう」
「うん。レイは強いけど、やっぱり弱いところもあるよね。でもね、それって人間らしいと思うの」
喧騒の中、俺たちは互いの姿しか見えていなかった。
周囲の声も、状況も、何も目に入らない。聞こえない。
ただ俺は、アメリアの美しい姿に見惚れていた。
「レイ。ありがとう。私はあなたと出会えたから、ここまで来れた。文化祭を心から楽しむことができた」
「あぁ……」
「だからね、レイはとっても良い人よ。あなたはとっても優しくて、とっても綺麗な人。何があったかは、知らない。でもきっと、レイならできるって信じてるから」
「……アメリア。俺は、しっかりと進めるだろうか」
「馬鹿ね」
そしてアメリアは、俺のことをギュッと抱きしめてくれた。
「あなたならできるわ、きっと。だってレイは、私だけじゃない。あなたのおかげで、みんな変わったんだもの」
その抱擁を、解くとアメリアはそっと視線をみんなの方に促す。
「おいおい! 見せてくれるねぇ!」
「熱いねぇ! お二人さん!」
「ヒューヒュー!」
「ホワイト、やったな! お前のおかげだ!」
「ホワイトくん! ありがとう! あなたがいたおかげで、一位を取れたわ!」
クラスメイトたちは、なぜか俺に向かって感謝の言葉を述べる。
なぜ、ではないか……。
俺は知らないうちに、みんなにとって何かをすることができていたのだろうか。
「ねぇレイ」
「……」
「この光景はね。みんなで作り上げたもの。そして、その中心にはあなたがいたの。もう分かっているでしょう?」
「そうか……いや、そうだったのか」
悟る。
俺は自分で思ってたよりも、周りに影響を与えることができていたのか。
ただ真っ直ぐに、愚直に、我武者羅に進んできた人生だった。
振り返ることはなかった。
その凄惨な人生に、向き合うことなどしたくはなかったから。
顔を上げる。するとそこには、みんなの笑顔が浮かんでいた。
この中心に俺がいるなんて、不思議なものだ。
でも、人生……何が起こるかなんて決して分かりはしない。
その未来を正確に予測することなんてできない。
ただ毎日を懸命に進んできただけ。その到達点が、今だった。
今、この瞬間のために俺は……あの凄惨な日々を駆け抜けてきたのだと。
そう思った。
「レイならきっとできる。それに……あなたが
あぁ……アメリア。
君は本当に強くなったのだと。
あの時の面影は、もう見えない。
アメリアは俺以上に大きく見える。
その姿が美しく見える。
「……アメリア。ありがとう。そうだな、俺はもう手に入れたいたんだ。大切なものをずっと前から」
ボソリと呟く。
そうだ。俺はできる。
果たすことができる。
そして、この光景をレベッカ先輩にも見せたいと。
これは俺だけではない。アメリアだけでもない。クラスメイトだけではない。
レベッカ先輩もいたからこそ、成し遂げることができたのだと。
俺は伝えたい。
「みんなありがとう! 最高の文化祭だった!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
全員で拳を突き上げる。
あぁ。
もう覚悟は決まっている。
俺は先輩を救う。それだけだ。
それだけが俺の使命なのだから。
◇
「レイどうしたの。こんな所に呼んでさ」
屋上。
すでに日は暮れつつあり、学院の生徒たちは後夜祭を今か今かと待ち望んでいる。
だが俺は、それには参加できない。
やるべきことがあるから。
「マリア。君に大事な話がある」
「……えっと、もしかしてあの件?」
「そうだ」
淡々と、冷静にマリアに話しかける。
ちょうど講堂の外にいたマリアをつかまえると、俺は彼女を屋上へと招いた。
全ては、レベッカ先輩のために。
これに関しては、マリアにも協力してもらう必要があるからだ。
レベッカ先輩にとって、マリアはかけがえのない愛すべき妹。
ならば、マリアを使わない手はない。
「その前に、一つ。俺の素性を明かしておこう」
「素性……? 極東戦役のこと?」
「いや、今のことだ」
「今って、ただの学生じゃない。知ってるけど?」
緊張感が漂う。
マリアもそれを感じ取っているのか、額に微かに汗が滲んでいる。
「俺は、【冰剣の魔術師】だ」
「……え?」
瞬間、突風が吹いた。
互いに靡く髪の毛。
それは抑えることなく、俺は自分の素性を明かす。
交差する視線を逸らすことなく、マリアに現実を突きつけるのだった。
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