第138話 迫る真実


「カーラ。情報は容易に入手できたんだな?」

「はい。あまりにも容易でした。正直、拍子抜けするほどに」


 師匠が尋ねると、カーラさんは率直に答えた。


 非合法な手段で魔眼を収集する。それは、間違いなく犯罪行為であり、絶対に隠しておきたいものだ。だというのにどうして、ベルンシュタイン氏はその情報の漏洩を許したのか……。


 単純に、彼にそこまでの能力がなかった?


 とは考えにくいだろう。


 そして、今まで隠し通してきて、このタイミングでそれを許すとなるとやはり──


「誘っているんだろうな」


 そう言ったのはアビーさんだった。脚を組み、じっと正面を見据えながら彼女は現在の状況をそう分析する。


「アビーの意見には私も同意だな。カーラ。今まで、魔眼収集に関する噂はなかったんだろう?」

「はい。魔眼収集家がいる、ということは分かっていましたが、具体的に誰が……という特定には至っておりません」


 俺としては、カーラさんたちヘイル一族の情報収集能力を詳しく知っているわけではない。だが、師匠たちが手元においているということは間違いなく優秀なのだろう。


 そんな彼女たちが、特定するに至らず、このタイミングで相手がわかるとなると……俺も同意見だが、誘っているとしか思えない。


「しかし──」


 俺もまた、この議論に加わる。


「誘っていると言っても、誰を? 相手はこちら側のことを理解した上で、そうしているのでしょうか」

「……レイちゃんのいうとおり、これはちょっと難しい問題かもね」


 キャロルは冷静にそう分析する。

 

 いつもは戯けているが、今は軍人時代に見せていたときのように、真剣な顔つきをしている。


「仮に、私たちを相手にするって分かってるんならよっぽどだと思うよ? こっちは、冰剣、灼熱、それに私を含めて幻惑の魔術師もいる。七大魔術師を三人も相手にできるのは、それこそ残りの七大魔術師を集めないといけない。でも、それは流石にありえないと思う……けど」


 言葉を濁す。


 確信には至っていないキャロルの話だが、俺も相手が残りの七大魔術師だとは思えない。


 残りの人間のパーソナリティを完全に把握しているわけではないが、ここまでのリスクをとるとは考え難い。


 それこそ、七大魔術師は魔術師の頂点であり、最も真理に近い存在とされているが、倫理を超えることはない……という点では弁えているはずだ。


 少なくとも、優生機関ユーゼニクスとの繋がりを持つような存在は、いないはず。


 と、俺は考えるが果たして……この真相は何なのか。


「エヴァン=ベルンシュタインは優生機関ユーゼニクス所属ではないのか?」


 アビーさんの指摘は、道理だろう。今回の件からして、優生機関ユーゼニクスの介入は考えるべきだ。


「今のところ、そのような情報は手に入れておりません。しかし、疑った方がいいのは間違いないかと」

「そうか……しかし、そうなるとやはりブラッドリィ家の真意が気になるところだ。もし仮に、何も知らなずに婚約をしていれば、不幸なことだが……分かっているのならば……」


 思い出す。


 夏休みの終わりのレベッカ先輩の、あの表情を。


 あれはきっと、あの段階で分かっていたのではないか。


 エヴァン=ベルンシュタインが非合法に魔眼を集めている事に。そして、レベッカ先輩は魔眼の所有者だ。


 つまりは、彼の狙いはレベッカ先輩の魔眼? 


 だが、それを知っていてどうしてブラッドリィ家は婚約をした?


 一気に思考を巡らせて、俺は再び発言をする。


「……ブラッドリ家のことですが、自分に心当たりがあります」

「何だレイ。何でもいい、言ってみろ」


 師匠がそう促してくるので、今までの流れを俺は話す。


「夏休み、最終日のことです。自分はレベッカ先輩と二人で遊びに行っていました」

「ほぉ……」


 瞬間、師匠の目つきがさらに鋭いものになる。どうやら真剣に聞いてくれているようだった。


 また、カーラさんもいつものように無表情だが、少しだけそれが歪む。


 そうか。そういえば、あの時はカーラさんもあの場にいたが……別に言及することはないだろう。


「その別れ際のことです。先輩は、涙を流していました。悲しそうに、自分は婚約するのだからこのように遊ぶことは二度とできないと。そして、二学期が始まり、レベッカ先輩はずっと調子が悪そうでした。おそらく、すでに夏休みの段階で、エヴァン=ベルンシュタイン氏の正体を知っていたのでは?」


 さらに言葉を続けるが……ここから先は、あまり言いたくはなかった。


「……しかし、ブラッドリィ家が婚約破棄することはありません。そこからするに、ベルンシュタイン氏とブラッドリィ家は結託しているのでは、ないでしょうか……」


 その指摘に、全員が神妙な面持ちで黙り込む。


 俺がたったいま言及した可能性は、最悪のものである。


 つまりは、ブラッドリィ家とベルンシュタイン家は結託した上で、何か大きなことを成し遂げようとしている。


 だがそれは、ある種の叛逆はんぎゃく行為。


 この魔術師の世界を揺るがしかねない、裏切りと言ってもいいだろう。


 そしてレベッカ先輩は、その渦中にいる。


 いや……犠牲にされている、といえばいいのか?


 ブラッドリィ家を継ぐのは、長男だ。長女ではある先輩は、その人柱にされた? 


 それをレベッカ先輩が知った上で今までずっと過ごしてきたと思うと……全てに辻褄があってしまう。


 これは、憶測に過ぎない。


 しかし、どうしてもそこに有機的な意味を見出してしまう。


 しばらくして、師匠が口を開いた。


「それを含めて、状況を進める必要があるな。カーラ、説明を」

「はい」


 再びカーラさんが何かを説明するようだった。


「今晩ですが、この王国にあるホテルの一室でどうやらブルーノ=ブラッドリィ氏とエヴァン=ベルンシュタイン氏の会合が行われるようです」


 ということは、今からそこに向かう……ということだろうか。


「すでにホテル側は抑えてあります。今すぐにでも、迎えるかと」


 俺が招集されたのは、むしろこちらの方がメインだったみたいだな。


「レイ。明日も文化祭は行われる。だが、来るか? お前はここで引いてもいい

「いえ、師匠。自分にとって、レベッカ先輩は敬愛すべき先輩です。学院で出会ったかけがえのない人なのです。自分は彼女の力になりたいと……そう思います。もう誰かを失うのは、嫌ですから」

「……そうか。分かった」


 その場に全員が立ち上がると、玄関へと向かう。カーラさんが先導する形で、俺たちはその会合が行われるホテルへと歩みを進める。


 俺は師匠の車椅子を押しながら、ただ冷静にこの件に当たろうとしていた。


 だが相手がこの可能性を考慮していないわけではない。


 冰剣の能力を開放しようかと迷っていると、師匠がボソリと呟いた。


「今回はアビーとキャロルに任せろ」

「しかし──」

「知っているだろう。少なくとも、私はあの二人が本気を出して負けるところは想像できない」

「それは……そうですが」

「万が一のために、制限は一段階だけ取り払っておけ。私が許可できるのはそこまでだ」

「……了解しました」


 師匠のいうとおり、確かにアビーさんとキャロルがいれば問題はないだろう。魔術戦において、キャロルほど厄介な相手はいない上に、アビーさんは真正面からの物理的な魔術戦においては最強格の一人だ。


 あの戦場で積み上げてきた実績は伊達ではない。


 そして俺たちは、ホテル内へとたどり着く。


 中は閑散としていた。


 それもそうだろう。今はシーズンでもないからだ。


 どうやら、営業は通常通りしているみたいだが、すでにホテルの人間はこちらの事情を把握している様子。


 俺たちは難なく侵入すると、最上階を目指す。


 最上階にあるスイートルーム。そこにいるのは、ブルーノ=ブラッドリィ氏とエヴァン=ベルンシュタイン氏。


 果たして二人は、俺たちを本当に誘っているのだろうか。


「……」


 扉の前に到着。


 マスターキーを所有しているカーラさんは、それをキャロルに渡した。


 扉を開けた瞬間に、魔術戦になる可能性はある。


 それを考慮して、先頭はキャロルが進むことになった。


 彼女の魔術ならば、奇襲にも対応できるからだ。


 そして、ガチャと音がするとゆっくりと扉を開ける。


 俺たちがそこで見た光景は、まるで優雅なワンシーン。


 この王国の明かりを背景にして、食事をしている二人がいたのだ。


 ブルーノ=ブラッドリィ氏とエヴァン=ベルンシュタイン氏。


 その二人が、ただ食事をしている光景。


 そして、ベルンシュタイン氏はこちらを見ると、人の良さそうな笑みを浮かべてニコリと微笑んだ。


「やあ。どうも皆さん。予定よりも少し早いですね。さて、やっとこの盤上も大詰めになってきました。どうぞ、お掛けください。真相をお伝えしましょう」


 殺気はない。


 だが、急に仕掛けてくる可能性もある。


 俺たちはその場から動かない。


 相手の発言を鵜呑みにするような人間はこの場にはいない。


 すでにキャロルとアビーさんの周囲には、大量の第一質料プリママテリアが収束していた。


 それを見て、エヴァン氏はニコリと微笑む。一方で、ブルーノ氏はこちらを見ようとはしなかった。どこかバツが悪そうに、その視線を逸らしている。



「……まあ、そうですね。流している情報だけですと、僕のことは信用できないのは当然。しかし、これではどうですか──」



 唖然とする。


 俺だけではない。この場にいる全員が、それを見てただただ立ち尽くす。


 そして俺たちは知る。この王国の裏で起こっていた、出来事を。

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