第135話 二日目、開始
昨日と同じように、リリィーと化した俺は接客を続ける。
「いらっしゃいませ〜☆」
リリィー目当ての客が多いのか、昨日の倍近くの人間がいる。もちろん注文するメニューは、『萌え萌えオムライスセット』だ。
つまりこの一時間は、伝家の宝刀であるあのポーズと掛け声をやり続ける必要があるということだ。
クラスメイトには、流石に無理があるのではないか……と心配の声も上がったが、心配無用。
プロである俺は、一時間程度ならば卒なくこなしてみる。
そして、宣言通り今日もまた一番乗りだったマリアの接客を終え、しばらくすると……やってきたのはカーラさんだった。
「いらっしゃいませ〜☆ お一人様ですか?」
「はい」
いつものように淡々と答えるカーラさん。そして彼女は席に着く直前、俺に紙をソッと周囲に見られないように渡してくる。
「ご注文はいかがいたしますかぁ〜?」
「昨日と同じで」
「かしこまりました!」
厨房へと向かう途中、その紙に少しだけ目を通す。そこに書いてあったのは、暗号。これは軍人時代に使っていたものだ。それをすぐに読み解くと、なぜ彼女がここに一人でやってきたのかを理解した。
そして、カーラさんに『萌え萌えオムライスセット』を渡し、いつものようにポーズを決めた後、ボソッと呟いた。
「……それでは、よろしくお願いします」
「またのご来店を、お待ちしておりま〜す☆」
あくまでリリィーとして接客を続けた。
その内心、俺はあまり冷静ではいられなかった。そこに書いてあった情報は、このようなものだった。
『エヴァン=ベルンシュタイン氏の情報を掴みました。本日の十九時に、アビー=ガーネット氏の自宅にいらしてください』
とのことだった。
カーラさんは一週間で、彼の情報を掴んだのだ。そして、この文面と彼女の雰囲気から察するに……やはり彼には何かある、というのは間違い無いのかもしれない。
その後も、俺はパフォーマンスを落とすことなく、リリィーとしての活動を続けるのだった。
◇
「行ってきなよ!」
「うんうん。あとは私たちでやるからさ!」
「でも……」
ピークの時間帯が過ぎ、教室内で揉めているわけでは無いが、話し合っているアメリアたち。
今日の午後からは、エヴィが出場するフィジークコンテスト、それにミスコンが開催される。
この日のために、シフトは調整してあり、俺、アルバート、エリサ、それにクラリスも一緒にその勇姿を見にいくことになっている。
だがアメリアは、教室を離れるわけにはいかないと言って来る予定はなかったのだが……クラスメイトに行って来るように言われているみたいだ。
妙に女子たちが熱のこもっている声で話しているのは、きっとアメリアのことを想っているからだろう。
「ここで逃すと、取られちゃうかもよ?」
「……え!?」
「うんうん。ちゃんと見張っておかないとダメだよ?」
「そ、そうよね……! 見張っておかないとダメよね!」
「うんうん!」
何の会話をしているか不明だが、どうやらアメリアもまた俺たちについて来ることになったようだ。
それにしても、取られる、見張っておく、という言葉の意味はわからないがきっとそれはアメリアにとって重要なのかもしれない。
そしてアメリアが制服に着替えると、四人でクラリスの教室へと向かう。
するとそこには、いつものように金色の美しいツインテールを靡かせた彼女が立っていた。
「あ……!」
俺たちの姿を認識すると、破顔してこちらに近寄って来るクラリス。
「も、もう! 遅いじゃ無いっ! って……あれ? アメリアは来れないんじゃなかったっけ?」
アメリアの姿を見て、不思議そうな表情を浮かべるクラリス。
「あはは……まぁ、色々とあってね〜。来れるようになったの」
「そっか! それなから良かった……って、別にみんな一緒で安心したとか、嬉しいとか、そんなわけじゃ無いのよ? ただ、アメリアもいないといつもの感じがしないなぁ〜と思って」
なぜか忙しなくツインテールをぴょこぴょこと動かしながら、言い訳めいたものをするクラリス。
いつも思うが、あのツインテールはどうやって動いているのだろうか。
魔術的な要因なのは、間違いないだろうが……。
「クラリスは嬉しく無いのか?」
「……え!?」
「俺はアメリアに一緒に来れて、嬉しいと思うが」
「ま、まぁ別に……? 嬉しく無いわけじゃ無いけど……もう! レイは黙っていないさい!」
「……」
理不尽である。
久しぶり、というほどもでないが、クラリスは通常運転だった。
四人で改めて歩みを進める。女子たちは三人で何やら盛り上がっており、俺はアルバートと今回のコンテストについて議論を交わしていた。
「やはり、本命は部長だろうか?」
「そうだな。アルバートの言う通り、部長の優勝が一番可能性が高い」
「しかし、エヴィもまたかなりトレーニングを重ねていたが」
「あぁ。エヴィも今回のためにかなり積んでいる。これはわからないかもしれない」
エヴィの今回のコンテストへの意気込みは、なかなかのものだった。文化祭での活動をこなしつつ、毎日のトレーニングを怠ることはなかった。
食事制限もしっかりとこの日のためにこなし、今はおそらく最高の状態で待機しているに違いない。
「二人とも、ミスコンには興味ないわけ?」
と、その会話に入って来るのはクラリスだった。俺とアルバートの間にスッと入って来ると、ツインテールを揺らしながらそう尋ねてきた。
「うむ……正直言って、フィジークの方が気になるな」
「レイと同じで、俺もフィジークの方が気になるな。今回は環境調査部の先輩が多く出る。それに、他の部活の筋肉自慢が集まるらしい。見ものだな」
「あぁ。間違いない」
アルバートと二人で、そういうとクラリスはあからさまに「はぁ……」とため息をついた。
「これだから脳みそまで筋肉のやつは……いや、思えば三人ともに筋肉ばかか……」
「で、クラリスはミスコンが楽しみなのか?」
「え? いや別に」
しれっと答えるクラリスは毅然としていた。
俺とアルバートは間違いなくこう思った。
ならなぜ聞いてきたのか、と。
「まぁ……私もどっちかというと筋肉の方が楽しみよね。それに、先輩たちが出るんだもの」
「そうか……」
「でも今年のミスコンは、色々とすごいらしいわよ!」
「どういう意味だ?」
「わかんないけど、みんなそう言っていたわ」
「ほぉ……」
ミスコンに関しては、ほぼ何の情報も入っていない。
誰が出場するのか、優勝候補は誰なのか。
そんなことさえも俺は知らない。
レベッカ先輩やアメリアなどが出るのならば、もう少し興味があったのだが二人とも辞退している。俺は流石に、この学院の生徒を全て知っているわけではないが、この二人の美貌を超える人物が果たしているのだろうか。
特にレベッカ先輩は、色々と超越しているお方だ。
アメリアは最近どこか様子が変なので、俺としては美しい人というよりも、友人としての側面が強い。
一方で、レベッカ先輩は麗しいままである。
きっと先輩が出れば、優勝間違いなしだと思うが……。
そして、俺たちはついに講堂にたどり着いた。すでに中には大勢の人間が座っており、その喧騒の中を進んでいき、空いている席に座った。
今回のコンテストに関しては、レベッカ先輩とディーナ先輩。それに他の園芸部の先輩方が運営をするらしい。俺は流石にそこまでしてもらうのは悪い、ということでそちらには参加していない。
「お……いよいよ始まるのか」
明かりが落ちると、壇上だけに照らされるライト。
そして、レベッカ先輩が舞台袖から出て来ると丁寧に頭を下げる。
「それでは、毎年恒例のコンテストをこれから行います」
こうして、ついに文化祭の目玉イベントでもあるコンテストが開催されるのだった。
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