第120話  接触


 二人での話は予想以上に長引いてしまった。


 レベッカ先輩の幼い頃からの話をマリアが延々と語るからだ。もちろん俺はそれを全て聞いた。レベッカ先輩の話をしている時のマリアは、いつも以上に輝いて見えた。


 しかし、その話が先に進むにつれてその顔に陰が差す。


「お姉ちゃんはスゴいの。もう本当に……っ!」

「あぁ。それは今までの話からよく分かった」


 マリアはふと、不思議そうな表情を浮かべる。


「……どうしてだろ。レイにはなんか色々と話せちゃうのよね」

「それは嬉しい限りだ。でも、その先は話したくないのか?」

「え……なんで分かるの?」

「顔に出ているからな」


 マリアの話は幼少期が進むにつれて、何か隠していると言うか、敢えて言わないと言うか、そんな感じだった。俺はそんな彼女の繊細な機微を感じ取っていた。


「そっか……でも、私も誰かに聞いて欲しいのかもしれない。いやきっとそうなのね……」

「俺はなんであっても、受け止める次第だ。それに他言もしない」

「じゃあ、話してみようかな」


 マリアはその純白の髪を少しだけ掻き上げると、その耳にあるピアスを見せてくる。


「このピアス。どうしてこんなにあると思う?」

「好きなのだろう? 俺の知り合いにもピアスの収集を趣味にしている人がいる」

「まぁそれも一理あるけど、やっぱりこれは反抗の証なの」


 反抗の証。マリアのその言葉に、俺は素直に反応する。


「反抗? 何に対して」

「貴族の在り方。それにやっぱり親かな」

「……」

「お姉ちゃんは優秀だった。誰よりも努力家だし、才能もあった。それに見た目も性格も良い。そんな私はずっと比較されてきた。お姉ちゃんに負けないように頑張りなさい。それを呪文のようにいろいろな人に言われた。だから私がこんな風になるのも、時間の問題だったわけ」

「貴族とはかけ離れた容姿をすることで、反抗したかったと?」

「まぁ……そうね。それに元々、私はかけ離れてるしね」


 その言葉が指しているのは、その真っ白な姿のことだろう。アルビノになる要因は未だに不明だ。何か魔術的な要因があるのかもしれないが、研究もそこまで進んでいない。


 貴族社会は閉ざされていると師匠に聞いた。新しいものを許さずに、伝統に固執していると。そんな中、マリアのような容姿の子どもがいれば、それは排除の対象になり得るのかもしれない。


 そして、レベッカ先輩と比較されて育つ。


 それは俺が考えもしない、苦労と悲しみがあったに違いない。


「私はお姉ちゃんのことが大好き。でもそれと同時に、劣等感をどうしても覚えてしまう。だから奇抜な格好をしているのはせめてもの抵抗。いや、私が私らしくあるためにこうしているの」

「そうか……そうだったのか」

「ま、その程度の話よ。ただ姉と比べて劣っている妹がグレているだけ」

「……マリアの話はよく分かった。俺も何か慰めの言葉をかける気はない。だがこれだけは言わせて欲しい」

「何よ?」


 強気な物言いだが、それはどこか不安そうだった。だから俺は、安心させるような言葉をかけたいと。そう思っていた。


「……俺には、その苦労や悲しみは完全には理解できない。でもマリアは、自分らしくあろうとしてきたのだろう? それは称賛すべきことだ。だから俺は今のマリアはとても美しい。その髪型も、そのピアスも君らしいものだ。だからそれは誇ってもいいと、俺は思うが」

「……べ、別にそんなこと言われても」


 下を向いてしまうマリア。その顔は真っ白な肌だからこそ、赤くなるのがよく分かった。


「今まで相談できる相手がいなかったのだろう?」

「まぁね。でも良いのよ。ある程度は割り切ってるから」

「そうか。でも今度から、何かあれば俺に話して欲しい。聞くだけならいくらでも使って欲しい」

「……レイってさぁ。女の子にはみんなそうなの?」

「いや。男性女性に限らないが?」

「あっそ。人たらしってわけね」


 プイっと横を向くマリアはどこかぶっきらぼうにそう言った。でもそんな仕草もどこか可愛らしいものだった。


「少しだけ俺の話もしようか」


 そして俺もまた、彼女が話してくれたからこそ自分のことも開示しようと思えた。それは信頼の証とでも言うべきだろうか。


「レイの話? そう言えば、一般人オーディナリーなのに魔術戦闘は得意って噂があるけど……」

「俺は戦争孤児でな」

「え……」


 表情が固まるマリア。彼女は呆然とした様子で、俺のことを見上げて来る。

 

「極東戦役。知っているだろう?」

「う、うん。初めて魔術師が本格的に導入された戦争だって……それも死者はすごい数だって……」


 怯えているのが分かる。その声は震えていたからだ。


「俺はその最前線にいた。もう死んでもいいと、幾度となく思った。だがある女性に俺は救われた。師匠と呼んでいるが、師匠は俺にこの世界の醜さだけでなく、美しさも教えてくれた。そして俺も悩んでいる時期があった。だからこそ、誰かの助けになりたいと。そう今も、願っているんだ」


 簡潔にだが、話をしてみた。今までならきっと俺は、相手の気持ちを勝手に推し量って話すことはなかっただろう。


 だが、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエでアメリアと心を通い合わせて、俺もまた前に進もうと決めたのだ。


 自分の過去を打ち明けたのは、俺の成長の証。


 そうなればいいと思っている。


「……そっか。いや、レイはどこか只者じゃないと思ってたけど。そうなのね」

「あぁ。互いのこの感情は完全に分かり合うことはできない。でも俺は、それを知識として知っている。だから今後も、俺は誰かの助けになりたいと。そう思って、過ごしている」

「はぁ……何というか、大物ね。レイは」

「そうだろうか?」

「えぇ。でも、どこか親近感が湧くというか……私たち、似たもの同士かもね」

「そうかもしれないな」


 マリア=ブラッドリィ。


 彼女もまた、迷っている人間の一人だった。

 

 姉であるレベッカ先輩と比較されて、劣等感を抱いて生きている。


 でも彼女には強さがあった。そこで折れるのではなく、外見を変えることで自分を保ってきた。


 俺と彼女は似ている。それきっと、この人生に対して抗い続けていることを指しているのだろう。だからこそは、彼女もまた似ていると表現したに違いない。


 またマリアの力になれたら良いと。俺はそんなことを思った。



 ◇



「お姉ちゃんのこと、何か分かったら教えてね」

「あぁ。もちろんだ」

「私も何か分かり次第伝えるわ」

「助かる」

「良いのよ。それに一人だけじゃやっぱり、詰まっちゃうから」

「そうか。またいつでも相談して欲しい」

「うん。そうさせてもらうわ」


 既に日は暮れており、外は真っ暗だった。街灯が照らしつける道を二人で歩いていく。マリアは一人で帰るから良いと言ったが、俺は絶対に送ると告げた。すると彼女は「はぁ……」とため息をついて了承してくれた。


「別に近いから送ってくれなくても良いのに」

「女性をこの暗い中一人で帰すわけにはいかないだろう」

「あっそ。まぁ……いいけどさ」


 しばらく黙って二人で歩みを進める。


 その際にふと、目の前から歩いてくる人間に視線がいく。身長はかなり高く、その体は分厚い筋肉に覆われている。もしかしたら部長に匹敵する体躯かもしれない。


 真っ黒な髪をフェードで深く刈り込んでいて、目つきも鋭い。


 と言っても相手をあまりジロジロと見るのも悪いので、すぐに視線を逸らす。


 そして互いにすれ違う。


 その際に、相手の男性がハンカチを落としたのが視界の端に映った。


「あの。落としましたよ」


 俺はそれが地面に落ちる前にサッと拾うと、その男性に話しかける。


 翻る。


 そして交差する視線。


 するとその男性は、ニコリと微笑みかけてくれる。


「申し訳ない。乱暴にポケットに突っ込んでいたもので」


 その容姿に反して丁寧な人だと思った。別に見た目で全てを判断するわけではないが、意外といえば意外。そして丁寧にお辞儀をして感謝を告げると、彼はそのまま去って行く。


 特になんてことはない出会い。


 ただ俺は何か違和感を覚えていた。


「レイってば、親切ね」

「あぁ……」

「どうかしたの?」


 マリアが顔を覗き込んでくる。


 きっと俺が呆然と彼の姿をじっと見つめているからだろう。


 そしてすぐに視線を切ると、俺もまた踵を返す。


「いやなんでもない」

「そっか。じゃ、行こうか」


 再び、マリアと二人で並んで歩みを進める。この薄暗い道に何か特別なことがあるわけではない。いつも通り、なんの変哲もない道だ。


 街灯に照らされながら俺はそのままブラッドリィ家の前に辿り着く。


「送ってくれてありがとう」

「こちらこそ。有意義な話だった」

「じゃ。バイバイ」

「失礼する」


 軽く手を振るうマリア。俺もそれに答えて、一礼をすると寮へと戻って行く。


 思い出す。この門の前で、レベッカ先輩と別れたことを。夏の終わり。蝉たちの声がまだ響き渡っていた時。茹だるような暑さは、もう無くなっていた。それはどこか郷愁を覚える。


 それと対照的に、この夜は静かだった。


 すでに少し肌寒いくらいだ。


 ふと、空を見上げる。今日はここ最近では珍しく、曇っていた。それもかなりの曇り空だ。かすかに見える月明かりも、微かにこの世界を照らしている。


 瞬間、ポツ、ポツポツポツと地面に雨の跡が残っていく。


 まだ勢いは強くはないが、俺は足早に移動する。傘は持ってきていないため、少しばかり濡れてしまうが仕方がないだろう。


「……?」


 立ち止まる。


 ──見られていた? 


 そんな視線を感じた。だがそれはすぐに消えていく。気のせいといえば、気のせい。特別、殺気などが籠もっていたわけではない。レベッカ先輩の件もあって、神経質になっているのだろうか。


 俺はまだ知らない。


 レベッカ先輩を中心にして、大きな意志が蠢いていることに──。


 大きな転機となる文化祭は、もうすぐ始まろうとしていた。

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