第119話 意外な組み合わせ


 寮に戻ろうとしている途中のことだ。


 ちょうど今は文化祭の準備と生徒会の手伝いが終わって、寮に戻ろうとしていたところ。


 そんな時、正門に立っている人間に俺は見覚えがあった。


 どこまでも透き通る純白の髪を斜めに切り揃えており、両耳にはこれでもかと大量のピアスが刺さっている彼女。


 間違いなくそれは、レベッカ先輩の妹であるマリアだ。


 レベッカ先輩に会いに来たのだろうか。


 そう思っていると、ちょうど彼女と視線が交わる。するとマリアは、手招きをして俺を呼び寄せてくる。


 些か疑問は残るが、素直に彼女の元に歩みを進めて行く。


「マリア。久しぶりだな」

「レイ。そうね、久しぶり」

「レベッカ先輩に会いに来たのか? 先輩は先ほど女子寮に戻って行ったが、呼んできた方がいいだろうか」

「いや今日はお姉ちゃんに用があるわけじゃないの」

「では誰に?」

「あんたよ」

「……俺? どうして?」

「まぁそれも含めて、顔を貸してよ」

「……構わないが」



 釈然としないが、俺は素直にマリアの後について行く。そして二人で向かう先は、少しだけ値段の高いレストランだった。二人で入ると、マリアはすでに予約をしていたのか名前を告げると窓際の席に案内された。


「晩ご飯まだでしょ?」

「そうだな。ちょうどいいところだ」

「今回は私の奢りだから」

「いやそうはいかない。ここは俺が出そう」

「いやいや。私が連れて来たんだし」

「レベッカ先輩の妹に、それに来年後輩になるマリアにお金を出してもらうわけにはいかない」

「……はぁ。なんというか、絶対に譲りそうもないわね。じゃあ今回はよろしく」

「もちろんだ」


 女性との食事では俺はほぼ必ず自分から金を出すようにしている。


 師匠と外食した時は、たかられていると言ったほうが正しいのだが。


 実際のところ、軍人時代にまとまった金をもらっているのでそれほど気にはしていない。それに大元の貯金は、ホワイト家に預かってもらっている。


 二人で料理を注文する。


 ここはステーキが美味しいということなので、俺はマリアと同じようにミディアムレアのステーキを注文。


 注文した品がやって来て、ナイフとフォークを入れて食べ始める俺たち。


 そんな最中、マリアが不思議そうに俺のことを見つめてくる。


「どうかしたのか?」

「あんたって、不思議よね」

「なんのことだ?」

「確か、一般人オーディナリーよね。しかも、学院始まって以来の、一般人オーディナリー出身の魔術師」

「いかにも」

「学院で貴族に虐められたりしないの?」


 割と直球で聞いてくるものだな。でもそこがマリアの魅力的なところでもあると俺は思っている。


「そうだな。一学期は風当たりが強かった。でも、二学期からは普通だな。文化祭も順調に進んでいるし」

「へぇ……意外ね。で、レイのクラス、何するの?」

「メイド喫茶だ」

「は?」

「メイド喫茶だ」

 

 聞こえていないようなので、もう一度はっきりと言葉にする。


「いや、聞こえていないわけじゃないのよ。クラスに貴族がいないわけじゃないでしょ?」

「全員了承してくれた」

「えぇ……」


 どこか引いているというか、驚きよりも戸惑いの方が彼女の顔には浮かんでいた。この手の話題は初めてではないが、やはり貴族にとってはあり得ないことらしいと、改めて理解する。


「あっ!」


 そして思い出したかのように声を上げるマリア。


 それと同時に俺は思った。きっと彼女が次に出す話題は、アレに違いないと……。


「リリィーお姉様って、同じクラスよね?」

「あ、あぁ……」

「お姉様のお姿も見れるの!?」

「ちょ、調子が良ければなぁ……うん。いや、最近はまた体調が悪いからな。分からないな。前向きに調整する方向で、整えているのは間違いないが……彼女も色々とあってだな……」


 後半は自分でも何を言っているのか分からないが、とりあえず誤魔化しておく。


「そっか……お姉様ってば、大変なのね」

「あぁ。だからそっとしておいてくれ。マリアの案じる気持ちはしっかりと伝えておこう」

「うん。よろしくね。でもそっか……文化祭の日には会えないのかぁ……」


 間違いない。


 マリアは絶対にリリィーがメイド喫茶で接客することを楽しみにしている。ここではどうすべきか……姿を晒さないほうが、バレる危険性はない。しかし、彼女は楽しみにしているのだ。


 ぐ……俺は年下に弱い。


 そんなしゅんとした様子で落ち込んだ姿を見ると、期待に応えてしまいたくなる。これはアビーさんに直接交渉に行くべきなのか……とそんなことを考えていると、二人ともに食事が終わり今はデザートを食べている。


「ねぇレイ」

「どうした?」

「最近お姉ちゃんはどうなの?」

「……元気にやっているが」

「そっか。レイも気がついているのね」


 聡い。


 俺はほんの一瞬だけ、詰まってしまった。本来ならばそこはスムーズに言葉を出すべきだった。しかし、嘘をつこうと反射的に考えてしまい反応が鈍った。そのわずかな間をマリアは逃さなかった。


「知ってるの。レイが最近、お姉ちゃんのことを手伝っているって」

「レベッカ先輩に聞いたのか?」

「ううん。ディーナちゃんに聞いたの」

「ディーナ先輩に?」

「うん」


 それから俺はマリアの話を黙って真面目に聞いた。


 昔からレベッカ先輩と親しいディーナ先輩は、マリアとも仲が良いのだという。そして最近、ばったりと街で出会った際に、俺の話を聞いたらしいのだ。


「まぁ、あんたっていい奴よね」

「恐縮だ」

「うん……まぁ、変わってるけど。それで、貴族には色々とあるのよ、これが」

「そうらしいな。今回の婚約に関係して、他の生徒会役員がボイコットをしているみたいだな」

「ま、それなら可愛いほうだけどね」

「そうなのか?」


 マリアはフォークをピッと上にあげると、俺の方にそれを向けてきた。行儀作法としては良くないものだが、フォーマルな食事でもないので特に何かを言うことはなかった。


「それこそ嫌がらせとか、いじめ紛いのことがあっても私は驚かないわ。流石に……三大貴族にそんなことをする馬鹿はいないけど」

「なるほど。貴族社会も大変なようだな」

「そんな中、平然と手伝えるレイはスゴいと思うけど。いやまじで。貴族のことは気にしないの?」

「レベッカ先輩を助けることが最優先だ」

「そっか……お姉ちゃんは本当にいい後輩を持ったんだね」


 今までと違って、どこか優しい声音。


 それに表情もいつもはツンとしているが、柔らかくなっている。


 そうか。マリアはこのような表情もできるのか。


「とても魅力的だな。マリアは」

「は? 何言ってるの?」

「レベッカ先輩のこと、大切に思っているんだろう?」

「それはまぁ……そうだけどさ。それと私になんの関係があるの? 口説いてるの? もしかして玉の輿狙い?」


 ニヤニヤと笑っているが、俺は素直に思ったことを口にした。


「いつもはどこか壁があるイメージだが、レベッカ先輩の話になるとマリアはそんな優しい表情かおをするのか……と思ってな。純粋に美しいと思ったまでだ」

「……ねぇ。それって誰にでも言ってない?」


 じっと半眼で見上げてくるマリア。それは詰問をしているかのようだった。


「師匠には思ったことは素直に言えと教育されたからな。特に女性に関しては。ただ素直が長所であり、それが逆に欠点と言われている」

「あんたの師匠は知らないけど、いつか刺されそうね」


 刺されるか……しかし、俺の軍人時代の経験は伊達ではない。


 魔術戦だけではなく、ナイフを使用した近接戦闘も得意ではある。むしろ、師匠にはそちらの方が重点的に教えられたからな。


「大丈夫だ。護身術、それにエインズワース式ブーキャンプの過程において近接戦闘術は学んでいる、素手であっても、ナイフに対応するだけの技量は兼ね備えている」

「はぁ……なんかレイのこと、わかって来たわ。うん」


 と、話が少しだけそれたところで本題へと話を戻す。


「こほん。で、話を戻すけど」

「あぁ」

「お姉ちゃんの婚約、何かあると思わない? 正直に言って欲しいの」

「……」


 その目は何かを求めているようだった。


 ここではぐらかすのは、きっと違う。決定的に何かを間違えてしまう。


 だから俺は素直になることにした。それがきっとマリアのためになることだと信じて。


「……思う。レベッカ先輩の様子は、婚約に際してどこかおかしいと感じている」

「やっぱりね」

「マリアも気がついていたのか?」

「夏休みの時にね。でもお姉ちゃんは何も話してくれない。だからこそ、私は何かあると思っているわ」

「実は俺も少し独自に調べている」

「そうなの?」

「あぁ。レベッカ先輩は俺にとっても敬愛すべき人だ。余計なお世話だろうが、調査を頼んでいる人がる」

「そっか。やっぱりディーナちゃんのいう通り、レイに会いに来てよかったわ」


 ニコリと笑うマリア。やはりいつも無愛想というか、不機嫌な顔をしているが笑うとよく似ている。レベッカ先輩の優しい微笑みに。姉妹と言うこともあり、酷似していると言ってもいいかもしれない。


 そうして俺たちは、さらにそのことについて詳しく話すのだった。


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