第104話 貴族会議


 貴族会議。


 それは定期的に貴族たちによって行われる会議である。議題は毎回変わるが、共通するのは魔術師の世界に関して主に会議は行われると言うことだ。


 この魔術師の世界は貴族が牽引している。


 その自負が貴族たちにはある。


 しかしここ数年は、その自負も少し陰りを見せている。それは七大魔術師の存在だ。


 七大魔術師。


 魔術師の中でも最上位の魔術師である、聖級グランドの地位から選ばれし七人の魔術師。


 貴族の子どもならば、親にそこにたどり着くように命じられるのは至極当然のこと。むしろ、魔術師として大成すべきことこそ至上であると教えられる。


 特にその傾向は下流から中流貴族に多い。


 その一方で、一部の上流貴族と三大貴族は気が付き始めていた。


 魔術師の能力とは、血統だけでは説明できない部分が大きくなっているのではないかと。今までは貴族はその血統を重んじることさえしていれば、自ずと魔術師として大成していた。


 だが、どうだろうか。


 今の七大魔術師は、上流貴族の者や三大貴族はいない。


 むしろ貴族出身ではない者でさえいる。


 そんな状況を憂いたのか、まずは三大貴族当主が集まり会議が開かれることになった。



「ふぅ……さて、何から話しましょうか」

「ブルーノ。例の件は良いのか」

「娘の婚約ですか?」

「あぁ」

「そちらは事前に通達した通りです。滞りなく進んでいますよ」

「……他人の家に口出しする気はないが、早いのではないか?」

「私の家も事情がありますので」

「そうか……」


 三大貴族の会議は魔術協会の一室で行われることが多い。本日は会長は所用で出席できないと言うことで、三大貴族当主の三人による会議が行われる予定だ。



 ローズ家当主。クロード=ローズ。

 ブラッドリィ家当主。ブルーノ=ブラッドリィ。

 オルグレン家当主。フォルクハルト=オルグレン。



 その三人が一堂に会するのは、半年ぶり。ちょうどそれぞれの学院の入学式前に集まった時以来だ。その時はこの一年の予定の確認、さらには魔術界の情勢について話し合い、それを他の貴族に通達した。


 そして今回の会議。


 これは緊急性があるものではないが、それぞれの当主が懸念を抱いているのは間違いなかった。


 優生機関ユーゼニクスの台頭。


 それは貴族の中にも確実に侵食していた。魔術の真髄を極めるために、倫理の枷を外してさらなる真理にたどり着こうとする思想に取り憑かれる貴族もいた。すでに厳重注意、さらには処分されている貴族すら存在する。


 この動きを鑑みて、今回の会議に至ったのだ。


「おぉ! クロードにブルーノ! 久しりぶりだな!」

「フォルク。一分の遅刻だ」

「はぁ……全く、クロードは硬くて叶わん。もう少し柔軟性が欲しいところだが、そう思わんか。ブルーノよ」

「えぇ。クロードさんは些か堅いお方です。しかし私はそれも美徳と思いますよ」

「ははは。言いおるわ、若造が」

「恐縮です」


 それぞれが円卓へと着く。


 クロード=ローズ。年齢は五十代に最近入ったばかりだ。その紅蓮の髪はローズ家特有のものであり、それは短めに切り揃えてある。顔もまた、まだ五十代とは思えないほどに若々しい。


 ブルーノ=ブラッドリィ。年齢は四十代前半。この三大貴族の中では一番若い。艶やかな黒い髪を後ろで一つに束ねている。最近は心労なのか、わずかに白髪が目立つ。


 フォルクハルト=オルグレン。年齢はクロードと同じ。二人は魔術学院では同級生であり、旧知である。そのため、二人で個人的に会ったりなど仲はいい。フォルクはこの三人の中でも、一番分厚い体をしておりその巨体をこれでもかと目立たせる。服の上からでもわかる圧倒的な筋肉を兼ね備えている。


 それは二十代の頃から衰えを見せないのだから、もはや異常と形容すべきものだ。もちろん趣味は筋トレである。


 白金の髪を刈り上げ、爽やかな印象。他のものからは、フォルクと呼ばれている。


 そして三人は本題へと入る。


「さて、私が確認した情報ですと……王国内で不審な動きがあるとか」

「不審な動きだと?」

「えぇ。以前と同様に、優生機関ユーゼニクス関連かと」

「なるほどな……」

優生機関ユーゼニクスめ。あいつらのせいで、どれだけの魔術師が流れて行ったか……これも人間のごうかもしれんの」


 そう呟くフォルクはどこか神妙な面持ちだ。顎の髭を撫でながら、ボソリと呟くようにして言葉を発する。


 その後、三人はさらに優生機関ユーゼニクスの件について話し合い次は魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの話に移行する。


「おぉ! そういえば、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエでアメリアがうちのアリアーヌに勝ったようだな! あれは凄かったな。なぁクロード」

「うちの娘は以前から才能はあった。それが開花したに過ぎない」

「はっはっはっ! しかし、次はアリアーヌが勝つぞ? うちの娘は何度だって立ち上がるからな! ガハハ!」

「アメリアさんですか。確かにあの固有魔術オリジンは素晴らしかった。クロードさん。あれはきっと、七大魔術師に至る能力ですよ」

「……分かっている。因果干渉系の固有魔術オリジン。あれは虚構の魔術師に匹敵するほどのものだ。ただ、強力すぎるが故にあの能力と付き合っていくのはかなり骨が折れるだろう」

「対策は大丈夫なのですか?」

「……あぁ」


 ほんの少しだけ間があったのを、ブルーノは逃さなかった。


「クロードさん。正直に話してください。彼が関わっているのでは?」

「すでに抑えていたのか……」

「えぇ」


 ブルーノは元々その情報を持っていた。だからこそ、彼はすぐにクロードの発言に対して言及する。


 ブルーノは今回の会議では、これを一番の議題に上げようと持っていたのだ。むしろ、優生機関ユーゼニクスの件は前座に過ぎず、目的はこの話題。


 当代の【冰剣の魔術師】について、語り始めようとしていたのだから──。


「当代の【冰剣】ですが、どうやらアメリアさんと仲がよろしいようで……」

「……そこまで知っているのか」

「はい。と言っても、調べるのはかなり苦労しましたが」


 ブルーノまた、レイの存在は知っていた。始まりは魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ。その時に、噂は入ってきていた。かのローズ家の長女が、一般人オーディナリーの教えを受けているとか。


 それは本当に偶然だった。


 ブルーノが耳にしたのは、貴族たちが辟易するようにして噂をしていたからだ。三大貴族の長女であるアメリアが、どうして一般人オーディナリーなどと関係を持っているのか。全く嘆かわしいことである、と。

 

 入学当時は話題になった存在ではあるが、今となってはその噂もパタリと止んだ。まるで、誰かが意図的に情報を操作しているように。


 それから、アメリアは覚醒した。


 それも因果に干渉すると言う固有魔術オリジンを伴って。


 流石に違和感を覚えたブルーノはレイのことを調べ始めた。しかし、調べれば調べるとレイ=ホワイトと言う魔術師の底が見えないのだ。三大貴族の情報網があれば、ただの一般人オーディナリーを調べることなど造作もない。だというに、掴めない情報。



 そこから躍起になり、ブルーノはようやくたどり着いた。



 レイ=ホワイトの正体が、当代の【冰剣の魔術師】であることに。さらには、ローズ家がすでに彼にアプローチをかけていることもブルーノは知ったのだ。


「十代にして最強の【冰剣の魔術師】に至り、さらには史上最高の魔術師と名高い、リディア=エインズワースを上回っているとか。本当ならば、破格の才能です。それこそ、世界を揺るがしかねないほどの。もちろん貴族たちは彼が貴族社会に入るのを拒むでしょう。しかし、それを考慮してもその才能は圧倒的。私もまた、彼の血が手に入るのなら多少の無茶はしても良いと思っております。まぁ、仮の話ですが……」


 視線が交差する。


 ブルーノとクロード。


 その緊張感は張り詰めたものになる。


「……レベッカ嬢は婚約したばかりだろう」

「妹のマリアがいます」

「……外聞は気にしないと?」

「それよりも彼の才能は価値があります。十代で【冰剣の魔術師】の魔術師に至る。それは既に世界最高の魔術師である証明です。三大貴族の地位をさらに高めるには、象徴が必要とは思いませんか……?」


 と、二人でそのように会話を繰り広げていると、今まで黙っていたフォルクがバンッと机を叩く。


「二人とも。そこまでだ。三大貴族に七大魔術師の血を取り入れたいのは分かる。だが、人間をそんな風に扱うものではない!」


 フォルクハルト=オルグレン。彼は三大貴族でありながら、人情に熱い男だった。そのため、魔術師を血としか見做みなしていない発言に苛立ちを見せたのだ。


「すまなかった……」

「申し訳ありません」


 頭を下げる二人。


 共に熱くなったのを認め、素直に謝罪をする。二人は別に他の貴族ほど血統主義ではない。素直にこの時代の流れに対応するだけの柔軟な思考を持ち合わせている。


 だがやはり、若い上に七大魔術師という破格の才能を逃すわけにはいかなった。


 その後、フォルクもまた概要を聞いた。アーノルド魔術学院に通う、一般人オーディナリーである少年が当代の【冰剣の魔術師】であることを。



「しかし面白いのぉ……そう言えば、娘が言っていた気がするわ。面白い魔術師がいるとな。ふむ……いつか会ってみるか」


 ニヤリと笑うフォルクもまた、レイに興味を持ったようである。


「……しかし、その件は公開しない方がいいでしょうね。他の貴族が混乱しますから。それにきっと、これほどの情報規制。彼の背景には、リディア=エンズワースを含めて上位の魔術師が控えているのは間違い無いでしょう。下手に手を出すべきでは無いかと。少なくとも、今は。貴族とは違う派閥が、あちらにはありますから。七大魔術師を敵に回すのは、些か私も怖いですからね」

「ブルーノの意見には賛成だ。私もそう考える」


 そしてその後は、改めて別の話題を話してから貴族会議が終了。


 レイの存在はこうして、三大貴族当主に認知されることになるのだった。


 

 

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