第103話 アメリアさんと犠牲になるクラリス
生徒会室の件で了承を取るために教室に戻ると、すでに下校時刻も近い上に日も落ちているということでほぼ誰もいなかった。
だが俺はアメリアが残っていると思って教室に入ってみると、そこには一人で紙を前にして唸っている彼女がいた。
「う〜ん。これは、ここで良いけど。あっちの方がなぁ……」
「アメリア」
「レイ、遅かったわね。ちゃんと提出してくれた?」
「もちろんだ」
「……なんか真剣な
「今から話そう」
そして、アメリアの対面の席に座ると俺は後ろを向いて彼女と向かい合う。
「クラスでの役割はこなす。それと同時に、俺は生徒会を手伝いたいと思っている」
「生徒会? どうしてまた? もしかして……あぁ。そういうことね」
「分かるのか?」
「今の生徒会のメンバーを考えると、ね。レベッカ先輩の婚約が原因でしょ?」
「そうだ。残りのメンバーが仕事を放棄して今はレベッカ先輩とディーナ先輩の二人で回しているらしいが……あのままだといずれ、どこかで二人とも倒れるだろう。だから俺が手伝いたいと申し出た」
「そっか。まぁそれなら仕方ないかな……今回のメインは女子たちだから、レイにやってもらうことも少ないし……別に良いわよ」
「そうか。感謝する」
頭を下げる。
本当はクラスの方に全力を注ぐべきなのだろう。しかしあの惨状を見てしまえば、無視することなどできなかった。
アメリアもそれを理解してくれたのか、すぐに了承してくれた。
「じゃあレイの方は私でちょっと調整するわね。教室に出る日と、生徒会にいく日を決めちゃいましょう」
「あぁ。よろしく頼む」
俺とアメリアはそうして、今後の日程について話し合った。
今のところ順調にスケジュール進行は進んでいるようで、アメリアの本気度が伺える。
しばらくして打ち合わせが終わると彼女は体を椅子の背もたれに預けてから、グッと背筋を伸ばす。
「う〜ん。はぁ……今日も疲れたぁ」
「お疲れ様だな。アメリア」
「良いのよ。私がやりたくてやってるんだし。今まではただ惰性でやってきた文化祭だけど、今年からは自分も楽しもうって決めたの。その……みんなが、レイがいてくれたから……ね?」
その瞳はわずかに揺れていた。
アメリアは変わったとはいえ、まだ手探りで進んでいる。そんな感じが俺にはあった。でも俺たちは互いに支え合っていけるからこそ、彼女もまた自分の意志で進むと決めたのだろう。
俺だってそうだ。
こうして初めての文化祭を楽しもうと、そう思っている。
「でも!」
じっと見上げるようにして俺の顔を鋭く見つめてくるアメリア。そして人差し指を立てると、俺に向かってこう言った。
「あんまりレベッカ先輩にもちょっかい出しちゃダメよ? そりゃあ先輩にも色々と事情はあるんだろうけど、レイはその……無自覚にやらかしちゃうんだからっ!」
「む? どういうことだ? ちょっかい? 手伝うのがダメということだろうか……?」
「いやそうじゃないけど……! もうっ! 分からないなら良いけどさぁ……はぁ。でもこういうレイだから、私は──」
「私は、なんだ?」
「……まぁ良いわ。じゃあレイ、帰りましょう」
「あぁ。そうしよう」
俺とアメリアは閑散とした教室を去っていくのだった。その去り際、教室内を見つめる。
きっと当日は華やかな教室になっていることだろう。
そうだ。最高の文化祭になることに間違いない。
そんなことを願いながら、俺はアメリアと共に帰路に着くのだった。
◇
翌日。
昼休みになり、いつものように学食で食事を取ることに。
今となってはこのメンバーにアルバートも加わり、割と大所帯になってきた気がする。
「そう言えば、クラリスのクラスは何をするんだ?」
俺がそう尋ねると、クラリスはツインテールをぴょこっと動かすと得意げな顔をする。
「ふっ、ふっ、ふっ……私たちのクラスは……お化け屋敷よ!」
「お化け屋敷? それは文字通りの意味か?」
「そうよ! がおーって、怖がらせちゃうんだからっ!」
「なるほど……恐怖心をエンターテインメントに昇華させると言うことか。興味深いな」
ふむ……なるほど。
文化祭の出し物はある程度リサーチはしていたが、学校という場所では様々な催しがあるものだと感心していると……クラリスは急に俯いて、ボソッと呟いた。
「お化け屋敷は楽しみだけど……私もみんなと一緒のクラスで、文化祭……楽しみたかったなぁ」
そう。
俺、エヴィ、アルバート、アメリア、エリサは同じクラスだ。しかしこのメンバーの中で唯一クラリスだけが違うクラス。
彼女はそのことを
こればかりはどうしようもない。来年度のクラス替えの特に期待するしかないのだが、そんな落ち込んでいるクラリスをアメリアがガバッと抱きしめる。
「んにゃ!? な、何!?」
「もうっ! クラリスってば可愛いっ! 大丈夫よ、私たちの友情はクラスが違っても変わりはないからっ!」
アメリアはそう言うと同時に、クラリスの体を妖艶な手つきで触り始める。それはまるで、熟練の技術そのもの。俺には実際のところ、その技量は分からないがアメリアが相当のテクニックを有していることだけは知っている。
そしてクラリスは絶望に染まった顔で、俺たちに助けを求める。
「んにゃあああああああああっ! た、助けてみんな! 発作よっ! アメリアの例の発作が始まったわっ!」
『……』
「む、無視!? え、エリサ……! 隣にいるんだから、アメリアを止めてっ!」
「……」
「ぐへへ……クラリスは相変わらず良い体してるわねぇ……小さいのもまた、乙なものね……ぐへへ……」
「ぎゃああああああっ! お、お嫁にいけなくなるううううううううううううううううううううっ!!」
と、俺たち四人は二人から少し距離を取るとそのまま昼食を取り続ける。
この手のアメリアの暴走は決して止まることはない。一度、俺とエヴィで止めようとしたがアメリアがまるで獰猛な動物のように威嚇をしてくるのだ。
それを機に、俺たちの間ではもっぱらこの暴走が始まったらソッとしておくのが暗黙の了解となった。
ちなみにエリサは、最近は上手いこと回避している。まぁ、その分クラリスが犠牲になっているのだが、エリサもまた背に腹は変えられないようだ。
「そう言えば、エリサ。服装の方は進んでいるのか?」
「うん。今はデザインをちょっと調整しようと思って、みんなで相談しているよ? それにアルバートくんが割と知識があって、助かってるの」
「そうなのか、アルバート?」
アルバートはどこかは悲しげににフッと微笑を浮かべると、悲痛な声で過去を語る。
「……あぁ。昔、姉の付き添いでデザインとパターンの勉強をしたことがあってな……俺はその際に色々と実験台にされたものだ……まぁ今こうしてその技術が活かせているのには感謝しかないが」
「なるほど。俺とエヴィは、この調子だと調理メインになりそうだな」
「そうだな〜。ま、でもクラス内にしっかりと料理できるのは、俺とレイとエリサくらいだからな。貴族が多いとこうなることは分かっていたが、中々に大変だぜ」
エヴィの言葉通り、俺たちは調理を担当することになっている。紅茶などは他の生徒でも煎れることはできるが、包丁を使って調理したことのない生徒がほとんどで、消去法的に俺とエヴィが調理を担当することに。
当日はエリサも折を見て、ヘルプに入ってくれることになっている。
だが実際には、メニューもそれほど多くはなく、あくまで売りはメイドによるサービスがメインとなるので俺たちにそこまでの技量は要求されない。
切って、焼く。
そのシンプルな工程ができれば大丈夫だ。
仕入れなどはアメリアが手配してくれているので、きっと大丈夫だろう。
そして四人で色々と文化祭について話していると、やっとクラリスは解放されたようだが……机に頭を突っ伏したまま動かない。
ツインテールも完全に元気をなくし、まるで
「ふぅ……今日もいいエネルギー補給ができたわ」
一方のアメリアはどこか達成感で満ち溢れていた。
こうして俺たちの文化祭は順調に進んでいくことになる。
そう。表向きは──。
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