第71話 空に舞う鳥
本戦決勝。
レベッカ先輩は今までの試合とは異なり、ただ刀の一振りだけで敗北することはなかった。
しかし……レベッカ先輩であっても勝利することは叶わなかった。
俺は知っていた。先輩が未来予知の魔眼を有していることに。それは今までの戦いを見れば容易に理解できた。
魔眼持ちは、今までの経験の中で幾度となく戦ったことがある、もちろん、未来予知の魔眼を持っていた魔術師とも戦ったことがある。だからこそ、レベッカ先輩のそれは、かなりの高水準のものだったが……やはりルーカス=フォルストの方が
最後に彼が見せた剣技。
俺はそれを見て、ハッキリと思い出した。もともと兆候はあった。意識の中に可能性はあった。
だがあの技は……あの秘剣を使えるということは、そうなのだろう。
「あなたが……当代の冰剣ですよね?」
「……」
本戦決勝が終わった後、一人で控え室の清掃をしていると現れたのはルーカス=フォルストだった。
俺には予感があった。彼がきっと、俺の元にやってくるであろうと。
「まさか、
告げる。
その事実を、淡々と。
そう。ルーカス=フォルストの正体は、七大魔術師の一人である
魔術師という名称は有しているものの、それは飾りにすぎない。その本質は、ただ圧倒的な剣技。中でも秘剣と呼ばれる特殊な剣技を十ほど有しているのが、絶刀の魔術師。
それに俺は先代の
秘剣もいくつか見たことがあるが、それは間違いなく本戦決勝でルーカス=フォルストが使ったものと同じだった。
ニヤリと不敵に微笑む彼は、わずかに殺気を漏らしていた。
「やっぱり分かりますか?」
「あぁ。あの秘剣を見て、気がつかないわけがないだろう」
「ふふ……やっぱりそうだ。あなたなら、気がつくと思いましたよ」
「どうして大会に出た? 絶刀の魔術師ならば、この
「見せたかったんですよ、あなたに」
「どういう意味だ?」
その男性とは思えない美しい顔は、急にスッと表情を失う。
そして彼は冷淡に告げる。
「僕は、冰剣と戦いたい」
「……」
「最強の魔術師は絶刀であると、示したいんです」
「それだけか?」
「えぇ。それだけです。だから今年の
「来年、俺に出場しろと?」
「そうです。ですが、
「……」
「じゃないと、本気で戦えませんから」
絶刀は言いたいことは言ったのか、そのまま踵を返す。
「ではまた来年。この
去っていくその姿を、俺はじっと見つめていた。
絶刀の魔術師。
その実力は近接最強格とも評されている。
だが、やはり……魔術師の中で最強なのは冰剣だと言われている。
師匠が作り上げたその功績は、有無を言わせない。だからこそ俺は思った。
この師匠の功績を無為にしないためにも、最強の座は譲らないと。
「来年か……」
ボソリと呟く。
来年、俺の
そう願った──。
◇
翌日、閉会式が行われた。
俺たちはそこで、アメリアが表彰されるのを見ていた。どうやら魔術での治療でも完治はできずに、包帯を至る所に巻いているが……アメリアの表情は晴れやかなものだった。
そして優勝者、準優勝、三位となった選手が表彰される。
ちなみにアルバートはアリアーヌとの戦いの負傷により、戦うことは困難で不戦敗と表向きはなっていた。
その実は
実は昨日の夜にアビーさんに以前と同じ部屋に呼び出され、事の顛末を聞いた。ちなみにキャロルと師匠はなぜかいなかった。曰く、反省中だとかなんとか。
「レイ、すまないな。また急に呼び出して」
「アビーさん、ここに自分を呼ぶということは……終わったのですか?」
「あぁ。無事に事は済んだ。お前の手も煩わせてしまい、すまなかったな」
「いえそれは大丈夫ですが……囚われた生徒は……」
「全員、無事だったさ。奴らの目的は殺人ではなく誘拐。生徒には傷一つなかった」
「そう、ですか。安心しました」
「今回ばかりはキャロルの能力が役に立ってな」
「
「あぁ。やはりあいつは魔術師としては世界最高峰に変わりはないからな」
「そうですね。それは自分も認めるところです」
「ま、夏休みのデート? は頑張れよ」
「……あれは悪魔との取引でしたが、約束は守ります」
「ま、リディアも色々と心配していたが……レイもいい歳だ。自分で責任を取るべきだな。あいつはお前のことになると我を忘れるからな。昨日も暴走する二人を説教してな」
「は、ははは……そうでしたか」
どうやら師匠とキャロルは、アビーさんにこってりと絞られたらしい。その後は
そして俺が部屋を出て行くとき、アビーさんは優しい声音で俺に質問を投げかけてきた。
「レイ、
「はい。最高の思い出になりました。また来年も、みんなと一緒に楽しみたいです」
「そうか。変わったな、昔に比べると」
アビーさんが見せる微笑みは、心から嬉しそうにしているように見えた。
「そう、でしょうか?」
「あぁ。レイは昔からそうだが、もっと優しい人間になったな」
「……きっとそれは、友人たちに俺は教えてもらったからだと思います。そしてこれからもきっと、みんなと共に進んでいきます」
「あぁ……そうだな。では今後とも、学院での生活を楽しんでくれ。
「ありがとうございます」
そうして一礼をして、俺はその場から去って行く。
昨夜の件はこれで終わり、今は閉会式をみんなで見ている最中だ。
アメリアの隣には、さらにボロボロになったアリアーヌがいた。彼女は閉会式に出るのは困難とされていたが、アメリアの手を借りてこの場に出てきていた。二人ともに包帯を巻いており、側から見れば痛々しい姿だ。
だが俺はそんなことは思わなかった。
ただ二人は壇上で、笑い合っている。何を話しているかは分からないが、その笑顔は心からのものだとよく理解できた。
「アメリア、おめでとう!!」
「アメリアちゃーん! おめでとうっ!」
「おめでとう、アメリアーっ!!」
「おめでとうー!」
応援団のみんなが、彼女にそう言葉をかける。
するとこちらに気がついたのか、アメリアはニコリと微笑みながら俺たちに向かって手を振ってくれた。
そうして新人戦の表彰が終わると、次は本戦の表彰に移った。三位から表彰されていき、次はレベッカ先輩の番だった。
ルーカス=フォルストに敗れたとはいえ、先輩は最後まで懸命に戦った。傷もどうやら浅いものだったらしいので、そのまま閉会式に出てきている。レベッカ先輩は晴れやかとはいかないが、毅然とした様子でその場に立っていた。
「……」
一方でただ無表情に、その場に立ち尽くす絶刀の魔術師であるルーカス=フォルスト。彼は笑顔の欠けらも見せずに、そのまま表彰を受けていた。
そして最後に、アビーさんの言葉で大会を締めくくることになった。
「
こうして
この大会に至るまで、そして大会の中で俺は数多くのことを成して……大切なものを手に入れた。
友人とともに、大会を楽しみ……そしてアメリアと共に進んで行くと決めた。彼女の心に触れ……俺は自分の弱さも、受け入れることができた。
人は一人ではいきてけかない。
だから支え合って生きていく。
今までも、そしてこれからも、俺は大切な人たちと共に進んでいこう──。
◇
アメリア=ローズを形容するならば、それが一番適切だろう。
私のことは、誰よりも私が知っている。
決して籠から出ることは叶わず、翼を
でも私は……その籠から飛び立つことができた。
それはみんながいてくれたから。
それに……レイが私の心に触れてくれたから。
生きる意味を、自分で見出すその意味を、教えてくれたから。
だからもう私は、アメリア=ローズは、もう籠の中の鳥ではない。貴族という檻の中にいるのではなく、この大空に、この世界という枠で私は……みんなと一緒に生きていくんだ。
そんな私は今、日記を書いている。それはこれからの自分を、今までの自分を記録するために始めたものだ。
今はちょうど、大会が終わった後のことを書いている。
『アメリア(ちゃん)、優勝、おめでとーっ!!』
祝勝会。
ということで、街の中にあるレストランで私はみんなから祝ってもらっていた。アメリア応援団のみんなが、クラッカーを手に持って賑やかに祝ってくれる。今日は貸し切りらしく、環境調査部の部長さんが手配してくれたとレイが言っていた。
「ささ、アメリア! いっぱい食べよっ!」
「うんうん! すごかったよ、アメリアちゃんっ!」
「あぁ! アメリアもすげぇ筋肉だったなっ!」
「いや……私に筋肉は関係ないと思うけど、その……みんな、ありがとう」
にこりと微笑む。
それは今までのような作り物の笑顔ではない。
レイとの話で知ったけど、みんな……分かっていたのだ。私が偽っていることなど。でも何もいうことはなく、今はただお祝いしてくれている。
本当に、本当に感謝しかない。
と、そう考えると涙がポロポロと溢れてしまう。あぁもう、本当に最近は泣いてばかりだ。でも今回のものは、嬉し涙だった。
「う……ぐす……みんなぁ……ありがとぉ……」
感極まって泣いていると、隣に座っているレイがハンカチを渡してくれる。
「アメリア。使うといい」
「うん……ぐすっ……ありがと……」
いつものように話しかけてくれるレイ。でも私はどこか……気恥ずかしかった。彼の方はいつも通りだけど、やっぱりなんというか……妙な気持ちになるのだ。不思議だけど、今はそうとしか言えない。一体これは何なのだろう?
「アメリアちゃん、凄かったね!」
エリサが目を輝かせながら、そう言ってくれる。
「うんっ! ありがと!」
そこから私は、色々とみんなに話した。決勝戦での戦い、それにアリアーヌと戦うことがどれだけ大切で、彼女に勝ったことがどれほど嬉しかったのかを。
その全てを……自分の全てを、話すことができた。
みんなには謝罪もした。今まで信頼できないと思っていたことを。でもそれを、笑って受け入れてくれた。
本当に私は……私は、素晴らしい友人を持つことができたと……そう思った。
「アメリア。ここにいたのか」
「レイ……」
今は店内でみんな大騒ぎだった。
途中でお酒でも入ったのか、なぜかクラリスが酔っ払い。次にはエリサ、エヴィ、それに環境調査部の人もなぜか酔い始めたのか、大騒ぎになってしまった。途中でエリサが暑いと言って脱ぎ始めた時は、内心ではやった! と思ったけど男性陣もいるので死守しといた。
あのおっぱいは私のものだからっ! 誰にも渡さないっ!
ちなみに夏休みにはお泊りしようか、なんて話も出ている。その時に絶対に一緒にお風呂に入るので、ぜひ堪能したいと思う。ぐへへ……。
と、そんな余談はいいとして。
今はなんとなく……外に涼みに来ていた。ちょうどレストランの二階にはベランダがあったので、そこで冷たい風に当たっていた。そんな矢先にレイがやってきた。
「アメリア、改めて優勝おめでとう」
「うん。ありがとう」
暫しの沈黙。
でもそれは嫌じゃなかった。
ただレイといるだけで私は落ち着くことができた。
でもその……あの時のことを思うと……その、すごく恥ずかしいというか……あれって今思うと、こ、こ、告白みたいというか……それすらすっ飛ばして、婚約の言葉というか……。
いや分かっているわ。もちろんあれは、友人としての言葉だと。レイにも私にも、そんな感情はなかった。ただこれからみんなで一緒に進んでいこうと、そう誓ったのだ。
でもあれからレイの顔を見ると、妙に体が熱くなるのは気のせいかしら……いや、その……きっと気のせいよ! うん!
ということで私は極めて冷静に、そう、それこそ友達と話すように、彼に話しかける。うん。冷静にね、冷静に。
体が熱いのはきっと、みんなの熱気に当てられたせいだ。
「あ、そういえば……レイは私の能力、分かっていたの?」
「いや、厳密には分からなかった。ただ、あの訓練の際……君には莫大な才能が……
「そっか……でも、さ。その才能は確かに先天的なものかもしれない。けど、私が頑張った結果だよね……?」
「当たり前だろう。
「ありがとう、レイ。本当に、本当にありがとう……」
レイがいなければ、私はずっと籠の中の鳥だった。
でも彼のおかげで私は、私になることができた。
だから本当に、レイには感謝しかない。
「ねぇ、レイ」
「どうした?」
自然に私はそっと彼の手を握る。これ以上の言葉は必要なく、彼もそれを受け入れてくれる。
私たちは互いの体温を、ここに生きていることを確認しながら……私は束の間の幸福感に浸る。
「その、さ」
「なんだ?」
「夏休みだけど、うちに来ない?」
「アメリアの実家に?」
「うん……その、ね。お母様に話したの、レイのこと。あ、冰剣のことは話してないよ? でもその……仲のいい友達ができたって言うと連れて来なさいって言うから……その、私も来てくれたら嬉しい」
「もちろんだ。夏休みはまだ予定も空いている。是非、行かせて欲しい」
「うんっ!!」
もう私は一人じゃない。
そう改めて思う。
ふと空を見ると、一番星が輝いていた。
私もこの星のように……この世界の下で、煌めくような人生が送りたいと──そう願った。
「アメリアちゃーんっ!」
「アメリアー!」
「アメリア!」
「おーいっ! アメリアー! いくぞーっ!」
「うん! ちょっと待って!」
もっと書きたいことはあったけど、これで十分かな。
瞬間、窓から風が入ってくる。
それはパラパラと、ページをめくり……日記が閉じてしまう。
そしてそこには、空に羽ばたく大きな鳥の絵が描かれていた。
この日記を買う際に、私はこのデザインだからこそ買うことにした。
もう私は籠の中の鳥じゃない。
この大空に飛び立つ鳥なのだと、そう分かっているから。
窓越しに空を見上げる。
夏らしい、澄んだ美しい空だ。蝉の鳴き声も、この茹だるような暑さも、全てこの夏を構成しているものだ。
今まで夏は嫌いだった。それに、自分も嫌いだった。大嫌いだった。
でも今は、この夏も、自分も大好きだ。みんなことも、大好きになった。
「アメリアーっ! 置いていくぞーっ!」
レイの声が聞こえる。
今日はみんなで街に遊びにいく約束をしていた。数日後にはみんな実家に帰り始めるから、ちょうどいい機会ということでそうしたのだ。
「待ってー! いま行くからっ!」
そうして私は、みんなの待っている方へと向かう。
瞬間、鳥の鳴き声が聞こえた。
後ろを振り向くと……窓越しに一羽の鳥が、この大空に舞うのが見えた。
きっと私も、これからこの大空へと飛び立っていくのだろう。
◇
二章 空に舞う鳥 終
番外編 Summer Vacation 続
二章終了です! 二章はアメリアの物語でしたが、いかがでしたでしょうか? 二章はギャグ回、女装回、筋肉回、アメリアの独白、マギクス・シュバリエなどなど……盛り沢山で、10万字で終わる想定を大幅に上回り、二章だけで20万字を超えました……二倍ですね(汗。冗長だったかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けたのなら、私としても嬉しい限りです。
それともしよければ、『★で称える』という箇所をタップして星を入れて頂けると幸いです(一人最大三つまで)。今後の更新の大きなモチベーションになりますので、ここまでの物語が少しでもよかったら、何卒お願いします!
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