第60話 ダークホース



「し、試合終了おおおおおお!! しかしこれは……前代未聞ですっ……なんと試合時間は……二秒!! これは長い歴史を持つ魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの中でも歴代最高のタイムです!!」



 圧巻。


 いや、この試合はそんな言葉だけでは表現できない。


 おそらくこの場にいた魔術師で、この試合をまともに説明できる者はほとんどいないだろう。俺もまた、見逃すところだったが……何とか理解していた。そして、この本戦に突如現れたノーマークの選手。


 その選手こそが、この大会の本命であると誰もが分かってしまった。


 単純明快。ただその一刀のみで試合を決めてしまったのだ。これほど分かりやすいものはないだろう。


「勝者は……ルーカス=フォルスト選手!! なんと、メルクロス魔術学院の二年生ですっ!! 優勝候補に上がっていない、ノーマークの選手でしたが……ここでダークホースが現れましたあああっ!!」


 ルーカス=フォルスト。


 名前だけは一応頭に入っている。メルクロス魔術学院の二年生であり、剣ではなく刀を使う珍しい魔術師であると。その戦闘スタイルから剣技型、中でも超近接距離クロスレンジでの戦闘は得意だと思っていたが……まさかここまでとは、誰も思いはしなかっただろう。


 すぐに持っているパンフレットでその選手を改めて確認する。大会では出場選手のリストがパンフレットになって配布されているが、それはやはり注目度の高い選手ほどその枠が大きくなる。


 その中でも、ルーカス=フォルスト選手の枠は一番小さいものだろう。ただ一行だけ紹介が載っている程度だ。


 身長は百六十五センチとそれほど高くはないが、その甘いマスクはきっと多くの女性を魅了するだろう……というのは、事前の情報でも男性にしては中性的で美しい選手として評判だったからだ。


 長い黒髪を後ろで一本にまとめ、顔つきも激しさはないがその中には確かに男性らしさも残っている。そんな彼は、刀を鞘にしまうとそのまま一礼をして会場から去っていく。



「なぁレイ。見えたか?」

「かろうじてな」

「俺は全くだぜ……何をしたんだ?」

「単純だ。内部インサイドコードで身体強化をして、接近し……一閃しただけだ」

「マジで……それだけなのか?」

「あぁ。特筆すべきものはない。シンプル故に、強力だな。対策も立てるのは難しい。あそこまで超近接距離クロスレンジに特化していれば、どうしようも無いだろう」

「マジかよ……確か、さっきの相手は……」

「レベッカ先輩と去年決勝を戦った相手だな。この魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ、本戦の優勝候補であったが……まさか、大会最速で敗れるとはな……」

「……あぁ。マジでこういうことって、あるんだな」


 幸いなことに、レベッカ先輩にあたるとしたら決勝だ。そしてそれはおそらく現実のものになるだろう。果たして、レベッカ先輩は彼に対してどのように戦うのだろうか。


 こうして大会は大きな波乱を呼びながらも、進行していく。



 ◇



「アルバート?」

「レイか……」

「奇遇だな」

「あぁ。そうだな」

「一回戦突破おめでとう」

「ありがとう。だが……」



 あの後、運営委員としての仕事があるために移動をしている最中、俺はバッタリとアルバートに出会う。


 そうか確か次の試合は……彼の試合だった。


 一回戦は無事に突破して、これから二回戦。俺も清掃活動が終われば、運営委員として一階にある待機室で観戦することになっている。


 そして、俺は早めに移動しようと心掛けていたので、こうして足早に地下に向かっているわけだが……少しだけ雑談する時間はありそうだった。


「そうか。確かアルバートの山には……」

「……アリアーヌ=オルグレン。彼女が待っている」

「アリアーヌか……強敵だろうな」

「あぁ。俺も試合を見たが、選手としてあれほど嫌なタイプはいない。なんて言っても、小細工が通用しないからな」

「彼女の性格からしても……それはそうだろうな」


 アリアーヌの第一試合。


 あれはすでに観客だけでなく、選手の間でも大騒ぎになっているらしい。なんと言っても、大規模連鎖魔術エクステンシブチェインである深紅爆裂クリムゾンノヴァを真正面から打ち破ったのだ。


 アリアーヌの本質はそれで理解できた。彼女はバランス型に思えたが、その実、剣技型。その中でも超近接距離クロスレンジを得意としている魔術師だろう。


 この超近接距離クロスレンジを本領としている魔術師の厄介なところは、対策という対策が立てにくいことだ。あるとすれば、懐に入れないこと。しかし、このタイプの魔術師は内部インサイドコードの扱いが抜群だ。それこそ、近距離戦に持って行く戦い方は熟知している。


「アリアーヌは、超近接距離クロスレンジを本領としているが……」

「……そこから先は言わなくてもわかっている。彼女に対して、対策など今更立てようも無い。それに俺も近距離での戦いを得意としている。詰まるところ、戦うとしたら力と力のぶつかり合いになる……わかっているさ」

「そうか、すまない。余計なお世話だったな」

「その気持ちはありがたいけどな。さて……俺は行く」

「あぁ。健闘を祈る」


 アルバートと俺はがっしりと手を握り合うと、フッと微笑んで互いにすれ違うようにして逆方向に向かって行く。


 アルバートの手は分厚いものだった。どれだけの修練を重ねたのだろうか。俺との戦いを経て、現実を知り、それでも足掻き続ける。そして目の前にはアリアーヌ=オルグレンという強敵が立ちはだかっている。


 二人ともに負けて欲しくはない。しかし俺は、アルバートの努力が実って欲しいと……そう願った。



 そして俺はクラリスと共に清掃活動をした後に、アルバートの試合を見た。二回戦の相手はディオム魔術学院の生徒だった。相手はバランス型だったが、途中でいきなり近距離戦に持ち込んできて……アルバートは面食らってしまったが、それでもなんとか対処して勝利をもぎ取った。


 こうしてアルバートはついに準決勝にコマを進めることになったが……やはり先ほどの会話でしたように、次に来るのはアリアーヌだろう。果たして、試合はどうなるのか……。



「押さないでくださーい!」

「慌てず、ゆっくりと退場くださーい!」



 試合終了後。人手が少しばかり足りないということで、俺とクラリスは退場する人の整理を行っていた。と言っても、注意を促すだけなのでそれほど大変では無いが……夏の日差しが容赦なく俺たちを照らし続ける。


 そんな中俺は取材を受けている、とある選手を見つけた。


 それは今、最も大会を沸かせている存在と言ってもいいだろう。


 ルーカス=フォルスト。


 腰には刀を差したままで、彼はただ無表情にその質問に答えていた。取材陣の数はそれはもう尋常では無い。俺は微かに人の隙間から彼の表情が見えたが、それは全く読めない。まるで感情という感情が抜け落ちているような。それこそ、精巧な人形では無いかと思う容姿だ。


「……」


 一瞬。ほんの一瞬だけ、視線が交差する。


 間違いなく、彼は俺のことを見つめていた。偶然視線があったのならば、すぐに逸らせばいい。だというのに、彼は俺の双眸を見据えるように……じっと見つめてきたのだ。


 どうして俺を見る?


 俺はこの大会ではなんの知名度もない、ただの運営委員だ。もしかして、俺が以前に感じた視線は彼だったのか……?


 しかし彼ほどの魔術師がどうして俺を気にする。まさか知っているのか。


 俺が七大魔術師の一人である……冰剣の魔術師であることに。そう考えると辻褄が合うのだが、彼はすぐに俺から視線を逸らす。


 やはり、考えすぎだろうか。


「ちょっとレイ! ぼーっとしないでよっ!」

「あ、あぁ……すまないクラリス……」

「? どうしたの? もしかして体調悪い? 大丈夫? それなら私が救護室に付き添うけど? この暑さだと、熱中症もあり得るから」

「いや大丈夫だ。心配かけてすまない」

「ふーん。ならいいけど、あんまりぼーっとしないでよねっ! 心配するんだからっ!」

「あぁ。今後は気をつけよう」


 そうして俺たちは仕事に精を出すのだった。


 あれから魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ恙無つつがなく進行していき……ついに新人戦、本戦共に準決勝まで選手が出揃った。


 ベスト4の人間が揃うことで、今残っている選手は、新人戦と本線を合わせて八人だ。


 アメリア、アリアーヌ、アルバートは順当に残り、レベッカ先輩も……そしてルーカス=フォルストもまた残っている。


 果たして、新人戦、本戦共に優勝するのは誰になるのか。


 そんなことを考えるが、俺にはある懸念があった。


 それはこの魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエが始まってから、アメリアと会話をしていないということだ。いや、試合はずっと見ている上に、応援団としての活動も欠かさず行っている。


 アメリアはいつもニコリと微笑みながら、少しだけ気恥ずかしそうに俺たちに手を振ってくれている。


 かげりは見えない。


 だがアメリアは隠すのが上手い。その本心では、何を思っているのか……俺には分からない。彼女が話してくれるまでは、分からないのだ。アメリアはこういう人間だと思ってはいても、俺は俺が勝手にそう思っているだけ。



 俺は……怖かった。


 彼女のその心に触れていいのか。アメリアが進む先に何があろうとも、俺は絶対に助けたいと思っている。でもそれは彼女のためでもあるが、自分のためでもあった。


 俺もまた、みんなと同じように途上だ。七大魔術師の中でも最強と謳われている冰剣の魔術師ではあるが、まだ未熟な存在だというのは承知している。


 今はもう、隣に師匠はいない。


 俺は自分の意志で前に進まないといけない。


 みんなと、アメリアと共になら……俺もまた進めると、そう思っていた。しかし果たして本当にそうなのだろうか。


 俺の選択は間違っていないのか?


「アメリア……」


 ボソッと彼女の名前を告げる。


 今は無性に、アメリアの声が聞きたかった──。


 

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