第54話 純白のスール
「いらっしゃいませぇ〜☆」
大きな声を上げながら、俺たちは集客と接客を続ける。
一番売れ行きがいいのは、Aセットだ。ということで三人の中では俺が一番働く形になっている。もちろん現在は大量のとうもろこしが出ているので、部長たちの作業量も半端ないことになっている。
魔術によって、溢れ出る煙を何とか後ろの方に邪魔にならないように流しながら、全員で懸命に作業を続けている。そろそろ汗もすごいことになってきたが、タオルでふき取りながら笑顔は絶やさない。
なぜなら俺たちはプロフェッショナルだからだ。
俺の女装はすでに口コミで広がっており(もちろん女装とはバレていないが)、それにエリサやクラリス目当ての客も増えつつある。
もはやこの行列が止まることはない。
灼熱の日差しが容赦なく肌を照らしつける。だが我慢だ。美は我慢。キャロルにそう言われた俺たちは、耐え続ける。エリサもクラリスも我慢して続けているのだ。
ここで俺が引っ張らないでどうする……!
「お、応援してます!」
「ありがとうございますぅ〜☆」
なぜか俺は現在は売り出し中のアイドルかモデルと勘違いされ、別れ際になぜか『応援してます!』と言われることが多くなった。
俺も別に否定して回転率を落とすわけにもいかないので、そのまま感謝を伝えて終わる。そんな中、列の中に目立つ人間がいた。
日傘を差している女性。全身は黒を基調としているワンピースだが、腕と足は黒の保護スリーブで覆われており、念入りに日焼け対策をしているのがわかる。素肌が見えている部分は、顔以外ではほとんどないほどだ。
女性としては肌に対する保護は重要なのだが……俺はなぜその女性がそこまで念入りに日焼け対策をしてるのか理解した。
──そうか。これはきっと……。
接客をしながら、俺はチラッとだけその女性を再び見る。
おそらく、先天性白皮症。別名、アルビノとも呼ばれている。これは先天的にメラニン色素が欠乏してしまうもので、肌だけではなく髪の色もまた純白。そして、その双眸は真っ赤な灼眼。
まるで、空想の世界から出てきたかのような……そんな美貌を有していた。
最近では、魔術的な要因によりアルビノが増えているという学説もある。それは
実際のところ、その真偽は未だに謎である。しかし、確実に昔よりは数は増えているので珍しいといえば珍しいが、特別何か思うことがあるわけではなかった。
むしろ、この暑い中、それに日差しがきついという中でわざわざ並んでくれて、こちらとしては感謝しかない。
「ねぇ、お姉さん可愛いねぇ〜」
「うんうん。後でいいとこ行かない?」
と、その女性の前にいる男たちがナンパ紛いのことをし始める。
その女性は……よく見ると、幼い顔立ちをしている。その風貌と真っ白な肌に、純白の髪。その姿はまさにこの世界から完全に分離しているかのように思えた。
髪型は前下がりのセミロングであるも、前髪は斜めに切られており、片目だけが見えている状態だ。それに髪を耳に掛けている方には、大量のピアスが目立つ。それは耳たぶだけでなく、軟骨の部分にまで及んでいる。
かなり派手な印象だが、実際には少し顔つきは大人しい印象を俺は抱いた。
そんな彼女に声をかけたくなるのもわかるが、少しだけ日傘を持つ手が震えていた。ならば俺がする行動は一つだろう。
「お・きゃ・く・さ・まぁ〜☆」
俺はニコニコと微笑み、そしてその間に挟まるようにしてその女の子を守るようにして動く。すると、男たちはぎょっとした顔をして俺の方を向く。
「こちらにどうぞぉ〜☆ ささ、お早くお選びくださぁ〜い☆」
「あ……はい」
「う……うん」
その二人の男性客の手を引くと、否応無く注文を促す。一方の女の子はキョトンとした
そして二人は俺の動きにビビったのか、エリサとクラリスを指名。次にやってきたのは、その女の子だった。
「いらっしゃいませぇ〜☆ ご注文、いかがいたしますかぁ〜?」
「あ……あの……」
「いかが致しました?」
「あ……ありがとうございました……!」
「いえいえ。全然大丈夫ですよぉ〜☆」
バッと顔を上げて、そのままぺこりと頭を下げる。
そして互いの視線が交差すると共に、妙な感覚に陥る。確かにアルビノの人は珍しいのだが……誰かに、知り合いの誰かに似ている気がするのだ。
「あ……あの! お名前聞いても……いいですか?」
「リリィー=ホワイトですっ☆」
キラッと歯を見せながら、にこやかに微笑む。そうすると、彼女のその顔が真っ赤に染まる。純白の肌をしているため、その変化はとてもわかりやすかった。
「あ。じゃあ……その……Aセットで……」
「はぁ〜い☆ ご指名ありがとうございま〜す! Aセット、入りまぁ〜す!」
「あいよー! Aセットねー!」
そうしてこちらに悪魔のとうもろこしが来ると、俺は彼女の口元に向けてそれを運ぶ。
「はい、あ〜ん☆」
「あ、あーん……」
パクリと彼女はそれを食べる。すると、顔がパッと花開くように綻ぶ。それはまるで一輪の花。しかしこの笑顔……どこかで見たことがあるような、そんな気がしていた。そうだ。今朝、どこかで見たような……。
「お……美味しいです!」
「そうですか? よかったですぅ〜☆」
いつもならここで会話を終了して次の接客に向かうのだが……彼女は最後に自分の名前を告げた。
「あ……その、私! マリア=ブラッドリィと言います!」
「ブラッドリィ……? もしかして?」
そうだ。
言われてみれば似ている。
確かに肌色と髪の色と、その双眸の色だけをみればわからない。しかしその顔の造形をよく見ると……似ているのだ。
俺がよくお世話になっている、レベッカ先輩に。
そしてブラッドリィという性からして間違いなかった。彼女はレベッカ先輩の妹だ。
「もしかして、レベッカ先輩の妹さんですか?」
「え!? 姉をご存知なのですか?」
「はい。私は今年度入学した一年生なのですが、とてもお世話になっていますよ」
「そ……そうですか……」
驚いたと思いきや、少しだけ顔に暗い影が差す。
ふむ……そう言えば、レベッカ先輩に妹がいるという話は聞いていなかった。もしかして仲があまり良くないのだろうか。しかしここで詮索するほど、俺は無粋ではない。
「あ……あの!」
「はい。どうかしましたか?」
「お、お姉様と呼んでも?」
「そうですね……構いませんよ。私もマリアさんとお呼びしても?」
「は……はい! リリィーお姉様……」
羨望の眼差しで見つめて来るマリア嬢。この熱気からなのか、それとも別の要因なのか、彼女の頬には朱色が差していた。
「私、決めました! 来年はアーノルド魔術学院に行って、お姉様の後輩になります!」
「ふふ……そうですか。楽しみにしてますねっ!」
そしてニコニコと微笑みながら、彼女は軽く手を振って、会場へと向かっていく。
「お姉様ー! また来ますね〜!」
「は〜い! またのご来店をお待ちしております〜!」
しかし残念ながら、来年入学してもリリィー=ホワイトはいないだろう。いや、女装する機会はまたいつかあるかもしれないが……彼女の幻想は壊したくない。この事は心に秘めておこう。
「ねぇ……」
「どうしましたか、クラリス」
「あんたって罪な女ね……」
「ふふ。そうでしょうか?」
「えぇ。あの子きっと、来年の入学を楽しみにしてるわよ」
「それはまぁ……仕方ないですね……」
「うん……でも儚い幻想だったわね……」
クラリスが近寄ってきてコソッとそう言って来るので話に応じていると、エリサが珍しく声を上げる。
「ちょっと二人ともっ! 忙しいんだから、雑談はダメだよっ!」
「あ、ごめん……」
「ごめんなさ〜いっ!」
「……あんたが可愛く言うのなんかムカつく!」
そして、その後やって来たのはなんと、アリアーヌとティアナ嬢だった。アリアーヌは以前と同じように、学院の制服を着て、綺麗な
そしてティアナ嬢もまた今日はアリアーヌと同じ髪型だ。それに真っ白なワンピースを着ており、とてもよく似合っている。
「リリィーお姉ちゃん! Aセット、ふたつくださいっ!」
「まぁ! ティアナちゃん! お久しぶりですね!」
「うんっ! リリィーお姉ちゃんは、前とちょっとちがうねっ!」
「えぇ。今日はギャル仕様ですよ!」
「ぎゃる?」
「そうですね。派手で可愛い人のことですよ」
「へぇ〜! でもそうだね! みんな可愛いねっ!」
「ふふ。ありがとうございます!」
ティアナ嬢とそう会話をしていると、アリアーヌもまた俺に話しかけてくるのだった。でもその顔は完全に辟易しているというか、呆れているようだった。
「レイ、次会うときは……」
「……しーっ! ティアナちゃんがいますから!」
「あ……そうですわね。というよりも、私はあなたが本物の女性にしか思えませんのですけど……」
「そうですね。今はリリィーちゃんですので」
「そ……そうですか。いつか本物のあなたに出会えることを願いますわ……」
そして二人にAセットを堪能してもらい、俺たちはさらに作業を続ける。この暑い日差しの中で休憩なしに客を捌き続ける。しかし今は、Aセットに注文がかなり殺到しているのでなんとかエリサとクラリスも頑張ることができている。
一方の俺はこれぐらいでは倒れることもないので、そのままニコニコと微笑みながらAセットを売り続ける。
そうしていると……俺はある女性を発見する。
メイド服の女性に車椅子を押してもらっているその人は……師匠だった。今日の師匠の服装は半袖のシャツにロングスカートとラフな服装である。そして、列が消化されていき、ちょうど俺の目の前にやって来る。
「レイに会いに来たんだが……もしかして、いないのだろうか?」
「師匠、私ですよ」
「……あ、は?」
「リリィー=ホワイトです。師匠にもらった名前ですよ?」
「お、お前が……レイだと?」
「今はリリィーとお呼びください☆」
「ば……バカな……お前のそれは……どうなっている……」
師匠の驚いた
いつもは無表情なので、とても珍しい。それに視線は俺を見た後に、作業をしている部長たちの方にも向いていた。カーラさんの知り合いでもいるのだろうか。
そして俺はリリィーのまま、師匠と会話を交わす。
「キャロルにお世話になりましたのでっ!」
「そ、そうか……しかし、
「今の状態でも、
「そ……そうか。いや、第二次性徴を迎えた後のお前のそれは初めて見るが……まじか……そんなところまで、お前は天才なのか……一体どこに行くんだ……」
師匠がそう告げるので、俺もまた真剣な声でそれに応える。もちろん女性の声のままであるが。
「……師匠、私はあなたのおかげでこの学院生活を楽しめています。だから今後も掛け替えのない友人と共に、この学院生活を謳歌しようと思います」
「そうか……いや、レイはそういうやつだったな。どこまでも真面目で、優しい人間だからな。私としても、楽しそうなレイの姿が見れて嬉しいさ」
「……はいっ!」
Aセットを注文したカーラさんと師匠にそれぞれあ〜んをすると、カーラさんは非常に満足そうに、師匠も嬉しそうな
ふ……どうやら俺のこの技術も、師匠の予想を上回るほどになったのか。
感慨深いなと、そんな思考に
そしてそれから一時間後……。
「これで最後で〜す。本日は完売で〜す! ありがとうございました〜!」
「「ありがとうございました〜!」」
と、売り子三人で挨拶をすると、『売り切れ、御免』の札を掲げる。驚異的なスピードで悪魔のとうもろこしは売れて行き……なんと販売数時間で今日の分が
「レイ」
「はい。部長」
「最高の成果だ。また明日も頼む。そちらの二人もよろしく頼む」
そのあまりにも大きな体躯が俺たち三人にお辞儀をしてくる。もちろんそれに応じないわけはない。
「任せてくださいっ!」
「う……うん! 私も頑張りますっ!」
「しょ、しょうがないから、やってあげるわっ!」
こうしてのちに伝説となる、悪魔の屋台が生まれるのだった──。
曰く、悪魔的な美味しさと、悪魔的な可愛さで、客を中毒にするとか、なんとか……。その真相はその両方を味わった当人しか、理解できないという……。
そして俺たちは思っていた。この成功は、きっと後世に残るものであると。しかしこの時はまだ知らなかった。上手くいき過ぎるのも、考えものだということに……。
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