第二章 空に舞う鳥

第27話 籠の中の鳥


 かごの中の鳥。


 アメリア=ローズを形容するならば、それが一番適切だろう。


 私のことは、誰よりも私が知っている。


 決して籠から出ることは叶わず、翼をがれ、ただ地面に伏せるだけ。


 でもそんな私は、周囲から賛辞の声だけを受け取っている。



「さすがはアメリア様!」

「アメリア様は美しいのに、聡明で素晴らしいお方だ」

「さすがは三大貴族筆頭ローズ家の長女ですね。本当に素晴らしい」



 そんな言葉は聞き飽きた。


 私を褒めている人間は、アメリアを褒めているのではない。三大貴族という血統を褒め、尊び、そしてそれが純粋で素晴らしいものだと……そう思っている。


 貴族の体質は変わりはしない。それはもう、幼い頃から知っていた。他の貴族の子ども、それに三大貴族の子どもたちも自分たちを特別な存在だと思っている。いや、思い込まされている……私にはそうとしか思えなかった。



 三大貴族筆頭のローズ家。



 この家に生まれて私は一度も不満を抱いたことはない。容姿にも優れ、頭脳も明晰、特に魔術の技量はすでに白金級プラチナの魔術師に至ると言われているほどだ。


 でも私には何もない。空っぽな自分をずっと今まで見つめてきた。あまりにも空虚で、がらんどう。それが今の私……この学院に入学した時も思っていた。どうせ私には何も得るものはない。ただ周りに賛美され、栄光の道を登っていくだけだと。


 全てが決まり切ったレール。その上を走って、走って、走り抜けるだけ。達成感など、ありはしなかった。



 でも私は出会った。とても不思議な男の子で飄々としているも、しっかりと自分を持っている彼に。



「アメリア。どうした?」

「いや……別に、何でもないわ……」

「そういえば、そろそろ予選だな。出場するんだろう?」

「えぇ。三大貴族筆頭だからね、新人戦は優勝を目指すわ」

「そうか。応援している。君なら、できるさ」

「うん、ありがとう」



 仮面を貼り付けている自分が嫌になる。


 私は知った。


 彼こそが、世界七大魔術の一人である『冰剣の魔術師』であると。でも彼はそれだけではない。その在り方そのものが、私には眩しかった。


 確かにその過去は悲惨なものだったのだろう。でも彼はそれを乗り越えて、ここにいる。


 憧れる。そして、その存在に焦がれる。


 私とは違う。


 大空に飛び立てる翼を持っているのだ。今はその能力が制限されているとしても、レイはきっともっと偉大な存在になる。私にはそんな予感があった。



 でも、私は籠の中の鳥。それも翼を捥がれ、飛び立つことは叶わない……哀れな鳥だ。



 だから今日も懸命にその籠の中で過ごそう。仮面を貼り付け、ローズ家の長女として振る舞おう。皆が求めているのはアメリアではない。アメリア=ローズという三大貴族の少女なのだから。


 私が私である必要はない。私は血統であり、それを引き継ぐ存在だ。


 だから、今日も仮面を貼り付ける。


 きっと何者にもなれない私へ。


 私はそこにいますか──?




 ◇




「……アビーさんッ!!」



 バンッと音を立てるのを気に止めることなく、俺は学院長の部屋に入っていく。今回ばかりはとても許容できるものではない。


 俺は午前の授業が終了し、昼休みになると同時にすぐにこの部屋にやってきた。



「ん? どうしたレイよ。そんなに慌てて」

「どうしたではありませんッ!! どうして……どうしてあの女がッ……!?」

「あぁ、キャロルのことか。ちょうど暇をしているというのでな。それに、あの件もあったしな……学院の内部を安全に保つのも、私の仕事だ」

「それでしたら、自分も尽力しますッ!! ですからどうか……あの女だけは解雇に……ッ!!」

「え〜。レイちゃんってば〜、そんなこと言うの〜? お姉さん寂しいなぁ……キャピ☆」

「ひ……ひぃいいいいいいいい!!」



 俺がアビーさんに直談判をしに来ているのを知っていたのか、後ろからはちょうどキャロルのやつが現れる。


 今思えば、この空間に3人も七大魔術師がいるのは異常なことなのだが……それよりも、俺はこの女をどうにかしなければならなかった。



 キャロル=キャロライン。


 別名、『幻惑の魔術師』。



 名前をオープンにし、素性なども完全に公開している魔術師。おそらく、七大魔術師の中で今最も知名度があるのはこいつだろう。メディアもまた、こいつの容姿とキャラクターにつられて特集記事を組んだりしている。


 そんなキャロルの本職は研究者だ。師匠と同じだが、キャロルは師匠とは違い根っからの研究者だ。特にコードの扱いでは、こいつの右に出る者はいないと思う。


 といっても、その魔術の性質から実戦もこなせるオールラウンダーではあるのだが。


 その中でも、師匠とアビーさんとこいつは3人とも同期で親友らしく……俺も幼い頃に出会ってはいるのだが……。


 やはり、あの恐怖だけはまだ拭い去ることはできていなかった。


 自分でもいうのも何だが、少々の事では動じない性格をしていると自負している。だが……こと、キャロルのことになると俺はダメなんだ……。


 本能がこの女は危ないと警告しているのだ……主に、性的な意味で……。



「ふふ……レイちゃんってば、大きくなったねぇ〜☆」

「待て、止まれ。とりあえず、そこから先は近寄るな……」

「え〜? 久しぶりなんだしぃ〜、抱きしめたらダメなの〜?」

「ダメだ……絶対に、絶対にダメだ……」

「あの時のことは謝るからさぁ〜、ね?」

「とか言って、同じことをするつもりだろう?」

「うふ。うふふふふふ☆ 分かっちゃう?」

「あの時と同じ目つきをしているからな……」

「だって、こーんなにもいい男になったんだよ? やっぱり、小さい頃に目をつけていた私は大正解! って感じじゃな〜い? キャピ☆」



 そう。俺は幼い頃に、この女に襲われかけている。


 師匠の家で眠ってる際、この女はあろうことか夜這いをかけて来たのだ。


 当時の俺は自分が本当に食べられてしまうのだと恐怖し、すぐに師匠に泣きついた。もちろんそのことを知った師匠に怒られるキャロルだが、この能天気な性格の通り、全くそんなことは気にしない。


 俺はしばらく夜が満足に眠れないほど、キャロルにはトラウマを植え付けられているのだ。


 もちろん女性は美しい存在であり、褒めるのは当然だ。でも何事にも例外は存在する。俺にとってのそれが、このキャロル=キャロラインである。



「まぁ、レイも落ち着け。キャロルはその魔術の性質からしても、使い勝手がいいからな。我慢してほしい」

「えぇ……キャロルが俺たちの担任だと……?」

「そうだよ〜。よろしくね、レイちゃん!」

「……」



 初めてこの学院に来て、退学したいと思った瞬間だった。でも今更そうするわけにもいかないので、俺はここはぐっと堪えておいた。



「さて、レイ。そろそろ魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエが近いのは知っているな。出ないのか?」

「いえ自分は……前の件もありますし。それに限定的に能力は解放できるとはいえ、また暴走するとも限りませんから」

「え〜、レイちゃん出ないの〜? 新人戦なら余裕で優勝できるのに〜? もっと目立ちたいとかないの〜?」

「お前と違って俺は普通に学生生活を送りたいんだ……」

「え〜? そうなの〜? ま、私はそれもいいと思うけどね☆ キャピ☆」



 う……うぜぇ……。


 七大魔術師は癖のある魔術師が多いが、この女は中でもトップクラスのウザさだと思っている。基本的には誰であっても敬意は払うが、どうしてもキャロルにだけはそうもいかなかった。


 こればかりは……やはり変えようがないものだった。



「なるほど。まぁ……リディアにもレイのことはくれぐれも頼まれているからな。無理強いはできまい」

「そうなのですか?」

「あぁ。あいつは弟子バカだからな」

「ははは……」



 苦笑いするも、俺はそれがある種本当のことなので、否定することはなかった。



「ま、キャロルの件は諦めてくれ。こんな性格と言動でも、優秀な魔術師なんでな」

「はい……」

「ひどーい! アビーちゃんもそんなこと言うの!? もう、ぷんぷんがおー! だよっ!!」


 

 あぁ……さらば、我が平穏な学院生活……。

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