第23話 アトリビュート



 吹き荒れる第一質料プリママテリアの奔流。それは俺を中心にして起こっている。この体から溢れ出てくるのは、青白い第一質料プリママテリア


 それを感じ取ると共に、徐々に自分の体が変質していくのを感じる。元々青みがかった黒髪だった俺の髪は、その色を変質させ、肌の色もまたどこまで透き通ったような純白へと変化していく。



「レイ……その姿は……? それに、その髪は……?」



 アメリアは呆然とそう呟く。俺以外の4人は意識はまだあるもすでに立ち上がるだけの気力はない。ただ地面を這うようにして、俺をじっと見つめている。


 あの瞬間、俺はとっさに防御障壁を構築した。そのおかげで近くにいた4人はなんとか意識を保っていた。


 ミスター・アリウムも欠乏症だというのに、この重圧の中でまるで俺の存在を心に灼きつけるような……それこそ、怒りや憎しみとは異なる双眸で俺のことを見つめていた。


 そしてアメリアの指摘の通り、髪はどこまでも白く変質し……そして、少しだけ青みがかった色になる。



 ──この姿になるのも、3年ぶりなのか。



 と、少しだけ懐かしく思う。あの過酷な戦場を想起して、決して気分はいいものではないが……学友たちを守るためならば俺は意を決してこの姿と向き合う覚悟である。



「すごい……第一質料プリママテリアが……レイくんの周りに……」

「あぁ……視える。どれだけ濃いんだよ……可視化なんて現象、普通はありえねぇだろう……」



 エヴィの言う通り、俺の周囲にはすでに青白い第一質料プリママテリアが可視化できるほどになっていた。もちろん第一質料プリママテリアは目に見えないし、色もない。ただ俺という魔術師を媒体として、この世界に青白い粒子として可視化されているだけだ。



「俺のことは……これが終われば話そう。もう隠し事はしない。誠心誠意、謝罪をしよう。だが少しだけ、待っていてほしい。俺はどうやら、グレイ教諭と……戦う必要があるらしい」



 そう告げると、そのまま悠然と歩みを進める。


 俺がその歩みを進めるたび、パキパキパキと地面が凍りついていく。先ほどの紅蓮の世界がまるで嘘のように、周囲はまさに氷の世界と化していた。



 ここにいるのは、正真正銘の七大魔術師の一人である……冰剣の魔術師だ。



「ほう……やはり、お前は只者ではなかったか」

「それはあなたも同じですよ。そして、得心がいきました」



 ニヤッと嗤っているその姿はいつもの彼女ではない。


 だがグレイ教諭は俺の話に興味があるのか、まだ攻撃の姿勢はみせない。どうやら、話には応じるつもりみたいだ。そして俺はそのまま言葉を紡ぐ。



「いいだろう。最後の講義といこうではないか。では、君の憶測を話してみたまえ」

「……すでにその存在は知っています。あなたは、優生機関ユーゼニクスの所属だ」

「続けろ」

「その目的は記憶痕跡エングラム。つまるところは、魔術師の脳だ。そして、あの相談の時に言及していた停学、退学の生徒は……」



 先の言葉の前に、彼女はそれをかき消すようにして高らかに笑い始めた。



「ククク……アハハハハハハハハハハハ!!! あぁ、よく知っているなぁ!! そうだとも、正解さ。レイ=ホワイト。私は聡い人間は嫌いではないよ。さて、君の記憶痕跡エングラムにも非常に興味が出てきたようだ」

「……そして、カフカ森での実習。あれは事故に見せかけて、生徒を誘拐しようとしましたね? あの森に在中していたのも、魔物を操作するため……」

「ククク……そこまでわかっているのか。あの演習は毎年うってつけでなぁ……どうとでも言い訳がつく。そして私は嘆くのさ。悲劇のヒロインとしてな……あぁ、どうして私の生徒がぁ……とな? ククク、いやぁ本当にこの学院は最高だよ……ふふ……若い脳はいい。まだコードに馴染みきっていないし、それこそ記憶痕跡エングラムも容易に抽出できる……ふふ、ふふふふ。毎年一年の担任をしているのも、そのためさ……ククク……あぁ、本当にガキどもは御しやすくて助かるよ」



 俺は怒りに支配されそうになるも、それをグッと堪えてさらに言葉を紡ぐ。



「それに、ミスター・アリウムも様子がおかしかった。他の生徒もそうです。あなたが焚きつけたんですね?」

「ククク、馬鹿な連中さ。プライドばかり高くて、実力が伴わないゴミども。だが、こうして質のいい魔術師がこの場に揃ったのは僥倖だなぁ。特に、三大貴族がいるのは、な……ククク、全て思い通りさ……ふふふふ、あはははははは!! あぁ……本当に素晴らしいなぁ……これだけあれば、優生機関ユーゼニクスでの地位も上がると言うものだ」

「……俺に対する相談も、偽りだったのですね」

「……ククク、当たり前だろう。お前には感じるところがあったからなぁ……興味のある生徒はあぁして、事前に相談に乗るふりをするのさ……面倒見のいい先生としてな? なぁ、私はうまく演じることができていただろう? ククク……」



 嗤う。


 それは不敵な笑みだ。


 こいつは生徒を確保して、殺して、その脳だけを切り開いている正真正銘の人の道を外れた魔術師だ。彼女は面倒見のいい教師として学内でも有名だった。それこそ、一般人オーディナリーである俺にもケアをしてくれるほどに。


 でもそれは、全て偽物だった。


 情などない。ただ、魔術の真理を追究できれば……人間の命など、どうでもいいのだろう。それこそ、こいつらは平然と人間の命を消耗品として扱う。


 それにここまで饒舌に話すと言うことは、決して生かして帰す気は無いのだろう。全員がただの実験するための道具として扱われる。人としての尊厳などなく、ただ蹂躙されるだけ。


 こんなやからは極東戦役で数多く見て来た。目的は違えど、その殺戮に快楽を覚える異常者。グレイ教諭の表情かおはすでに愉悦に浸っているのがよく分かる。おそらくすでに事は済んだと思っているに違いない。


 俺を戦闘不能にすれば、彼女はここにいる生徒の脳を全て確保できる。


 しかし、そんな非道を許しはしない。


 だからこそ、俺のやることは一つだった。



「……腕の一本や二本は覚悟してもらいます。グレイ教諭」

「ほう……まだ私を教師と呼ぶか。しかも、殺すのではなく生かして捉える気か。いいよ……レイ=ホワイト、お前は面白い。しばらくは生かしたまま、その脳内の記憶痕跡エングラムを観察してやろう」



 その言葉が、合図だった。



「──ハァッ!!!」



 地面を踏みしめて、距離を詰める。しかし先ほどの俺の戦い方を知っていたのか、グレイ教諭はすぐに俺から距離を取ろうとする。


 超近接距離クロスレンジでの戦闘が俺の真価だと理解している。今までの会話も、それこそあの相談の時にライト教官が褒めていた……と言っていたのも、リサーチの一環。俺に対して警戒していたからこそ、グレイ教諭はあの場を設けたのだ。


 そしてそれはまさに的中しており、彼女はさらに後方へと距離をとっていく。



「ふふ……知っているとも。お前は近接に特化した魔術師だろう? 一般人オーディナリーだというのに、その第一質料プリママテリアの保有量、それに溢れ出る氷は謎だが……懐に入れなければ……並み以下の魔術師さ……ククク……」



 高速魔術クイック連鎖魔術チェインを掛け合わせて、彼女が生み出したのは、炎の蛇だ。先ほどのミスター・アリウムが生み出した魔術を踏み台にして、火属性の魔術が最もこの場で効果的と弾き出したのだろう。


 非常に合理的な判断だ。それこそ、彼女は感情などに支配されていない。ただ淡々とこの戦闘という作業をこなしているだけだ。


 そして生み出したのは、中級魔術である炎蛇ファイヤースネーク。それは、不規則な軌道を描きながら対象に絡み付こうとする炎の蛇。


 こいつに一度捕まってしまえば、その体は焼け焦げ、朽ち果てるまで離れることはない。いわゆる、殺戮に特化した魔術だ。それに厄介なのはその数だ。さすがはこの学院の教師なのか、その量は視界に入るだけでもすでに200は超えているだろうか。


 地面を滑ってゆく炎蛇ファイヤースネークは不規則に、かつ高速で移動しながら、対象となっている俺を取り囲むようにして迫ってくる。



「くッ……!!」



 能力を解放したとはいえ、俺はまだ完全には馴染みきってはいない。この姿になるのは約3年ぶり。そのため、まだ本領を発揮するには時間がかかる。


 だからこそ、今は距離を取りつつ逃げるしかない。



「ほらほら、どうしたぁッ!! 逃げてばかりでは、どうにもできないぞッ!!! レイ=ホワイトよッ!!!」



 その数はすでに、300に迫る。彼女は依然として不敵に嗤いながら、俺が逃げるさまをニヤニヤと凝視する。さしずめ、狩りでも行っている感覚なのだろう。


 また幸いなことに、その対象は俺だけなので他の生徒から距離を取るようにして、炎蛇ファイヤースネークを一箇所に集中させる。


 そして彼女のその表情をチラリと見れば、愉悦に浸っているのがよくわかる。


 人を殺し、その脳を調べ、魔術の真髄を極めようとする危険な集団。そんな奴をここで野放しにすること、さらには……そんな非道は許されてはならない。



「……ッ」



 ギリっと歯を食いしばる。


 あの戦場でもそうだった。どうして、どうして人を殺すことに悦びを見出せる。どうして、何も思わない。なぜだ……と、思い悩んだのはとうの昔だ。その答えもすでに得ている。


 人間とは、そういう性質も兼ね備えている生き物だからだ。


 全員が聖人でいることなど不可能だ。だからこそ人は争い、戦争というものも生まれてしまう。


 それはある種の宿命。だからこそ俺は……それに立ち向かうしかない。ここにいる全ての生徒を、そして学院でできた大切な友人を守るためにも……俺は……。



「は、つまらんな。ではこれで……どうだ?」



 彼女がさらに生み出した炎蛇ファイヤースネークが狙うのは、アメリアたちだった。彼女たちはまだかろうじて意識がある。そんな中、目の前から何百という炎の蛇が食らいつこうとしてくる。



 敢えて意識のある者を狙うその神経には、ただ怒りしか覚えないが……沈める。今成すことは、彼女を無力化することだけ。不要な感情は切り捨てろ、と自分自身に刻み込む。



「……師匠。使わせていただきます」



 もう出し惜しみをする暇など、なかった。


 それに俺の状態は完全にハマった。それはまるで最後のパズルのピースが当て嵌まるような……そんな感覚だった。


 刹那、脳内でコード理論を走らせる。その感覚は一言で言えば、懐かしい。ここ3年間はまともに行使してこなかったコード理論。内部インサイドコードは使ってきたが、この世界に物質または現象を具現化する外部アウトサイドコードを使うのは……実に3年ぶり。


 だというのに、人間の身体とは不思議なもので、まるで全盛期と同様に俺は魔術を行使した。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング》


《エンボディメント=物資マテリアル




「きゃっ……!!」

「うおっ……!!」

「うわっ……!!」

「なッ!!?」



 そうして、4人の目の前には氷の壁が生成されたいた。その氷壁に炎蛇ファイヤースネークが次々とぶつかっていくも完全に消失していく。


 もちろん、迂回するようにして迫る炎蛇ファイヤースネークは俺が対処していく。次々と氷柱つららを生み出すと、炎蛇ファイヤースネークを突き刺すようにして無力化していく。


 不規則に動き回る蛇たちだが、完全にこの領域内の第一質料プリママテリアを感知している俺は、ピンポイントでその炎の蛇を掻き消していく。


 精密なコードの組み上げ、それに座標認識が必要となる超高度な技術だが……そんなものは、もはや無意識化で行えるほどに俺の感覚は戻りつつあった。



 ──これならば、アレも使えるかもしれない。



「む……? お前、魔術が使えるのか? というよりも、なんだそれは? その規模の魔術を高速魔術クイックで使える? それに、その精度……白金級プラチナの魔術師でもそれは……なんだ……なんだそれは……まさか、お前は……」



 呆然としているグレイ教諭の声など気にならなかった。


 俺の周囲はさらに凍りついていく。完全に地面は俺を中心にして、パキパキパキと凍てつく。この空間は完全なる氷の世界と変化していく。


 焼け焦げた地面の後も、ミスター・アリウムとグレイ教諭が使用した魔術の痕跡も、全てを塗り替え、侵食するようにして俺の漏れ出す第一質料プリママテリアはこの世界に顕在化する。


 もはやこのブロードソードなど必要なかった。持っているそれを凍りついている地面に突き刺すと……。


 こう呟いた──。



「──冰千剣戟アイシクルブレイズ



 一気にコード理論を脳内で走らせると、空中に固定されるようにしてこの世界に顕在化するのは──。


 冰剣ひょうけん


 空中に浮遊するこおりの剣は俺を囲むようにして、この世界に具現化する。さらに右手をバッと横に広げ、その冰剣を一列に整える。


 そして俺は、宙に浮かぶ冰剣を一本だけ右手で掴み取る。


 ──あぁ……この感覚だ。この手に残る確かな冷たさ。それは、俺にあの頃の記憶を呼び起こさせる。



 そして流石にこの現象がただ事ではないと理解したのか、グレイ教諭は口を開く。



「お、お前まさか……いや、冰剣の魔術師は極東戦役で引退したはずだッ!! こんな場所に……それこそ、一般人オーディナリーのお前が冰剣のわけがないッ!!」



 冰剣の魔術師がこんなところに存在しているわけがない、というのも理解できる。七大魔術師の素性は明らかにされていない者の方が多い。むしろ、俺が当代の冰剣の魔術師であることを知っているものは限られている。


 だが、俺は間違いなく師匠の後を引き継いだ冰剣の魔術師である。


 それは何よりも、この冰剣がそれを悠然と物語っている。



「その通りです。しかし、冰剣の魔術師は引き継がれていた……ある一人の少年に……」

「バカな……バカなッ!! バカなッ!! バカなッ!! バカなッ!! あり得るはずがないッ!! そんな戯言をほざくなああああああああああああああああああああああッ!!」



 炎系の魔術を大量に放ってくるも、それは全て冰剣で切り裂いていく。もはや、この手に持つ必要性すらない。この空間に顕現する冰剣はすでに、俺の意のままに操作することができるからだ。



「……」



 見据える。


 グレイ教諭の攻撃は確実に俺を追い詰めるようにして発動していく。


 火球ファイヤーボール火柱ファイヤーピラー火雨ファイヤーレイン。発動こそ、学生でもできるがそれは数えるのも馬鹿らしいくらいのものだった。


 形容するならば、炎の世界と冰の世界の衝突。



 だが俺は冰剣を使用して、全てを切り裂く。その炎が俺の世界を侵食することはありえない。



 縦横無尽の剣戟。もちろん、この手に持つ冰剣もそうだが俺は全ての冰剣を高精度で操作できる。さらに砕け散ろうが、その砕け散った氷を媒介として新しい冰剣を生み出すのも自由自在。


 この圧倒的な手数こそが、冰千剣戟アイシクルブレイズの強みだ。


 懐かしい感覚だが……まだ、俺も衰えてはいないようだった。



「クククク……冰剣がどうした……七大魔術師であろうとも、こいつは……防げまいッ!!!」



 瞬間、膨大な第一質料プリママテリアが彼女に集まっていく。まだ微かにだが、火属性の残滓ざんしが残った第一質料プリママテリアは存在している。それを搔き集めるようにして、グレイ教諭はコード理論を走らせる。


 俺は、その彼女の魔術に真正面から対峙する。




煉獄龍カサルティリオドラコオオオオオオオオオオオオオオッ!!」



 顕現するのは、煉獄の龍だった。それはもはや、ミスター・アリウムが使用した火炎龍フェブリスドラコの比ではない。


 大規模魔術エクステンシブに属する聖級魔術であり、その名の通り煉獄を纏う龍。赤黒い炎によって構築された身体。それが真っ直ぐ俺に向かって、大地を進んでくる。


 地面が灼け焦げるなんて規模ではない。完全にそれは融解を起こすほどの規模の魔術。それに加えてある程度距離があるこの場であっても、肌がかれるような感覚があるほどだ。


 幸いなのは今の彼女は俺しか見据えていないことだった。だからこそ、他の生徒は火傷を負うだろうが、死に至ることはないだろう。




「……ふぅ」



 深呼吸。


 もちろん、この振りまかれる熱波は魔術である程度は防御できるも……それを踏まえた上でも、聖級魔術はやはり尋常ではない。


 使える魔術師はそれこそ、聖級グランドの魔術師に限られる超高難度の大規模魔術エクステンシブ


 だがそんなものに今更圧倒されるなんてことは、あり得なかった。


 なぜならば、今の俺は魔術師の頂点の一人である──冰剣の魔術師なのだから。



 そして俺が行使するのは、冰剣ではない。この規模の魔術ならば、冰剣で対処するよりもさらに効果的な魔術があった。


 それはこの世界で俺だけしか使用できない魔術だ。


 そうして脳内でまた別のコードを走らせる。



「……どうやら、使うしかないようだな」



 発動するのは対物質アンチマテリアルコード。


 それは3年前に師匠が発見した新しいコード。第一質料プリママテリアが物質に変換されるコード理論の中に実は存在していたのが、対物質アンチマテリアルコードだ。それは物質マテリアルコードと相反するようにして存在している。


 言うならば物質や現象には物質マテリアルコードと対物質アンチマテリアルコードが同時に存在している。


 だが、顕在化するのは物質マテリアルコードだけであり、対物質アンチマテリアルコードは潜在化している。


 だからこそ普通は対物質アンチマテリアルコードが発動することはない。しかし今の俺は、その対物質アンチマテリアルコードに干渉して潜在化しているそれを顕在化させることができる。



 コードへの内部干渉。それは俺が得意としている技術の一つだ。師匠に徹底的に鍛えられたそれは、今の俺の中に確かにこうして残っている。



 そして煉獄龍カサルティリオドラコに座標を指定。そのコード、つまりは内部情報形式を読み取ると、内部に残存している対物質アンチマテリアルコードを活性化させる。



対物質アンチマテリアルコード:還元レストレーション


物質マテリアル対物質アンチマテリアルコード》


物質マテリアル還元レストレーション第一質料プリママテリア



「──対物質アンチマテリアルコード、起動アクティベート



 瞬間、聖級魔術である煉獄龍カサルティリオドラコが完全に搔き消える。それは僅かな火の粉すら残らない。完全に魔術としてこの世界に具現化している現象を元の第一質料プリママテリアに戻したのだ。


 ミスター・アリウムに言った言葉の意味はこれだった。


 厳密に言えば無効化ではないし、分解でもない。


 対物質アンチマテリアルコードの本質は『戻す』ことにあるのだ。


 第一質料プリママテリアが物質または現象に変化するコード理論を逆転させることこそ、この対物質アンチマテリアルコードの真価である。

 


「は……あ……? な、ん……だと……? なんだ、なんだそれは……」



 塵すら残らない現象を目の前にして、ただただ唖然とするグレイ教諭。


 無理もないだろう。対物質アンチマテリアルコードは完全に論文の中のものであり、実際に存在していることは確認されているも、使い手はいなかったのだから。



 そして俺は改めて、淡々と告げる。



「冰剣はアトリビュートであり、本質ではない」

「何を……何を……言っている?」



 ──アトリビュート。


 それは言い換えれば、シンボル、象徴ともいうことが出来るだろう。


 だが決してそれは本質ではない。冰剣はアトリビュートに過ぎないのだ。


 冰剣の魔術師。


 それは、決して冰剣だけが使える能力ではないのだ。


 師匠の後を引き継ぎ、俺は知った。その本質というものを。


 そして俺がなぜ今まで自分の能力を引き下げ、固定できていたのか。


 それもまた、この本質が根幹にあるからこそ。そしてそれは冰剣にも繋がっている。


 ある3つの本質を軸に、冰剣の魔術師とは成り立っているのだ。



「あなたに、冰剣の魔術師の本質を見せよう──」



 真の意味で、冰剣の魔術師が顕現けんげんする──。

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