第22話 予兆 


 駆ける。


 俺は地面をしっかりと踏みしめて、彼の攻撃を見据える。


 高速魔術クイック火球ファイヤーボール火柱ファイヤーピラーを駆使しながら彼は攻撃を続けて来る。それはもはや、絨毯爆撃にも等しいものだった。


 彼はすでに超近接距離クロスレンジでの戦闘は自分の方が劣っていると理解しているのか、完全に長距離からの魔術攻撃を選択したようだ。



「おらあああああああああああああああああああああッ!!!」



 雄叫びを上げる彼を見据える。


 それと同時に、俺は感じ取った。それは高速魔術クイック連鎖魔術チェインを組み合わせた魔術。それこそその量は莫大なものになる。


 ミスター・アリウムもまた、決して弱くはない。むしろ魔術師としては優秀である。それは今での攻防を見ればすぐにわかる。が……それは学生の中ではと付け足す他ない。


 そしてその連鎖魔術チェインによる攻撃は、20ほどのコードを連鎖させたものであった。


 降り注ぐ火炎の世界。すでに演習場は完全に紅蓮の世界と化していた。そして地面は融解といかないまでも、完全に焼け焦げるほどになっていた。


 だがもちろん、その炎は永続的に続くわけでもない。


 彼が狙っているのは直撃だった。


 でも今の俺には……届き得ない。



「……」



 黙って攻撃をかわし続ける。剣は低く構えて地面と平行にして、次々とくる魔術の波の中を縫うようにして、駆け抜ける。


 俺は先ほど、自分の限界を少しだけ取り払った。ここまで来てしまえば、完全に出し惜しみをしている場合ではないだろう。


 もちろん、『冰剣の魔術師』として覚醒することはないがその片鱗はすでに見せつつあった。



「何……あれ?」

「どうなっているんだ?」

「あいつは本当に一般人オーディナリーなのか?」



 そんな声が周りから聞こえてくる。


 でも今、音はいらない。すでに俺の脳は無駄な情報を削ぎ落とし始めた。


 特有の感覚。これこそ、師匠の教えと極東戦役で磨きに磨いた実戦技術だ。



「くそッ!! くそッ!! くそッ!! くそッ!! くそッ!! くそったれがああああああああああああああああああああああああッツ!! 止まりやがれえええええええええええええええええええええええええええッ!!」



 喚く。


 すでに感情の制御はできていない。

 

 それは魔術にも如実に現れる。


 感情により生み出されたその連鎖魔術チェインの数は、50にも匹敵するだろう。一度に降り注ぐ、火炎の雨。それが複数回重なり、その数は100、200、300と増え続ける。目の端で周囲を捉えると、観戦している生徒にもその魔術は届いているようだが……どうやら最低限の自衛はできているようだった。しかし、ミスター・アリウムは完全に制御ができていない。周囲の環境など御構い無しに、ただ感情のままに魔術を紡ぐ。


 また魔術とはある程度性格的な要素も関係しており、外向性の高いものは火属性を内向性の高いものは氷属性を得意とする傾向もある。特に彼の場合は前者であり、この魔術によほど自信があるのだろう。


 重ねていく攻撃の規模は徐々に増していく。すでに地面は灼けている箇所がないほどに、この場は紅蓮の炎に支配されていた。


 でも俺は、ある魔術を使いながら躱していく。もちろんそれは、身体強化の内部インサイドコードではない。


 この魔術を適宜発動しているからこそできる芸当。


 おおよそ、他の魔術師が見れば俺はこの炎の雨の中を掻い潜り、さらには炎の海の中を進み続けているようにも見えるだろう。



「どうしてだッ!!? なんで当たらねぇんだよおおおおおおおおおおおおッ!!」



 感情により暴発した魔術は確かに数は多い。でもその質は落ちる。コード理論の中に淀みが生じてしまうからだ。おそらく、コード理論の中のプロセスが狂い始めているのだろう。それは魔術という現象として、この世界に顕在化するも……すぐに掻き消えてしまう。地面にはくっきりとその足跡は残るが、俺にダメージを与えることは決して叶わない。


『コードの構成術式が甘い』


 師匠がこの場にいれば、そう言っていたに違いなかった。



「……さて、様子見はここまでだな」



 俺は改めてそう呟く。すでに底は見えた。


 おそらく彼の一番得意としている魔術も予測できている。俺が次に取る行動から、彼が何をするかまで、脳内でのイメージ化は完了している。



 瞬間、ダッと地面を思い切り蹴ってそのままミスター・アリウムの方へと直線的に駆けてく。すでに彼は剣を捨てており、魔術の構成に全てのリソースを割いている。


 そうして全ての攻撃をことごとく躱して迫る俺を見て、彼が取る行動は一つ。



 ──間違いなく、切り札を出してくるだろうと。



「へへへ……もう知らねぇ……どうなっても、知らないからよおおおおおおおおおおおおおッ!!!」



 依然として叫び続けるミスター・アリウムが選択したのは、大規模魔術エクステンシブ


 それは名前の通り、魔術の中でも大規模なものを指し示す。それこそ、コード理論の中に膨大な魔術の術式を書き込み、この世界に具現化するものだ。



火炎龍フェブリスドラコオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」




 彼が両手を空に掲げると、顕現するのは炎の龍。


 それが天から大地を駆け抜けるようにして俺に向かって、降り注ぐ。それは今までの比ではない。ちょうど俺を覆うようにして向かってくる龍。その魔術のコードはおそらく幾重にも重ねがけてあり、一見しただけでもその技量の高さが容易に分かるほどだ。ミスター・アリウムは決して弱くはない。だが……まだ未熟だ。それはあの極東戦役を生き抜いてきた俺だからこそ、分かる。それは驕りではなく、純然たる事実。


 そしてバックリと口を開るようにして、そのまま俺を飲み込もうとしてくるも……。



 ──あぁ、知っている。知っているとも。



 上級魔術。その中でも、大規模魔術エクステンシブに属する魔術。それが火炎龍フェブリスドラコだ。対象の第一質料プリママテリアを補足して、追尾し続ける炎の龍だ。それこそ、この担い手はあまり多くはない。特に学生でこれを使用できるのは、破格の才能と言っていいだろう。


 しかし、才能だけに驕ってしまえば魔術師の限界はすぐに見えてしまう。俺よりも才能のある師匠でさえ、自分に異常なまでの、それこそ強烈な努力を強いていた。一つだけあればいいのではない。複数の要素を絡み合わせることで、魔術師とは大成するのだ。



「……懐かしいな」



 そう呟く。


 あの戦場ではこの規模の魔術はむしろ普通だ。俺はそんな中を駆け巡り、戦ってきたのだから。


 だからこそ、対処法などとっくに心得ている。



「──フウッ」



 頭上を見据えると、そのままある魔術をこの剣に組み込む。実際に、魔術を元から存在している物質に組み込む技術は存在している。


 この技術の名前は、転写トランス


 それは魔術を物質に転写するものだ。


 そして俺はそのままこの自分の持っている剣を、その巨大な炎の龍に向かって薙いだ。躊躇ちゅうちょなく、何の恐れなもなく、ただ当たり前の所作としてそれを選択した。


 たとえ自分を飲み込み、灼きつくす紅蓮の龍であっても俺の中に躊躇という言葉は存在しない。あまりの勢いにその熱波が身体を容赦なく灼いていこうとするが、この程度ならば自制はできる。直接炎で灼かれている訳ではない。


 またこの魔術を目の前にして剣ごときで対応するなど、非現実的。多くの者がその話を聞けば、笑ってしまうだろう。でも今の俺ならば、そんな到底ありえないことさえも、できてしまう。七大魔術師は人の外にいる存在だ。それこそ、化け物と形容してもいい。そうでなければ、世界の頂に立つことなど……できないのだから。



「……こんなものか」



 ブンッ、と剣を振り直すとその炎の龍は完全に雲散霧消。


 文字通り俺は、上級魔術……それも大規模魔術エクステンシブである火炎龍フェブリスドラコを切り裂いたのだ。火炎龍フェブリスドラコが通過した跡は、その魔術の規模の大きさを物語っている。焼け焦げている地面に、僅かに融解している箇所もある。才能と努力。その二つがあってこそ、この領域にたどり着ける。ミスター・アリウムは怒りと憎しみという感情を起因にしたとはいえ、この大規模魔術エクステンシブを制御したのは賞賛に値するだろう。


 だがその火炎龍フェブリスドラコは完全に雲散霧消し、パラパラと舞う火の粉は完全に彼の敗北を意味していた。



「な……あ……は……!!?」



 魔術の過度の行使により欠乏症になっているのか、彼は地面に手をついてそのまま後ずさる。その目には信じられないものを見たという恐れがあった。まるで、同じ人間とは思えない……それこそ化け物でも見ているような双眸だ。それを見て、今更何も思うことはなかった。


 自分が化け物であるということは、とうに自覚しているのだから。



「く……くるなッ!! くるなああああッ!!」



 スタスタと、そのまま悠然と歩みを進める。焼け焦げた地面をしっかりと踏みしめるようにして、彼の魔術を全てねじ伏せた証拠を刻むようにして、俺は彼の元へと向かっていく。


 すでに決着はついた。彼の心は打ち砕かれ、俺に勝てないと心に刻まれたのだ。



「レイッ!! 危ないッ!!!」

「レイッ!!」

「レイくんっ……!!」



 それは3人の声だった。ちょうど皆の対角線にいる生徒が俺に対して魔術を行使したのだ。それこそ、第三者による妨害と言っていいだろう。でも俺は別にこのことを予想していないわけではなかった。ここにいるのは、アメリア、エヴィ、エリサを除いて俺が気にくわない貴族ばかり。ならば、このような状況になれば卑劣な手段に出ることは可能性として考えていた。と言っても、俺からすればそんなものはただ甘いものでしかないのだが……。


「……大丈夫だ、アメリア。この程度でどうにかなりはしない」


 余裕を持ってそう呟くとその魔術を視界に捉えることなく、剣を後ろに向かって薙ぐ。現在この空間はミスター・アリウムが使った魔術によって第一質料(プリママテリア)が溢れている。特に火属性のコードを組み込んでいたため、今この空間は火属性の魔術が比較的容易に使用できる。


 だからこそ、俺に向かってきたのは火球(ファイヤーボール)だったが、そんなものは俺には通用しない。彼にしたようにブロードソードで切り裂いて対処した。



「なぁ……!?」



 その声は、その魔術を放った人間のものだろう。


 感覚の研ぎ澄まされた俺にはすでにある一定の領域の魔術の流れ……具体的に言えば、魔術の根幹である第一質料プリママテリアの奔流は完璧に把握できる。


 完全に全盛期の力を取り戻したわけではないが、それに限りなく近い俺は淡々とした双眸で彼の前にたどり着く。


 妨害をしてきた生徒も、他の生徒たちも唖然としたのかもう何もしてこないようだった。



「ひッ……!」



 剣をスッと向ける。

 

 そして俺は、こう告げた。



「ミスター・アリウム。俺の勝ちでいいだろうか?」

「あぁ……お、俺の負けで構わない……と……でも言うと思ったかあああああああああああああああああああああああああッ!!!」



 その刹那、高速魔術クイック火球ファイヤーボールが発動。時間にして1秒にも満たないそれは、完全に用意していたのだろう。怯える振りをして、俺をおびき出して油断したところを狙う。


 非常に合理的かつ、有効な手段だ。感情に支配されてはいるものの、どうすれば俺を倒せるのかとよく考えられている行動だ。


 それこそ、この戦いに明確なルールはない。卑怯な手段など、むしろ褒められるべきものだが……。



「な……はぁ……消え、た……だと!!?」



 剣を握っていない、左手をスッと横にズラすとその魔術は搔き消える。先ほどの現象と同様に、この世界からは魔術が雲散霧消する。



「魔術の無効化……!!? そんな技術、聞いたことないぞッ!!?」

「厳密に言えば、無効化ではない」

「じゃあ……分解なのかッ!!!?」

「いいや分解でもない。言っただろう、世界の広さを教えると。君の見ている世界は全てではない。そして俺もまた世界の広さを教えると言ったが、俺自身もまだその広さの前にただ圧倒されている者にすぎない。互いにまだ、途上の身の上だ」

「どうしてッ……お前ッ!! 本当は、貴族なんだろうッ!!? 三大貴族の隠し子だろうッ!! あぁッ!!!!?」

「違うさ。生まれは間違いなく、一般人オーディナリーだ。でも、一般人オーディナリーであっても魔術は使えるし、俺はこうして……戦うことができる。生まれは大事だろう。でも、それが全てではない。不遜な言葉で申し訳ないが……ミスター・アリウム、君はそれを知ればもっと成長できると思う」

「……俺は……俺は一体……」



 もう抵抗する様子もない。


 ただ生気が抜けたように、その場に伏せるミスター・アリウム。そうして彼は地面に伏したまま慟哭(どうこく)に浸る。



「うあああああああああああああああああッ!!!」



 悔しいのだろう。


 見下していた一般人オーディナリーに完敗を喫した。彼は優秀な魔術師だからこそ、理解できたのだ。俺との間に存在する、明確な隔たりを。それは彼が追いつけるのかすらわからない大きな差だ。


 でもそれを認識できるのなら、いい。


 その悔しさをバネに、君はまた戦える。学ぶことができる。


 一度の敗北が、死に繋がる戦場ではないのだから。


 だから今は……慟哭によって涙を流すのも、必要な時だろう。



「レイッ! 大丈夫なの!?」

「お前、あの炎の龍を切り裂いたよな!!? どうなってやがる!!?」

「レイくん……あなたは、一体……?」



 遠目から見ていた、アメリア、エヴィ、エリサがやってくる。


 ……ここまで見せたのなら、もう隠す必要はないのかもしれない。もうよかった。別にバレてもいい。俺は仲のいい3人をある種騙して、生活をしていた。でもそれはきっと破綻する。ずっと前からわかっていた。もちろん全校生徒に公開する気は無いが、この仲間たちになら……俺の全てを知ってもらってもいい。そう思えるほどに、大切な人ができた。


 だから俺は……自分の素性を明らかにしようとするも……。



「なッ!!?」

「きゃっ!!」

「うおっ!!」

「……えっ!!!?」



 その重圧は、普通の魔術師は耐えきれないだろう。すぐに俺以外の全員はその場に叩きつけられるようにして、地面に伏せる。周りにいた貴族の生徒もすでに気を失っているのか、バタバタと地面に倒れていく。


 今この場で意識があるのは、ミスター・アリウムを含めて俺たち5人だけだった。


 するとどこからともなく、まるで影の中から現れたかのように、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。



「ははは……素晴らしいな。いや、素晴らしいとも。いい友情だ。しかし、君たちはこれから生贄になるんだ。いや決して悲観することはない。偉大な魔術の発展に貢献できるんだ。誇らしいとは思わないか? そうだろう? なぁ、レイ=ホワイトよ」

「あなたはッ……!!」



 この状況下で、動けるのは俺だけだった。

 

 そして感じ取る。これはもはや……尋常では無いのだと……。それと同時に懐かしい感覚に浸る。それこそ、極東戦役の戦場と同等の圧力。これは死の臭いだ……。



「さて、さて。君たちはどう処理しようか……まぁ、でもとりあえずはレイ=ホワイトをどうにかしないとな。お前はなぜか動けるようだしな……ふふ……」



 スッと眼を細める相手。それを見て悟る。こいつはもう……普通ではない。明らかな殺意が込められた視線。それはミスター・アリウムの比ではない。何度も目撃してきた……これはすでに、殺戮に慣れている者の双眸だ。



「グレイ教諭……あなたが、そうでしたか」

「ふふ。心踊るだろう? さぁ存分にやりあおうではないか」



 グレイ教諭。彼女のその姿は、あの教室で見えていたものとは天と地ほどの差がある。それはその不敵に微笑む顔を見ればすぐに理解できた。



 解放するしか、無いのか……。


『冰剣の魔術師』


 その真価を、本領を発揮しなければならない時が来てしまったようだ。経験からわかる。これは正真正銘の本気でないと、俺は負けるのだと。そうしてこの場にいる生徒たちは彼女に蹂躙される。すでにこの場は戦場と化した。それはこの場の雰囲気だけでよく理解できてしまう。



 ──師匠。申し訳ありません。ここは、使うしかない場面です。引くわけにはいきません。ここにいる全員を守るために俺は……あの全盛期に少しばかり、戻るしかないようです。



 そう師匠に内心で謝罪すると、俺はこう告げた。



「──体内時間固定クロノスロック解除リリース



 約3年ぶりに、冰剣の魔術師がこの世界に出現する──。

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