第12話 探索と異変
左腕の時計を見る。
現在の時刻は午前九時。この演習の開始時刻は朝の六時だったので、三時間ほど経過したというわけだ。
俺たちはそんな中で進んでいくも、全く進歩などなかった。
「見ろ。さっき傷をつけた木だ」
「本当ね」
「うお、まじか。まっすぐ歩いているように思えたが」
「……す、すごいね……本当に森全体に魔術が……」
俺たちは木に目印としてナイフでわかりやすいように傷をつけていた。そうしてまっすぐ進んでいるつもりが、同じところに戻ってきてしまっていた。
俺は改めて地図を広げる。
「ふむ……」
「何か分かるの? レイ」
「いや。完全に座標は不明だ。現在の場所も、どちらに進めばいいかも不明。だが一つだけはっきりしていることがある」
「それは?」
「魔術の影響を俺たち全員が受けているということだ。すなわち、この森にはコード理論が働いているも……
「あぁ。ということは、この撹乱の魔術もずっと継続しているわけではないってことね」
「そうだ。永久機関はまだ成し遂げていない難問の一つだ。もちろん、エインズワースがコード
「でもそれは……まだ仮説だった……よね?」
「流石にエリサは知っているか」
「うん……エインズワースの論文には……目を通すようにしてるから……」
「なるほど。さて、話を戻そうか。問題は今は魔術が行使されている時間帯ということだ。つまりなすべきことは……休憩だな」
そう結論づけて俺たちは休憩をすることにした。
初めに
俺は慣れているも、アメリアにエヴィはまだ得意そうだが、やはりエリサには少しきついようだ。
そうして俺たちは持参している水筒から水分補給をするのだった。
「ふむ……ここからどうするか」
敢えて独り言を呟いて、思考を整理する。はっきり言えばこの魔術を解除する方法はある。それもごく簡単な方法によって。でもそれはダメだ。俺たちは今はパーティーで行動しているし、そんな抜け道のようなことをするわけにもいかない。
それに俺の身体が保つかどうか、と言う問題もあるしな。
「レイくん……」
「エリサか。そう言えば、大丈夫か?」
「その……ありがとう」
「どうしてだ?」
「私に気を使ってくれたんでしょ?」
「わかっていたか。聡明だな、君は。でもわかってほしい。謝ったりはしないでくれ」
「……やっぱり分かる?」
「あぁ。俺と、それにみんなに謝罪をしようとしたのだろう?」
「そうだけど……」
「気にやむことはない。もともと休憩は適宜入れていく予定だった」
「でも……私じゃなかったら、もっと早く……!」
「急がば回れ、と言うだろ。あれはある種の真理だ。何事も急いでいてばかりでは仕方がない。こうして腰を落ち着けるのも、思考が整理できていいものだ」
「そっか……そうだね。ありがとう、レイくん……」
「礼には及ばない。エリサの力になれたのなら、嬉しい限りだ」
そうして全員で改めて今後の方針を立てて歩き始める。
しかし俺にはある懸念があった。もちろんそれはすぐに歩きながらでも共有する。
「思えばこの実習だが……」
「どうかしたの?」
「他のパーティーと出くわした場合、協力はありなのか?」
「……別に違反とも記述されていないし……いいんじゃない?」
アメリアが反応し、次にエヴィがボソリと呟く。
「あ……そうか」
「わかったか、エヴィ」
「あぁ。と言うことは妨害もありと言うことだな?」
「そう言うことだ。俺としてはそろそろ接触してもおかしくはないと思っている。この時間帯、おそらくほぼ全てのパーティーが彷徨っていることだろう。もしかすると、これもまたこの実習にも含まれるのかもしれない」
俺はなにぶん、嫌われている。そして俺とよくつるんでいるエヴィやエリサもいい目では見られていないことは知っていた。
アメリアはそうでもなかったが、俺たちのパーティーに加わる際に不快に思った生徒もいたことだろう。
なぜ三大貴族筆頭のアメリアが、
「む、あれは……?」
「
「でも数が多いと言うか、どこかに向かっているのか?」
「うん……なんか急いでいるみたい……」
感じる。これは特有の感覚だ。別に魔術的な知覚でもなければ、何か証拠があるわけでもない。でもこれは確かに……何かまずいものが進行していると直感が告げていた。
「すまないッ! 先に行くッ!」
「ちょ、どうしたの!?」
「後から追いついてくれッ!」
俺はそう告げると、すでに幾度となく発動した身体強化の魔術を体に重ねるようにして発動。そうしてそのままその
◇
地面に対してやや垂直にするようにして、剣を滑らしていく。そうして地面に大量に発生している
この先にはきっと何かある。
そんな予感から俺は
「ひいいいいいいいッ!」
「こっちに来ないでよ!」
「い、いやああああああああああッ!!」
「く、くそッ! どうなってやがるッ!!?」
そこには四人の生徒もいた。中には見知った顔……そう、ミスター・アリウムもいたのだ。全員が隅に追いやられていて、完全にパニック状態だった。
しかし無理もないだろう。いくら小さい魔物とはいえ、これだけの
今先頭に立って戦っているのは、ミスター・アリウムただ一人。
でもそれはすぐに決壊してしまいそうだと俺は理解していた。
「助太刀するッ!!」
「な!?
俺はざっと全体の総数を把握する。おおよそ、100に近い数だが……これだけ纏っているのなら殲滅するのはこの剣一本でも容易い。
ここまで来た時には主に移動するために身体強化をしていたが、俺は魔術領域に慣性制御のコードを加えると、そのまま一気にコード理論を走らせる。
「……まずは十、だな」
駆け抜ける。それと同時に、俺の過ぎ去った後には死体の山が出来上がっていた。
「……え?」
呆然とする声が聞こえるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。俺はそのまま慣性によって流されることはなく直角に曲がると、さらに一閃。そうして薙いだ剣の動きの慣性も制御すると、俺は次々と連続攻撃を重ねていく。
「これで、五十……」
さらにその柔らかい体を切り裂くと、間髪入れずに移動して斬る。
そうしてそれから一分ほどした頃だろうか、俺は全ての
「大丈夫だろうか。ミスター・アリウム」
体液がべっとりとついた剣をヒュッと振るうと、それを全て地面に払い落とす。そこからゆっくりと剣を収めると、俺はそう話しかけた。
彼は呆然としていたようで、まだピンと来ていないようだった。
「お、俺一人でもどうにか出来たんだ!!」
「そうだったのか? 何か秘策が?」
「あ……あぁそうだ! お前に出来て、俺に出来ないわけがない!」
「そうか。それは失礼したな……む?」
すると目の前にいたミスター・アリウムだけではなく他の生徒の姿もまるで霧がかかっていくようにして消えていく。
これが本当に実習として用意されたものなのか。
それにしては、やりすぎではないだろうか……正直言って、俺の助太刀がなければ一人くらいは奴らの餌になっていたと思うが……。それにあの霧は……。
「レイ!」
「おーい! 早すぎるだろー!!」
後ろを振り向くと、アメリアとエヴィが大声をあげていた。そのさらに後ろからは、懸命にエリサがついて来ていた。
俺は釈然としないまま、みんなと合流するのだった。
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