第5話 Long time no see.



「さて、と。席は……」



 教室内に入る。今日の午後の授業は魔術概論に出席してみることにした。


 ここは大教室のようで、後ろに行けばいくほど席の位置が高く、先頭の列は一番低いところになっている。いわば、階段形式のようなものだ。


 俺は今回は友人も知人もないので、一人で授業を受けようかと考えていた。しかし、先頭の方でポツンと座っている生徒がいる。



 ──これはいい機会だ、同席しようじゃないか。



「すまない。隣、いいだろうか」

「え……!? その……え、っと……その、どうぞ……」

「ありがとう」



 俺は持ってきたノートと教科書、それに筆記用具を机に置くと早速隣にいる女生徒に話しかけてみることにした。



「お初にお目にかかる。俺の名前は、レイ=ホワイト。突然の相席、許可してくれて嬉しく思う」

「あ……その……私は……エリサ=グリフィスです……」

「なるほど。よろしく頼む、ミス・グリフィス。ちなみに俺のことはレイで構わない……」

「あ、その……私もエリサで……いいよ……?」

「そうか。ならエリサ、よろしく頼む」

「うん。こちらこそ……」



 少したどたどしいが、しっかりと会話をしてくれる。やはりこの学院にはいい人が多い。一般人オーディナリーの俺にも真正面から応じてくれるのだから。


 前評判とは違った意味で裏切られて、俺は心底安心する。



「あの……」

「なんだろうか」

「同じクラスですよね、レイくんは……」

「む? 同じクラスだと?」

「はい……そうです」

「申し訳ない。俺としたことが、まだ全員の顔と名前を覚えきれていないようだ。謝罪する……」



 素直に頭を下げる。


 あの自己紹介の際に全員分の顔と名前は把握していたつもりだったが、自分の認識の甘さが出てしまった。



「え……!? その、わざわざ謝らなくても……私、影が薄いですし……」

「そんなことはないだろう」

「え?」

「そのフードはよく目立つ。しかしどうして被っているんだ?」

「それは……」



 止むに止まれぬ事情があるのか。

 

 それとも別の何かか。


 しかしここで無遠慮に突っ込んで話を聞くほど俺は礼儀知らずではない。まだ初対面だ。適切な距離を保っていこう。どうやら彼女は内向的な人物らしいからな。



「あの……私はその……」

「言っても大丈夫なのか?」

「はい……ここで勇気出さないと、ダメだと……思うから」



 そう言ってエリサはフードを下ろす。


 すると、セミロングの髪が舞う。それはみどりがかった色をしており、どこまでも透き通るような、それこそ絹のような髪の毛だった。それに横目から見ても、彼女の顔立ちはよく整っているのがわかる。


 スッと通った鼻に、程よく血色のいい唇。その双眸もまた、まつ毛が綺麗に上を向いていた。それはこれでもかと彼女の大きな目を目立たせる。


 しかしそれよりも、俺はある一点に目がいった。



「エルフ? いや、ハーフエルフか……」

「うん……私はお母さんがエルフで、お父さんが人間なの」

「そうか。それでその耳か……」

「変、かな……?」



 そう。彼女の耳は少しだけ尖っていた。


 俺はエルフに会ったことがあるが、彼らはもう少し耳が尖っていた気がする。それに髪の色ももう少し深い翠であった。その経験から、俺はハーフエルフと推測したが当たりだったようだ。


 亜人とのハーフは近年珍しくはない。特にエルフは魔術適正が高く、貴族の家柄はエルフとの混血の子どもを作ろうとしているのは有名な話だ。


 そんなエリサは心配そうに俺を見つめる。もちろんそれには毅然とした態度で応じる。



「変? 至って普通だろう」

「え……でも、昔はこのせいで……イジメられていたから……」

「ふむ……確かに人間とは、異質なものを排除したがる傾向にある。それはたとえ大人であっても然りだ。幼い子供なら、なおさらだな。きっと人間や動物などには、生まれつきそのような性質があるのかもしれない。でも俺は、それを揶揄したりしない。とても綺麗な耳で、そしてとても美しい翠の髪の毛だ。惚れ惚れするさ」

「え!? そ……そ、そう思う?」

「俺は嘘はつかない。いや、偶につくこともあるが今回は本音だ。俺はエリサは美しいと思う」

「そっか……そう言ってもらえると、嬉しいかな。えへへ……」

「うん。笑った顔も綺麗だ。君には笑顔が似合っている」

「……うにゃ!?」

「うにゃ? どうした? 発作か? 今すぐ医務室に」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」



 と、慌てた様子で否定するエリサ。目の前でブンブンと手を振っているが、顔は真っ赤になっているし、大丈夫なのだろうか。


 そうしていると、俺はある一冊の書籍が目に入る。それは彼女の目の前に置かれていた。



「その本……」

「あ。ちょっと授業まで時間あるから、読んでたんだ……」

「エインズワースか」

「うん……私ね、研究者に……なりたくて。憧れなの」

「二重コード理論を専攻するのか?」

「うん……私も、コードにはとても興味があるの」

「ということは学院を卒業しても、先に進むのか」

「うん。バチェラー、マスター、そしてドクターまで進みたいと……思ってるの……」

「素晴らしいな」

「え?」

「この年齢でそんな大きな目標があるなんて。俺は尊敬する」

「そんな私は別に……」

「いや、謙遜しなくてもいい。だが……なるほど。この学院は確かに選りすぐりの人間が多いようだな」

「……でも貴族の人は、もっとすごいと思う……よ?」

「貴族か……でも、エルフの魔術適正もかなり高いだろう」

「……私は落ちこぼれで、ね。魔術はあまり……上手くないの」

「そうか……しかし、人には得手不得手がある。得意な部分を伸ばしていけばいいと、俺は思うぞ」



 そう言葉を告げると、エリサはクスッと笑う。


 でもそれは嘲笑の類ではなく、純粋に心から楽しいと思っている笑いだった。


「ふふ……」

「どうした?」

「なんだかレイくんて、先生みたい」

「そうか?」

「うん。同い年には……思えない」

「そうか……しかし実はそれ、よく言われる」

「まぁそうだろうね……私も……そう思うし……」

「はは、言うじゃないか」

「ふふ。そうだね」

「さて改めてだが、俺と友人にならないか?」

「友人……でも私は、今まで友達もいなくて……その……よく分からないし……」

「俺と、そしてエリサが互いに友人と思えば友人だ。勝手気ままにすればいいのさ。それに友情とは、論理や理屈を超えた先にあるものだ。そんなに気負う必要はないさ」



 俺はスッと手を伸ばす。


 そうして恐る恐る彼女も手を伸ばしてくると、俺の手を握り返してくる。薄くて、儚い手だ。でも彼女は自分の意志で俺と友人になると決めてくれた。それが何よりも嬉しかった。



「これからよろしく頼む」

「うん……こちらこそ……」



 その後、すぐに教諭が来てそのまま授業となった。


 俺たちは隣り合ったまま、真面目に授業を受けるのだった。



 ◇



 授業も終了し、俺は校舎内を歩いていた。すでにエリサとは別れていて、俺はある場所を目指している。


 そうして目的の場所にたどり着くと、コンコンとノックをする。



「レイ=ホワイト。やってまいりました」

「……入って構わない」

「失礼します」



 俺はそっと扉を開けて、そのまま自らの手でそれをゆっくりと閉める。


 目の前にいるのは七大魔術師が一人、アビー=ガーネットその人である。つまりここは学院長室であり、俺は密かに呼び出しを受けて、こうしてこの場に立っている。


 彼女は椅子に座っており、後ろから差す夕焼けの光が、その灼けるような真っ赤な髪をさらに照らす。



「やぁ、レイ。極東戦役以来だな」

「は。お久しぶりであります、大佐殿」

「よしてくれ。私はもう、退役の身だ。それに君も……ってこれは詮無いことだな」

「失礼しました。ではなんとお呼びしても?」

「……アビーちゃん、でどうかな?」

「は。では、アビーちゃんとお呼びいたします。これからよろしくお願いします。アビーちゃん」

「……ふ。ははは! もちろん、冗談さ! 相変わらずだな、レイ」

「もちろん、心得ています。ではそうですね……アビーさん、でいかがでしょうか?」

「あぁ。いい響きだ。しかし君に大佐と呼ばれないとは、少し寂しいがね……でも、仕方のないことだ」

「これからは後進の育成に力を注ぐのですか?」

「そうだな。まぁでも、まだ現役の七大魔術師だからな。やることは他にもある」

「また赴かれるのですか?」

「可能性はあるな。まぁ最前線での戦いはないだろうが。しかしそれは君も同じだろう、レイ=ホワイト。君こそ私なんかよりも、極東戦役では成果をあげたではないか」

「いえ。私の場合は少佐が……いえ、師匠がいましたから」

「そうか……でも、あの幼い君が『冰剣の魔術師』を継ぐとはな。時間が早く経過するのも、当然だな」

「アビーさんは当時から変わらぬまま、美しいです」

「はは、あいつの教育の賜物だな」

「は。女性はまずは容姿を褒めろ。それが鉄則と、この体に嫌という程刻まれておりますので」

「ふふ……そうか。いやはや、懐かしいものだ。あの戦場は地獄そのものだった。でも、レイを含め、仲間がいたからこそここまで生き残ることができたと言うものだ」

「恐縮であります」

「さて……昔話もいいが、少し君に依頼がある」

「は。謹んでお受けいたします。アビーさんには入学の際に便宜を図ってもらったので」

「別にそれと交換条件というわけではないのだがね……」



 アビーさんはポケットの中から一枚の封筒を取り出す。そうしてそれを、俺に向かって渡してくる。



「拝見させていただきます」



 目を通す。


 そして俺はすぐに理解すると、それを彼女に返すのだった。



「なるほど。アーノルド王国に帝国の密偵の可能性あり……ですか」

「そうだ。この学院の中に潜伏している可能性もある。もちろん教員には通達してあるが、レイも何か分かれば教えて欲しい」

「は! 了解致しました! して、発見した場合は生かして捉えるのがよろしいでしょうか?」

「あぁそうだな。間違っても殺すと面倒だからな。いや、君の場合は殺した方が早いだろうが……なにぶん、政治的な問題があるからな」

「それは十分に理解しております」

「ではよろしく頼む。それとこれは別件だが、どうだね。学院での生活は」

「非常に満足しております。学友にも恵まれているようで。このような機会を頂けて、感謝の念に堪えません」

「そうか……あの約束を果たせたようで良かった。まぁここでしっかりと養生してくれ」

「は。ここでまた、一から自らを見つめ直そうと思う次第です」

「ふふ、堅いな相変わらず。でもそれが君の魅力だ。ではまた会おう、レイ」

「は。それでは、失礼致します」



 もう一度敬礼をして、俺はそのまま部屋を去っていく。


 この学院の生活は今の所、平和である。極東戦役のように怒号も、悲鳴も、叫び声も聞こえない。平和な場所だ。だが俺はのちに知ることになる。決してこの場所もまた、安全ではないのだと……。

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