第3話 魔術の真髄
この学院は全寮制だ。長期休暇の際は実家に帰ることもできるが、それ以外は基本的にはこの学院での生活になる。
俺は案内を見て、少し離れた場所にある寮にやってきていた。
「うん……ここもでかいな」
なにぶん、この学院の建物はでかい。生徒の数に対してもその比率はおかしな気もするが、まぁ……でかくて悪いことはないだろう。俺は中に入ると、張り出されている紙をじっと見つめる。そして自分の部屋となる場所を認識すると、そのまま迷うことなくそこに向かう。
「……失礼する」
とりあえずノックをして、俺は室内に入る。寮は一部屋二人で構成されており、誰かとペアになって生活することになる。俺はすでに誰かがいると仮定して、ドアを開けた。
「ん? お、俺と同室はお前か」
「あぁ。よろしく頼む……というよりも、君は同じクラスのエヴィ=アームストロングだな。よろしく、ミスター・アームストロング」
「エヴィでいいぜ。俺は実はお前のこと……レイのことは気に入っているんだぜ?」
「ほう。それは嬉しいが、どうしてだ?」
室内に入るとすでに一人の男がソファーに腰掛けていて、俺に話しかけてきた。思ったよりも広く、二人で生活するのは十分すぎるほどだ。家具も揃っているし、俺が送った荷物もすでに届いているようだった。
エヴィは荷解きの途中なのか、今は休憩している様子だった。
そんな彼は俺よりもはるかに大きい体躯に、刈り上げた黒髪がよく似合っている男だった。
そういえばアームストロングか……まさか、いや……きっとそうだろう。思えば、エヴィは彼によく似ている。そういうことなのだろう。
「俺は別に
「む? 軽んじている? 俺は軽蔑されているのか?」
「気が付かなかったのか?」
「むむむ……すまない。俗世には疎くてな。このような学校という組織も、15歳にして初めてなんだ」
「そうか……ま、人生いろいろあるよな。でも俺は歓迎するぜ。これからよろしく頼む、レイ」
「あぁ。こちらこそ」
ガシッと握手を交わす。エヴィの手は分厚く、そして何よりも鍛錬しているのがよくわかった。
そうして俺たちはその日は何事もなく、適当に雑談をしてから眠りについた。
こんな生活も悪くはない。そう思った。
◇
「さて今日の授業だが、まずは基礎だ。お前たち一年は基礎から学んでもらう。もちろんすでに魔術は使えるだろうが、確認だ。しかし基礎を侮るな。たとえどれほどの魔術師、そうだな七大魔術師であっても、それは例外ではない」
次の日の最初の授業は、早速魔術に関する話だった。
グレイ教諭は今日は真面目なのか、スーツを着て授業をしていた。
「さてここで少し聞いてみるか。ローズ、魔術とはなんだ?」
「はい。魔術とは、
「よろしい。その通りだ。では少し実演だ……」
《
《
《
《エンボディメント=
俺はその処理がなされるのを直感で感じ取ると、グレイ教諭の目の前には氷の薔薇がコロン、と現れた。
「これが魔術だ。知っている通り、これは魔法ではない。魔法とは秩序なき、体系化もされていなかったただの超常現象。だが魔術は違う。魔術とは、術理を元に生み出される理論的な現象である。そうして体系化されることで、魔術は世界に広まり、こうして学ぶものも増え、世界では魔術師の存在が大きなものとして認知され……今に至るということだ」
彼女のいう通り、魔術とは術理の上に成り立つものだ。ただ、イメージしてなんとなく生み出す魔法とは違う。そこには体系化された技術が存在しているのだ。
「さて。では、黒板にまとめる。魔術の根幹をなす、コード理論を。これはもともと心理学における符号化……まぁ記銘というものから派生して、魔術に応用したものが始まりとされている」
The Theory of Code:コード理論
1 Encoding:コード化
2 Decoding:コード解読
3 Processing:処理
4 Embodiment:具現化
魔術発動プロセス
「ざっとこんなものだ。重要なのは、
グレイ教諭はさらに言葉を続けていく。ノートをとる生徒も多いようで、後ろから見れば皆が懸命に学んでいるのがよくわかった。
「そして、
俺はその話を聞いて、自分が過去に学んだことを思い出す。
『感覚ではない。魔術とは術理を元に行使せよ』とよく教えられたものだった。
「コード化した情報を解読し、その後、処理することでコードに情報を加えたり削ったりする。そして、最後に具現化だ。私が、氷と薔薇と言うコードを付け加えたのは処理の過程だ。まぁ、これは慣れとセンスだな。そして、最後に……自分で作り出した物質は……」
次の瞬間、グレイ教諭が手を触れることもなく突然氷の薔薇が粉々に砕け散る。霧散した氷の破片はまるで雪のようにその場にパラパラと落ちていく。
「このように消し去ることも可能だ。以上が魔術の発動プロセスとその応用。他にもまだまだ技術や深い知識はあるが、今はここまでにしておけ。よし、それでは質問を許可する」
「はい先生」
「ローズか。いいだろう」
アメリアはスッと立ち上がると、凛とした声で質問を投げかける。
「
「うむ。いい質問だ。厳密に言えば、制限はない。と言っても、それは本人の技量次第だがな。しかし、それを言うとキリがないから基本的なことを話そう。魔術は主に、物質または現象を生み出す技術だ。そして、その物質は4つの要素に分類できる。固体、液体、気体、そしてプラズマだ。何を生み出すにしても、この4つのどれかに辿り着く。それ以外だと、現象……ということになるな」
「はい。ありがとうございました」
そうして次の生徒が手を上げて、教諭に質問をする。俺はその様子を黙って見つめていた。
なるほど。学校で学ぶとはこういうことなのか、と納得しながら。
「先生が先ほど使用したのは……
「なるほど。その手の質問、出ると思ったが……答えはノーだ。私に
二重コード理論。それはコードには
「エインズワースの二重コード理論は、ドクターレベルの内容だ。学生の時は理解しなくとも良い。それだけだ。以上で終わる。あとは実践してみることだな。知識を得て、実践する。これが全ての基本だ。では解散」
そういうと同時にチャイムがなり、教諭はそのままスタスタと外に出ていく。
「レイ、なかなか濃い授業だったな。理解できたか?」
「……」
「おい、どうかしたか?」
「あぁすまない、エヴィ。ちょっと考え事をしていてな」
「なんだ? 大丈夫か?」
「あぁ。魔術の概論に関してはすでに理解している」
「そっか。それならいいが」
俺は見つめる。
エインズワースの二重コード理論。黒板に書かれたそれを、俺は見つめ続けるのだった。
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