彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

ギア

彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

「どういうこと? もう1回言って?」

 一人暮らしの彼氏が住むマンションの一室で、私は何かの聞き間違いかと思い、あらためて相手を問い質した。

「ずっと言おうと思ってたんだ。でも、どうしても言えなくて……」

「前置きはいい。ぶっ殺すぞ。もう1回さっきの説明を言ってみろ」

 怒鳴りつけそうになる自分を抑え込み、ギリギリ保った理性の下で冷静な言葉(私にしては)を押し出す。

「だから」

 ここで彼が一拍置き、最初に聞いた言葉を繰り返した。

「俺はタピオカしか愛せない。だからお前のことは愛せない。別れてくれ」

 う、うーん……うん? え?

 私は腕組みをしたまま相手の言葉を心の中であえて後ろから反芻する。

(別れてくれ)

 そうか。付き合って8年。30歳も過ぎてそろそろマジで結婚を視野に入れてくれと直談判に来た私に別れてくれ、か。

 ぶっ殺すぞ。

 いや、まあ、でも何か理由があるんだろう。うん。その理由次第では骨の2、3本で許してやらんこともない。

(お前のことは愛せない)

 そりゃ愛してたら別れないだろう。当たり前だ。ぶっ殺すぞ。

 でも、うん、ここまでは分かる。

(俺はタピオカしか愛せない)

「ここがなあ! 分かんねーんだよなあ!」

 いきなり叫んだ私に、リビングで正座したままの彼氏がビクッと体を震わせる。

「私もさあ! タピオカ大好きよ!? 愛してると言ってもいいかもしらんね! でもさあ!」

 なおも続けようとする私の言葉を遮ったのは奥のベッドルームへと続く引き戸がガラッと開く音だった。

「ホントでタピオか!?」

「馬鹿! お前は出て来るなって!」

 慌てて立ち上がろうとした彼氏は、ずっと正座をしていたことで痺れきった足をもつれさせて床に転がった。カッコ悪いな、おい。

 いや、そんな無様な彼氏よりも何よりも今は優先すべきことがある。

「……あんた、誰? いや、あんた、何?」

 引き戸の向こうに立っていたのは……なんて言えばいいんだろう。スターバックスでアイスコーヒー頼むともらえる透明なプラスチックのコップ。あれに手足が生えたような……いや、ような、じゃないな。そのものだな。

 ご丁寧に頭(?)からはストローが生えている。それも地球環境に気を遣ってか、紙製のストローだ。

 そしてそのコップの内側を満たしているのは……

「初めてお目にタピオかかります! 私、タピオカ星から来たタピオカ星人です! 地球人の言ういわゆる名前は持って無かっタピオカんですけど、雨の日にそこの彼に助けてもらったときにタピ子って素敵な名前をさずタピオかりました!」

「これで分かっただろう……俺が愛してるのはコイツなん」

 足の痺れが治ったらしく立ち上がった彼の腹に全体重を乗せたグーパンをねじりこんで再び床に沈める。

「ごめん、ちょっと黙っててくれる?」

 言うとおりに静かにしててくれてる彼氏を踏み越えて、私はタピ子(仮名)の顔(とおぼしき箇所)に顔面を近づけて睨みつけた。

「あんたさあ、人の男に手を出しておいて『さずタピオかりました!』はないんじゃないの? ああん?」

「ごめんなさい……そんなつもりは微塵も無かっタピオカんです!」

「あとそろそろその無駄なキャラ付けの口調がウザいから普通に話せ? そのコップの中身をからにしてやろうか?」

「あ、はい、分かりました」

「って、普通にしゃべれるんかい!」

 自分で頼んでおいてなんだが、まさか本当に喋れるとは思ってなかったわ。

「それで、あんた、なんだっけ、タピオカ星から何しに来たのよ」

 とっとと帰れよ、という言葉は一旦飲み込んだ。タピオカだけに(?)。

「地球人類と友好関係を結ぶために来ている先遣隊と合流するために来ました。でも宇宙船が故障したせいで着地地点がズレてしまって……」

「そして雨の中、野良犬に吠えられて困っている彼女を俺が助けた、というわけさ」

 いつのまにか復活していた彼が髪をかき上げながら説明を補足する。

 前だったらあの一撃で2時間は動けなかったのに……こいつも成長してるのね……ん?

「え、つーか、ちょっと待って。先遣隊? うそ、タピオカ星人ってあんた以外も地球に来てるの?」

「そこは俺に説明させてくれ」

 拳を振るおうか一瞬迷ったが、とりあえず話を聞いてみることにする。

「よし、話せ」

「そもそもお前も最近の唐突なタピオカブーム、何かおかしいとは思わないか?」

「え? うーん、まあ言われてみれば……でもブームなんてそんなもんでしょ?」

「違うんだよ。このブームには仕掛け人が……いや、仕掛け星人がいるんだよ! そう、タピオカ星人が!」

 別に地球人だろうが宇宙人だろうが「仕掛け人」でええやろ、と思ったが無駄に話が長くなりそうなので拳をちらつかせるに留める(彼はビクッと体をすくめた)。

「どういうこと」

「タピオカ星人は友好を望んでいる……しかしタピオカという見た目はまだまだ地球人には馴染みが薄い。カエルの卵と勘違いする人もまだまだ多い」

 多いか?

「そこでまずはタピオカに慣れてもらおう、ということで原宿を起点に日本人にタピオカを広めていたんだ。タピオカへの抵抗感が薄れたところで時を見計らってタピオカ星人が姿を現し、友好関係を結ぶ。日本との協力関係を築けたところでアジア圏へ、そしてヨーロッパへ、という計画だったんだ」

 熱っぽく語る彼氏の言葉に、後ろにいるタピ子(仮名)がガクガクと揺れる。多分うなずいているんだと思う。いいけど、あまり揺れるとこぼれそうで不安になる。

「信じるかどうかはさておき、成り行きは分かった」

「信じてくれたか!」

 私の言葉に、彼がパッと顔を輝かせる。

「だから信じてはないって言ってんだろ。分かったって言ってんだよ」

 アホか。

 まあ、そのアホで純朴で、困ってる異星人を放っておけないような単純なところに惚れたからしょうがないんだけど。

 苦笑する私に彼は戸惑いつつも恐る恐る口を開く。

「そういうわけなんで別れてくれ」

「なんで?」

 不思議そうに首をかしげた私に彼が困惑した様子を見せる。

「え、いや、だって分かってくれたんじゃないのか?」

「いや、あんたがそこのタピ子(仮名)を愛してようがなんだろうが別れなくてもいいじゃん」

「え?」


 というわけでちょっと広めの部屋に引っ越した彼は、私とタピ子(仮名)と一緒に3人暮らしを始めた。

 婚期を逃したくない私は彼と別れたくなかったし、彼も別に私が嫌いになったわけではなくタピ子(仮名)と暮らせればそれで良かったわけでそのためには日常生活を送ってるふりをするための偽装結婚相手(私だ)がいるほうが都合が良い。

 そしてタピ子(仮名)としてもタピオカ大好きな私と暮らすことに異存はなかった。先遣隊である仲間たちを探すにも人手は多いほうがいいに決まってるし。

 そんなこんなで来月は私と彼の結婚式だ。とりあえずその場で親戚一同にタピ子(仮名)と無事に見つかったその仲間たちを紹介しようと思っている。

 どんな反応が待っているかは分からない。でも私たち3人ならきっと乗り越えられる。

 そう信じて、今日も3人で結婚式の準備を進めている。今のところ、乾杯はタピオカミルクティーで、ということくらいしかまだ決まっていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら ギア @re-giant

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ