03 シーグラス

「シーグラスって言うの?」


 彼女は人差し指と親指で慎重に一片をつまみ上げた。曇り硝子のような風合いの、それでいて角がとれて丸い飾り物のようにも見える小さな物体を。

 河原の小石と似通った過程を経て、海で波に揉まれた硝子たちが、すっかり変わり果てた姿になるのだと説明すると、彼女はまばたきをいくつかして、僕の方を数回叩いて笑った。


「意外と物知りだね」

「そのままだろ?海の硝子ってことだし……」

「褒めてるんだからそのまま受け取りなよ」


 えいえいと頬をつつかれたのが気恥ずかしくてそっぽを向いた。横目に見た彼女は……全く気にしていないように見えた。


 時化の後の砂浜は、おもちゃ箱をひっくりかえした後の砂場と似ているのかもしれない。

 朽ち果てかけた流木、あまり見かけたことのない貝殻、海外のラベルのついたゴミの数々、くらげ、わだかまった海藻……海の漂流物の見本市のようだ。

 シーグラスもその例に漏れず、多く流れ着いているようだった。


 白と茶が混ざってお世辞にも綺麗ではない砂浜の上に、点々と色の着いた硝子の小石が落ちているのが遠目にわかる。

 土色の濁った波が寄せては返している。


 海に行こうと行ったのは彼女の方だった。夏はもう過ぎ去って、誰もいないだろうにと言ったのに、それでも海がいいから一緒に行こうというのだ。


 案の定誰もいない海は、白い砂浜さえなく、ただ空が晴れて風が気持ち良いことだけが救いだった。


 彼女がとことこと歩いていくので、僕もその後をゆっくりと追いかける。時折立ちどまるので、僕も一緒に立ち止まる。かがんで、シーグラスを拾い上げている。

 ワンピースが風にはためく。白い指先に摘まれた、不思議な色の小石。


 よく晴れた空に、色とりどりのシーグラスを順々にかざして見ている。それでどうやら喜んでいるのだ。青い空は眩しいのか、彼女は時折目を細めていた。


 唐突に彼女が言った。


「ああ、君と海に来れて良かった」


 僕は空を見つめる彼女と同じように目を細めた。笑う彼女があまりにも眩しかった。

 何よりも、シーグラスのような色とりどりの、それでいてうっすら曇った硝子のような彼女の言葉にいちいち翻弄されていた。

 大分間を置いてからなんとか言った。


「僕もだよ」


 波音よりも小さい声で言ったつもりだから、聞こえたのかどうか。

 それは知らない。

 先を行く彼女は上機嫌にシーグラスを見つけては拾い、僕はついていく。


 二つの足跡が砂浜に続いていく。やがてそれも波が消してしまうことだろう。日はそろそろ傾き出していた。

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