失意に沈む悪魔(デビル)①

 代々、女帝が治める大国、レナルヴェート。

 遥か昔、ここは三方を海に囲まれた、半島の先端にある小国だった。

 レナルヴェートはその交渉力と軍事力で、年々領土を拡大し、やがて半島すべてを自国の領地とし、五大国の仲間入りまで果たした強国だ。

 レナルヴェートを囲む海は恐ろしく荒ぶっている。そのため、かつて海軍は屈強な男たち、陸軍は女たちで構成されていた。ところが海から攻めてくる国など一切なく、気付けば女性達が武勲をあげ、レナルヴェートは女性中心の国家になっていた。


 そんな女性中心の国、レナルヴェートの頂点たる代々の女帝たちは、武勇よりもその美貌と交渉力が凄まじいとされる。


 当代アマネ・レナルヴェートの美貌は特に優れており、人々は彼女を「妖艶女帝」と呼んだ。アマネはその類まれな美貌と交渉力で、様々な国から強力な女性兵士をスカウトし、配下に置いていた。


 そんな、強い女性たちがひしめくレナルヴェートから旅立った、一人の女性。


「まぁ、私が居なくても……ユシィにオリヴィア隊長……強い子は何人もいるからなぁ」

 人ではなく荷物を乗せる様な、粗末な馬車の荷車に揺られながら、女はため息をつく。


「いえいえ……ミーナ様はレナルヴェートの単独最高戦力……この任務は、我が国の存亡がかかったものと聞いておりますよ」

 御者が軽く振り返り、ミーナに声をかける。


「まぁ、そうなのかもね……」

 ミーナはタバコに火をつけた。煙が揺れる。


「奴隷あがりでも、こうしてアマネ様に認めていただけたのは……お師匠のおかげだしなぁ……その、お師匠の国を偵察なんて。アマネ様、本当に私を信じてくださってるんだよね……」

 ミーナは煙とともにため息をつく。


「そういえば……ミーナ様は異世界人でいらっしゃいましたね……っと。なんだ!?」

 御者が大きな声をあげ、ミーナは顔を上げる。


 目の前に、検問が敷かれていた。鎧姿の兵士が五人、道に立っている。


「ここから先はガリリュース領だ。どの国から来た!」


「えー……すぐ南のミドスから来まして……」

 御者がしどろもどろに答える。レナルヴェートはガリリュースとはまだ戦争をしていないが……それも時間の問題と聞かされており、御者はなんと答えて良いか迷っていた。


「……怪しいな……そこの女! 名を名乗れ!」

 兵士がミーナに槍を向けた。


「はぁ……めんどくさ」

 ミーナはタバコをもみ消すと、別のタバコを取り出した。


「いつものやつ、やるから」

 ミーナは御者に、呟く様に告げた。その瞬間、御者は頷き、素早く馬車の荷車の下に潜り込んだ。


「なっ、何をしている!?」

 兵士が槍を構えたまま馬車に近づいた、その瞬間──


「ひゅっ?」


 ──兵士の胴体と首が、きれいに離れた。


 ごとりと鈍い音を立てて落ちる首。目を見開いたままの生首。あまりに鋭い断面。そして、膝から崩れ落ちる、司令塔を失った胴体。


「はぁ……」

 ミーナは心底つまらなそうに、ため息をつく。その目はぼんやりと、倒れた兵士の胴体から噴き出す鮮血に向けられている。まるで、排水口に飲み込まれる抜けた髪の毛でも眺めるかの様な、虚無感に満ちた瞳だった。


「なんだ!?」

 残りの四人の兵士が慌てて武器を構えてミーナに駆け寄ってくる。


「け、ケビン! 貴様あ!」

 首を落とされた兵士の名を呼んだ兵士が、ミーナに槍を向けて突進してくる。


「仲間想いも結構だけど……」

 ミーナはタバコの先を兵士に向けると、撫でる様に腕をゆっくりと上から下に振る。その瞬間──


「あばっ……」


 ──兵士は透明な巨大ハンマーに叩き潰されたかの様に、平坦な赤黒い肉塊に姿を変えた。


「実力差も分からずに突っ込んでくるのは、ザコのやることよ」

 ミーナは再びタバコをくわえる。その先端から立ち上る紫煙が、不自然にぐにゃりと揺らぐ。


「ひっ、ヒィ!」

「ば、化け物ォ!」

 残りの兵士たちは、二人が殺された様子を見てすぐさま振り返り、走り出した。

 ガチャガチャと鎧を鳴らしながら、情けなく走り去ろうとする三人の男を気だるげに眺めながら、ミーナはタバコをくわえて深呼吸する様に、大量の煙を吸い込んだ。そして、ゆっくりと煙を吐く。ミーナの身体が煙に包まれ、次の瞬間彼女はその場から姿を消し、三人の兵士の目の前に現れた。


「え?」


「……はぁ。誰か、私がなにをしても、余裕綽々で構えてくれる男って、いないのかしら」

 ミーナは怯む男たちの前で再びタバコを吸うと、一人に向かって煙を吐いた。


「あばっ!」

 兵士の頭が、兜ごと粉々に砕け散った。

 隣に立った兵士の頬を、兜の破片がかすめた。


 腰を抜かしてその場にへたり込む二人の兵士。遅れて、胴体だけになった兵士だったものも、その場に倒れる。


「や、やめてくれ……」

「殺さないで……」

 二人は完全に戦意を喪失している。


「ねえ」

 ミーナはしゃがみこんで二人の顔を交互に見る。


「は、はい!」


「私が奴隷兵士だったとき、あなた達はその言葉を聞いて、どうしたと思う?」

 ミーナは昏い笑みを浮かべた。


「どうって……?」


「分かるでしょ?」

 ミーナは男の兜を掴んだ。


「ヒィッ! やめて、やめてくれ……」


「私がそう言ってもやめなかったじゃない、あなた達は」


「ごめんなさいごめんなさい」


「はぁ……がっかり……」

 ミーナは深いため息をつく。


「あ、ああ……あ…あ」

 兵士はあまりの恐怖に、失禁する。


「汚いわね……」

 ミーナは二本目のタバコを取り出し、人差し指から火を出してタバコに点火した。


「私ね……クズは好きだけど、ザコは嫌いなの。もういいわ」

 そう言うと、兜から手を放したミーナは、振り返って馬車に向かった。



「〝失意の紫煙〟ミーナ・マジョラムか……おい、あいつを倒せば……大出世だぞ……」

 失禁しなかった方の兵士は先程までの怯えた態度から一変して、ミーナを力強く睨みつけた。


「ああ、あ……ああ……」

 失禁した兵士はもう、何も話せなくなっていた。


「……クソッ……俺一人でもやってやる! ガリリュース兵の真骨頂は魔法なん……だ……?」

 兵士は立ち上がり、腰に下げた杖を抜いてミーナへ向かって走ろうとしたが、彼の視線はいつまでも、へたり込んだときの高さのままだった。


「へっ?」

 兵士の上半身と下半身は、真っ二つに分かれていた。


「え? おれの足、足がねえぞ……へへへ……なんだこれ……あ、ああ……」

 男は上半身だけの状態で倒れ、彼の下半身は座ったまま、その活動を停止していた。


 ミーナの吐いた煙が、彼らの周りを漂っていた。


「ああ……ああ……」

 失禁していた兵士は目撃する。ミーナの吐き出した煙が……形を成していくのを。


 あまりにも恐ろしい、悪魔の如き形。


「ああ……あああああああ!」

 そして、彼は八つ裂きになった。




「はぁ……どこかに私より強い、年上のクズ男いないかな……」

 ミーナは馬車に揺られながら呟く。


「あの過激な強さで……ミーナ様より強い男性など、いるはずもありませんよ……それよりクズ男って?」

 御者は身体を震わせながら答える。


「私ね……とんでもなく強くて、それでいて、クズな男……私に暴力振るったり……私の金で遊ぶ様などうしようもないクズを、飼ってみたいのよ……ふふ」

 ミーナの妖しい笑みを見て、御者は震え上がった。

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