墜ちる綺羅星(スター)⑦
「ああ、僕はなんて罪作りなんだ! 愛する人を殺すことしかできないなんて!」
死神吟遊詩人は、なおも愛の歌を歌い続ける。涙を流しながら、残酷な愛の歌を。
その歌は誰が聴いても美しく、そして、誰が聴いても残酷な旋律だった。
「や、めろ……!」
吟遊詩人の足下で、蓮華は歯ぎしりをする。
「仕方ないだろう! 僕の歌は、ジュンコさんを殺すことしかできないのだから!」
死神吟遊詩人は涙を流しながら笑顔で歌う。
「くそッ……なんでこの力は……この力はぁ!」
蓮華は何度も掌の上に睡蓮の花を咲かせる。次々と散る花びらは風に舞い、トンブライの街に吹き込んでいく。
「掌から花が咲くだけの力も虚しいが、愛した人を殺すことしかできない力もまた虚しい。そうは思わないか?」
死神吟遊詩人は歌うのをやめ、蓮華の掌の花びらを一枚千切って指でつまむ。
「お前が現世人だったら……殺してやれたのに……」
「フン……」
死神吟遊詩人はしゃがみこんで蓮華の髪の毛を掴み、顔を持ち上げる。
「僕にはな、歌しかなかった。愛する人のために歌を歌った。だがこの世界に来てみろ。愛する人の顔も名前も思い出せない! 自分の名前さえもな! 歌が得意だったことしか思い出せないんだ! 寂しすぎるじゃないか……だから新しい恋をした。でも……僕が愛した人は、みんな事故死するんだ。僕の歌を聴いた直後にな……」
「歌わなきゃ、いいだろ……」
蓮華は死神吟遊詩人に真っ赤な唾をはきかける。彼は蓮華の髪の毛から手を離し、その手で血液混じりの唾を拭う。
「歌っている時だけなんだよ……僕が、何者でも無いのは……」
そして死神吟遊詩人は歌い出す。淳子を殺す、愛の歌を。
くじら号はトンブライ城下町の折れた時計塔を支え続けている。このままでは保たないだろう。
「やめろよぉ!」
蓮華が叫ぶ。しかし、助けは来ない。
「にゃぁ」
「ん……?」
死神吟遊詩人は再び歌うのをやめ、鳴き声のする方を見た。
「猫……」
彼がそう呟いた瞬間、猫は背中の毛を逆立て、威嚇の声を放つ。
「なんだ、君は僕の歌が嫌いかな?」
死神吟遊詩人は苦笑いで猫に右手を伸ばした。
瞬間、彼の指が親指だけを残し、ボタボタと地面に落ちた。
「うっ……」
左手で右手を抑える死神吟遊詩人。
猫はなおも威嚇を続ける。
「ニャン吉……!」
「お前も異能者か! くそッ!」
死神吟遊詩人は猫を蹴ろうとするが、ニャン吉は素早く後ろに飛び退き、先程死神吟遊詩人の指を落としたのと同じ真空波を放つ。
「ぐっ!」
真空波は死神吟遊詩人の顔をかすめる。頬から血が吹き出した。
「お前の飼い猫か! しつけがなってないな!」
死神吟遊詩人は蓮華を蹴り飛ばす。
「うぐっ……」
それを見たニャン吉はさらに怒り、真空波を立て続けに放った。
「調子に乗るなよケダモノぉ!」
死神吟遊詩人は手から紫色の光を発する。闇魔法の光。
「やっぱりお前……」
蓮華は闇魔法の光を見て、自分の考えが正しかった事を確信する。
「闇魔法はな……人の命を使う……人が死ぬ瞬間に出る魂の煌めきを……綺羅星の如く美しい光を我がものとし、力と成す。だから僕は……ククク……」
死神吟遊詩人は涙を流すのをやめ、ただ笑みを浮かべていた。
「やっぱりお前……ただの人殺しじゃないか……なにが愛した人を殺す歌だよ……」
蓮華の目に殺意の色が浮かぶ。
「ハハハ……」
死神吟遊詩人は乾いた笑いとともに紫の光をニャン吉に向かって放つ。ニャン吉は素早く光を避けるが、地面に当たった魔力が爆発し、石礫がニャン吉の身体に当たった。
ニャン吉は力なく地面に倒れる。
「ああ、僕は罪深い……せめて、せめて闇魔法には、愛した人の魂を使わねば……ククク……」
「ふざけるな! そんなことの為に……淳子さんを死なせてたまるかぁ!」
蓮華は怒りとともに掌から次々と蓮の花を咲かせる。花は次々と地面に落ちる。花びらが舞う。花びらが落ちた地面からも花が咲き、無限に睡蓮が咲き続けていく。
「なんだ……なんだこれは……」
「うあああああ!」
時計塔が揺れ、くじら号にさらに重みが加わった。
「うわぁ……やっばいなコレ……」
淳子はくじら号の操縦桿を握ったまま、窓から外を見る。
街外れの空き地に、大量の睡蓮が咲き乱れていた。
「蓮の花……? 蓮華!? なんでトンブライに? ニャン吉、ニャン吉? おーい! どこいったのよあいつ……自由だなぁ……」
淳子は蓮の花を気にしながら、時計塔を支え続ける。
「困ったな……下の人たち、避難できたかなぁ……」
淳子が再び空き地に目をやった瞬間……轟音を立て、時計塔が完全に崩れ始めた。
「やっば! これもう無理だよ! 仕方ない……奥の手だ! くじら号! 時計塔をぶっ壊すよ!」
淳子は操縦桿を握り直し、ボタンを押した。
「くじら号ミサイル!」
淳子がそう叫ぶと、くじら号の腹からミサイルが飛び出し、時計塔に直撃。レンガはバラバラになり、無数の破片が街に降り注ぐ。当然、目の前にいるくじら号にも爆風が浴びせかけられた。
「ぐぅ……」
淳子は操縦桿を強く握るが、今までずっと操縦桿を握っていたからか、手から力が抜けてしまった。くじら号は爆風に飛ばされ、街はずれの方へ墜落していく。淳子はその中でピンボールのように繰り返し身体をぶつける。
「なんだこれは! くそっ! 花が絡む! 止めろ!」
死神吟遊詩人は無限に咲き続ける花に足を、手を取られ、もがいていた。
「どこにいる!」
蓮華はもう、花に囲まれて彼から姿を消していた。元いた場所すら分からないほど、咲き続ける花を蹴り、魔法で蹴散らしてもなお、勢いは止まらない。
「くそっ……あの女、こんな力があったなんて! お前も闇魔法の一部にしてやる……ん?」
吟遊詩人の周囲が不意に暗くなる。
「なん……だ?」
彼が空を見上げると、そこには飛行船の船底が見えた。
そして、それが彼の瞳に映る、最期の光景となった。
くじら号は死神吟遊詩人を轢き潰し、蓮華の咲かせた睡蓮を吹き飛ばした。
数時間後、睡蓮の花はすっかり消え去り、そこには満身創痍の蓮華と、赤黒い血だまりと、潰された肉の塊だけが残っていた。
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