夢想する法王(ハイエロファント)①
「あぁ……いい……」
男とも女ともつかない顔をした緑衣の司祭が、何か妄想にふけりながら街を歩いている。
「おい、霧島さん、またなんか妄想してるぞ……」
「あれさえなければ、嫁に行けるのにな」
「え? 嫁を貰える、じゃなくて?」
「え? どっち?」
待ちゆく人々も、霧島が男なのか女なのか分かっていないらしい。
アキバ街の司祭の一人、霧島。3か月ほど前、突然アキバ街にやってきて司祭を務めるようになったこの変わり者は、妙な妄想癖以外は人当りもよく、司祭の仕事も至極全うで、街の者たちには慕われていた。
「霧島さん!」
「ふぇ?」
急に呼び止められた霧島は我に返り、辺りを見回した。
「なにぼーっと歩いてるんですか! 明日の結婚式の打ち合わせ、そろそろですよ!」
男は霧島の腕をつかみ、霧島が歩いてきた方向に引きずっていく。
「有江田さん、そんなに強く引かなくても歩けますよ」
霧島は有江田に微笑みを向け、彼の手を掴み返した。
「え?」
一瞬、有江田が女のような声を上げる。その瞬間、有江田が霧島を掴んでいた手はやすやすとほどかれ、霧島は一人で歩き始めた。体格のいい有江田と、細身で身長も低い霧島ではどう見ても力の差は歴然なのだが、霧島が「何か」したらしい。
「お? おお? あ、あー…」
有江田は自分の喉に手を当て、声を出すが、元の低い声に戻っていた。
「どうしました? 有江田さん。早くいきましょう」
霧島は速足で式場予定地に向かって行った。
「霧島さん、意外と力があるんだなぁ……」
有江田は首をひねりながら、霧島についていった。
結婚式の打ち合わせが終わると、霧島は今の住まいに向かって歩く。隣に立つ有江田を気にも留めず、再び妄想の世界にふけりながら。
「トンブライのプインダム将軍と……レナルヴェートのオリヴィア将軍がお友達になったら楽しそうだなぁ……むしろ結婚しないかな……結婚……!? ああ、あの筋骨隆々の将軍と、〝頂点の3剣士〟の一人が結婚!? あっダメ。これ尊い……」
「霧島さん、何言ってんすか……」
霧島は有江田もあきれ顔になるほどの意味不明な妄想をぶつぶつとつぶやきながら歩く。妄想が佳境に入り、目をつむって天を仰いだ瞬間、人にぶつかった。ぶつかった若い女性は、しりもちをついて転んだ。
「あっ……申し訳ない」
「すいません! この変態がご迷惑を……」
有江田が手を差し伸べると、女性は目を見開き、霧島を見た。
「ん? 何かな?」
霧島は女性の視線に気づいて首をひねる。
「お、お前……!」
女性は立ち上がって一歩身を引く。
「ようやく見つけた! アキバ街にいたのか!」
女性はそう言うと大きくのけぞった。
「……! 有江田さん、私の後ろに!」
霧島は有江田の前に立ち、呪文を唱え始める。
「ぶっ殺す!!!!!!」
女性が頭を振りかぶり大声で叫ぶと同時に、その口から巨大な円錐が飛び出して霧島の心臓めがけて放たれた。しかし、その円錐は霧島の結界呪文に阻まれ、結界と同時に砕け散る。
「なんだなんだ!?」
「霧島司祭! どうしました!」
「有江田、お前またなんかやったのか!」
「くっ…くそッ!」
女性はもう一度のけぞろうとしたが、周囲に人が集まりだしたため踵を返して逃げ出した。
「おい、待て!」
有江田は女性を追った。曲がり角で一瞬見失った後、走り去る影を見つけた有江田は、それを追ってもう一回、角を曲がる。
「あ、あれ? おいボウズ、今髪の長い女がここを通らなかったか?」
有江田は、曲がった先の路地に立つ少年に息を切らせながら訪ねる。
「うん、そこの角を右に曲がってったよ」
「ありがとう!」
有江田は少年の言う通りに走っていった。
「……ふぅ。あぶねえ」
少年は今自分が走ってきたほうに引き返して歩き出す。
「ハロルドめ……アキバ街に暮らしていたとは……灯台、元暗しだったな」
少年の姿をした女性が変装を解き、霧島を探して再び街の大通りに向かおうとしたその時。
「あれ? 野上君じゃない」
アキバ街の英雄でありアイドル、海市淳子が女性に話しかけた。
「シーッ! やめてくださいよ!」
野上は淳子に向かって小声で注意すると、彼女と路地に入った。
「ごめんごめん。野上君、女性の姿になってから……いないことになってるんだったね」
淳子は頭を掻いて照れ笑いする。
「そうですけど、それ以上にお伝えしたいことが。海市さん、この街に……フォギア・ハロルドがいます」
野上は真剣な表情で淳子に告げる。彼女はそれを聞いて、険しい表情になった。
「え!? そんなまさか……三船さんの能力も、花代ちゃんの結界も掻い潜って……パネロースの政治家がこの街に? 考えられないわ」
現世人が異世界人たちの隠れ住むアキバ街に居る。その事実は〝決してあってはならないこと〟だった。
「それが、いたんです。堂々と日本人のフリをして。霧島、と名乗ってました。三船さんの面接をクリアしたのも不可解ですけど、花代の結界を通り抜けるなんて、考えられません」
野上は眉間にしわを寄せながら、うつむいた。
「考えたくないけど……三船さんか花代ちゃんのどちらかが協力したのか、それとも霧島自身の何かの魔法なのか……」
淳子も眉間にしわを寄せる。
「花代が、あいつがそんな事するはずが……!」
野上は淳子の肩を掴んで、泣きそうな顔をする。淳子はその顔を見て、微笑んだ。
「野上君、ごめん。まだ二人を疑うのは、早すぎるよね。でも、チャンスだね。男に戻れたら……花代ちゃんに、告白するんでしょ?」
淳子はいたずらっぽい微笑みを野上に向けた。
「……はい」
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