闇祓う筋力(ストレングス)①
難攻不落の魔法大国、ガリリュース。
冷静沈着で寛大なる〝不動王〟の治める魔道国は、魔族や亜人、果ては不死者すら受け入れ、差別の無い国と言われている。
100年前にたった一度だけ、5大国会議が開かれた際には、ガリリュースの国王だけが、異世界人の奴隷化に最後まで反対した。
しかし他の4大国がそれを許さず、結局、ガリリュースを含む5大国は奴隷を使った戦争を始めた。
ところが100年後、現王であるカムラが即位すると、ガリリュースは奴隷戦争への参加を放棄した。ただし、体裁を保つ為……奴隷の解放はしなかった。不動王は、世界の均衡も視野に入れた政策をとったのだ。
現在、ガリリュースでは奴隷戦士団はほぼ解体され、一部の望んで残った者達だけが、戦士として戦場に出ている。
「……と、いうのが敵国の現状なんですけど……って将軍、聞いてます?」
青年がテントの一番奥にどっかりと腰掛けている大男に話しかけるが、大男はいびきをかいて眠っていた。
「プインダム将軍!」
青年が大きな声を出すが、その大男、ヴィトン・プインダムはやはり眠ったままだ。
「この…筋肉ダルマァ!」
忌々しげに言い放つと、青年は地面に両手を翳す。
「オー様!おやめください!」
青年の隣にいた兵士が慌てて制止しようとするが、彼らの足元には既に魔方陣が描かれており、術の発動まで後一歩……と、いうところで大男が目を覚ました。
「ふぁああぁああああっと……おっ?ダッシー。んどぅした?」
トンブライ北部訛りで青年の名前、「ダーシュ」を「ダッシー」と呼んだプインダム将軍は、目覚めた途端、立ち上がって屈伸運動を始めた。彼の鎧は最小限のパーツしか無く、軽やかに屈伸運動をこなしている。
「ですから敵国の現状を」
「ん。あー。奴隷が少ないんやろ。分かっとぉ。ダッシー、お前は後方支援。陣形はまだ考え中じゃ。行く途中で考える。まあ、今回は……皆殺しは要らんけぇ、お前の出番は無いはず」
プインダムはスクワットを始めた。
「聞いてたんですか……」
ダーシュは呆れ顔で報告書をテーブルに置いた。
「え? 何を?」
プインダムはスクワットしながらダーシュに疑問を投げかける。
「……やっぱ寝てたんじゃないですか!」
ダーシュは大きく肩を落とした。
「あっはっはっ! すまんすまん! さぁ、そろそろ行こうかぁ!」
プインダムがそう言うと、兵士達はものの数秒で支度を終えた。日頃の訓練の賜物である。
プインダムの率いる隊は彼の戦術理論を実践するため、奴隷兵士が混じっているとは思えぬほど、統制され、鍛え抜かれた精鋭が揃っている。
それというのも、プインダム隊に入れば奴隷兵、国民兵関係なく「家族」として共に過ごし、互いを高め合うという、奴隷たちにとっては夢のような待遇があるためだ。プインダムは差別を嫌い、奴隷という言葉を〝家族〟には向けない。
それは皮肉にも、奴隷兵士制度を廃止した敵国ガリリュースの王、カムラの思想に酷似していた。国民兵にはそれを快く思わないものも少なくなかったが、ひとたびプインダムの隊に加わればその人柄に惹かれ、皆考えを改める。
そんなプインダムの主義もあってか、トンブライの奴隷兵士はみな、プインダムの率いる隊への入隊を目指して己を磨く。そのため他国の奴隷兵士に比べ、トンブライの奴隷兵士はもれなく高いモチベーションで己を鍛えており、トンブライ軍はほかの4大国にも負けない、屈強な軍隊として知られていた。
「あの拠点には、ガリリュース唯一の奴隷兵師団が構えているそうです」
道すがら、兵士の1人がプインダムに告げる。
「ほーぉ。けっこうな数っぽいのぉ。どげんしょっかのぉ……」
プインダムは顎に手を当てながら、2秒ほど考えるとふむ、と鼻を鳴らし、柏手を打った。
「よおっし! お前らよぉく聞け! 相手はお前らと同じ奴隷やが、お前らは生きるのが大事! 一方あっちは戦いとぉて残った死にたがりのバカどもばかりじゃ!」
プインダムが轟くほどの大声で語り出す。
「俺は、お前らを家族と思っちょる! お前らが死にたくないのと同じくらい、いやそれ以上に、お前らを死なせとぉないんじゃ。やけん、今回の陣形は……Fシステムはやめじゃ! 〝鬼殺しの陣〟で行く!」
「しょ、正気ですか!?」
ダーシュは顎が外れんばかりに口を開けた。
「俺はいつでも正気も正気。よーく考えた結果じゃ」
プインダムが全員の顔を見る。
兵士達は驚き、顔を見合わせる。そのざわつきは敵の砦近くにたどり着くまで、やむことはなかった。
「任せぃ。俺が、活路を開く」
プインダムは不敵に微笑み、自慢の僧帽筋を震わせた。
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