プロローグ〜破滅を呼ぶ書簡〜

「大変です!」

 封蝋の施された手紙を持って、女帝の自室に、側近が飛び込んできた。


「なぁに? ミーナ。あんたらしくもない。落ち着きなさい」

 女帝は執務机で書き物をしながら、ミーナと呼ばれた女の方を見もせずにたしなめた。


「アマネ様! 聞いてください! 一大事なんです!」

 ミーナは大声を張り上げ、手紙を頭上に高く掲げるが、女帝は見向きもしない。


「騒がしいわねぇ……あんたみたいな闇の魔導師って、もっと根暗でさぁ、影からヌゥ……って出てくるもんなんじゃないの?」


「偏見過ぎません? いや、私のことはともかくこれ……この封蝋!」

 ミーナは女帝が書いている最中の書類の上に手紙を乗せる。


 黒紫の蝋に砕いた魔水晶を練りこんだ封蝋。怪しげな艶を放つその封蝋を使う者は、世界広しと言えど1人しかいない。スタンプを見ずともアマネには送り主が誰なのか、容易に理解できた。


「……下衆野郎のセンダギからじゃない。何かしら……って、今って、マクスウェルとウチ、戦争中よね?」

 女帝は眉をひそめながら、封蝋を乱暴に千切ってゴミ箱に捨て、手紙を取り出した。


「だから一大事なんで……す……けど……あ、アマネ……様?」

 ミーナは手紙を強く握りしめるアマネを見てたじろぐ。


「やっぱりアイツ……気に入らないわ……!」

 女帝の顔に、明らかな怒りの色が滲む。


「この私が、アマネ・レナルヴェートが……戦争真っ只中の相手と、和平ですって!?」

 アマネは千田木からの手紙を破り捨てる。


「和平交渉!? せ、センダギがですか!?」


 2人が怒り、驚くには理由があった。


 マクスウェルとレナルヴェートは、実に500年も闘争を続け、未だに決着がついていない、拮抗する力を持つ国同士だった。


 しかも、両国の現国王は過去100年の中において最も好戦的で、近年のレナルヴェートとマクスウェルの戦争は局所戦にとどまらず、まもなく大戦争が起こる、一歩手前まで来ていたのだ。


 そんな中で、マクスウェルの老獪な摂政からの突然の和平交渉である。

 女帝が怒るのも、無理はない。


「そうよ! なんで今更和平交渉なんて……! しかも、よりによって……あのセンダギからの提案……」

 女帝は怒りに身体を震わせ歯を食いしばっていたが、すぐに冷静さを取り戻し、溜息をついた。


「……いや。センダギが、あの狸ジジイがこんなバカな話を本気で提案してるとは思えないわ。何かの罠か……それとも、まさか……」

 女帝はハッとした表情で、周囲の気配を探る。そして、小声で部下に告げた。


「ミーナ、あんたに調べてきて欲しい事が、できたわ……」

 女帝の神妙な表情に、ミーナはただ事では無いと悟る。


「……何処で、何を調べるのでしょうか」

 唾を飲むミーナ。2人の真剣な眼差しが交差する。


「場所はマクスウェル中枢。探すのは……人よ。これは、我が国単独最高戦力の、あんたにしか頼めない仕事」


「私が国外に出るのは……!」

 ミーナは女帝の執務机に両手をついた。


 しかし、部下の焦りに反し、女帝は悠然と微笑んだ。


「あのね。あんたに守られなくても、私ゃ死なないわよ」



 かくして、レナルヴェート単独最高戦力、通称〝失意の紫煙〟ミーナ・マジョラムは大恩ある女帝の指示のもと、敵国の中枢へと向かっていった──


 馬車はミーナを運び、ゆっくりゆっくりと、敵国に向かって行く。


 その征く路に、数多の死骸を重ねながら。


「流石に、すれ違いざまに皆殺しは、やりすぎかしらね」


 ミーナはタバコの煙を燻らせながら、空を見上げる。


「私に、探せるのかしら……」

 煙と共に吐き出す言葉と溜息は、春風に乗ってどこへともなく流れて消えた。


 ──これが破滅への序章であると、この時は誰も、想像だにしなかった。

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