フォルスワール

@nannshi606

第1話 死は突然、クソ運営(神)は突然

 外で豪雨が音を立てて唸っている。こんな時にテンションがすごい上がるのはなぜだろう、とか考えたことはあるだろうか。それは、迫りくる異常事態でもとりあえず自分にとって有益であれば良い、と考えてしまうからだ。そう、今日は台風。この地域に直撃する予報であり、学校は休校だ。

 こんな日は、家で調整するのが一番だ。

 いつもの休みだったら、シングルカードを買いに行きたいところではあるが、俺はケースからカードの束を手に取る。

――そういや、俺の家って、山の近くなんだよな、大丈夫かな……。

――でもまぁ、今まで何事もなかったし、平気だろ。

 俺はカードの山から一枚ずつ効果や能力差を細かく見ていく。今は横に並べる動きが強いからな。それに対しての対抗策を練っていかないといけないな。


「そうそう、このカードで横に並んだモンスターをバーっと……」


 バー……じゃなくて、バキッて音がした。まさか、な。そんなはずはないよな。だって今まで土砂崩れなんて一度もなかったのに、そんなわけ……。

 バキッバキッと音がする。木が倒れる音だろうか。よく見ると向こう側の窓が異様に黒く影がかかっている。逃げたほうが、いいよな。


「や、やばっ……」


 家の壁に限界がきた。津波のような土砂が勢いよく流れ込んでくる。

 俺は反対側の窓を開けようとしたが、なかなか開かない。

 土砂が、迫る。


 「うわぁぁぁぁぁぁ…………」


























「あのー……あのー……」


「あれ、ここは……」


 気がつくと、俺は真っ白な空間の中にいた。何もない、殺風景な場所だ。


「あのー……そのー……」


「ん?」


 何もないと思ったが、人がいた。五歳くらいの子?だろうか。あ、そういや俺、あの後どうなったんだろう。確か、土砂に埋もれて……。


「う、埋もれてはいませんよ」


「え?」


 青いローブを着込んだ子供は、もじもじと体を動かしながら続けて、こう言う。


「えーっと……そのぅ……」


 瞬きを二回しながら、目をそらしたり、こっちを見たり。


「あなたは……そのー……」


 今度はうつむいてプルプル震える。


「即死でして……そのー……」


「そ、即死!?」


 その子供、どうやら女の子のようだが、こくりと頷いてとりあえずとばかりに空間に映像を投影する。自分の家だ。すでに土砂で半分以上が埋まっている。絵にズームを加えていくにつれて、そこに、死んだ自分の姿があった。

 コンクリートの壁から出てきた鉄のとがった棒が胸に刺さっている。下半身は土砂に埋まっているようだった。


「って、ことは……ここは?」


「あの世? あ、間違えました……えーっと、あの世とこの世の境目? って言えばいいでしょうか……」


「つまり、お前は神様か何かで?」


 女の子は、動揺したようにふるふると三回首を振った。明らかに焦っている。何か後ろめたいことでもあるのか。わたわたと慌てるそいつは、手をかざして見せる。周りを取り囲むように映像が辺り散らばった。これは、全部俺の映像だ。幼児の時の物もあれば、小学生の頃や、親友と遊ぶ光景もある。なるほど、これで悪人か善人かを定めるわけか。


「えーっと……これを……どうでしたっけ」


 カードにもあったな。八咫鏡って呪文だっけか。天国に行くか地獄に逝くかを決める鏡。確か効果は一度破壊されたカードと手札のカードを場に出して強制的に戦闘を行わせるってカードだっけか。デザインと効果が誠実ではないとかよく言われていたっけな。

 と、しみじみとしている間に、どっちか決定したみたいだ。


「はい……決定、しました……あなたはそのー……えーっと……言いにくいのですが」


 さっきから思うが、かなり聞きづらい声だ。ここにいるってことは神様なんだろうけど、ここまでコミュ障な神様普通いるのか。


「そのー……地獄に、逝っていただくことが決定しましたので……えーっと」


「はぁ!? 地獄?」


「はい……ですから地獄へ……」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 俺は慌てて立ち上がる。ふざけるな。なんで俺が地獄に堕ちなくちゃいけないんだよ。そいつに向かって、怒声を強めてこう言う。


「俺は生きてて生涯、誰も殺したりしてねぇ! 悪事の徹底して尽くしたわけでもないだろ!」


「っ! ……!」


 ものすごいビビッているようだ。しばらくオロオロと涙ぐんで辺りの映像を探している。あるわけがない。人を殺したことなんて一つもないのだから。そう、一つも……。


「こ、これを……み、みみ、見てください」


 女の子は、映像を一つ取って近くに持ってくる。


 【      ☆      】


 罪人喜野淳介。彼には親友がいました。

 たった一人の親友でした。彼はその親友をとてもとても大事にしていました。ですが、悲しい事件が起こってしまったのです。それは、ある日の放課後の出来事です。

 淳介は、親友とほぼ毎日と言っていいほどカードゲームをしていました。

 しかし、いつもだと三から四戦やって終わりのはずだったのですが、今日はその子が新しいデッキがあると言ってきたのです。

 そのデッキを手に取り、今日こそはとばかりに淳介に挑んだのですが、あっさり勝負は淳介の勝ちでした。淳介のデッキはとても強かったのです。ですが、親友は少し期待していました。

 新しいデッキを持ってきた際に、淳介はなにが足りないかをアドバイスしてくれるのです。それを期待していた親友ですが……。


「正直、このデッキはコストの基盤が5~6過ぎて、今の環境じゃまず戦えないな。かといって序盤の支えがコスト5だし、しかもこいつなくしたらまるで機能しないしな。カウンターの術が5枚? 馬鹿じゃねぇの? その数で手札にくると思ってんの? サーチすりゃいいだろってこいつを入れてるのかもしれないけど、そもそもその間何もできないんだからこっちは殴るだけだぞ? これ前も言ったよね? てゆーか、さっきの盤面絶対こっち出したほうがよかったよね。なんでこっち出したの? え、出してデッキからこいつを出すことができれば一回は耐えられた? あのさぁ……なんでそう、確率考えずに決定するんだよ。だからいつまでも勝てないんだぞ?」


 酷く傷ついたその子は、カードを片付けると、黙って出ていきました。いつもだったらもっとこれを入れたほうがいいとか、明確なことを言ってくれるのに、今日はそれがなかったのです。深く深く傷ついた彼女が、泣きながら商店街を走っていた時のことでした。その事件は起こってしまったのです。

 一台のトラックが猛烈なスピードで突っ込んできたのです。

 彼女はドガッという音と同時にトラックにぶつかり、その命は絶命しました。


【      ☆      】


 映像はそこで終了し、泡のようにパチンと消えてしまった。


「これが、あなたの罪人たる理由です」


「ちょ、ちょっとまってくれ!」


 俺は拳を握りしめて叫ぶ。


「なんだよこれ、全然俺が地獄に逝く理由と関係ないじゃないか! 俺はただあいつのデッキに文句つけただけだろ!」


「罪人、喜野淳介」


 なんだこいつ……。さっきの優柔不断そうな様子とは一変している。女の子は淡々と続ける。


「こればかり、不本意に感じるのは申し訳ないと思う。だが、これは神の間で決定したことだ」


「決定したことって……こんな間接的に起こったこと一つで地獄に堕ちなくちゃいけないのかよ!」


 女の子はこちらをじっと見つめる。公平と言わんばかりの態度でこう続けた。


「一理ある」


「だったら……」


「だが、それでは罪人などほとんど出ないのだ。つい起こってしまった、間違えてやってしまった、その場のノリや勢いで言ってしまったなどと、それは自分に対する甘えた発言。そうは思わないか? 私や神々はそう言った浮ついた考えに慈悲が尽きたのだよ……」


「……」


 俺はずっと、あいつがそこまで傷ついていたなんて思わなかったんだ、と心の中で言い訳していた。

 それがいけないんだろうな。

 やってしまった失敗がどれだけ重要な事かわかった後に、言い訳しようとするから、あとから天罰が下るわけだ。だけど、俺の場合は最悪の中でも本当の最悪。例えるなら、今まで何もなさすぎて気づかずに踏んだトラップカードからの大敗。だけどまぁ……しかたないのかな。

 時に理不尽もカードゲーム。それは人生にも言えるんだ。


「わかったよ……それじゃあ、仕方ないな。死ぬのがもう少し早けりゃ、そうはならなかったわけだしな」


 俺は、現実を受け入れることにした。ふと思って、こう続ける。


「最後に聞きたい。あいつは……その後、あの世のどっちへ行ったんだ?」


 女の子は少し戸惑った表情で言葉に困っていた。また元に戻ったのだろうか。さっきの淡々としていた時よりもずっとオドオドしている。


「……こ、答えられませんが、あ、あなたの想像とは別の場所……でしょうか」


「そっか……」


 あいつは、ミスも多かったが、無事に天国に行ったってことかな。それに比べて俺は、あいつに悪いことしちまったようだな。それなりに勉強はできたつもりなのに、死んだ後の結果がこれじゃ、示しがつかないな。

 とりあえずは、胸のつっかえがとれた。なんだかんだであいつは、俺のたった一人の親友だからな。

 何考えてるんだろうな、俺。

 運命が決まってしまったから、もう自分の心配をする気が麻痺してるのかもな。


「で、では、そろそろ転移させていただきま……」


「待ちな、イーリス」


 なんだろうか。向こうの空間から人影がこっちに近づいてくる。よくみたら、白い空間のように見えていたのは、濃く霧散した白い霧だったようだ。人影はどんどん大きくなって、その姿を現した。

 そっちの女の子とはまるで正反対。巫女姿に羽衣を付けた、大人な雰囲気を漂わせる天女、のような女性だった。


「んー、イーリス」


「ひっ……な、なななな、なんでしょう」


「どういうことだい? そいつは」


 巫女姿の女は、こちらを指さす。

 それに飛び上がるほど驚いていたのか、イーリスと呼ばれた女の子は、ガチガチに震えあがっていた。しばらくイーリスをにらみつけ、その上司とも言える風格の女は、こちらに近づいてくる。


「お前さん、名は?」


「あ、えと……喜野淳介、です」


「淳介か、私はアフロディーテ、悪いことをしたね……」


 アフロディーテは深々と頭を下げた。


「あの……どういうことなんですか」


 自然と丁寧語が出てしまう俺に、こう続けた。


「さっきの馬鹿イーリスが言っていたことは、まぁだいたい聞いているね。確かにお前さんは裁かれる上では、地獄に逝くのが通例。そうなってしまったのはこちら側の決定事項だ。本当に申し訳ない。だが、お前さんの場合、少しだけこちら側に誤りがあったんだよ」


「誤り?」


「思い出しても見てくれれば、すぐ理解できる。お前さんは土砂に埋まる寸前に、ドアを開けて外に出ようとしただろう? だけど、なぜか開かなかった」


 確かに、外に出ようとしたけど、あの時ドアは開かなかった。


「あれはな? そこにいる私の部下が表側から扉を押さえつけていたんだ」


 押さえつけてって、それじゃあ俺は、半ばこいつに無理やり殺されたってことになるじゃないか。


「こ、こいつっ!」


「ひっ……」


 怒った表情の俺に、イーリスは小さな悲鳴を上げる。

 間に割って諭したのは、アフロディーテだった。


「まぁまぁ、落ち着け、淳介とやら」


「落ち着いていられるかよ。こいつは散々、人を罪人扱いしやがったんだ。蓋を開ければそっちにもミスがあったで済まされてたまるか! このクソ運営! だいたい、お前らは公平になんて見てないだろうが。上から目線で良し悪しをきめやがって」


 怒りに任せた次に、俺はこう叫んでいた。


「今すぐ、あいつを……亜紀を生き返らせてやれ!」


「……!」


 二人は、きょとんとしていた。


「……なんだよ、変な目で見やがって」


「いや、意外に思ってね……そこは自分を生き返られろって言うところじゃないのかい?」


「そりゃ、そうかもしれないけど……だけどさ、俺が百パーセント悪くなかった理由はないんだ。それに、クラスで除け者になってた俺にとっちゃ、一人しかいない大切な友達なんだよ。さっきの映像では、かなりひどいこと言ってるけどな……」


 イーリスは、まだこちらを呆然と見ている。しばらくの間の後に、アフロディーテがコホンと息を整え話始める。


「して、お前さんの望みは、その子を元の世界に生き返らせるということなんだな?」


「あぁ、それだけ叶えばいい」


 あいつは、俺よりも友達がいたし、ほかのクラスの人にも頼りにされていたしな。俺なんかが生き返るよりずっといいはずだ。

 アフロディーテは少し困った表情をした。そして、イーリスを睨みつける。


「あの……まさか」


「本当に申し訳ないな、淳介。亜紀と名乗る魂は確かにここへ来たのだが、どうやらこの大馬鹿者が違う世界に間違えて転生させてしまったのだ」


 睨みつけているとこからすぐに察することができたが、まさか送り先すら間違えるとか、こいつはどうかしてるんじゃないのか。


「じゃあ、すぐにでも戻してくれよ。それくらいできるんじゃないのか?」


「できなくはない。だが、今はできない」


 アフロディーテは、白い空間から椅子を出現させると、そこに座りながらこう続ける。


「そうだねぇ……二つほど、頼まれてくれるかい?」


 俺はすぐ返答した。


「俺にできることなら」


「そうかい……まず一つは、亜紀とやらの回収だ。間違って送ってしまったからね。そっちの世界で何に転生しているかはわからないが、なんとか見つけ出してほしいんだ。そして二つ目だが、これはお前さんにしかできないことだ」


「俺にしか――できないこと?」


「ある子を、一番にしてほしいんだ」


 

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