テスト公開用

@Rshk_last_sin

1つ目

少女は夢を見る。自分がどんな人物であるのかに思いを馳せながら。そして少女は笑うのだ。

「あんまり面白くないよ」と。その真偽を問われるよりも早く、少女は次の言葉を紡ぐ。少なくともわたしには、と。

「だって、今の方がずっとずっと楽しいんだからさ」

毎日飽きないんだよ?こうやってみんなと作戦立てて、出撃して、遊んで、そしてご飯食べるのって。少女はそう言って、数年前までは偽りでしか無かった笑顔を向けるのだ。



「速見さん!解析の方は」

「終わりました、今データの転送をしますね」

巨大スクリーンに写し出される基地周辺の地図。各地に赤い点がつき、敵組織の襲撃を伝える。作戦本部室は混沌をきわめ、報告とデータがそこかしこに飛び交っていた。そんな中に1人、若草色の髪を二つに括った少女がいた。カタカタ、とキーボードを叩きデータを転送する。その時、作戦本部室への無線が入る。無線の主は至って冷静に、ただし事態の深刻性を確実に告げた。

『こちら速見です。敵の増援を確認しましたので至急応援を要請します』

敵の増援という言葉に作戦本部室は騒然とする。ただでさえ今自由に使える隊員の殆どを向かわせているのだ、これ以上は無理であろう。ただし今交戦中の地点を落とす訳には行かない、その手前側には今は廃棄されているが発電所があるのだ。それをPlagueの手に渡らせる訳には行かない──、が、どこから人員を調達する?申し訳ないが持ちこたえてもらうしかないだろう、多少の犠牲は……と責任者である職員が言うより前に、騒然とした部屋の後ろの方から高いが凛とした声が届く。

「今西区地点で交戦中の隊員は全体のほんの少しです!そして今日巡回任務として西区方面にいるのを集めれば、現時点の敵の人数の倍が取れます。増援と言っても向こうもそんなに人数は集められてないでしょうし、なによりあそこは道幅が狭いので人数だけ多くても遊兵を作るだけになります、なのでこちらからの隊員を後ろに向かわせ、挟撃の体制を取ります、《わたしの知識》が間違っていなければ今いる向こうの特別強力な能力者自体は少ないはずなので、こちらの能力者たちを集中させて向こうを先に叩けば……」

最後まで言い切られる前に、それならここの人たちを動員してもらって、と部屋の中ほどから声がする。それを機に、じゃあここをこうして、このルートを辿ってもらえば向こうには気づかれないはずだなどという立案が次々と始まっていくのを見て、その声の主はふっと力が抜けたように座り込んだ。その拍子に抱えていた箱状のものが落ちる。軽い音を立てて落ちたそれは、つい30分前までいっぱいに地形図が入っていたダンボール箱だった。

「よ、かった」

心から安堵したようなその声は、先ほどの凛とした声とは打って変わって幼く響いた。

『奏萌!聞こえるか、奏萌!』

そんな時ふと少女のインカムから声がする。少女は座り込んだままインカムのマイクのスイッチを入れた。

「はいはい、こちら速見奏萌。どうかした、潮く」

少女が名前を呼びきるよりも前に、どうしたもこうしたもないよ!なんだよあの人数!奏萌そんなこと言ってなかったじゃん!とどこか悲痛な声が届く。声の主は少年だろうか。口振りからして男性であろうが、それにしては声が高い。奏萌と呼ばれたその少女はそれを聞くや否やすっと立ち上がり、デスクに積まれた地形図となにやらファイリングされたものを取った。そしてぺらぺら、と捲り始める。

「潮くん落ち着いて。それと雛ちゃんを離さないでね」

『……雛をなんだとおもってるの……』

「神出鬼没な正体不明ゴースト。いーい、よく聞いてね。今から5分もしないうちに近くを巡回警備にあたっていたセレスタイトさんがそっちにいく。その2分くらいあとには湊さんが。その3分後には二階堂さんが行くしすぐに紫園くんと春子ちゃんそっちに向かえるところにいるからそれまで」

『なんとか持ちこたえろって?無茶すぎるだろ!』

『るりぴっぴが?』

のんびりと、心做しか嬉しそうにつぶやく少女とは反対に、奏萌の言葉を遮るように少年は叫ぶ。それをさらに畳み掛けるように、奏萌は同じように叫んだ。

「もー!お姉ちゃんが言ってると思うけどそこの発電所どうしても落とす訳には行かないのー!頼んだよ、潮くん!雛ちゃん!」

『奏萌ちゃんの無理難題はいつものこと……後で肉まん』

『わかったよ!何とかすればいいんだろ?……無茶すぎるなぁ』

じゃあ切るぞ、と少年は言う。ばいばーい、と無線の向こうにいるらしい少女は軽く言う。ぷつ、と切られたあと、奏萌はくすくすと笑いだした。いつも通りだ、ならきっと大丈夫だね、と。

「奏萌、俺たちは?」

そのときようやく静かになった作戦本部室に少女がふたり入ってくる。紫の髪をした少女が、ぽつりと奏萌に問いかけた。

「……ふたりとも、今日は非番なのに……」

「だってこの部屋の外も騒がしかったよ?何かあったんでしょう?多分そろそろ縁もくるよ」

にこにこと緑の髪をした少女が笑う。すると本当に、彼女の言葉通り作戦本部室の扉がまたしても少年によって開かれた。

「潮は?」

「…………縁くんまで」

奏萌は半ば呆れたように頭を抑える。作戦本部室にこうもするする作戦立案担当以外が入ってこられてしまうとは、といったような溜息がひとつ、落ちていった。……もう、とぽそりと呟いたあと、覚悟を決めたような目で責任者である男性の元に一人歩いていく。しばらく彼と会話を続けた後、彼女はネクタイを締め直しつつ少女らのところへ帰ってきて、そして笑った。

「緊急出撃の許可がでたよ。潮くんたちのいるところへ向かおう!」

「ここから何分くらいだっけ」

「…………ええと、15分前後」

奏萌がそう答えると、緑の髪をした少女がびっくりしたように言う。

「早くしないと終わっちゃう!」

「……終わらないよ」

「向こうも増えてるんだよね、奏萌」

縁と呼ばれた少年が奏萌に確認をとる。こくり、と彼女が頷くと、じゃあ早く行かないと、と目で訴えてきた。

「こっちでみんなで戦うの初めてだよね!」

「実戦形式のレクリエーションはこっちでもしてたけど、8人では久しぶりだ」

「奏萌のことは俺がちゃんと守ってあげるから」

「大丈夫だよ……邪魔にならないように、後方の方にいるから」

そんなことを言いながら彼女たち5人は作戦本部室を出、廊下を歩き、正門から出ていく。正門をくぐったその途端、すっと彼女たちの顔つきが変わった。戯れる子供たちの顔から、危機に瀕した世界を救う救世主たちの顔へ。そして誰が言ったわけでもなく走り出す。その目には、四者四様ではあるものの確実な決意が宿っていた。彼らをカリスマとも呼べる明るさで導く、ある青の少年がよく口にする言葉が。

『誰も死なせないよ。皆、絶対に生きて帰るぞ!』

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