第33話 トリック

「何とかケリはつきそうですね」

「まだまだ、最後まで油断しちゃいけないよミシャール」


 安堵のため息を漏らす副官に、ランサットは苦笑いしてそう答えた。

 とは言え、多少の齟齬は在りつつも、進軍は計画通りに行われている。綱渡りを指揮して来た副官がそう言うのも理解できなくは無かった。


「僕がやっているのはただのペテンだ。一度タネがばれた手品なんて退屈なものさ」


 圧倒的、一気呵成な進軍の裏で行われているのは単純な手品。それはイザベラが予想した通り、幻術による水増しだった。


「ゴブリンたちの様な弱い種族なら、幾らでも軍勢をそろえることが出来る。だが、彼らは持久力に乏しい、長期間の行軍には不向きな存在だ」

「そこで陛下が考え出されたのが、我らドレイクの様な速度と突破力に優れた種族による強襲」

「だが、君たちの様な優良種は数が少ない、そこで僕たち夢魔お得意の幻術によって敵の目を欺いた。単純な話だよね我ながら」

「ですが、既に大勢は決しました。人族の軍は大混乱に陥り、今更立て直しは不可能です」


 ミシャールが言った通り、既に大勢は決している。帝国軍の破竹の勢いの前に、王国軍はなす術も無く潰走を続けていた。今更このトリックに気が付いても、既に彼我の兵数は逆転している。


「僕たち夢魔は君たちドレイクとは違い弱い種族だ。だが、弱ければ弱いなりの戦い方がある」

「そうですね、それは先の内乱時に散々と思い知らされております」


 ドレイクの様な高い魔法抵抗能力を持つ者たちに、夢魔の幻術は中々通りにくいので、今回の様に幻術を使った水増し作戦は行わなかったが、代わりに活躍したのはユガをつかった情報通信だ。彼らは情報アドバンテージを利用して、十重二十重と罠を張り巡らし、可能な限り犠牲者を少なくする形で戦争を終わらせた。そうでなければ、帝国の人口は激減していただろう。

 

 ★


「なるほど、敵は魔法によって兵数の水増しを行っている疑惑があると」

「そうよガストン将軍……まぁ私の思い付きなんだけどね」


 ガストン将軍率いる第55師団がモンサットの街に到着した時には、それまで街を遠巻きに眺めていた敵部隊は影も残さず消え去っていた。

 敵部隊の兵数は、1千はいたはずだ。勝てないまでも全く勝負にならないと言う訳ではないはずの敵が、一当りする事も無く消え去ったと言う事が、その疑惑を加速させる。


「その事は王都に報告されましたか?」

「したわ、けど「負け犬の小娘が不確かな情報でこれ以上の混乱を巻き起こすな」って怒られちゃった」

「ふむ……王都は我々の予想以上に混乱している様ですな」


 魔法通信が使えるのは一日三回だけ、平時ならば何も問題は無いが、有事の際にはその遅さが身にしみてわかった。


「伝書鳩は見つかり次第始末されている様だし、敵は情報と言うものの価値を、我々よりも遥かに重視しているみたい」

「今までの帝国にはあるまじき細やかさですな」


 記録に残る前回の大戦時とは大きく違う。前回の大戦時は敵先鋒に地を覆わんばかりのゴブリンたちが占め、ドレイクやデーモンなどの上位種はその後をゆるりと進軍していたと言う話だった。

 強者として十分な数をそろえた上での小細工なしの進軍と、今回のような策を弄した強行軍、どちらが脅威とは比べられるものではないが……。


「兎に角実際に敵軍と相対した方のご感想です、ありがたく頂戴させていただきます」

「そうしてくれると助かるわ」


 流石は名将と名高いガストン将軍だ、私の様な小娘のアイデアも即座に否定するのではなく、頭の片隅に置いてくれるという。


「それで姫様。勇者殿とのご面会は可能かな?」

「……できるわ」


 ★


 私はガストン将軍をつれ医務室へとやって来た。一番奥の個室のベッドにはたくさんの贈り物に囲まれたケンジの姿があった。


「勇者殿は随分と慕われているご様子ですな」


 将軍は少しもの悲しげな瞳をしてそう呟く。


「まぁ命を懸けてこの街を守ったからね」


 ケンジが居なければ、この街は鎧袖一触で文字通りの廃墟と化していただろう。それ位敵軍の勢は圧倒的だった。


 将軍はケンジの傍に近寄ると、深々と敬礼をした。


「ありがとうございます勇者殿。貴殿の働きは正しく一騎当千、万夫不当のものであります。貴殿が時間を稼いで下さらねば、我々の到着も意味が無いものとなっていたかもしれません」


 将軍の感謝の言葉に、ケンジは遠い目をしたままブツブツと何かを呟く。


「勇者殿は何と?」

「もう少し、もう少し、と、それだけを繰り返しています」


 ケンジは夢の中でも戦い続けているのだろう。死人の如き青白い顔をしたまま、それだけを呟き続けている。


「後は我々にお任せ下さい勇者殿」


 将軍の厚くゴツゴツした手がケンジの華奢な手を握りしめる。齢50を超える将軍からすれば、ケンジの様な若者は孫のような年齢だろう。そのものが命を賭してたった一人で敵軍と戦ったのだ。武人として思う事があるのだろう。


「報告します。進軍の準備が整いました」


 控えめなノックと共に、そう報告して来たのは、将軍の副官だった。


「うむ。では姫様」

「将軍……最後に教えてくれない? リトエンドはどうなっていた」


 私は精一杯の勇気を振り絞りそう尋ねる。

 ラスコー防衛線からモンサットへ来たのならば、少し遠回りになってしまうが、その途中にあるリトエンドの情報を耳にしている筈だ。


「壊滅です、あの街には何一つ残っておりません」


 将軍は極めて平坦な口調で、そう報告してくれた。

 私があの街へ来てから一年だ、僅か一年ではあるが、とても大切な一年だった。王城で鼻つまみものとして扱われていた私を、あの元気な開拓街はとても暖かく迎えてくれた。

 何一つない田舎だったけど、住民の温もりとノリの良さは王国でもぴか一だった。


「そ……う……」


 ボロボロと涙が零れ落ちる。我慢しようと思ったけど無駄だった。私の第二の故郷は消え去った。その現実が重く心にのしかかる。


 私は知らずの内に傍に在った手――ケンジの手を握りしめる。


「泣くなよイザベラ。お前はバカみたいに笑ってりゃいいんだ」

「ケンジ!?」


 その言葉に私は驚き振り向いた。

 そこには青白い顔はそのままに、今にも消え去りそうな笑顔を浮かべたケンジの姿があった。


「泣くなよイザベラ、お前がそんなんじゃ調子が狂っちまう」

「ケンジッ!」


 私はケンジに抱き付いた、あふれる涙はそのままに。

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