彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

ちゃろっこ

彼氏はどうやら頭がおかしい

「すまない美奈。

 俺、タピオカしか愛せない体になったみたいなんだ!!」


「…は?」


 まだ残暑の残る秋口の午後。

カフェのテラスに呼び出された美奈は彼氏である賢治の発言にアイスミルクティーをストローで掻き混ぜていた手を止め顔を上げた。


 付き合い始めて早8年。

今更トキメキなどはないが、いずれ結婚するんだろうなと考えていた相手の突然のカミングアウトに頭がおいつかない。


 正気か?

今年は猛暑だったからもしかして頭が狂ったのか?


 冗談なのか遅れてきた熱射病なのか悩む美奈の前で頭を下げていた賢治がガバッと頭を上げた。


「…本気なんだ」


「……熱射病の方だったか」


「違うんだ!!

 本当なんだ!!」


「分かった。

 賢治病気だわ。

 頭の」


「目を逸らさないで聞いてくれ!!」


「逸らすわ。

 お前の発言聞いたら誰でも目を逸らすわ」


 美奈はこいつ猛暑で頭が狂ったなと判断しズズッとミルクティーに口を付けた。

そんな美奈の顔をキリッとした表情をして見ていた賢治がまたもや口を開く。


「……俺がそれに気が付いたのは3週間前だ」


「突然回想語り始めるかね」


「俺は妹に頼まれて都内某所の行列が出来る事で有名なタピオカドリンク専門店の行列に並んだんだ。

 夢の国やユニバでさえ行列が嫌だからと言って行かないこの俺がだ。

 たった1杯のドリンクの為に3時間もかかると言う行列に並んだんだぞ」


「妹の為とは言えよくやったわね」


「とある理由で金を借りたら貸す代わりに並ばされたんだ」


「妹に集んなや」


「姉が人を轢いて示談金に300万いるから振り込めって脅されたんでな。

 俺の貯金だけでは足りなかった。

 まあこれは後に詐欺だと判明したんだが」


「……」


 まさか自分が結婚を考えていた相手がオレオレ詐欺もどきに引っかかりそうになっていたとは知らなかった。


 あまり頭が良い奴ではないと思ってはいたがそんな少し天然が入った所も好きだったのに。

多少の天然所ではない。

馬鹿だ。

こいつ真面目なタイプの馬鹿だ。


「いや、示談金については良いんだ」


「良くねえよ」


「話はそこじゃない。

 タピオカが主題だろ?」


「あんたの病院について主題にすべきだと思うわ」


「いいから聞いてくれ。

 金を借りる為に俺はあの行列に並んだんだ。

 暑い夏の日の午後だった。

 皆が眉間に皺を作りながら団扇や扇子でパタパタ自分の顔を仰ぎつつ進まない列に並んでた。

 ……俺は思ったよ。

 こいつらは狂ってると。

 何故コンビニに行かないのかと」


「そのうちの1人だけどねあんたも」


「だが並び始めて2時間ほどした頃か。

 ふと気が付いたんだ。

 あれ程狂っているとしか思えなかった連中が俺の同士の様に思えて来てた。

 全員が同じ財宝の為に暑さにも負けず前に一歩一歩進む仲間なんだと。

 俺達は困難に立ち向かう仲間だったんだと。

 何故か思考はぼんやりしてたが頭にはこの仲間達とタピオカドリンクを目指さなくては、そんな感情に支配されてたんだ。

 タピオカドリンクがまるでひとつなぎの大秘宝ワンピー〇の様に思えた。

 ……これは体験した奴にしか分からない感情だろうな」


「熱射病だわ。

 間違いなく熱射病だわ」


 恍惚とした表情で語る賢治とそれを冷たい目で眺める美奈。

互いの感情の温度差に気が付く事無く賢治は語り続ける。


「そして朦朧とした意識、既に汗さえ流れなくなった体を抱えて俺は店にたどり着いた。

『これ下さい。』

 そう言った俺の声は感動で震えていたよ。

 とうとう財宝を手に入れたんだと。

 ひとつなぎの大秘宝ワ〇ピースは確かにあったんだと」


「あの壮大な物語の結末がタピオカドリンクなら確かに読者は震えるわね。

 私なら単行本引き裂くわよ」


「そして俺はその財宝を妹に捧げたんだ。

 手放したくなんかなかったさ!!

 でも俺にとっては財宝より家族、姉の方が大切なんだと!!

 家族を助ける為には仕方ないんだと!!

 心の中で号泣しながら妹に渡したんだ!!」


「ちょっと声落として。

 まじで恥ずかしいから」


「あっごめん」


 勢い余って立ち上がって力説していた賢治は椅子に腰掛け、心を落ち着かせようとアイスミルクティーに口を付けた。


「それ私のなんだけど」


「それでだな」


「無視すんなや」


「妹は20分程俺が渡した財宝と記念撮影をしてたよ。

 余程嬉しかったんだろうな。

 パシャパシャと何枚も何枚も撮影してた。

 そして妹は俺にその財宝を差し出して言ったんだ。

『兄貴飲んどいて。』」


「わーお、インスタの為だけだったか」


「俺は妹の優しさに涙が溢れそうになった。

 だが既に汗も流れない程俺は乾きに乾いてたんだ。

 だから心の中で涙を流しながら妹に言ったよ。

『愛してくれて………ありがとう!!!』」


「……賢治最近ワン〇ース読んだ?」


「大人買いして一気読みした」


「感情移入しまくってるわね」


「俺も海賊目指そうかなとは思った。

 なり方分からなくて諦めたが」


 こいつが馬鹿で良かったとつくづく思う。

令和と言う時代を迎えた日本の海に海賊と名乗る馬鹿が現れる所であった。


「まあそれでだ。

 俺は震える心を抑えてその財宝に口を付けた。

 喉もカラカラだ。

 待ち望んだ液体を飲もうとしたんだが出が悪い。

 黒い物体が邪魔でガブ飲み出来ないんだ。

 まさかの巧妙な焦らしプレイを味わう羽目になったんだよ」


「タピオカ邪魔って言っちゃったよ」


「だから俺は無作法と知りながら蓋を外し直接喉に流し込んだ。

 美味かった。

 めちゃくちゃ美味かった。

 息が止まる程美味かった。

 ……気が付いたら病院だった」


「タピオカのせいだ。

 多分タピオカが喉に詰まったんだよそれ」


「俺はその時気が付いたんだ。

 誰かが言っていた。

『死ぬかもしれないと分かっていても手放せない、それが愛なんだ』と。

 俺は死の淵をさ迷う事になってもタピオカミルクティーが手放せなかった……。

 分かるか美奈?

 これは愛なんだ。

 究極の愛の形なんだよ」


「分かってたまるか」


「しかも俺が目を覚ました時に姉がいたお陰で俺はあれが詐欺だったと気がつけた。

 分かるか美奈?

 タピオカは俺を助ける為にわざと喉を詰まらせてくれたんだ。

 これもまた究極の愛の形なんだよ」


「それ全部あんたが馬鹿だからで説明出来るの分かってる?」


「だからすまない美奈!!

 俺と別れてくれ!!」


 またもガバッと頭を下げた賢治に美奈は溜息をついた。

そして鞄からスマホを取り出しポチポチと弄り始める。


「…分かった。

 でもあんたのその愛が変わらないか試させてくれる?」


「試す?」


「私が指定した日。

 夢の国へ行って指定した物に全て乗って、指定したキャラクター達全員と写真を撮影して来て欲しいの。

 それでも諦めなければ私もタピオカに負けたって事で受け入れるわ」


「……分かった」


「そう?

 じゃあ……」





 *******


「すまない美奈!!

 俺はミッ〇ー以外愛せない体になってしまったんだ!!」


「でしょうね」


 美奈のアパートの部屋で土下座する賢治に向かって美奈は苦笑いを浮かべた。

予想通りである。


「…実はな美奈」


「あー大丈夫大丈夫。

 回想語りはいいから」


 美奈は賢治を無視して旅行雑誌をパラパラと捲る。

次は何処が良いだろうか。


 こんな馬鹿でも好きになったのだから、結婚まで考えたのだから仕方ない。

今まで行列が嫌だと言ってあまり観光地にも行けなかったのだ。

行列に慣れさせられると思えば良い機会かもしれない。


「んーじゃあ次は……」


 次の行き先には私も行こう。


 そう考えながら美奈は次の行列を口にするのだった。

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彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら ちゃろっこ @pugyapugya

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