彗星少女

穂高神保

異世界転移

 あまり実感のわかない話だな、と私、新橋碧しんばしあおいは思った。

 今は、哲学の学者の講演に来ている。

 死んだらどうなるのかとか、天国と地獄とかのオカルト的な話を延々と彼は話していた。

 そんな私でも、少し気になる内容があった。

「転生」である。

 漫画やアニメなどでありがちなテーマだが、これが実際に起こると、彼は提唱した。


 信じられない話だ。

 某人気漫画の秘密道具でさえ開発不可能なのに、転生を可能とするなど、非常識極まりない。


 科学的に証明できていない説を、証拠もなしに説を提唱するのが哲学の醍醐味かもしれないが、私は彼の言う、転生を信じようとは全く思わなかった。


 長い2時間が終わると、2-A組から体育館を退場することとなった。

 担任からメモを取っておけとか面倒なことを言われたが、特に関心することもなかったので、メモは取らなかった。


 2時間ぶっ続けで話を聞いていたのにもかかわらず、10分休憩という割に合わない数字だが、満喫しようとスマホを見ていた。

 もちろん友達はいる。

 だが、人脈が少なすぎてすぐ仲間から外れてしまう。


 そういう時に便利なのがこのスマホだ。

 某りんご社ではないのだが、私はこれで十分満足している。


 私は休憩が終わったと思い、スマホを見始めてから初めて顔を上げた。


「ん?」


 そこはいつもの見慣れた教室ではなく、建物が無数にあるところだった。


「どこ?ここ」


 私の周りに40名ほどのクラスメイトは誰一人として確認できず、右手に持っていたはずのスマホは消えていた。


「制服は着てる...」


 制服は、白をベースとし、青のラインが入ったシンプルなものだ。

 リボンも青という、学校の趣味が露骨に出ているが、気にしないでおいておこう。

 スカートは通常より短く、よくあるグレーだ。

 だが問題はここがどこかだ。

 見たこともない街並みで、どこか中世ヨーロッパのような感じがしている。

 まわりを見渡してみる。

 馬車に、昔の欧米人のような服装をしている者ばかりだ。


「どこなの...ここ」


 私は知らない間に座っていたベンチから立つ。

 すると、奥からいかにもマッチョな男性が近づいてくる。

 上半身はほぼ露出し、笑顔でこっち向かって来る。


 ―――こわ...何あの人


「やぁ嬢ちゃん、見ない顔だねぇ。その服はなんだ?珍しいのか?見たことないぞ?」


 制服を珍しいと思う人なんているだろうか。

 少なくとも日本人にはいないと私は思う。

 だが、彼の見た目はどうだ。

 金髪の短めで、顔だけ見るとヨーロッパ人だが、体は抹茶色に焼けているではないか。

 だが、なぜ日本語は通じるんだ?


「どこの国から来た?」


「日本です」


「二ホン?なんだその国は、どこにあるんだ」


 日本を知らないのか...これは説明に思ったよりも苦労しそうだ。


「ここよりもっと東、極東にあります」


 世界地図を頭に浮かべながら、私はそう答えた。

 ヨーロッパの極東は日本、それは世界常識だったからわかると思ったが...日本を知らないとは。


「ここは東端の国、アラディだぞ。これより東があるわけない」


 アラディ?なんだその変な名前、そんなん東端にあったけ。

 いやいや、在る訳がない。

 ではまさか...


「あの...ここって地球ですか?」


「チキュウ?なんだそれはだからここはアラディだって」


 これではっきりとした。

 私はたぶん、スマホを見ている間に死んだのか召喚されたのか分からないが、異世界へ来たのだと思う。

 だが、死んでいないため、異世界転生ではないはず。

 だとしたら異世界転移しかないだろう。

 あのひとが言っていたことは本当だったのか?


 だとしたらまずは寝場所の確保だろう。

 元の世界へは、魔王とかなんかを倒さないと戻れない筈だ。


「ねぇおじさん、お金貸してくれない?良ければ、宿に泊まれるくらいの値段」


「ううむ、女子おなごとはいえ、会ったばっかりだしなぁ」


 私はその言葉を聞くと、悲しくて泣く演技をした。


「うええん、なんで貸してくれないのぉ。ひどいよぉ」


 周りの通行人の冷たい視線が男に集中する。

 私はこれを狙っていた。


「わかったって!貸すから!でも、一日分だけだからな。」


「ありがとう!お兄さん!」


 少し自分でも演技がうますぎたのかなと思ったが気にせずお金を受けとった。

 意味の分からない言語で書かれたその小銭は、私の両手にちゃりんちゃりんと音を立てて落ちてきた。銀色の小銭が15枚だった。

 言語は分からないのか...不便だなぁ


「ちなみに名前、なんていうんだ」


 名前は新橋碧、と言おうとしたのだが、なんせここはどこかもわからない異世界。

 私は外国に行くとよくある、名前と名字を反対にして答えた。


「アオイ・シンバシ。アオイだよ!」


「アオイ...いい名前だな。俺はエルゴ・マッカーサーだ。次会うときに言えるように覚えておけよ」


 エルゴ・マッカーサー...こういう名前の人が多いのかな。

 別に、名前に違和感があるとかじゃないけど、あまりこういうやり取りは慣れないものだ。


「じゃ、またな、アオイ。」


 私はエルゴに手を振って見送った。

 この世界に来て、初めて喋ったのがあのマッチョ。

 なんか変だよね。


 私は宿を探した。

 できるだけ安そうな宿を選び、そこに入った。

 看板があったが、よくわからない文字で、なんて書いてあるのかわからなかった。


 外観はレンガでおしゃれだったものの、中がダメだった。

 ボロボロな木造りの内装で、天井の木がむき出しになっているのがよく確認できた。


 カウンターと思われる場所の前に直立し、私はこう言った。


「二泊でお願いします」


 すると、カウンターの太った女の人が、慣れた感じでこう言った。


「銀貨10枚となります。」


 私は制服の胸ポケットから、先ほどエルゴにもらった小銭を取り出し、10枚を彼女に渡した。


「たしかに」


 彼女はそれだけ言うと、ローマ数字の書かれた紙を括り付けてある、鍵を手渡された。

 私はローマ数字は大得意だったため、すぐ解読することができた。


「CCCV。Three Hundred Fiveか。」


 日本語で305だ。

 100が「C」で、それが三つで300。

 5が「V」なので、305というわけだ。


 ローマ数字は入り組んでいるので、ハマると面白い。

 数字の通り、三階まで階段で上がり、305号室に入った。


 部屋は狭くもなければ広くもなかった。

 入ると、右にはベッド、左にはソファだった。

 もちろんテレビなど存在しなかった。


 私はベッドに横になった。

 未だこっちに来てから一時間もたっていないが、もう衣食住が仮の状態だが完成してしまった。

 いいことなのかもしれないが、異世界転移の面白みのかけらもなかった。


 私は、ふと自分の手を見る。

 異世界ものだったら普通は、強い武器を持って魔王を倒すという感じなのだろうが、この世界は、魔王の「ま」の字もない、平和そのものだった。

 それに私にも、最強の「さ」の字もなかった。


「なんか、つまんないなぁ」

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