佐久間 寛太は成人である。

崎岸ささき

第1話 魔王を殺す者



オレ、佐久間 貫太は友人で同志で、勇者のルカと共に現在魔王と対峙している。実は数日前に異世界転移してしまいこの世界にやってきた。のは割とどうでもいい。よくある話だ。

このルカという少年は勇者を仰せつかって秘境から旅をしてきたらしい。なんでも、彼の種族はとても珍しい香りを持っていて、戦意喪失させる効果があるというのでこの度の勇者の任を与えられた。そして旅も魔王城を目の前にしたあたりで、オレと出会った。

その数日間だけでどうもルカには信頼を置かれてしまったようで、オレはこの旅の最初の仲間となった。


ルカには仲間がいない。出会った時からこの短い間でも、弱いモンスターすら薙ぎ払うように魔術を使い撃破している。細い剣を使いはするがその力は弱い訳ではなくトドメを刺す一閃の為に振るわれていた。

小柄な身体を上手く使い俊敏に、だがその動きに無駄はなく一人の旅でどれほどの戦いを強いられていたのかが伺い知れる。

1人で生きていけない訳ではなく、だが、それに従じる者が居そうな人柄。優しくて、常に強く見据える金色の瞳、茶黒い髪はぼさついているがそこもまた抜けているような、保護欲を掻き立てる。それが数日付き合ってオレが感じたルカ・ファルツァーノという少年の印象だった。

むしろオカン女子やらお節介大好きな大人が後ろに着いてきていそうなものなのだが。ルカにはそんな連れ添いは存在しなかった。



「・・・勇者よ。貴様、新化族だな?」


魔王は暴れることなく、オレたちを玉座まで通した。

今の今まで圧政を強いて人間達に悪さをしてきた、らしいようには思えないほどの穏やかな口調で、王座の間に招きいれれば開口一番そう口にした。

新化族、ルカもそうオレに伝えていた。珍しい種族で、秘境に集まって密やかに暮らす、エルフよりも慎重で警戒強い者達らしい。その理由は彼らにしか扱えない戦意喪失の香りの悪用、頒布を防ぐため。そんな新化族達に魔王討伐の信託が下り、ルカが選出された。


「そうです。」


剣の柄に手をかけたまま、ルカは話に応じる。声には緊張の色が見える。いつ相手が攻撃を仕掛けてくるか分からないのだからそうなっても仕方ない。

オレなんて異世界転移して数日間吐かなかった。ルカの存在が心の平穏を保ち続けてくれていたからだ。

誰も彼もが手を差し伸べなかった彼に、オレはついて行きたいと思ったからだ。危なっかしいから放っておけないのも、確かにあるし、1人は寂しいし心細いし、死にたくはなかった。


「キミはボクを襲わないんだね?」


出会った日の夜、隣合って眠っていれば不思議そうにそう言われた。襲う理由もなく、別の意味での襲うならばオレは男だし。理性はある。童貞舐めんじゃないぞ。ルカにはついてるべき物が付いていて、女ではないのは確認済みだ。そも、出会って数日だぞ。


「そこな人間は、よく理性が破綻せずこやつに付き従ったな?」


「は?」


「我の暴虐さが静まり返るほどの妖艶な香りを嗅ぎ、しかし理性を保つとは」


「なんの話をしてる。おっさん」


「・・・勇者。この人間は、頭が変なのか」


会話の内容があまりに理解出来なさすぎて、数度首をかしげた。

魔王らしからぬ喋りもだが、何か様子がおかしい。そわそわとしていて。


「ボクの友人に、無礼なことを口にするな」


冷めた声が、オレの思考を切り落とす。隣を見れば顔面蒼白で唇を震わせ、黄金色の瞳はぎらぎらと殺意の色で輝いている、勇者と呼ぶには禍々しすぎる気配をまとった友人がいた。


「おお、美しい金眼。全てを拐かす香り持つ種族のみに与えられる、至高の宝」


玉座から立ち上がり、よろよろとこちらへ近づく魔王に、殺意はなかった。だが、友人はそれを合図にしたようにオレの横から疾走、近づこうとする魔王の懐に入り、魔術を唱え、剣を強化し、石のように硬いという命の灯火を呆気なく残忍に刈り取っていた。


「ボクは、そんな化け物なんかじゃ、ないっ」


切り捨てた心臓の辺が、剣を震えば床に赤を散らした。

吐き捨てたルカの言葉に、どこか泣き出したくなるような感情を得た。





「ボクたち新化族は、研究を重ねた末に生まれた種族なんだ」


誕生したのは偶然によるもの。初めは「両性族」、「妖精族」などと呼ばれていたらしい。彼らは人を魅了する力を身体に宿し、研究はあまりにも早く、秘密裏に進んだ。

だがたった100年足らずで、その研究は終わりを迎えた。彼らは進化し過ぎたあまりに強大な力を持つ個体を完成させてしまったのだ。


「それが、ボク」


ルカの惹き寄せる力は、モンスターまでも引き寄せることが判明し彼を研究施設のある秘境から追放する必要があった。

うだうだとしているうちにまずは人間たちの手によって個体達が連れ攫われ、モンスターによる奇襲も雪崩るように受ける羽目になった。


「ルカの力、つーけど魔術とかじゃないんだろ?」

「体臭だよ」

「え?」

「ボクの体臭が、人を惑わして、魅了して、理性を奪い、狂わせる」


言われ、ルカの腕を借り嗅いでみる。

柔らかな華の香りはすれど、他におかしな香りなどはなかった。

首を傾げれば、少年は困った様に笑ってみせた。


「ボクと出会って、ずっと理性を失わなかったのはキミが初めてだよ? カンタ」


その理由は、オレが異世界転移により現れたイレギュラーだったから。という事だった。だからこそ勇者は一般ピーポーなオレを信頼し、友人と呼び、隣で激昂してくれた。


玉座に凭れ、静かに語り上げたルカをオレは抱きしめた。


「お前・・・大変だったんだな」

「大変、で一括りにしちゃうカンタは。ほんと・・・」


馬鹿だなぁ、と数度目の言葉に、馬鹿で良かった、とやっと返せた。そして、怒ってくれてありがとな。とも。





ここから余談だが、ルカは正確には男ではないらしい。

いや、生まれ落ちた時の性別ならば男だが、「両性族」と呼ばれただけあり、女性の面もあるらしく。


「ボクの髪が短いのは、どちらの面が強いのかってのをバレないようにするためなんだ」


茶黒い髪は女性面の表れ、しかし男性器もある。


「・・・一応、あるんだけどね」


手を取られ布地の隙間から胸筋にあたる部分へ誘われれば。薄いがオレにはない、ふよんとした感触。死ぬかと思った。

死ぬかと思った。



「ルカ。普通女は男には胸を触らせないぞ」



しゅぱ、と手を引っこ抜き肩を掴んで諭すように告げる。

2度3度眼を瞬くルカは、真っ赤になったかと思えば音にならない悲鳴を上げた。ビンタは無かった。

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