「好きなことやる部」の、とある出来事

@takanonawo

1章

1

 風が吹いていた。

 髪をふわりとなびかせるくらいの強さの風は、桜の花びらを乗せて吹き抜ける。

 自分の横をいくつもの桜の花びらが通り過ぎると、何だか花のシャワーを浴びたような不思議な感覚に陥った。

なんてロマンチックなことを言ってみるものの、多賀谷 柊太(たかや しゅうた)は、特に文学的・叙情的なセンスは持ち合わせていない。

 ただ単に、「今日から高校生か……」とため息をつきながら、重たい足を学校に向けて動かしているだけだ。

 柊太は、今日から成沢高校の1年生になる。成沢高校といえば、学区内では中の上くらいのランクの公立高校だ。

(とはいえ、ほんとは高校なんて行きたくねぇんだよなぁ……)

 中学3年生になって進路を決めるとき、柊太は親に「卒業したら働く」と申し出た。とにかく、高校に行くのが面倒だったからだ。しかし親がそんな申し出を許すはずがなく、父親は柊太の頭を一発はたいて、その話は終わりになった。

 ただ、いやいやながらも適当に受験勉強をして成沢に合格したのだから、柊太の頭はそんなに悪いわけではない。この、「何となくそつなくこなせてしまう」のが、柊太の長所でもあり短所でもあった。

 何かに突出しているわけでもなく、大きな欠点があるわけでもない。つまり、柊太はごく平凡な少年ということだ。

 そんなこんなで、面倒な高校生活を始めることになった柊太の心は、晴れやかな空に桜が舞う陽気や、まだ真新しい学ランと裏腹に冴えないものだった。

(あー、学校行きたくねぇ。新しいクラスとか難しくなる勉強とか、部活とか……マジめんどくさいんだけど)

 そんなことを考え、桜の花びらがひらひらと落ちる地面を見つめながら柊太はとぼとぼと歩いていた。

 成沢高校の校門をくぐると、校舎に続く桜並木が伸びている。その道を俯きながら歩いていると、柊太の肩にドンッ、という衝撃が走った。

(やべ、人にぶつかった)

 柊太が慌てて顔を上げると、自分の前方にふらりとよろめく人影があった。同じ学ランを着ているので、同級生か先輩なのだろう。

 その人物は前によろめいた後、ガツンと石につまずき、さらに体のバランスを崩した。その勢いで、彼がかけていた黒縁の眼鏡がカシャン、と落ちる。

「あ、あの、すいません!大丈夫ですか……?」

と柊太が彼に声をかけると、突然柊太の頭の中に声が響いた。

『いった……。どこを見て歩いているんだこいつ』

「!?」

 ぶつかった柊太を責める声に、柊太は違和感を覚えた。見ると、柊太がぶつかった彼は口を開いているわけではない。では、彼が発した言葉ではないのか、と思ったものの、柊太が頭の中で聞いた声は、どう考えても人にぶつかられた人のぼやきだ。

 柊太は、とにかく申し訳ない気持ちで彼が落とした眼鏡を拾った。そして、

「あの、これ……」

と手渡そうとすると、彼は強引に柊太の手から眼鏡を奪い、急いで眼鏡をかける。すっかり体制を立て直して眼鏡の位置を整えた彼は、柊太の方をきっ、と睨み、

「気を付けろ」

と冷たく言い放った。

 その彼と眼鏡越しに目が合った瞬間、桜吹雪が2人の間をさら、と通り抜ける。

 花びらが途切れて彼の顔をはっきりと見た瞬間、柊太は思わず息を飲んだ。

 黒縁眼鏡に覆われているとはいえ、その顔立ちの涼やかさははっきりと見て取れる。決して派手ではないけれど端整な彼の風貌は、

(うわ……きれー……)

と柊太に感じさせるのに十分だった。

 柊太がすっかり彼に気を取られているうちに、彼はさっさと校舎に向かって歩き出してしまった。

「す、すいませんでした!」

彼の背中に精いっぱい声をかけた後、柊太は何か夢でも見たような心地でその場に立ち尽くした。

 そうこうしているうちに、始業を告げるチャイムが高らかに鳴り響く。その音に弾かれるように我に返った柊太は、腕時計を慌てて見た。時計は、新入生の集合時間である8時30分を指している。

「やっべ!」

 柊太は、とりあえず校舎の方に猛ダッシュした。


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