マイアミ デバイス

フランク大宰

マイアミ デバイス

Oと会うことがなくなり、私は随分と変わったのだと思う。

普通の生活を送り5流の大学へ入学した。

OやAとの一風変わった関係もあってか、当時の私には普通というものが辛くも感じていた。

古い音楽や映画は変わらず好んでいたけれど、そういった趣味を語り合える友人ともあまり出会わなかった 。ごく少数の例えばjazzのミュージシャンや私と好みの似ている他大学の学生等もいたが、常に学舎で交遊する友人たちからは疎外感を感じていた。でも悪いことではない、自分とはまるで違う人生を送ってきた人々から教えられることも多い。例えばアニメやライトノベル、J-popやK-popについて。

J-popにしろK-popにしろ、学ぶというか感動することも多かった、その頃には音楽種類の毛嫌いという事もしなくなっていたし、最先端を知るというのも重要だと考えていた。ごく時々だけれどアイドルのシングルカットすらされなかった曲に製作者の音楽性深さを感じることもあった。しかし、初めてFrank sinatraの歌声やAlbert kingの弾けるトーンのギターを聴いたときのような、感動はなかった。でも、本当に素晴らしいものはあったよ。ただ眠っている虎を起こすことはなかった、ただそれだけなんだ。

しかし、永遠に眠り続ける虎は死んでいる虎と同じだ。だから当時の私は眠りを覚ますような体験を求めていた。

珍しく私はその事に関して努力したのだ。

 大学へ入った一年後私は所属していた射撃クラブの代表として小さな世界大会に参加した。

大学のサークルでありながら国際的な繋がりのある団体であるのが私が所属した理由だった。

日本全国色々と行ったし数ヵ国海外へも渡航した。

世界大会が行われたのはフロリダで、ちょうど私が行ったときは南国の真夏のようそうであった。ハワイとは違いフロリダは湿っけのある気候で、体から汗の吹き出しながら行う試合はまるで軍隊の軍事訓練のようなものだった。しかし、私は非日常的空間を楽しんでいた。

フロリダというところを想像すると大西洋に面したリゾートであったりアルパチーノがサマージャケットにシャツの襟を出して機関銃を撃ちまくってるようなイメージであったが。

大西洋に面しているのは事実として、海から離れれば静かなところだった。巨大なショッピングモールで余り日本では売っていない、メキシコ製のLevi'sのジーンズを買ったり、シャーマン信仰の御守りを路地裏の怪しい店で購入したりもした。それに湿地帯のクルージングなんかも彼方の主催者の好意で参加させてもらった。日本人が日本でいくら努力したって購入できないようなクルーザーが何隻も停泊していたし、マーヴィン・ゲイとタミー・テレールのデュエットが船内で流れれば、アメリカ人たちは一緒に歌っていた。しかし、日本人やインド人の選手にしてみれば知らない国の文化と言った感じで、皆外の鰐の住む湿地帯を珍しげに見ていた。

 何のこっちゃないただの旅行だった。軍事訓練は太ったアメリカ人とオーストラリア人の体調を伺いながら、昼過ぎには終わってしまうし、美しい大西洋を見たくとも主導権は此方にはなかった。

 試合がなく一中日フリーな日に私は思いきって、同じ日本からの選手であり同じ大学のIという女性に、ビーチまで行かないかと誘った。彼女はしばらく悩んだ末に"いいよ"と快諾した。

「正直私も退屈してるの、初めての海外なのにつまらなくって」

 Iという女性は同じサークルに所属する同級生であり、年も私と同じだった。小柄でずんぐりとした体型だけれど、色が白く鼻が高く二重だった、それに二つの黒目はまるで汚いものなどなにも見てこなかったようだった。

けして美人ではない、しかし、魅力的だったのだと思う、彼女に惚れているという二人の友人もいた。

 私はなんというか、当時、恋愛については"うんざり"としていた、Oの残した傷痕は大きすぎるほどに大きかったのだ。

若葉の時を無駄にしたと言われればその通りであろう。

実際、後輩には私達が付き合っていると思い込んでいた奴もいたし。

同級生の中には私に対する強い妬みから刃物を向けてきた奴もいた。

私は刃物が近づいてきても、怖いとは思えなかった。珍しい出来事だし、素人が包丁で襲いかかるでもなく、のそのそと近づいてきても、殺せるはずがない。刃物(よく見ると其はサバイバルナイフだった)が私の一メートルと少し近づいてきたとき。

私は彼に用件をいい、振り返って彼の部屋を後にした。

その後の彼の事はしらない。

噂では大学をやめたとか、精神病棟に入院したとか聞いたが。

正直今となってみれば、彼は被害者だと思う、別に私が加害者とも思えないけれど。責めるべきは馬鹿馬鹿しい"誤解"や"噂"にある。

私はIとSexすらしたことがないんだから。

 

 

 抜け出してやってきた、マイアミビーチは午後の陽気で暑さは些か影を潜めていた。

 ビキニの美しいブロンドの娘もいれば、ビキニをを着た、豚のようなブロンド女性もいた。

黄色い帽子を被ったビーチボーイは白い櫓から、遠くを泳ぐ子供たちを双眼鏡で覗いていた。空は青く、海はクリーム色の波柱とブルーの海水がカクテルのように交わっていた。私達は情けないことに、共に地味な格好をしていた、彼女はブルーのTシャツ、私は右胸に赤いチェリー、右に日本国旗が刺繍された競技用のポロシャツを着ていた。

 海に飛び込むと言ったほどの度胸はなく、波打ち際までいきサンダルで暖かい波を蹴っ飛ばしているだけだった。

彼女は私にかけられた海水に

「冷たい、思ったよりも」

と回答した。馬鹿を言うなよ七月のマイアミの海水が冷たいわけないじゃないか。

九十九里浜で私たち二人が同じ行動をしていたら、回りは仲良い恋人だな、とでも思ったのではないのだろうか。しかし、そこはフロリダのマイアミで特殊な環境であったのだ。回りのアメリカ人からしてみれば陳腐な中国人観光客にでも見えていたのだろう。

 暫くして、私達は誰かが挿したのか、挿しっぱなしのか分からないオレンジ色のビーチパラソルの下に座った。彼女は体育座りで、私はあぐらだったと思う、足の長い外国人様にはきつい体勢であろう"あぐら"

会話を始めたのは彼女の方からだった

「私の知ってる海とは違う、当然だけどね」

彼女は日本海側出身であった、

"田舎者"そんな古臭い差別表現に敏感なところのある娘だった。

口にはしないけれど、数回の飲み会を共にしたことで何となく、彼女の故郷に対する独特な感情が見栄隠れするので私はその事に関して少し気を使っていた。

「どっちの海の方が好き?」

「地元の方がいいわ、だってここは外国だもの、それにあそこの売店のライター見た?言葉にしたくないぐらい卑猥な形していたじゃない」

「確かにね、でも性産業については日本がずば抜けているけどね」

「そうなの?」

「日本ほど大っぴらに売春だの風俗だのが蔓延している国もないと思うよ」

「行ったことあるの?」

 「さぁーね、でもそんなにいいものでもないよ、愛がないしね」

 彼女は笑いながら

 「行ったことあるのね」

 そして「男の子だものね」

 と言った。

私はなにも言い返さなかった。

何を言ってもいいわけじみているし、女性にはなにも言い返さない方が正解のときもあるのだと私は既に知っていた。

「女の人とお付き合いしたことあるの」

 私は苦笑しながら言った

 「童貞かどうかってこと?」

 彼女は少し考えてから

 「お店には行ったことがあるのだから、それはちがうんじゃないかしら」

「違わないかもしれないし、違うのかもしれない」

そして私はOとAという女性に関して短く彼女に話した。

今まで誰かに話したことはなかったが、別に隠していたわけでもなかった。

 「本当の話し?」

彼女は疑わしそうだった。

「信用できない?」

「そうじゃないけど、何だか小説の内容を話しているみたいだから」

「話すのは得意じゃないんだよ、ましてここ数日酒も飲んでいないんだ。素面だと頭が上手く動かない」

「煙草は隠れて吸ってるのにね」

「何処にいたって呼吸はするだろ、同じだよ。少なくとも海の中以外ではね」

「格好つけちゃってさ」

呆れている様子であった。


 そして、次に彼女は突然に自分の話をし始めた。

「私、レイプされたことあるの」

私は何を言い返せばいいのか解らなかった。こんなときなんて言えばいいのか、きっと重要なことであるのに、誰も教えてくれなかったし、誰も知らなかった。

結局、私は何も言えなかったけれど彼女は話を続けた。

「中学の時に、高校生に襲われたの。無免許の運転するハイエースに連れ込まれてね。痛いだけだったわ、痛いだけ...」

そして彼女は黙りこんだ。

「でも、君が無事に今生きていてよかったと思う。あまり何もいうことができないんだ、ごめん」

「ありがとう」

彼女はそう言い、私の方に向き私の唇にキスをした。

その感触はOのときともAのときとも、Oと父親のものとも違った。

唇を離したあと、彼女の顔が見えた。涙目だけれど涙は出ていず、それに彼女はひきった微笑を浮かべていた。

「ごめんなさい」

 「謝ることじゃないよ」

 「きっと、ここが暑すぎるのがいけないのよ」


 海の先の空はそろそろ赤くなりかけていた。

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マイアミ デバイス フランク大宰 @frankdazai1995

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