第3話
「柳、憑いてる数が多い!聖水思いっきりぶちまけろ!」
「はい!」
用意していた聖水を「申し訳ありません。風邪薬の用意はありますので」とつぶやいて、柳谷が女子高生の頭から思い切り振りかける。
「主よ、この者にどうか安らぎを」
糸の切れた人形のようにうつむいていた女子高生から、たちまち悪魔が実体化してくる。黒い尖った尾と潰れた鼻でふよふよと空中を浮遊する……典型的な姿の悪魔が六匹。
「……ちっちぇ」
「京さん、そんなことでがっかりしないでくださいよ……」
「だってよぉ、これだけ大騒ぎ起こせるならベル公級じゃねーかとさあ、期待したのによ」
「そんな災厄は期待しないでください」
だって物足りねえ、とぶつぶつ言う京町に柳谷がツッコむ。
ちなみに生徒たちは固まっていた。
人間はあまりに信じがたいことが起きると案外静かになるものだ。
「初めから悪魔は六匹と聞いていたでしょう。それが集合したから女の子を操って殺意を持たせるなんて過激なことができたんです。わかりましたか?わかったらこれ以上被害が出る前に祓ってください。掃除人の方々にヴァチカンって馬鹿なの?と思われたくないでしょう」
「今のギャグ?」
「ギャグじゃありません!ああもう!今日は夕食抜き!」
「……オムライス、食べたい」
「真面目に働くなら作ります」
「っし!!」
ぱん、と京町が両手の拳を打ち合わせた。
そして主の御印の入った手袋をつけた手で手近な悪魔に切れ味のいい右ストレートをキめる。
ピギャッと悲鳴をあげた悪魔は、どすっとイイ音を立てて地面に突き刺さったあと、さらさらと消えていく。
「柳ぃ、こういうのも楽しいなァ!」
「僕はあんまり……」
気の毒そうに柳谷が十字を切った。もうどちらが悪魔かわからない。
「ほら来いよ悪魔ども!神の使者の直々のお迎えだ!」
京町のその声に呼応するように残る五匹がシュッと移動した。通常の人間なら視認するのも難しい速さ。
けれど京町はにんまり笑って、いちばん早かった一匹をまずは踵落としで地面にめり込ませる。
「主は言いませる!悔い改めぬならみな同じように滅びよ!」
京町は聖句を唱えながら、その長身をくるりと廻し、背後から襲ってきた悪魔には強烈なバックハンドブローを、前方から来た悪魔にはそのままの勢いで体を回転させ、その反動を利用したサイドキックを叩きこんだ。
「あと二匹ィ!」
まるで舞踊のような途切れのない京町の動きで悪魔は次々に消し飛んでいく。
「これ……なんて言い訳しよう……テレビの撮影です。が、いちばんいいかな……」
楽しそうな京町とは裏腹に柳谷の表情が曇る。
そのとき。
京町の横をすり抜けた悪魔が柳谷の腕に噛みついた。
「痛っ!」
思わずあがる悲鳴。それを聞きつけた京町の表情が変わる。
「てめえ、いま何した?柳に何した?」
それは妙に平板な声だった。
「何したって聞いてんだよ、俺が、答えろよ」
けれど悪魔はもう答えることはできなかった。ぶちぶち、めきめき、主の御印の下に京町の手で悪魔の体は握りつぶされていく。
「柳、もうちょっとだけ待っててくれな。あと一匹、マジで殺すわ」
「僕は大丈夫ですからあまり過激なことは……」
「そうじゃねえと俺が自分を許せねえんだよ。なあ、ラスイチ?お仲間が柳に手ぇ出したこと、コキュートスで後悔しな!
我ら世の罪を取り除く神の子羊!父と子と聖霊の御名において!アーメン!」
京町の手刀が悪魔を横薙ぎにし……信じられないことにそのまま悪魔の体は両断され、しゅん、と空中で消えた。
「大丈夫か!柳!痛いよな?痛かっただろ?悪かった。油断した」
「大丈夫。小さな悪魔でしたからかすり傷です。六匹を相手にあれほど見事に祓えるのだから、やっぱり京さんは不敗のエクソシストですよ」
「そうか?おまえが言うならそうかもなー。俺すげえ?」
「はい。京さんはすごいです」
そう言いながら柳谷が微笑むと、京町の顔が子供のようにほころぶ。
「じゃあオムライス?」
「作りますよ。大きいの。お疲れさまでした、京さん」
「いょっし!!柳のオムライス超うめーし。でも傷本当に大丈夫か?司祭様のところに行くか?」
「このくらいなら聖水をかけて祈りを捧げれば大丈夫です。……あ」
柳谷は座り込んだままの女子高生に風邪薬の箱を渡す。
こんなときのためにいつも持ち歩いているのだ。
「ドラマの撮影だったのですが、こちらの手違いでご迷惑をかけました。大変申し訳ありません」
「え、いえ……あたし、え、ナイフ……?」
「エキストラのご協力、ありがとうございました。皆様、ゲリラ撮影で大変ご迷惑をおかけしました。おかげさまでいいシーンが取れました。それでは失礼します!」
生徒たちがまだポカンとしているうちに、柳谷は京町を引きずるようにして校庭を出ていく。
ここで騒ぎになるのはヴァチカン的に非常にまずい。
さあ、次の行き先は、掃除人の事務所だ。
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