72. 約束を果たしましょう
うららかな日差しのもと、エルライン家主催のお茶会が開かれる。
ここ最近は雨やくもりの日が多かったが、秋晴れの天気に恵まれ、絶好のお茶会日和だ。婚約者のいない令嬢に参加を呼びかけた結果、十人ほどの淑女が集まってくれた。
テラスでは各テーブル席にガラスの花器が置かれ、ピンクのダリアを中心にオレンジと黄色のケイトウ、白のコスモスが風で小さく揺れる。
三段式のケーキスタンドには一口サイズのサンドイッチ、スコーン、フルーツのタルトが並ぶ。薔薇をあしらったティーカップに紅茶が注がれ、お茶会は順調に進んでいた。
会話に花を咲かせていると、リシャールが来客の知らせを持ってくる。
「皆さん、申し訳ありません。ジェシカとわたくしは、少し席を外しますわ」
イザベルは横にいたジェシカを連れ出し、応接室に向かう。
「どこへ行くの?」
「うん……ちょっと会わせたい人がいるの」
「会わせたい人?」
廊下をしずしずと進み、応接室の前で立ち止まる。
「……ジェシカ。ごめんなさい」
「何なの、いきなり謝って……」
答えを返す代わりに、ドアをそっと開ける。ジェシカは訝しみながらも中に入り、そして声を尖らせた。
「どうして、あなたがここにいるのよ?」
ソファに座っていたルーウェンは立ち上がり、ジェシカの後ろに立っていたイザベルを見やる。
「それはもちろん、イザベル嬢に頼んだからだよ」
「一体、どういうこと?」
「……実はルーウェン様と取り引きをしたの。一度だけ、チャンスを与えるって。何度か話したけれど、噂とは違って、ジェシカに対しては真摯な人だと思ったの。だから……」
言葉を濁すと、その続きをジェシカが口にする。
「だから、親友を売ったってわけね?」
「……そうなるわね」
肯定すると、はぁ、と重いため息が返ってくる。
額に手を当て、悩ましげに目元を伏せる彼女は小さくつぶやく。
「信じていたのに。イザベルは私を裏切るわけないって」
「……ごめんなさい。万が一、あなたを傷つけるような真似をしたら、父親の権力を借りてでも国外追放してみせるから。伯爵にもそれは忠告してあるから、一度だけでいいのよ。彼とちゃんと向き合ってみてほしいの」
音を立てるのが怖いほどの沈黙が流れ、イザベルは焦る。
ルーウェンは無言で成りゆきを見守っているようだが、正直なところ、ここまで嫌悪感を示されると思っていなかった。
もはや、親友という関係性も昨日までで終わりかもしれない。
(ルーウェン様の取り引きに応じたのはわたくしだから、これは自業自得というやつなのでしょうね……)
最悪の事態も想定して彼女の審判を待っていると、ふわりと抱きしめられた。
柑橘系の香りに目を瞬く。背中をさすられ、緊張でこわばっていた体から余計な力が抜けていく。
ふと温もりが離れて、視線が交差する。
目の前には、困ったように笑うジェシカの顔があった。
「そこまで言われたら断れないじゃない。……愛しいイザベルからの頼みだものね。本当にこれっきりだからね」
釘を刺すように言われ、イザベルは破顔した。
「ありがとう。ジェシカ、大好き」
「……私だってあなたのことが一番好きよ」
友情を確かめ合っていると、微笑ましく見つめられている視線に気づき、彼の元に足を向ける。ルーウェンは顔を引き締め、イザベルの言葉を待っている。
彼の胸ポケットにある紫の薔薇を一瞥し、金色の瞳を冷ややかに見据えて言う。
「伯爵の覚悟、信じていますから」
「はい。ご期待に添えるよう努めます」
ルーウェンは芝居がかったように膝を折り、優美に一礼して見せる。
心配は残るが、目の前の彼を信じるしかない。
二人を応接室に残し、部屋を出る。バタンと扉が閉まる向こうで話し声が聞こえたが、あとは彼らの問題だ。
イザベルができることは信じて待つことのみだった。
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