第一章~ 村のしきたり

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 ――高速道路を使って数時間後、辺りがすっかり闇に包まれた時間におばあちゃんの家に到着した。高い塀に囲まれた大きな家だとは聞いていたけれど、想像以上の建物に思わず入るのをためらってしまう程だ。



「どうしました?」

「あ、いえ。何でもないです」



 先に玄関の方へ歩いて行った拓真さんが声をかけてくれた。あまり外灯がなくって良かったかもしれない。おかげで口を開けたままの間抜けな姿を見られずに済んだ。荷物を抱えなおし、拓真さんの元へと走った。


 家というよりもお屋敷と言った方が正しいのではと思う家は俗にいう平屋造りで、今は暗いから良く分からないけれど、庭も塀の長さと同じだけ広いらしい。手入れは出入りの業者さんがやってくれているのだと拓真さんからここに来る途中で教えてもらった。


 玄関から中に入ると、独特の木の匂いがした。それと、僅かに鉄錆てつさびの匂いも。これだけ古いと手入れされているとはいえ錆びてしまうところもあるんだろう。



「もう母さん、貴女のおばあさんは寝てしまっているみたいなので、今日のところはこれから使うことになる部屋へ案内しますね。明日の朝、改めて紹介します」

「はいっ」



 確かに部屋の明かりはすでに全て消されており、拓真さんが新たに付けた廊下の灯りだけだ。もう眠ってしまっているらしいので、足音をなるべく立てないようにこっそりと忍び足で歩いた。


 途中で家の中の部屋やトイレ、お風呂場、台所の説明を受けながら廊下の突き当りを右へ、それから一部屋分歩いて拓真さんの足が止まった。


 拓真さんは廊下の左側の部屋の襖を開いて中へ入り、電気をつけた。



「ここが今日から貴女の部屋になります。荷物はすでに運び込んでありますから。お布団も……準備してくれてるみたいですね」

「はい。あの、ありがとうございます」

「いえ。これからは同じ家に暮らす家族になるんですから、遠慮は不要ですよ。何か足りないものとか不便なことがあったら言ってくださいね」

「分かりました」

「では、おやすみなさい」

「おやすみなさい」



 ふすまを閉め、拓真さんの足音が遠ざかっていく。


 引っ越しの段ボールが積み上げられた部屋の隅には文机と座椅子。それを背にした反対側には洋服を入れる箪笥たんすが置かれている。布団も干してくれていたのか、新品そうだけれどお日様の匂いがしているものが壁につけるようにして用意されていた。


 それを見ると、ようやく引っ越してきたんだなと実感がわいてくる。



 ……拓真さんは優しい人だけど、おばあちゃんはどんな人なんだろう。怖い人じゃないといいけどな。



 ここへ来て不安が再び表に出てきた。もともとそんなにプラス思考じゃない自覚はある。けれど、両親の死から拍車がかかったようにマイナスな方にばかり気持ちが向いてしまう。



 ……もう寝てしまおう。片付けは明日からで、ゆっくりしよう。だって、時間はたくさんある。



 段ボール一つ一つに何が入っているか書いていたおかげですぐにパジャマは見つけられた。お風呂は……明日の朝、おばあちゃんと会う前までに入っておけば大丈夫だろう。


 目覚まし時計を六時に設定して……これで良し。上手くいけば朝ごはんを作る時間にも間に合うかもしれない。そうしたらお手伝いもしよう。



 パジャマを着て、布団を敷いて中に潜りこむ。目を瞑ると、疲れていたのか不安な気持ちはどこへやら。いつの間にか眠りに落ちていた。



 ただ、私は忘れていた。田舎の、いや、全国的にも高齢である人達の平均起床時間を。


 翌朝、お風呂に入ろうとして部屋を出た私は、おばあちゃんらしき女の人と鉢合わせてしまうのだった。




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