第十話 出発点
午前11時頃、北海道札幌市。
『怪獣が出現しました! 住民の皆様は慌てず、迅速に避難してください! 避難先は……』
『GYAOOOOON!!』
沢山の人々で賑わう休日のこの街に今、ロボット怪獣が襲い掛かり人々は一斉に逃げ惑っていた。
「ターゲット確認、長距離航行ブースターパージ!」
その上空に、高速で飛来する影が一つ。EXファルガンだ。
長距離航行用のロケットブースターを接続し飛行するEXファルガンのコクピットの中で、ソウタがコンソールを操作すると空中でロケットが切り離され爆破される。
そしてEXファルガンは、地上へと降下していく。予測降下地点は札幌の中心。敵の目の前だ。
「EXファルガン、テイクオフ!」
瓦礫を巻き上げながら、勢いよく地面に着地するEXファルガン。
その後体勢を立て直すと、照準に敵怪獣を捉え銃を構えた。
「ママー! EXファルガンー!」
「そんな怪獣やっちまえー!」
そうして怪獣と向かい合うEXファルガンを目にした民衆の表情からは一気に恐怖が薄れ、街中から歓声が上がる。
『GYAOOOON!』
「ライフルカノン!」
そんな人々の前に庇うように立つと、EXファルガンはライフルを構えて実弾を連射。先制攻撃を仕掛ける。
「効かないか……。それなら、モードチェンジ!」
だがその程度の攻撃では怪獣はびくともしない。ソウタはすぐさまライフルのモードを切り替え、再び銃口を向けた。
「ラスタービームライフル!」
『GYAAAAA!!』
引き金を引いた瞬間、光線が怪獣の胸を穿つ。
「ラスターセイバー!」
その後ビームライフルで怪獣が怯んだ隙を突き、EXファルガンは光の剣を抜いてバーニアを吹かし、一閃。
『GYAAAAAAA!?!?』
必殺の斬撃を受けた怪獣は、絶叫を上げながら爆散した。
その日の夜、イージスベースにて。
『またです! またも彼がやってくれました! EXファルガンを駆る最強のヒーロー、結城ソウタ君の活躍によって、札幌に出現した怪獣が殆ど被害もなく撃破されました!』
『流石は初めての搭乗で怪獣を撃破し街を守っただけのことはありますね。彼がいなければこの国はどうなっていたことか……』
「あの話、受けるんじゃなかった……。これからどんな顔して学校に行けばいいんだ……」
テレビのどのチャンネルをつけても流れてくる、自分を称賛する報道にソウタはどうしたものかと頭を抱えていた。
「その……あれだ。すまなかったね」
そんな彼を見て、流石に不憫に感じた御法川はそう謝罪する。
こんな事になったのには、ある理由があった。
「だけど、人々には希望が必要なんだ。行き場のない不安を打ち払ってくれる、絶対的なヒーローの存在が。それは理解してやって欲しい」
EXファルガンとファルブラックの戦いの最中、その映像がSNSを通じて拡散され人々に大きな希望を齎した。
それにより御法川らガーディアンの残存勢力は、今の民衆に必要なのは絶対的なヒーローという名の希望と考え、EXファルガンとソウタをヒーローとして祭り上げた。その結果がこれである。
「絶対的なヒーロー、か……」
別にそれで人々が救えるのなら、それでも構わないとはソウタ自身も考えていた。
だが、それとはまた別に彼は絶対的なヒーローという言葉に疑問を抱いていたのだ。
(クオンの生きてきた世界には、そんなもの……)
クオンは救う事は出来た。だが彼女と同じような境遇の人間を救う事は今の彼には出来ない。それは即ち、戦争で人を殺す事に繋がるのだから。
何かを救うには、何かを犠牲にしなければならない事もある。である以上、全てを救う絶対のヒーローなど、存在し得ないのではないかと。それが、今のソウタの考えだった。
「私は学校で自慢できるよ! お兄ちゃんが日本一の正義の味方なんだもん!」
そんな兄の悩みなどつゆ知らず、マドカは嬉々としながらそう言うと色紙の山をソウタに差し出した。
「えっと……マドカ、何これ」
「サイン、60枚! 学年のみんなに頼まれた!」
「なんでそれ受けてくるんだよ……」
総数60枚。一クラス30人で二クラスの彼女の小学校の学年全員分のサイン用色紙が、サインペンと一緒に手渡されたのだ。
「だめ?」
「まあいいけどさ……。その代わりお仕事も勉強もちゃんとするように」
「はーい!」
とはいえソウタはそれを断る事はせず、する事はするという条件でサインの依頼を受け入れた。
「マドカが迷惑かけてませんか?」
「かけてないよ!」
その中の仕事、というのはガーディアンでの事。少しでも兄の力になれるのならと社会科見学という名目でガーディアンに入った彼女は今、色々な場所で手伝いをしている、のだが……。
「彼女が来てから通路が一際綺麗になっただとか洗濯物の肌触りが良くなっただとか、料理が美味くなっただとか、色々報告が上がっているよ」
それからというもの、イージスベースの職員から次々と生活環境が改善された報告が入り、その全てにマドカが関わっていたのだ。
その中の報告によると、女の子が手伝いに来てくれたと思ったらいつの間にか手順を全て指示されていたという話まであるらしい。
「おかげさまで助かっているよ」
「だってさ、マドカ」
それを聞いたソウタに撫でられて、マドカは照れ笑いを浮かべる。
ソウタについて来たマドカは、戦いに加わることはできないもののこうして得意な事を活かして、確かにガーディアンの力になっていた。
「それじゃ行ってきます」
そうしてマドカの話が終わったところで、ソウタはその場から立ち上がる。
「ああ、わかった」
「クオンさんのところ?」
「うん」
「入ります」
「いらっしゃい、結城くん」
場所は移り、イージスベース内の取調室。ドアをノックしてソウタが部屋に入ると、そこには女性職員とクオンの二人の姿があった。
「ソウタ……」
「俺だよ、クオン」
ソウタが来て、少し嬉しそうに笑みを浮かべるクオン。
「これ、美味しい。ソウタも飲む?」
「貰おうかな」
その手にはストローが差されたパックの100%オレンジジュースが握られている。
そしてソウタに尋ねると、クオンはテーブルの上に置かれていた未開封のジュースをソウタに手渡した。
どうやら彼女は、このオレンジジュースが気に入ったようだった。
「彼女の検査結果が出たわ。どうやら薬で身体を強化されたような形跡があって、とても健康とは呼べなかったわ」
「そうですか……」
そしてソウタが椅子に座ると、女性職員からクオンの身体状態が語られる。
「ただ今後その薬を使わないで、安定した環境で過ごす事ができれば十年はかかりそうだけど自然治癒で殆ど元通りになると思うわ。安心して頂戴」
「よかった……」
その話によると、薬物の使用形跡こそあるものの今は精神肉体共に比較的安定しており、時間と共に回復していくとの事だった。
「それと、定着して取り除けないけど人間のものとは明らかに異なる細胞が心臓に付着しているのも確認したわ」
「それは多分、魔王の細胞。黒曜旅団が私の中に埋め込んだ……」
「魔王の細胞……」
それとは別に見つかったものが、クオンが欠片と呼ぶもの。かつて死んだ魔王の細胞である。
「これに関してはどう作用するかは全くの未知数よ。完全除去に関しては出来たら奇跡の域ね」
それは自然回復する強化薬物の後遺症とは異なり、物質として心臓に張り付いており除去は出来ないのだという。
「それで、結局クオンは大丈夫なんですか?」
「この魔王の細胞が悪さをしない限りは当面何事もなく生きていけるはずよ」
とはいえその細胞は現状ではただ存在しているだけで、クオンの身体には何の影響も与えていない。この状態が続く限りは、この先も普通に生きていけるという事だった。
「だめ……。魔王が甦る前に、私は……」
だが話はそれで済む問題ではない。今は何もないとはいえ、身体の中に世界を破壊する爆弾を抱えているも同然なのだから。
「行こう、クオン」
焦るクオンに、ソウタは立ち上がりそう言って手を差し伸べた。
「彼女と街まで出掛けたいんですが、大丈夫ですか?」
「ええ。あなたのお陰で治安も改善されてるし、条件付きなら構わないわよ」
「条件?」
そして一緒に街まで出かけようとするソウタに、女職員はある条件を提示する。
「まず一つは監視をつけること」
監視を付ける。まずこれはクオンの立場上当然の事だろう。
「もう一つはこれよ」
「チョーカー……?」
その後もう一つの条件と言って差し出されたのは、金属製のチョーカーと、小さなスイッチだった。
「これをクオンちゃんの首につけて、このボタンをあなたが持つ事。それが条件よ」
「何なんですか、これ……」
「このボタンを押せばチョーカーから強力な麻酔薬が打ち込まれて装着者を眠らせるの」
「そんな扱い、まるで……」
このチョーカーには、人間を瞬時に眠らせるほどの強力な麻酔針が組み込まれている。スイッチを押した瞬間、その針がクオンの首を刺すという事である。
あまりの扱いにソウタは抗議しようとするが、女職員は話を続ける。
「どの程度の効果があるかはわからないけど、クオンちゃんの承諾は得てるわ」
「また魔王が目覚めそうになったら、そのボタンを押して欲しい……」
「別に裏切るとか疑ってるわけじゃないのよ。いざと言う時の保険ね」
あくまでこのチョーカーは、クオンも合意の上でつける物。裏切りや脱走を警戒している訳ではなく、魔王復活を水際で阻止する為の保険だという。
「わかりました」
魔王復活。その片鱗と対峙したソウタは危険性を他の誰よりも理解していた。
きちんと事情を聞くと彼はその条件を承諾し、麻酔針のスイッチを受け取った。
「それじゃクオンちゃん、早速お着替えしよっか!」
「え……」
そしてシリアスな話を終えた途端、突然女職員の目の色が変わりどこからか沢山の衣服を取り出した。そのラインナップは子供らしい可愛い服から、クオンにはまだ早いであろう色っぽい服まで様々だ。
「俺は先に出てるよ」
「待って……!」
嫌な予感を感じ取ったクオンはソウタに助けを求めようとするが、着替えを見るわけにもいかずソウタは部屋を後にする。
一体クオンがどんな姿で出てくるのか。それを楽しみに待っていると、そこに御法川が現れる。
「話は聞いていたよ、結城くん」
「御法川さん、どうも」
「警戒しなくても元々トラブルが起きないように取調室は可視化してあるんだ。覗きたいかい?」
「いいです」
あの後彼は、自分の端末から取調室の中の二人の様子を見ていた。そしてこれから街に出掛けると聞いて、急いで駆けつけてきたのだ。
今は着替え中という事で監視カメラは切ってあるが、覗こうと思えばいつでも覗ける。思春期男子のソウタをからかうように御法川はそう冗談を言うが、ソウタはそれをキッパリと断った。
「それより君は学生だ。資金にも困るだろうし、これを使ってくれ」
「プリペイドカード……?」
そんな御法川がソウタに手渡したのは、一枚のプリペイドカードだった。
「20万円チャージしてあるから、好きに使ってくれて構わないよ。彼女の服や日用品もこれで買い集めるといい」
「いや、悪いですよ!」
カードの中に入った金額は、なんと20万円。その全てを自由に使って構わないという。
「これまで君がしてきた事を考えたら安過ぎるくらいさ。大荷物を買ったなら、イージスベースに発送してくれたら預かっておこう」
「クオンに必要な足りない家具があるなら買っておけってことですか?」
「そういうことだよ。後回しでも構わないけどね」
とはいえクオンは、ファルブラック以外殆ど着の身着のままで来ている。20万円には、これから新しく生活を始める為の準備の資金という意味合いも込められていた。
「もしも君の家の冷蔵庫では三人分入らないだとか、高額な家電が必要になった場合は別に連絡してくれ」
「それは……どうも」
これからクオンは、ソウタの家に居候する事になる。だがこれまで二人暮らしをしてきた家で三人暮らしとなると、家電等にも不備が出てくるかもしれない。その場合は20万を超えても別に予算を用意しているようだった。
「お待たせ……」
「お邪魔みたいだね。僕は行くとするよ」
そうこうしていると、恐る恐るクオンが取調室から出てくる。
同時に御法川は二人の邪魔をしないようにそそくさとこの場から去っていった。
「変、じゃない……?」
萌え袖の白いパーカーにデニムのホットパンツ。銀色の髪はおさげに束ねられ、ヘアゴムにはリボンがあしらわれている。
だぼついたパーカーで幼げな印象を感じさせながら、ホットパンツに包まれた小ぶりで可愛らしい尻や剥き出しの生脚がセクシーな印象を与えている。おまけに髪型の印象も加わり普段の大人しげなイメージが一転、明るいイメージの少女に様変わりしていた。
「顔赤いけど、大丈夫……?」
「あ、うん。可愛いよ! 可愛い!」
これまでの印象とは真逆の、活発で可愛らしくも色っぽいイメージとなったクオンに思わず見とれてしまうソウタ。
そんな様子を心配して顔を覗き込むクオンの仕草に、ソウタはさらに顔を赤くしてしまうのだった。
それからしばらくして、イージスベース正面出入口。
支度を終えたソウタとクオンは、手配されて到着していたタクシーに二人で乗り込んだ。
「こんな人気のない所まですみません」
「秘密基地をこの目で見られて男としては大満足だよ」
このイージスベースは本来自衛隊の基地ということもあり、大きな街からは一時間を超える場所に位置している。
ソウタはそれを気にしてタクシーの運転手に一言謝るが、その運転手はどうやらこの秘密基地というシチュエーションを楽しんでいたようだった。
「それよりお客さん、どちらまで?」
「只野市に行きたいんですが……」
「それなら最後までタクシーで行くより、電車一本乗り継ぎで行く方が早いよ。最寄り駅まで行くかい?」
「はい。ありがとうございます」
本来考えていた目的地は、ソウタたちが日常を送っていた只野市。だが運転手の言う通りここからなら電車の方が早く、それに従いタクシーは最寄り駅へと走り出した。
「彼女さんとデートかな?」
「ははは、まあそんなところです」
「羨ましいな」
ソウタとそんな会話を交わしながら、運転手は山岳地帯の道でタクシーを走らせる。
そんな中、クオンはなにやら戸惑っている様子だった。
「私、何をすればいいの……?」
「遊んで食べて買い物をして……今の世界をちゃと一緒に見て回ろう」
これまではちょっとした軽食をして歩いただけで、二人できちんと遊んで回った事は無い。故にソウタは見せたかったのだ。この世界は、まだ生きる価値があるくらい楽しい事もあるのだと。
今のクオンならば、目を閉じずにその光景を見てくれると信じて。
数十分後、最寄り駅。
「代金はガーディアンに請求しておくよ」
「ありがとうございました」
代金は支払わなくてもいいということで、二人はそのまま降りてドアを閉め、走り去っていくタクシーを見送った。
「ここからどうするの……?」
「行きたい所はあるかな」
「わからないけど……」
ソウタとしては只野市に向かう予定だったが、クオンに行きたい場所があるならそこに行こうと考えていた。
クオンがそのような場所など知っているはずはなく、答えは出なかったが代わりに一つの質問を投げかける。
「ソウタは、どうして戦ってるの……?」
「……よし!」
その問いで思い立ったソウタは一目散に券売機へと駆け出し、切符を買って戻ってきた。
「はい、切符。それじゃ行こうか」
「行くってどこに……」
そして改札を抜けて、電車に乗る二人。その行き先は……。
「新ヶ浜だよ」
「視線が痛い……」
乗り継いで二本目の電車に乗ってから三分ほど。吊り革を持って電車に揺られるソウタには今、沢山の視線が降り注いでいた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
心配してクオンが声をかけてくれるが、その後さらに視線は強くなる一方。ソウタは大丈夫だと言うが、実際には大量の冷や汗を流していた。
それは決して彼が有名人になったからというわけではない。そこまで個性的な見た目はしていないからだ。
集まってくる視線の理由は、クオンである。染めたのではない魔王の細胞が齎した自然の美しい銀色の髪を持つ、可愛らしい美少女。純粋に惹かれたのが半分、物珍しさが半分で沢山の視線が集まり、彼氏であるソウタにも自然に意識が向けられるというわけである。
『新ヶ浜、新ヶ浜。お出口は左側です』
「よし、降りようか」
「うん……」
目的の新ヶ浜に着いた途端に、クオンの手を掴んで逃げるように降りるソウタ。
「確か西口だったかな」
その後階段を駆け下り、西口から出ると目の前にあったのは海辺の巨大なショッピングモールだった。
「時間もいい感じだし、まずは昼ご飯にしようか」
今の時間は午後一時頃。遊びに行く前に、まず二人は昼食を摂る事に決めてショッピングモールへと向かっていった。
ショッピングモール内、ハンバーグレストラン。
「お待たせしました。デミグラスハンバーグセットと和風おろしハンバーグセットになります」
「ありがとうございます」
注文をしてからしばらくして、運ばれてきたのは二人分のハンバーグセット。その二つにはそれぞれ別のソースがかけられていた。
「はんばーぐ……」
テロに巻き込まれるより前の、記憶の奥底にあったかもしれないハンバーグを前にしてクオンは興味津々の様子を見せる。
「以上でよろしいでしょうか」
「ありがとうございます」
「ごゆっくりとお召し上がりください」
一礼して去っていく店員を見送り、ソウタはナイフとフォークを手に取る。
「フォークとナイフの使い方は大丈夫かな」
その時ふと気付く。クオンがきちんとナイフとフォークを使ってハンバーグを食べられるのかと。
「熱っ……!」
「豪快だね」
だが時すでに遅し。顔を上げると目に映ったのは、握ったフォークでそのまま切らずにデミグラスハンバーグを口に運んでしまい、熱がっているクオンの姿だった。
「でも、美味しい……」
「そっか。ならよかった」
そんなトラブルもあったものの、味は気に入ったようで一口一口は小さめなものの印象からは考えられない程の食欲でパクパクとハンバーグを食べ進めていく。
その光景を目にしたソウタは、以前にもクオンが、ビッグサイズのハンバーガーを平然と平らげていた事を思い出すのだった。
「和風おろしも食べてみる?」
「うん……」
「はい、口開けて」
「んっ……」
あまりにも幸せそうに頬張るその姿を見て、ソウタは自分のハンバーグを少し切ってクオンの口元に入れた。
そして嬉しそうに咀嚼する彼女の様子にソウタはただただ癒されていた。
食事を済ませてから、ソウタとクオンは人々が行き交うモールの中を気ままに散策していた。
「これ……」
そんな中、クオンが何かを見つけて立ち止まる。
「何かあった?」
「この服……」
「気になる?」
「うん……」
彼女が気になったのはマネキンに着せられた、上品なブランド物の青いワンピースをメインに据えた一式の服だった。
「すみませーん!」
早速ソウタは、クオンに代わって店の中の店員を呼び出す。
「はい、なんでしょうか」
「これ、試着お願いします」
「かしこまりました!」
「多分着方も分からないと思うので教えてあげてください」
そして服の試着を頼むと、クオンは店員に連れられて店の中へと入っていった。
「試着室はこちらになります!」
クオンが試着室に入っていったところで、ソウタもまた後を追って店の中に入る。
途中、服を脱ぐ音も聞こえて少しドキドキしながらも待っていたソウタ。
その後少し経つとカーテンが開き、着替え終わったクオンが姿を現した。
「どう……かな……」
「いいよ。すっごい可愛いと思う」
パーカーにホットパンツの活発なスタイルもこれまでのイメージとのギャップがありとても可愛らしかった。
しかし逆に今の青いブランド物のワンピースはこれまでのクオンのお淑やかなイメージをさらに引き立て、また違った良さを醸し出していた。
「これ、欲しい……」
どうやらクオンも着てみた事でこの服が気に入ったようである。
早速クオンを着替えさせるとソウタは試着していた服を受け取ってカゴに入れ、レジへと持って行った。
「33000円になります」
「うっ……!」
だが値段を見ていなかった為、予想以上の金額に一瞬物怖じする。
「いや、今なら買える!」
しかし今は御法川から預かった20万円の入ったプリペイドカードがある。思い切ってソウタはそのカードで支払いを済ませ、購入した服を受け取った。
「ありがとうございましたー」
予想外の出費に驚くソウタだが、対照的にクオンは初めての欲しい服を手に入れて、とても幸せそうに袋を抱えている。
「服、興味あるんだね」
「なんだか……いいなって思って……」
ソウタとしてはクオンはもっと浮世離れした印象だったが、意外と普通の女の子らしい一面がある事を改めてここで知ったのだった。
その後二人はモールの中の色々な所を見て回り、歯ブラシやタオル、新しいシャンプーや下着など生活に必要な物を買い集めていた。
次は家電を見ようと量販店を訪れ、そんな中でクオンはふとあるものを見つけた。
「これ、ソウタの機体……」
「ファルガンのソフビ、よく出来てるなぁ……。こういうのはカズマの方が詳しそうだけど」
そこは子供向けのおもちゃ売り場の、ヒロイックロボコーナー。ガーディアンの協力の元で各メーカーが出しているヒロイックロボの様々な玩具が並んでいるのだ。
そしてクオンとソウタが見つけたのは、かつてソウタが乗っていた機体であるファルガンのソフビ人形。元は旧式という事もあり不人気だったのだがEXファルガンの登場で人気が爆発し、それが最後のひとつとなっていた。
ちなみにファルガンのソフビだが、低価格で多少造形や塗装が省略されているとはいえ、ラスタービームのバズーカを手に持たせるギミックがあるなどクオリティは良好である。
「私のファルブラックは……ない……」
その後クオンは自分の愛機であるファルブラックの玩具を探してみるも、何処にも見当たらなかった。
「ガーディアンの機体じゃなかったから仕方ないよ。ていうか気にするんだ」
「ちょっと……もやもやする……」
自分の機体がない事に少し落胆するクオン。
これまでファルブラックはガーディアンの正式なヒロイックロボではなかった故に、ソフビもまだ売られていないのだ。
「きっとそのうちできるよ」
そんな彼女に、ソウタはそう言って励ました。
実は今ブラックがガーディアンの手中に入った事で、EXファルガンと共に急ピッチで商品開発がされているのだが、二人にはそのような事を知る余地もない。
そして二人はその後も色々な玩具を見て回り、自分たちの戦いの軌跡を、玩具として手に持って見つめるという不思議な感覚を存分に楽しんだ。
「なんで……」
そんな中、クオンはファルガンのソフビを握り締めながら呟く。
「どうしたの?」
「どうして、私を……」
何故、ここに連れてきたのか。そう問おうとしたその時だった。
『怪獣警報が発令されました。皆様、係員の指示に従い落ち着いて避難してください』
「怪獣……!?」
突如怪獣警報のアナウンスとサイレンが鳴り響き、一斉に人々が避難を始めたのだ。
「私も連れて行って……」
「わかった。行こう」
その後二人は手を繋いで走り出した。怪獣と戦い、倒し、人々を救う為に。
『ZUGANDAAAAAA!!』
突撃ロボット怪獣ズガンダー。
全高28m、重量830t。
背中から生える前に突きだした二本の角を持ち、猛スピードの体当たりであらゆる敵を打ち砕く四足歩行のロボット怪獣である。
「御法川さん!」
『わかっている! 新ヶ浜駅西口ロータリーに向けてEXファルガンを射出した! 受け取ってくれ!』
「了解!」
EXファルガンは駅前に向けて射出された。ソウタとクオンもまた、人々の流れに逆らってそこへ向かって走っていく。
「あの怪獣、どこかに向かってる……?」
その中で、クオンは気付いた。怪獣ズガンダーの目的は街の破壊ではなく、どこかへ向かって一直線に動いている事に。
「クオン、伏せて!」
目的地付近に着いたところで、二人はビル陰に隠れて身を伏せる。
直後、EXファルガンの巨大な機体が瓦礫を巻き上げながらロータリーに落着した。
「さあ、行こう」
「うん……!」
そして瓦礫の嵐が収まったところで、すぐさま駆け出し二人は一緒にEXファルガンのコクピットに乗り込んでコクピットハッチを閉じた。
(柔らかい……)
しっかりとしがみついてくるクオンの柔肌の感触に、ソウタが気を取られている間にEXファルガンは起動が完了し立ち上がる。
咄嗟にソウタは気を引き締め、操縦桿を握った。
「あれは……EXファルガン!?」
「やったぞ! これでもう安心だ!」
湧き上がる人々を背に、大地に立ったEXファルガンはライフルを構えてズガンダーへと向ける。
「あっちは海……。ううん、港……?」
「まさか、港に何か……!?」
EXファルガンの高い視点で見て、クオンが気付いたズガンダーの行く先。そこは、海外からの船も多く停泊する港だった。
「御法川さん! 新ヶ浜の埠頭に何かないですか!?」
『確認したよ。中東からの輸入品を積んだ大型石油タンカーが停泊中だ』
「もし破壊されたら……」
「大爆発が起こって周りに被害が出る上に、海にも原油が流れ出して環境破壊にもなる……!」
『事態は把握した。何としてでも奴の侵攻を阻止するんだ!』
「はい!」
敵の狙いは恐らく、停泊中の石油タンカー。これが破壊された場合の被害は相当なものになるだろう。
「ちゃんと掴まってて、クオン」
「わかった……」
クオンがしっかりとしがみ付くと、EXファルガンはバーニア最大出力で飛翔。ズガンダーの正面に降り立ちすかさず銃口を向ける。
「ライフルカノン、ファイア!」
瞬間、砲弾を三発脳天に叩き込む。だが砲弾は厚い装甲に弾かれ、ダメージは全く入らなかった。
「それなら、ラスタービームライフル!」
続けてモードチェンジ、ビームライフルで光線を放つ。しかしそれも装甲を赤熱させた程度で大したダメージは入っていない。
「気をつけて。来る……」
直後、ズガンダーの意識がEXファルガンへと向き、鋭い視線が来る。
『ZUGANDAAAAAAAA!!!!』
「突進!?」
身構えたその瞬間、ズガンダーのロケットブースターが光る。そして角を向け、凄まじいスピードで突進して来たのだ。
「ぐうぅ……!」
咄嗟に角を避け、頭を押さえて受け止めるEXファルガン。だが圧倒的な質量と推力に押されて、機体がジリジリと後ろに押されていた。
「フルブースト! いっけぇぇぇぇ!」
だがまだ負けたわけではない。ソウタは機体のバーニアを最大出力で吹かして突撃に対抗する。
「そんな、EXファルガンがパワー負け……!?」
ヒロイックロボの中では規格外の性能を有するEXファルガン。しかしその力を以てしても、ズガンダーにはパワー負けして未だ押されていたのだ。
「うわぁぁぁぁっ!」
「っ……!」
押し負けて、EXファルガンがビルの外壁に叩き付けられる。
「クオン、大丈夫!?」
「正面。ミサイル」
「くっ……!」
息つく間もなくさらにミサイル攻撃。咄嗟にEXファルガンはそれを回避するも、背後のビルを吹き飛ばした爆風に巻き込まれてしまった。
『ZUGANDAAAAAA!!』
「あのパワーと装甲、どうすれば……!」
爆風のダメージは軽微なものの、重装甲高火力でまるで付け入る隙がない。何せ装甲、パワー共にEXファルガン以上の相手だ。流石にこれではソウタにも焦りが見え始めていた。
「落ち着いて。ソウタならやれる」
「そうだ。こんな時は……」
だがクオンの言葉に冷静さを取り戻し、頭を回転させ、作戦を決める。後はズガンダーが動いてくれるのを待つのみである。
『ZUGANDAAAAA!!』
動き出した。EXファルガンへ向かって、一直線に突進してくるズガンダー。
対するEXファルガンは、避けようともせず迫るズガンダーを待ち構えていた。
距離が段々と縮まっていく。
50m、40m、30m、20m、10m。そして……
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
接触した瞬間、EXファルガンは突進をものともせずその巨体を投げ飛ばしたのだ。
「よし、決まった!」
装甲の薄い腹を剥き出しに、地面に叩きつけられるズガンダー。
最大出力のEXファルガンをも押し返すパワーとなると、その運動エネルギーは相当なものとなる。ソウタはそれを利用し、柔道の要領でズガンダーを投げ飛ばしたのだ。
「ソウタ、今」
「ラスターセイバー!」
再び起き上がる前に、EXファルガンはラスターセイバーを抜く。そして……。
「エンダァァァスラァァァッシュッ!!」
『ZUGANDAAAAAAA!?!?』
無防備な腹めがけて必殺の斬撃を叩き込み、ズガンダーは絶叫を上げながら爆散していくのだった。
怪獣ズガンダーが爆散し、事後処理が進む中ソウタとクオンの二人はEXファルガンのコクピットの中では……。
「さっきの話の続きだけど……」
「どうして私を、ここに連れてきたの……?」
「ここは、俺たちの始まりの場所なんだ」
「始まりの……?」
先程中断されたクオンの問いの答えに、辺りの景色をモニター越しに眺めながらソウタは答える。
「そこの広場で本物のファルガン……っていってもジェット燃料が抜かれたイベント用だったけど、披露イベントがあったんだ。それで、カズマに誘われて行ったら怪獣が出てきて……」
「戦ったの……?」
「そのイベント用のファルガンでね。フウカともそこで出会ったんだ」
この新ヶ浜は、ソウタたちが初めてヒロイックロボで怪獣と戦った場所である。そうして初めて守った場所を見せる為に、彼はクオンをここに連れてきたのだ。
「なんで、戦おうと思ったの……?」
「戦わないとどっちにしろやられるって思ったから……まあ、やけっぱちかな」
「そんな理由だったんだ……」
その時は、今のように正義とは何かを考えるような事もなく、ただ生き延びる為に戦っていた。それが本当に正しい選択なのかすらも分からないまま、半ば自棄になって。
「今では日本最後のヒーローだなんて言われてるけど、もしもあの時カズマに誘われて来なかったらどうしてたんだろうって今でも思うんだ」
その結果、一年もしないうちに信じられない程遠い場所まで来てしまった。現状日本で唯一のヒーローとなってしまった今、ソウタは時折考えている。
もしも戦う選択をしなかったら、今この世界はどうなっていたのか、と。
「この国は黒曜旅団に完全にやられてたのか……それとも他の誰かが俺と同じような事をしたのかなってさ」
「けど……」
その場合、この世界がどのような
だがそれでも、一つだけ言えることがあった。
「ソウタじゃなかったら私は多分ここにいなかった。こんなに“楽しい”を知ることもできなかった……」
「クオン……」
「私、見つけたい。死ぬ以外の、ちゃんと生きる道を……」
ソウタがいたから、クオンは生きる希望を手に入れる事ができた。彼女の居場所を作れたのは、彼だったからこそであり他の誰でも代わりは利かなかっただろう。
「だから私も一緒に戦う」
そうして話す事で、クオンは一つの決意を固めた。
「私の、たった一人のヒーロー……」
自分を救ってくれた、自分にとって唯一のヒーローと共に戦うという道を歩むという選択を、彼女は選んだのだった。
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