第九話 激突!EXファルガンVSファルブラック

「決着って……どういうことだよ!」


 一時は共に戦ったにも拘わらず、突如銃口を突きつけてきたクオン。彼女が言った決着の意味をソウタは問う。


「わかってるんでしょ? でもソウタは優しいから、わからないふりをしてる」

「それは……!」


 だが本当は解っていたのだ。クオンが何を望んでいるのか。そしてその願いを叶えた果ての結末を。


「そんな優しいあなたが好きだった。だから……」


 そしてクオンは、これまで二度の出会いでソウタの優しさに触れてきた。いつまでも手を繋いで、共に生きていく事を夢見た事すらあった。


「その優しさで、私を殺して」


 だからこそ、クオンは願った。自分の命の終わりが、彼の手によって迎えられる事を。


 ファルブラックが、引き金に指をかける。次の瞬間、銃口から光線が放たれEXファルガンは寸前で回避。間髪入れず、ファルブラックが突撃し放った拳をEXファルガンが受け止めた。


「どうしても、戦うしかないのか……!」

「あなたが死んで私が残れば世界は滅ぶ。それが嫌なら……私を殺すしかない」

「そんな結末……俺は嫌だ!」


 両者の機体性能はほぼ互角。夜の街を舞台に、激しい格闘戦が繰り広げられる。


 拳と拳が、銃剣とナイフが火花を散らしぶつかり合う。拮抗する戦いの中、状況を崩したのはEXファルガンだった。


「まずはファルブラックを破壊する!」


 突き出された拳を弾き、生まれた一瞬の隙を突いてファルブラックを蹴り飛ばすEXファルガン。対するファルブラックは咄嗟に翼を広げて減速し、夜空へ向けて一気に上昇した。


「そう。そんな優しいあなただから、安心して命を差し出せる」

「どこに俺が君を殺す理由があるっていうんだ!」

「もう二度と、繰り返さない為……」


 ただ単に死にたいだけなら、他の方法もあった。だがそれではまた第二第三の自分を生み出してしまう。

 そうさせない為にもクオンは戦っているのだ。


「手を差し伸べてくれるなら、その手で亡骸を抱いて欲しい。それだけで私は幸せだから……」

「そんな幸せ、認めてたまるものか!」


 そしてソウタは、クオンを救う為にファルブラックを破壊しようとしている。

 彼女の命の行く末を巡って二つの願いが交錯し、それぞれファルブラック、EXファルガンという強大な力となって激突する。


「君は何も知らないだけなんだ! 本当の幸せの意味も、それがどんなものかも!」


 バーニアを噴射し、空高く飛び上がってEXファルガンがラスターセイバーで斬り掛かる。

 対するファルブラックもすかさずブラッドセイバーを抜き、二本の光剣が衝突して火花を散らした。


「ならあなたは私の何を知ってるの? 家族を殺されて、人としての尊厳も全部取り上げられて……その上死ななきゃ世界が滅ぶなんて突きつけられて……!」


 鍔迫り合いの最中、クオンは自分の思いを告げた。

 まだ15にもなっていない少女にも拘わらず、彼女はこの世の不幸という不幸を寄せ集めたような境遇で生きてきた。


 始めから平和な世界など知らなければまだ救いはあっただろう。だが日本で生まれた彼女にとっては平和こそが当たり前で、一瞬にしてそれが崩れ落ち思い出を胸の奥底に封じながら紛争の中で戦ってきた。


 その上さらに突きつけられた呪いの現実。これほどの不幸に追い詰められ、ならばせめてと死が救いだと信じて終わろうとした。


「その何も知らない優しさで、私がどれだけ苦しい思いをしてるか、あなたにわかるの……!?」

「があっ!!」


 ファルブラックが剣を振り払い、EXファルガンを地面へと叩き落とす。


 世界を救う為に終われるのならば、それで充分な幸せだと受け入れようとした。

 だがソウタとの出会いがその思いを変えた。変えてしまったのだ。


「私はもういいの……。人並みの幸せは手に入らなくても、あなたがいてくれたら……!」


 彼となら、いつまでも一緒にいたいと。そう願ってしまった。


「あなたが終わらせてくれるだけで、きっと私は充分に幸せになれるから……!」


 これは妥協だ。一緒に居られないのなら、せめてその手で終わらせてもらおうと。


「だからもう死なせて……! 私を早く楽にしてよ!」


 クオンの思い描いた最期を迎える為、ファルブラックはブラッドセイバーを構え斬り掛かる。


「初恋なんだ!!」


 だがEXファルガンはその一撃を弾いて、カウンターに放ったビームライフルがブラックの肩アーマーを掠めた。


「初めて会った時から気になってた! そして二回目でわかったんだ!」


 そして剣を振るいながら、今度はソウタが自分の想いをぶつける。


「俺は君の事が好きなんだ! 物静かなところも、ちょっと無知なところも、その綺麗な銀色の髪も赤い眼も!好きだから一緒にいて欲しいんだ!」


 どれだけクオンが辛い思いをして来たか、平和な日本という国で生きてきたソウタには知る由もない。だがそれでも、彼は好意を抱いてしまった。


「だから死んで欲しくないんだよッ!!」


 再び剣と剣がぶつかり合い、激しく火花が舞う。


 好きだから、一緒にいたい。クオンに死んで欲しくない理由など、それで充分だった。


「私の事が好きならお願いくらい叶えて!」


 激しいエネルギーのぶつかり合いで、互いの剣の柄に亀裂が入り、スパークを起こして煙を上げる。

 やがて互いの光剣は爆発し、戦いは拳と拳の殴り合いと化した。


「離れたくないなら、それならお願いだから私と一緒に死んでよッ!」

「君が本当にそうしたいならそれでもいい!」


 高度を上げながら、壮絶な格闘を繰り広げるEXファルガンとファルブラック。

 互いに残る武器は銃とブラックの銃剣、そしてEXファルガンのナイフ。戦いは次第に、空中での射撃戦へと発展する。


「けど本当は生きたいんじゃないか!」


 そしてまだ死という結末で妥協しようとするクオンに、ソウタは叫んだ。


「君はあの時死ぬしかないと言った! だけどそれは、本当は死にたくないからじゃないのか!」


 いつかの高台の上で、彼女は言った。自分は「死ぬしかない」のだと。だがその中で、一度も「死にたい」とは言っていなかった。

 それは、本当は心の中では生きたいと思い続けていたからだろう。ソウタはそう指摘する。


「確かにそうかもしれない……。けど、だめなの」


 それを否定する事は、クオンには出来なかった。だが事はもはや、彼女の意思でどうにかなるような話ではなかった。






 その頃。


「おい、見てみろよ」

「ヒロイックロボだよな、あれって……」


 行き交う街の人が、一斉に空を見上げる。その目に映ったのは、今のこの国には存在しない筈のヒロイックロボが二体。

 それらが戦う光景に、何人かが空へとスマートフォンを向けて映像を捉える。

 そして誰かがふとSNSへとその映像をアップロードすると、瞬く間に再生数が爆発的に増え始めた。


『なんでヒロイックロボ同士で戦ってんの?』


 ヒロイックロボ同士で戦っている状況に首を傾げる者。


『片方ブラックじゃねーか』


 その内一方が都市伝説サイトで知られるファルブラックだと指摘する者。


『つか強すぎワロタwww空飛んでるしwww』

『今現地だけど、この前に空飛ぶ怪獣秒殺してて草生えた』

『これは草』

『こんな奴らいたら怪獣とか余裕でしょ』


 日本中の様々な人々がその投稿にコメントを残すが、その中でも特に目立ったのが二機の圧倒的な強さへの言及だった。


『ぶっちゃけた話、どっちが勝つと思う?』


 そしてこのコメントを皮切りに、さらに話はヒートアップし始める。


「おい、見てみろよこれ!」

「めっちゃバズってんじゃん。何それ」


 ファルガンの飛び立った地点へと向かうカズマとフウカもまた、スマートフォンからその投稿を見ていた。


「あの戦いの生配信!?」


 そしてその爆発的に閲覧数を伸ばす投稿が、今繰り広げられているEXファルガンとファルブラックの戦いだという事を知ると、フウカは思わず驚愕する。


「別の動画サイトでも生放送の視聴数が全部で百万超えてるぞ」

「何が起きてんの……?」


 さらに様々な動画サイトで生中継までされ、それらの視聴数も同じく爆発的に増加している。

 一体今何が起きているのか、二人にはとても理解が追い付かなかった。


「よく来てくれたね、君たち」

「御法川のおっさん……」


 そんな二人の前に現れたのは、久方ぶりに会う御法川。


「これ、どういうこと!?」

「これは……そういうことか」


 御法川にフウカが携帯の画面を見せつけると、彼は頷き状況を理解したようだった。


「あの戦いから、希望が広がっていくか……」

「希望……?」

「全国のガーディアンが壊滅して、この国が恐怖と不安に包まれて荒廃したのは知っての通りだ」

「ああ。嫌ってほどにな」


 二ヶ月前の超空間ゲートによるゼットラゴン襲撃以降、ヒーローという存在を失い怪獣に蹂躙される他になくなったこの国は人々の心も荒み、荒廃しつつあった。その実態は、カズマとフウカも体験した通りだ。


「そんな中で現れたのさ。怪獣を物ともしなかった、無敵のヒロイックロボが……。しかも二機もね」

「その二つ、今戦っちゃってるけど?」

「それでいいんだ。あの二人が戦い、力を見せつけるほどそれが人々にとっての希望となる」


 そうして多くの人々が諦めていたその時、現れたのがEXファルガンとファルブラック。失われた他のヒロイックロボの追従を許さない、圧倒的な力を誇るニューヒーローの登場である。


 彼らが何を思い、何のために戦っているかなど知る由もない。

 だがこの時、不特定多数の人々によって拡散された映像は新たな正義の味方の力を民衆に知らしめ、再びその心に希望の光を灯していたのだ。






「だめって、何が!」

「黒曜旅団の目的を止める為には、私が死ぬしかないから」

「黒曜旅団……!?」


 激しい戦いの中、クオンの口から呪いの真実が語られる。


「このファルブラックは黒曜旅団が作った機体……。その目的は……魔王の復活」

「まさか……!」

「私の身体の中には、魔王の欠片が眠ってるから。あなたが好きだって言ってくれた銀色の髪も赤い眼も全部そのせい。だから私は死ななきゃいけないの」

「それが……君の呪い……」


 出自不明のヒロイックロボ、ファルブラック。その正体は、黒曜旅団が魔王の器として建造した、ヒーローとはかけ離れた闇の機動兵器だった。

 そしてクオンがその身に秘めた呪いの正体とは、死んだ魔王の一部だった。


「そう。だから魔王が復活する前に……私を殺して」


 このまま生き続けては、いずれ魔王が復活してしまう。その事を未然に防ぐ為に。そして無駄だと証明し、二度と繰り返させない為に彼女は戦って死ぬ事を願ったのだ。


「だからって……だからって! それで君が死んでいい理由になる筈がないんだ!」


 ソウタは許せなかった。黒曜旅団の野望の為などにクオンが死ななければならない現実が。


「君が何と言おうと、俺は君を諦めない!そんな理由でなんて、絶対に認めないッ!」


 その現実を打ち壊す為に、EXファルガンはナイフを構えて夜空を翔ける。


「やめて……もうやめて……!」


 そして頭部に刃を突き立てようとしたその時、それは起こった。


「せっかく頑張って諦められたのに……!やっと死ぬ覚悟だってできたのに……!」


 突如現れた障壁に阻まれ、刀身が砕け散る。直後、紅い幾何学的な模様が空中に浮かび上がって夜空を覆い尽くした。


「これは……!?」

「生きたいなんて、思わせないでッ!!」


 同時にファルブラックの両肩の、目のような模様が妖しく激しい光を空に向けて放つ。


 魔王復活の時が今、訪れようとしていた。






「何だよ、あれ……」


 待機していたGキャリアーの元に辿り着いたカズマたち。

 そこでカズマは、謎の模様に覆い尽くされた空を見上げ呆然とする。


「わからないが……あれは恐らく魔法的なものだ。アレがあるということはファルブラックには……」


 以前より御法川は、ファルブラックには過去の超技術が使われているのではないか。それが高性能の源なのではないかと推測していた。


「かつての魔王軍の技術が、そのまま使われている……」


 それが今、確信へと変わる。彼の推測以上に、ファルブラックは危険な存在だったのだ。


「ソウタはそんなもんと戦ってんのかよ……」

「まさか魔王復活って……あれのことなんじゃ……」

「とにかく今は彼に賭けるしかない」


 フウカは目の前の異常な光景に魔王復活を恐れ、それは事実なのだが今の彼女らにはどうすることも出来ない。


「きっと結城くんなら、彼女を止めてくれるはずだ」


 もはや日本だけではない。世界の命運が今、ソウタとEXファルガンに託されたのだった。






「クオン! 一体どうしたんだ、クオンッ!!」

「早く……私を……」

「今助けに行く!」


 相手は今やヒロイックロボではない未知の存在。ソウタは気を引き締めながらクオンを救う為に暴走状態のファルブラックへと向かう。


「早く……私を止めて……いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 紅い光と衝撃波を放ちながら、空中に静止するファルブラック。その中に囚われたクオンが今、苦しんでいる事はソウタにも理解できた。


「わかった、クオン。君を止めて……絶対に救ってみせる!」


 狙うは手足。EXファルガンはビームライフルを構え、引き金を引く。

 だが光線がファルブラックに届くことはなく障壁に掻き消され、次の瞬間ブラックの両肩の眼から赤黒い光線が放たれた。


「くっ……!」


 咄嗟に回避するEXファルガン。直後、後ろから凄まじい衝撃波が広がりソウタは冷や汗を垂らしながら後ろを振り向く。


「なんて強さなんだ……!」


 そこに広がっていた光景は、まさに地獄だった。今の一撃で山が一つ跡形もなく吹き飛び、土は赤熱してマグマのように煮えたぎっている。

 今の攻撃を受けていたら、EXファルガンとて一撃で蒸発していただろう。暴走したファルブラックの強さは、想像を遥かに超えていたようだ。


「御法川さん! あのファルブラックについて解析できたら教えてください!」


 これは恐らく超空間ゲートと同類のものだろう。そう推測したソウタは、通信で何かを知っているかもしれない御法川に問う。


「恐らく今ファルブラックを動かしているのは魔法科学の類だ。そうなると物理的な動力ではない以上、止める手段はひとつしかない」

「教えてください!」

「コクピットの破壊だ」

「そんな……」


 だが得られた解決の糸口は一つ。コクピットの破壊だけだった。それはまさに、クオンを殺せと言っているにも等しい事だ。


「あの子を救う方法もそれしかない。わかってくれ」

「……わかりました」


 しかしソウタは気付く。御法川の言った言葉の意味に。


「ああ……あ……」

「ごめん、クオン。痛いかもしれないけど……!」


 苦しみ、呻き声を上げるクオンにソウタはそう語りかける。

 コクピットを破壊しろとは言った。だが、クオンを殺せとは言っていない。


「君を倒すッ!」


 まだ希望はある。その希望の芽を掴むために、ソウタは全速力でクオンの元へと向かう。


「うあああああああ!!」

「とはいえ、何をしてくるか……!」


 ファルブラックは衝撃波を放って抵抗し、自由飛行能力のないEXファルガンでは近づくことも難しい。

 だがクオンを救うには接近するしかない。ソウタは衝撃波をかわしながら、慎重に接近する隙を探る。


「やらせ、ない……。ソウタは……殺させない……!」

「クオン!?」


 そんな時だった。突然ファルブラックから放たれる衝撃波が止み、紅い光が収まる。


「私が、抑えきれるうちに……早く殺して……!」

「どうして……」


 力を振り絞って必死にファルブラックを、そして自分の中の魔王の欠片を抑え込むクオン。その目は赤く充血し、口からは赤黒い血を吐き出している。


「どうしてクオンばかりがこんな目に……!」


 彼女が抑えているおかげで障壁も消え、EXファルガンはその隙にファルブラックに肉薄する。


「そう、それでいい……」


 そしてビームライフルの銃口を向けるEXファルガン。

 これでようやく終わる。そうクオンが安堵の表情を浮かべたその時だった。


「それでも俺は、君を助けるッ!!」


 ビームライフルの光線が、ファルブラックの胸を貫く。そうして出来た傷口からEXファルガンはブラックの装甲板を引き剥がし始めたのだ。


「やめて……! 私なんかが生きてたら……」

「関係ない!」


 最後にコクピットハッチを剥がすと同時に、EXファルガンのコクピットが開きソウタが手を差し出した。


「一緒に行こう、クオンッ!!」

「そっちに……行っていいの……?」

「勿論だよ」


 差し出されたその手を、クオンは躊躇ためらいながらも最後は強く握り締め、ソウタはその腕を思い切り引いて彼女をEXファルガンのコクピットへと引き込んだ。


「本当に、生きていていいのかな……」

「先送りでいいんじゃないかな。ギリギリまで、一緒に考えていこう」


 まだ魔王の欠片をその身に宿したクオンが、この世界で生きていていいのかは分からない。

 だがファルブラックを打ち破り、一旦の猶予はできた。ソウタはその問題を、時が来るまで一緒に背負っていく事を誓う。


「これで終わらせる……!」


 クオンは救い出した。残るは最後の仕上げだけだ。

 無人になったファルブラックのコクピットへと、EXファルガンはビームライフルを向ける。そして……。


「ラスタービームライフルッ!!」


 光線が、ファルブラックのコクピットを貫いた。


 同時にファルブラックは力を失い、地面へと落下していく。その姿を、EXファルガンのコクピットからソウタとクオンの二人は見守るように見下ろしていた。






 その後、戦いを終えたEXファルガンは駅前の広場に着陸し、開いたコクピットからソウタとクオンが降りる。


「みんな、ただいま」

「ヒーローのご帰還だぜ!」

「お姫様も一緒じゃん! ぐっじょぶ!」


 そんな二人を真っ先に出迎えたのは、カズマとフウカだった。魔王復活を阻止した上にクオン

 救い出す事にまで成功した。一点の曇りもない完全勝利に二人は歓喜の声を上げる。


「すみません御法川さん。いきなりEXファルガンをあんな無茶な使い方して」

「気にすることはない。あの程度で壊れるほどヤワな機体じゃないさ」


 折角の新品のEXファルガンを、初陣にして暴走状態のファルブラックという怪物にぶつけてしまった事をソウタは謝るが、元々のファルブレイヴがそうした別次元の敵を想定した機体。御法川としては充分に想定の範囲内の相手だった。


「ファルブラックの回収を頼む。あれが魔王の器である以上、黒曜旅団の手に渡る前にこちらで確保しておきたい」

「了解しました!」


 一旦落ち着いたところで、御法川はガーディアン職員にファルブラックの回収を命じる。

 黒曜旅団の目的が魔王復活にある以上、ブラックを手中に置いて置いた方が旅団に対して優位に立てるという考えだ。


「あの、私……」

「君が水無瀬クオンくんだね」

「はい……。ごめんなさい、今まで……」


 そしてクオンは御法川の元に赴くと、これまで自分がファルブラックに乗ってしてきた事を謝罪する。


「詳しい事情は後で聞かせてもらうけど、君が悪意を持って戦ってはいなかったとは承知しているよ。取り調べは女性職員に担当させ、彼さえ良ければだけど結城くんも同伴させよう」


 だが、元より彼女が黒曜旅団の野望を阻止する為に動いていたのならば、通った道こそ違えど味方だ。そう考えて御法川はクオンを手厚く扱う事を決めていた。


「ありがとう、ございます……」

「彼女を守ってやってくれ」

「頑張ります」


 御法川の言葉で、ソウタは改めてこれからもクオンを守っていくことを誓う。


 その一方で御法川には、クオンの精神が安定して協力を得られた場合、あわよくばファルブラックも味方につけることができるのではないかという思惑もあった。


(全ては彼ら次第か……)


 無論、再びブラックに乗ることをクオンに強要するつもりはない。その事も含め、行く末は全てソウタたちに託すつもりでいた。


「お兄ちゃん!」

「マドカ!」


 そうして再び集うガーディアン関東支部の面々の元に、マドカが訪れ一目散にソウタの胸へと抱きついた。


「よかった、無事で……!」


 先程までの空を見て、彼女もまた状況の異常さを感じ取った。そんな状況から兄が無傷で帰ってきた事が、何よりも嬉しかったのだ。


「君が結城くんの妹さんだね」


 思い切り甘えるようにしがみついていると、そんな彼女へと御法川が興味深そうに声をかける。


「ガーディアンの人ですよね!」

「そうだけど……」

「お願いです!私も仲間に入れてください!」


 そして彼がガーディアンの人間だと知るや否や、マドカは頭を下げてそう頼み込んだ。


「君、これは遊びじゃないんだよ」

「わかってる!」


 決してガーディアンは遊びなどではない。そんな事、言われなくとも彼女は理解している。


「もう何もしないで待ってるだけは嫌なんです! 私も、ちょっとでいいからお兄ちゃんたちの力になりたいから!」


 ゼットラゴン襲撃事件で、その事を彼女は嫌という程知った。その上で願っているのだ。自分も待っているだけではなく、少しでも力になりたいと。


「俺からお願いします、御法川さん」

「わかった。是非力を貸してくれ」


 ソウタの頼みもあって御法川は折れてその願いを受け入れ、マドカをガーディアンへと迎え入れる。


「ありがとうございます!」

「おいおい、大丈夫なのか?」


 だがまだ小学生のマドカを仲間に加える事に、カズマは不安を顕にする。


「戦場には連れ出さないし、何かあっても俺が守るよ。このEXファルガンで」


 しかしながら元よりマドカを怪獣との戦いにまで駆り出すつもりはなく、また関東支部のような事が起こっても今はEXファルガンがある。

 その力でクオンを救い出す事が出来た。その事実に裏付けされた、確固たる自信が今のソウタにはあったのだ。


「すまないが水無瀬クオン、君の身には何が起こるかわからない以上拘束させてもらうけど問題ないかな」

「構わない……」


 その後協力的という事は分かっているが、魔王覚醒の危険がある以上念の為、クオンは手錠がかけられた上で職員に連れられGキャリアーに乗り込む。


「敵の親玉も日本にいるって分かったしソウタも復活したし、これはいい感じなんじゃねぇか?」

「え、親玉!?」

「街で出くわしたんだけど、カズマってば喧嘩売ってボコボコにされててさー」

「おま、そこは黙ってろよ!」


 魔王復活の要となるファルブラックとクオンは確保し、敵の首領も日本にいるとわかった。二ヶ月間の時を経て、一気に事態は好転しつつある。


「それじゃ皆で行こうか。僕たちの基地に」

「待って、日本支部って壊滅したんじゃなかったっけ?」

「だと思うだろう?」


 だがガーディアン関東支部は既にない。かつての拠点なき今、御法川の案内で連れられた先は……。






 およそ二時間後。


「ここは……」

「これこそがガーディアン日本支部の新たなる拠点、イージスベースさ」


 町はずれの内陸部の山岳地帯。人気のないそのような場所にあったのは、関東支部よりも遥かに基地然とした巨大な施設だった。


「イージスベース……」

「すっげぇ……。でもこんなもん短期間でどうやって用意したんだ?」


 このようなもの、とても短期間で建造できるものでは無いがそれには訳があるようだ


「元々ここは、自衛隊が過去に建造した施設なんだよ」

「それはいいけど、なんでここなの?」

「ガーディアン設立前、ヒロイックロボが完成した直後に自衛隊がヒロイックロボの運用を想定して建造した秘密基地がこれなんだよヒロイックロボがガーディアンの管轄になってからは計画は中止されていたんだけど、まだ自衛隊の所有だったところを譲り受けたというわけさ」

「へぇ……」


 ヒロイックロボ開発当初。まだガーディアンという国際組織が樹立する予定すら無かった頃、この国では自衛隊がヒロイックロボを運用する計画があった。

 イージスベースはその計画の為に建造された巨大基地なのだが、結局ガーディアン樹立により自衛隊にヒロイックロボが配備されることはなく放置されていた。そうして所有権は自衛隊にあったものを、新たな拠点として譲り受けたという事である。


「よし、格納庫に着いたよ」

「あれ? 全然ロボットないよ?」

「問題はそこなんだ」


 しかしである。マドカが指摘するが、巨大な基地である割にはヒロイックロボは一機たりとも置いていない。広々とスペースが確保された格納庫は、まさにもぬけの殻といった様相を呈していた。


「この間の全国各地のガーディアン支部壊滅で、我々はヒロイックロボのほぼ全てを失った。今の我々が所有している機体は、結城くんのEXファルガンただ一機だ」


 原因は御法川の言うように、ガーディアン支部の壊滅。その為今動かせる機体は、なんとか完成させたEXファルガンただ一機しかないのである。


「EXファルガン、搬入します!」

「あれがお兄ちゃんのロボット……!」

「確かにちょっとかっこよくなったけど、あんま変わってなくない?」

「確かにそこまで強そうには見えないな」


 そこに、唯一のヒロイックロボであるEXファルガンが搬入されてくる。その姿にマドカは感動するが、カズマとフウカから見てはそこまで強くなっているようには見えなかった。


「そう見えるだろう?」


 そんな彼らに、御法川は自分の事のように自慢げに語る。


「だけど中身は全くの別物だ。究極のヒロイックロボ、ファルブレイヴの残存パーツから使えるものを全て使い、ファルガンをベースに全身に渡って大幅な強化を施したのがこのEXファルガンだ」


 ソウタにも説明されたように、この機体はファルガンとファルブレイヴから生まれた機体である。ベースこそファルガンであるものの内部にはファルブレイヴのパーツが多く使われており、機体性能は見た目以上のものがあるのだ。


「私の最高傑作のファルブレイヴを使ったのですから、強力なのは当然のことです」


 そうして語る御法川の隣に、そう言って眼鏡をかけた白衣の女が立つ。

 一見真面目で厳格な女性に見えるが、白衣にはデフォルメされたヒロイックロボのストラップがジャラジャラと付けられておりその趣味が窺える。


「あなたは……?」

「三嶋トウコ。ガーディアン技術開発部の一員で、ファルブレイヴの開発チームの主任でした」


 三嶋トウコと名乗るその女性。彼女は、あの別次元の高性能機であるファルブレイヴの開発主任なのだという。一体彼女がどれほどの頭脳を持っているのか、一同にはとても想像がつかなかった。


「すみません、ファルブレイヴを壊されてしまって……」

「構いません。結果的にリパルションリフター以外の殆どの性能はこのEXファルガンで再現する事に成功したましたから」


 予定とは違う形だが、その出来には満足しているのだろう。彼女がEXファルガンを見る目は、どこか輝いて見えた。


「他の機体の進捗は?」

「現状良好ですが、EXファルガンの戦闘データが不足しており調整が難航しています」

「わかった。ほどほどに休みながら続けてくれ」

「ありがとうございます」


 そしてそんな会話を御法川と交わすと、三嶋は今回の戦闘データを受け取りこの場から去っていった。


「ファルブラック、到着しました!搬入します!」


 遅れて搬入されて来たのは、胴体が大きく破損したファルブラックだ。


「で、あれがファルブラックか」

「近くで見ると無茶苦茶かっこいいじゃん」


 その機体は全体的にファルガンよりも曲線的かつ鋭利なシルエットをしており、闇を感じさせながらもヒロイックな外観をしていた。


「基礎はヒロイックロボと同じですが、なんかヤバげなブラックボックスがありますよ!」


 搬入中も解析作業をしていた整備班の一人が、御法川にそう報告する。


「外して動きそうか?」

「それ以外はOSが海外版なだけなんでなんとかなりそうっす!」

「頼んだよ」


 ブラックボックスというのは恐らく魔法科学によるものだろう。だがその装置はどうやら機体全体のシステムから独立しているらしく、そこを除けば超高性能なだけのヒロイックロボに過ぎないらしい。

 そうなるとブラックボックスを取り外した上で修復が上手く行けば、戦力として使える可能性も出てきたわけである。


「結城くん、少しいいかな」

「なんでしょう」


 そうして目まぐるしく動き回るガーディアンの人々を眺めていたソウタに、御法川が話し掛ける。


「君だけにしか頼めない仕事があるんだ。きっと大変な仕事になると思うけど……」

「仕事……?」


 ここに来て、御法川がソウタに頼みたいという仕事。それは……。


「頼む。君にはこの国の、希望になって欲しいんだ」

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