第二話 閃光の騎士
『先日の怪獣襲撃事件ですが、情報によると撃退したのは市内の高校生の少年とのことです。勇気ある行動を示して多くの市民を守った少年に、多くの称賛の声が』
「これ、俺の事……なんだよなぁ……」
翌日、ガーディアン関東支部。
ソウタはロボット怪獣カマギラーとの戦いの後、一時的な措置として個室に軟禁され一人テレビに目を向けていた。
とはいえ内容は昨日の戦いの事で、彼が戦って多くの命を救った事を持ち上げるような内容ばかりで気分は落ち着かない。
中には人々の平和を守る為には身の危険も厭わない勇者のような少年だという話も出ているが、実際は自分たちが助かる為にやむを得ずした事であって見当違いもいいところである。
「落ち着いたかな、ソウタ君」
そうしてテレビを見ていた彼の元に、男が現れ声をかけた。ガーディアンの総司令官、御法川ケンジである。
「結論から言おうか。会議の結果だが、君はお咎めなしということになったよ」
彼が報告したのは、ソウタの処遇が無罪放免になったということ。
その後の説明によると、幹部たちからは“軍用兵器”であるヒロイックロボの私的利用で処罰するべきという声も上がっていた。
だがそもそもヒロイックロボの区分が軍用兵器ではなく災害処理用の機械である事や、無断使用を禁じて罰する規則が存在しない事などからお咎めなしとなったのだという。
「そうですか……」
「僕個人としては、君にはとても感謝しているんだ。名古屋の件の直後を狙われたというのもあって、君が勇気を振り絞って戦ってくれなければ被害はもっと拡大していただろう」
それは別として、御法川個人としての感謝も告げられる。
カマギラーの一件は名古屋の怪獣襲撃の影響で対応が遅れており、ソウタが戦わなければ大惨事もあり得ただろう。
とても個人の感謝などで済ませられる話でもないが、それでも最大限の感謝を伝える為に彼は頭を下げる。
「死にたくなかっただけですよ、俺だって」
「それでもだ。あの時君は間違いなく、他の誰よりもヒーローだった。胸を張ってくれ」
例えどんな理由であっても、あの時何百何千人もの人々を守り抜いた。その事実に変わりはないのだから。
「こんな時間だ。君の友人も待たせているし一緒に昼食といこうか」
その後、食堂にて……
「ガーディアンの総司令官と、昼飯……」
御法川を前にして、緊張に震えるカズマ。
「凄い人なの? このおっさん」
どうでもよさそうに彼にそう訊ねる少女。
まるで対極的な構図である。
「おいおま! し、失礼しました!」
「構わないよ。でもおっさんはやめてほしいな。これでもまだ30前半なんだ」
あまりにも直球な少女の発言で、代わりに頭を下げるカズマだが御法川は気にする様子もなく笑って年齢を明かした。
総司令官の割には若々しい彼だが、年齢もどうやら相応らしい。
「まずは自己紹介といこうか。僕は
そして自己紹介。
御法川は友人のような気さくさでそう述べる。
「ま、真宮カズマです! よろしくお願いします!」
だがカズマはやはり緊張が解けず、背筋を伸ばしてガチガチの様子。
「上がりすぎっしょ。あ、うちは九条フウカだよ。よろしくー!」
(ギャルだ……)
一方パーマのかかったポニーテールと、スパッツをちらりと覗かせるミニスカートが特徴の少女……フウカは歳上相手で初対面とは思えない程の馴れ馴れしさで挨拶を済ませた。
「君はもしかしてあの時の……」
「あそこで怪我してたのうちだよ。あとあのダッサイカマキリ怪獣の弱点見つけたのもあ・た・し!」
ソウタは気付いた。フウカが、昨日道で倒れていてカズマに任せたあの少女だという事に。
そしてカマギラーの弱点を発見したのがカズマではなく彼女だったということをここで初めて知るのだった。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ」
「べっつにー? あんなの余裕だし」
礼を言うソウタに、あれくらい余裕だとアピールするフウカ。だが少し頬を赤らめていて、どうやら満更でもなさそうな様子だ。
「あ、俺は結城ソウタです」
その流れで忘れかけていたのを思い出し、ソウタも自分の名前を告げる。
「結構可愛いよね。童顔で」
「気にしていることを……!」
そして真っ先に反応したのはフウカ。といっても気にしているのは顔だが。
実際ソウタの顔つきは女っぽいという程でもないが少し中性的な童顔で、格好良いというよりは可愛らしいという言葉の方が似合うだろう。
「そいや九条さんってどこ高?」
「北高。一年」
「俺らと同級生じゃねーか! 別のクラスか?」
「マジで!? すっごい偶然!」
「お待たせしました。ソースカツ丼になります」
三人が同じ学校の同級生だということもわかったところで、御法川が頼んでいた食事を従業員が持ってきた。
ソースがたっぷりとかかった、揚げたてのソースカツ丼だ。
「ここの食堂のソースカツ丼が僕の大好物なんだ。安いし何より美味い。勿論奢りだから是非食べてくれ」
「いただきまーす」
御法川一押しの一杯。その味は……
「美味しい……」
「サクサクでいいな。ソースも甘辛で飯が進むし」
「キャベツ入りなのも嬉しいかも」
甘辛い特製ソースが沢山かかっていながらもサクサク感が損なわれていない肉厚な豚カツ。
そのサクサク感と噛み合うもち麦ご飯。
そして口の中の油のしつこさを抑えるシャキシャキのキャベツ。
充分それらはソウタたち三人を満足させるに足るものだった。
「ガーディアン関東支部の食堂自慢の一品さ。これにビールでもあれば完璧なんだけど今日は我慢しておくよ」
「やっぱおっさんじゃん!」
これを掻き込みビールで流し込むのが御法川の夜の日課なのだが、まだ昼な上に初対面の未成年も連れている今日という日は自重する事にしていた。
「ごちそうさまでしたー」
なかなかにボリュームのある一杯だったものの、無事全員完食。
食器を返却口に返したところで御法川は三人を呼び止める。
「三人ともちょっと話があるんだけど、いいかな」
「話?」
「ここじゃなんだから、小会議室を借りようか」
関東支部、小会議室。
「で、話って何!? とっとと帰りたいんだけどー!」
貴重な日曜日を早く家に帰って満喫したいフウカは、荒れた様子で椅子に座る。
「俺は幾らでも大丈夫です!」
「あはは……」
一方でカズマは、憧れのガーディアン基地の中の小会議室という事で興奮気味に。
ソウタはそんな二人の様子を見て苦笑いしながら椅子に腰掛けた。
「それで話だが、率直に言おう。君たちに、これからも怪獣と戦って欲しいと思っている」
「戦う? 俺たちが……」
御法川の言う話。それは素人でしかないソウタたちに、昨日と同じように怪獣と戦って欲しいという突拍子もない事だった。
「勿論危険な仕事になるからね。何の強制力もない頼み事だ」
「でもそういうのってプロがいるじゃん。なんでうちらなわけ?」
フウカの言う通り、対怪獣戦闘には彼らが出なくとも充分な実力を持つプロがいるのだ。
昨日は名古屋の件と立て続けのせいで対応が遅れたとはいえ、今更偶然乗っただけのソウタを引き続き乗せるほど人手不足というわけでもない。
だが御法川の考えている問題点はそことは別にあった。
「恥ずかしながら、そのプロの質も落ちてきていてね。初めからガーディアンにいるヒーローは優秀なんだけど、問題は軍人上がりだ」
「軍人なら強いんじゃないのか?」
元軍人が問題だと彼は言うが、その意味がわからないカズマは首を傾げる。
しかし問題なのは、戦闘力とは別のところにあった。
「兵器を使い人間と戦う訓練ばかりしてきた人間にヒロイックロボは使いこなせない。その事を理解しようともせず、軍幹部の天下りが増えた上層部の連中は元軍人の割合を増やそうとしている上に、戦争に使う事も考えている始末だ」
「なるほどねぇ……」
「勿論ちゃんとしてくれるなら元軍人でもいいんだけど、実際はガーディアンを民間人だからと見下し問題を起こす事も少なくない。そんな人たちばかりではないんだけどね」
元々は消防などと同じ扱いのガーディアンだが、今では軍人上がりたちが正式な戦闘員ではない彼らを排斥し事実上軍隊化する動きがあるのだという。
さらにはヒロイックロボを人間同士の戦争に投入する事の推進など、いくら良識派も少なからずいるとは言っても元軍人という集団が正義のヒーローであるべきガーディアンの在り方を歪めている事に変わりはない。
「で、それと俺たちに何の関係があるんだ?」
「今のガーディアンは、軍隊化し始めて正直とても純粋な正義の味方とは言えなくなりつつある。そんな中で、君たちは忘れられつつあったヒーローの真の在り方を示してくれたんだ」
その状況下で現れたのがソウタたちだった。
怪獣が迫る中咄嗟にロボットに乗り込み、仲間の知恵の力も借りて見事打ち倒し多くの命を救う。
組織などに囚われず、自分たちの意志でそれをやり遂げた彼らは御法川にとってはまさに待ち望んでいた正義のヒーローだったのだ。
「だから俺たちに、ガーディアンを変えろとでも言うんですか?」
「君たちは道を示してくれるだけでいい。自分たちの信じるままに、正しいと思うことをしてくれたらそれで充分だ。その後は僕たち大人の仕事さ」
だからといって大人同士の争いには巻き込むつもりなどない。
何者にも囚われず、正義の為に戦うヒーローへとガーディアンが変わっていくための道しるべとして、彼はソウタたちの力を借りようとしているのである。
「わかりました。少し考えさせてください」
「当然だよ。すぐに決めてしまうようなら止めるつもりだったからね。決まったらこの番号に連絡してくれ」
勿論すぐに決められる話ではない。御法川は電話番号が書かれた紙をソウタに手渡し、選択を託した。
「まったねーおじさーん」
「ああ。タクシーは手配しておこう」
そして御法川は、二人の背中を見送ると携帯電話を取り出そうとして気付く。
「君はいいのかい?」
帰ったのはソウタとフウカの二人だけ。カズマがまだ残っていた事に。
「基地見学させてもらっていいですか!?」
「構わないよ」
「っしゃあ!!」
目的が叶って歓喜し飛び上がるカズマ。当たって砕けろで訊ねてみた甲斐があったというものである。
「暇な職員に案内させよう。誰かいるかな」
「はーい。私暇でーす」
「よろしく頼むよ」
御法川は非戦闘時で人員過多のオペレーターの一人に案内役を任せカズマを送り出し、そして椅子に座るとコーヒーを飲んで一息ついた。
「よろしいのですか?」
そんな彼の元に現れたのは、スーツを着た秘書の女性。
「基地見学くらい問題ないさ」
「そうではなく、ヒロイックロボをあんな子供たちに使わせる事です」
彼女はやはり、ソウタたちにヒロイックロボを運用させる事に関しては不安なようである。
「軍人崩れの老害共に渡すより遥かにいいさ。それに彼らがついてくれれば、ガーディアンの革新は大きく前に進む事になる。期待しようじゃないか。ヒーローの活躍に」
だが御法川は不安以上に、期待に胸を膨らませていた。
彼らがどんな活躍を見せてくれるのか。そして、彼らが指し示す正義というものが一体如何なる物なのかという事に。
一時間後。
「ただいまー」
一日ぶりに家に帰ったソウタは、荷物を降ろすと早速冷蔵庫を開けてボトルに入った麦茶を飲み干す。
(何故だろう、随分懐かしく感じる……)
綺麗に片付けられた台所。
さっきまでマドカがいたのかテレビが付けっぱなしになっているリビング。
いつも通りの、見慣れたはずの我が家の景色がソウタの目にはどこか懐かしく映っていた。
無理もないだろう。昨日の怪獣が現れた瞬間からヒロイックロボ、ファルガンのコクピットに乗り込んで実戦を経験し、さっきまでいた所は対怪獣防衛の本拠地であるガーディアン支部である。
非日常の連続から、この短い間で当たり前の日常をどこか遠い事のように感じつつあったのかもしれない。
「おかえりお兄ちゃん! 怪獣にやられちゃったのかもって心配したんだよ!?」
そしてソウタが帰ってきた事に気付いて階段を駆け下りてきたマドカが、涙目になりながら飛びついてくる。よほど心配だったのだろう。
「電車止まったから、友達の家に泊まってたんだ」
当然ソウタの言い訳は嘘である。実際はガーディアンの基地に泊まっていたのだから。
「今度からそういうの連絡してよね?」
「ごめんごめん」
だが本当の事など言えるはずもなく、マドカの頭を撫でながらガーディアンの事は胸の内へとしまった。
「あ、今日は夕飯友達とファミレス行くから昨日のオムライス冷蔵庫に入ってるの食べといてね」
「わかった」
「何着て行こっかなぁー!」
そして元気を取り戻したマドカは、友達との食事会に心躍らせながら階段を駆け上がっていった。
「はぁ、疲れた……」
心身共に疲れ果てたソウタは、テレビを切ってソファに横たわり天井を見上げる。
「俺が、ヒーローに……か……」
突然ヒーローという選択肢を突き付けられる事になった彼。
だがいくら実戦を経験したとは言っても、まだ具体的な実感などない。
本当にヒーローになれるのか。自分なんかがなってもいいものなのか。そんな事を考えながら結局何も決められないまま、ソウタは目を閉じ意識は深い眠りの中へと沈んでいった。
翌日。
「おっす。昨日はお疲れ」
「あ、うん」
鳥の鳴き声が響く月曜日の朝の通学路。気だるさの中ソウタとカズマは高校の正門を通り抜ける。
「で、どうすんだ? ヒーローの話受けんの?」
「そう言われても実感湧かないからなぁ」
やはり話題は、昨日のガーディアン基地での出来事。
これから先ヒロイックロボで戦っていくかという話だが、まだ決めかねている状態だった。
「あ、九条さん」
そんな時、ソウタは一人で登校するフウカの姿を見つけて声をかける。
「げっ、あいつら」
「ちーっす」
とはいえ、あまり歓迎されてない様子ではあるが。
「で、まさか昨日の話受ける気じゃないよね」
彼女が気にしているのもまた昨日の話。実際に戦うのはソウタとはいえ、彼女もまた他人事ではない以上二人がどうしたいかという事に関心はあった。
「まだ、分からない」
「うちは勘弁だよ? そんなめんどくさいこと」
尚元々怪獣やヒロイックロボに興味などないフウカはこの話には乗り気ではないようである。
「そうだよね……」
「んじゃ友達待たせてるからお先ー」
そしてそそくさと駆け足で教室へと向かうフウカの背中を見送る二人。
「やっぱ俺らにゃ無理なんじゃね?」
「そうかもしれないけど……」
フウカはやる気がないとわかった以上、やはり断ろうかという方向に傾きかけたその時だった。
「警報!?」
再び、怪獣出現を知らせるサイレンが鳴り出したのは。
『WYYYYYYY!!』
奇妙な咆哮を上げながら一歩、また一歩と街の中心に迫るロボット怪獣。
その顔はまるでバッタのようで、首元にはエリザベスカラーのような花びらが。両手には二本ずつ、全部で四本の茨の鞭を持っているちぐはぐな姿の怪獣だ。
『怪獣が出現しました。市民の皆様は慌てず、警察等の機関の指示に従い迅速に避難してください』
「押さないで! 慌てないでください!」
逃げ惑う人々の頭上遥か高く。青い空に漂う雲の真下に飛来する影があった。
『目標は怪獣一体。付近には小学校がある。近付かれる前に絶対に落とせ』
「ミッション了解」
輸送機の中、鎮座する白と蒼のヒロイックロボ。そのコクピットの中で女は呟く。
『間もなく降下地点です。5、4』
そしてカウントダウンが始まった。
「ファルソード……」
3。
2。
1。
「テイクオフ!」
操縦桿に伝わる衝撃。カウントがゼロになった瞬間固定具が外され、白いヒロイックロボ、ファルソードが投下される。
『WYYYYYYY!?』
瓦礫と土煙を巻き上げながら勢いよく着地するファルソード。
混乱する怪獣に、引き抜いたブロードソードを向けこう告げる。
「貴様の罪、刃の前に懺悔しろ!」
そして今、戦いが始まった。
「おい何してんだ! 早く逃げないと……」
警報が鳴り響く中、周りと一緒に逃げようとするカズマ。だが、周りが避難しようとする中でソウタは怪獣の姿を見上げて立ち止まっていた。
「あの場所って、まさか……!」
今怪獣が現れた場所。そしてその向かう先。そこに何があるか気付いた瞬間、ソウタは一心不乱に民衆とは逆方向に駆け出した。
「お前まさか、あの怪獣と……!」
ソウタが何をしようとしているのか。それに気付いたカズマもまた後を追おうとする。
「クソッ……!」
しかし今の自分が行っても何も出来ない事を悟った彼は、その場で足を止めて拳を握り締めた。
やり場のない苛立ちを胸の内にしまい込んで。
『WYYYYY!』
「クソッ、何なんだこいつの硬さは!」
両手の鞭を振るいながら、街を突き進んでいくロボット怪獣。それを食い止めんとファルソードは剣を振るうが、刃は通らず怪獣はまるで無傷だった。
圧倒的な防御力。そう思うも束の間、ファルソードのパイロットはある事に気付く。
「いや、まさかこれは……!」
ふと剣に目を向ける。するとその剣はなんとグズグズに溶けて変形し、とても切れそうにはない姿に成り果てていたのだ。
「ビルが溶けている。やはり……」
辺りのビルも見てみると、やはり同じように鞭を受けた部分が溶かされている。
攻撃が効かなかったのは、敵の装甲が頑強だったからではない。武器を溶かされて、攻撃力を奪われていたからだったのだ。
『WYYYYYYYY!!』
毒茨ロボット怪獣ウィズン。
全高27m、重量770t。
鋼鉄をも溶かす強酸を纏った毒鞭を武器とする恐るべきロボット怪獣である。
「待て、そっちには学校が……!」
ウィズンが向かおうとする先。そこにあったのは、避難所にもなっている小学校だった。
「やだ、こっち来てる……!」
「うわぁぁぁぁん!」
怯える大人たち。泣き叫ぶ子供たち。
今から逃げても間に合わない。彼らにできるのは祈る事だけだった。今すぐに、怪獣から自分たちを助けてくれるヒーローの登場を。
「お兄ちゃん……!」
その中には、ソウタの妹であるマドカの姿もあった。目を閉じて、両手を合わせる。そして脳裏に浮かんだ兄の事を呟いたその時……。
「そこまでだ!」
突如現れ、横から怪獣を殴り飛ばす深緑の機体。そう、ファルガンである。
「行こう、ファルガンッ!」
そのファルガンのコクピットに座るのは、他でもないソウタだった。彼が戦う気になった時の為に、予め輸送機に搭載されていたのだ。
「あの機体は……?」
『援軍だ。昨日の事件の学生が乗っている』
「わかりました」
予定にない増援に困惑するファルソードのパイロット。だが御法川の言葉で状況を理解したのだった。
「ファルソードの人、加勢します!」
「よろしく頼む」
そして二機が並び立つと、ファルガンはファルソードに予備のブロードソードを手渡して銃を構えた。
「奴の茨の鞭には、無機物も溶かす猛毒が塗られている。直撃を受けたら装甲も意味を成さないだろう」
「触らないように気をつけろって事ですね」
「そういうことだ。行くぞ!」
「はい!」
第二ラウンドの開幕。敵の能力が判り、味方も二人になったところで再度ファルソードはウィズンへと勝負を挑む。
「セアァッ!」
「140mmのライフルカノンだ! 食らえッ!」
ファルガンのライフルでの援護を受け、接近し剣を振るうファルソード。
猛毒の鞭を受けないように細心の注意を払っているせいで踏み込めず、ダメージは小さいがそれでも確かに先程より攻撃が通っている事は確かだ。
「お兄……ちゃん……?」
怪獣ウィズンとヒロイックロボ二機の戦いの最中、小学校で眺めていたマドカは気付く。自分たちを助けてくれたファルガンに乗っているのが、自分のたった一人の家族である兄だということに。
「お願い、負けないで……!」
しかし気付いたところで彼女にはやはり祈る事しかできない。勝利の女神が、自分の兄に微笑んでくれることを。
「足止めにしかならないか……!」
照準を合わせ、引き金を引き続けるソウタ。だがライフルの弾丸ではウィズンに決定打は与えられず、注意を引く事で精一杯だった。
しかし学校を巻き込むかもしれないラスタービームを使うわけにはいかない。八方塞がりかと思われたその時だった。
「いや、それでいい!」
「あれは……!」
ファルソードが取り出したのは、小さな黄金のナイフのようなもの。これを使う隙こそが、逆転の鍵だったのだ。
「ラスターソード!」
短い刀身が開いて鍔のような形になり、ビームが放たれ長大な剣を形作る。
これこそがファルソードの必殺技の高出力ビームソード、ラスターソードである。
「ビームの刃は溶かせまい! せぇい!!」
『WYYYYY!?』
いくら鋼をも溶かす猛毒とはいえ、実体のないエネルギーの塊であるラスターソードは溶かせない。
振り下ろされたラスターソードは受け止めようとする鞭ごとウィズンの左腕を切り落とす。だが黙ってやられるウィズンではなく、残った右腕でカウンターを仕掛けようと振り上げる。
「させるか!」
だがすかさずファルガンの放ったグレネードがその一撃を阻んで怯ませる。ソウタの作り出したその隙は、ファルソードの必殺の一撃の為の力を蓄えるには充分過ぎる時間だった。
「ラスターソード……」
両肩の放熱フィンを中心に、陽炎で空間が歪む。その後、背中のバーニアに青白い光が灯り、爆発。ファルソードの500t近い巨体が一瞬にして空高く舞い上がった。
青空の下、太陽を背に高々と剣を振り上げて掲げる。そして……。
「エンダァァァ! スラァァァァッシュゥ!!」
『WYYYYYYYYYYYYY!?!?』
一閃。必殺の斬撃が振り下ろされ光の剣はウィズンを脳天から一刀両断した。
「罪深き者へも、手向けの花を」
そしてファルソードが背を向けた瞬間、ウィズンは跡形もなく爆散。炎の中へと消えていった。
結局怪獣騒ぎの後、辺りの学校は全て休校となった。学生たちは皆予想だにしない休みに歓喜し、休日を謳歌している。
一方でソウタとカズマの二人はそんなことはなく、早々にガーディアン関東支部の御法川の元へと訪れていた。
「それでは、今後も戦ってくれるということでいいのかな」
「はい。スーパーヒーローにはなれないかもしれませんが、それでも身近な人たちを守れるなら……」
ファルガンに乗って、ヒーローとして戦う。それがソウタの出した結論だった。やはりきっかけは、マドカを守る為に戦った事だろう。
「みんなの為、世界の為だなんて言う人間より、そういう好きなものや、身近なものを守る為に戦う人間の方が強いものだよ。だから自信を持つといい」
「はぁ……」
「手続きの準備はこちらでしておこう。今日はもう帰って構わないよ」
「はい。失礼します」
話を終えて、御法川の部屋を後にする二人。
こうして、ソウタとカズマは怪獣と戦うヒーローとしてガーディアンに身を置くことになったのだった。
「ソウタ、お前なぁ……。そんな勢いで受けていいのか?」
「一度戦ってしまったからかな。妹が危ないって思ったら、他人には任せておけなくなったんだ。もしも行かなかったらきっとどっちに転んでも後悔してたと思うよ」
「でもなぁ……」
ウィズンと戦った後、それを最後に断る事もできた。だがソウタは、それでも戦うことを選んだ。
戦う力があるなら、戦わずに後悔はしたくない。戦うことができるなら戦って、大切なものを自分の手で守りたい。それが彼の選んだ道だった。
何はともあれ答えは決まった。そして今日のところは帰ろうとしたその時、一人の女性が二人の前に現れた。
「君があのファルガンのパイロットかな」
「あなたは……?」
ソウタがファルガンのパイロットだったということを知っている様子の彼女。
薄い茶色のセミロングの髪が特徴の麗しい女性だが、当然二人には見覚えはなく誰だか分からないでいた。
「藤堂アリサ。先程君と一緒に戦ったファルソードのパイロットだ」
「こんな綺麗な人が……」
彼女の名は藤堂アリサ。ファルソードのパイロットで、軍人上がりではなく民間人からパイロットになった女性である。
「そう見えるかな?」
「ご、ごめんなさい!」
「構わないよ。そう言ってくれて嬉しい」
二人が見た第一印象ではもっと堅苦しい相手のようだった。しかし実際に話してみると意外と気さくで、話しやすいタイプだったようで二人とも肩の力を抜いて自己紹介をする。
「俺は結城ソウタです。よろしくお願いします」
「真宮カズマっす! あのファルガン、エース仕様ですよね! サインいいっすか!?」
「勿論だとも」
「なら是非この本にお願いします!」
「ヒロイックロボのファンブックか。わかった」
そしてカズマは自前のファンブックにサインを書いてもらうと、満足気にそれを鞄の中へとしまった。
何せ通常の白と緑の量産型ファルソードと比べて彼女の乗る青と白のファルソードは、ガーディアンの中でも指折りのエースにしか乗る事が許されないスペシャル機である。実体武器を溶かしてくるウィズンは相性が悪かっただけで、アリサは実際には一人でも負け知らずのガーディアン最強クラスのパイロットなのだ。
「あの……」
「何かな?」
「アリサさんは……どうしてヒロイックロボに?」
そんな今ではエースパイロットと呼ばれる彼女がどうしてヒロイックロボに乗ると決心したのか。自分の今後の為にも、ソウタはこれだけは聞いておきたかった。
「うちの両親が二人とも元自衛官でね。本当は花屋になりたかったんだけど、半分強制的にこの道を進むことになってしまったよ」
だがそのきっかけは大した意思もなく両親の敷いたレールに乗って、両親と同じ戦士の道を否応なく歩むことになったというだけだった。
「それじゃ戦う理由とかは……」
「始めは悩んだよ。なんで私は戦ってるんだろうって」
「なんで戦ってるか……」
ただ言われた通りにパイロットになって、生活の為に戦うだけ。その他の理由も見つからず、ただただ指示通りに作業的に怪獣を倒すだけの日々。彼女にとっての戦いとは、初めはそれだけのものだった。
「でも気付いたんだ。私が戦えばそれだけ、この星の美しい自然の中で生きる草花と、それを愛する人々を守ることができると。花とそれを愛する人の為に働くという点では花屋と同じなんじゃないかって」
しかしそんな中でも戦う理由を見出す事ができた。きっかけこそ語られなかったものの、叶わなかった花屋という夢とは別の形で大好きな草花の為に繋がる事に気付いたのだ。
「愛する草花を……そしてその草花を愛する事が出来る人間という生き物を守る為に戦う。それが私の戦う理由だ。柄でもないだろう?」
また草花を愛せる心を持つ生き物は人間ただひとつ。花屋にはなれなかったが今はガーディアンのヒーローとして、花とそれを愛する人々の為に彼女は戦っているのだ。
つまりは好きな物の為に戦う。それが彼女の持つ戦う理由である。
「素敵だと思います。そういうの」
「そう言ってくれると嬉しい。こんな今でもガーデニングが趣味なんだけど、女騎士のイメージがついて回ってしまってどうしても奇異の目で見られてしまうんだ」
確かに一見すると厳格な女騎士のようにも見えるアリサ。だが奇異の目で見られてしまうというガーデニング趣味からも話してみると気さくな性格からも、本当の彼女は普通の優しい女性である事が伺えた。
「また、水をやりにでも来てくれないか?その時はお茶でも出そう」
「いつか必ず行かせていただきます。ありがとうございました」
「こちらこそ、面白い話ができたよ」
そしてまたいつか再び会う約束を交わし、アリサはこの場から去っていった。
「なんつーか、かっけぇ……。そこらの男の百倍イケメンじゃねぇか……」
何もない中でかつての夢から戦う理由を見出し、綺麗事ではなく自分の好きな物の為に全てを守り戦う強さと優しさを兼ね備えた騎士。
その生き方は、到底他の誰にも真似できるものではないだろう。
「あれが……ヒーロー……」
いきなりハードルの高さを見せつけられたソウタ。敵わない相手の存在を思い知らされるが、同時に戦う明確な理由はこれから探していってもいいのだという事も知らされた。
そういった意味では安心もしていたのかもしれない。
「頑張れよ、ニューヒーロー! 俺も付き合うからさ!」
「ありがとう。心強いよ」
何はともあれ彼らはこうしてヒーローの道を歩み出した。きっと世界を救うようなスーパーヒーローにはなれないのだろう。
「まあな。あとはあの女か」
「無理強いはできないよ。それよりこれから頑張っていこう」
「ああ。そうだな」
だがそれでも目に見える範囲の身近な世界を守る事はできる。その為に彼らは、これからも戦っていくのだ。
同日、中東地域。
「まさかあれは……!」
とある非合法の武装組織の拠点で、見張りが双眼鏡を覗き何かを捉える。
軌道を描きながら低空を駆ける紅い流星。
その正体に気付いた瞬間、見張りの男は赤い光に呑まれて一瞬で蒸発しこの世から消滅した。
「敵襲だ!」
「迎え撃て! ガキ共を捨て駒にしてでも奴を落とせ!」
直後、敵襲を知らせる警報音が鳴り響き少年兵たちが配置につく中、地対空ミサイルが放たれる。
だが光はそれらを物ともせず突破し地上へと降り立った。
「どうしてヒロイックロボが……!」
その姿はここにあるはずのない存在、ヒロイックロボ。
夜の闇のような黒と、それを照らす月のような黄色の二色の機体は虫ほどの大きさにも見える生身の人間へと銃口を無慈悲に向ける。
「……ごめん」
鉄に囲まれたコクピットの中で、少女が囁く。
そこから先は、一方的な殺戮だった。
銃を向けてくる者も、逃げ出そうとする者にも容赦なく銃口を向け、放たれた光線は断末魔を上げる間もなく兵士たちを消滅させる。
そして連れてこられたであろう女子供や寄り添う男たちには傷一つつけず、まるで蟻でも潰すかのように大人の兵士だけを皆殺しにしていった。
「ひぃっ!?」
最後に残されたのは、ここまで敢えて生かされたであろう首領の男。
黒い機体は怯えるその男を拾い上げるとマニピュレーターで握りながら空へと突き上げる。
「た、助けてくれ! 望みはなんだ、金か?女か?」
「幸せな人……」
「や、やめ……」
そして命乞いをする男の姿に軽蔑の目を向けながら、少女はそれをぐしゃりと握り潰してしまった。
「ヒー……ロー……?」
「……来てくれたの……? 正義の味方が、やっと……」
平和を謳う正義に見放された少年少女たちは、希望に満ちたきらやかな目で見上げる。
手を血で紅く染めた、悪魔にも見える黒いヒロイックロボを。
しかし、その中に知るものは誰もいない。黒いヒロイックロボ、そしてそれを操る少女の内に秘められた闇の存在を……。
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