英雄電機ヒロイックロボ

スグリ

第一話 エピローグから始まる物語

 日本国首都、東京直上。


「はあぁぁっ!」

「うおぉぉぉ!」


 夜空の下。ある者は不安げに、ある者は希望に満ちた目で人々が見上げる空の片隅で、今二つの影が激突していた。


「貴様は何故、それほどの力を持ちながら人間如きの為に戦うのだ!」


 世界を己が手に収め、全てを恐怖で支配せんとする地獄の王、魔王。


「人々を……この蒼く美しい星を愛しているからだッ!」


 人類と地球を愛し、正義と平和の為に身を投げ出して戦う正義の味方ヒーロー


 善と悪。

 光と闇。

 全てにおいて対極に位置する二つの存在の最後の決戦が今、ここで繰り広げられていたのだ。


「愛だと!? そんなくだらぬ物の為に!」

「それをくだらないと呼ぶ貴様に勝機などない!」

「知ったような口を利く!」


 輝く光線。

 風を切る拳。

 人々が固唾を呑んで見守る中、激しくぶつかり合う両雄。

 人類の命運をかけた、人智を超えた互角の戦いに今決着がつこうとしていた。


「これで終わりだ、魔王ッ!」


 魔王が怯んだ一瞬の隙を突いて、必殺の構えを取るヒーロー。そして……


「アルティメットビィィィムッ!!」


 閃光が、空を埋め尽くした。








 魔王が倒れてから幾十年。


 戦いは終わってヒーローはこの星を去り、人々は再び安寧の時を迎えるかに見えた。


 だが、魔王が倒れたとてその遺産が消えたわけではない。

 かつての魔王軍が作り出した巨大兵器、ロボット怪獣が今度は人……犯罪組織によって製造、売買されて紛争、テロ、犯罪などに投入されていた。


 未だ消えない悪のロボット怪獣の脅威に対し、人々は防衛組織ガーディアンを結成。

 怪獣の圧倒的な力に対抗すべく、人の手で造られた新たなる巨大ロボットヒーロー、ヒロイックロボが開発された。


 こうして人々は、ガーディアンとヒロイックロボによって維持される表面上は平和な日々を送り続けていた。






 車のタイヤが地面を切りつける音。

 ゴミを漁りにやってきたカラスたちの群れの鳴き声。

 コンクリートとアスファルトで囲まれて、所々に緑が散りばめられた見るべき所もないありきたりな街並み。

 何一つ変わったところのない、平穏な街を歩く制服姿の高校生の少年が一人。


「そっちいくよー!」

「はーい! パスパース!」


 学校で部活に励む少女たち。


「くらえ! ラスターソード!」

「やったな! ならこっちはラスタービーム!」


 公園でヒーローごっこに興じる子供たち。


 それらを一瞥しながら少年は変わり映えのない帰路を歩き続ける。


「いらっしゃいませー」


 道中、コンビニに寄って100円のお茶を手に取りレジの店員に手渡す。


「あ、あと肉まん一つ」

「220円になります」


 そして小銭を出しレジ袋を受け取ると、店員に背を向けてコンビニを後にした。


「ありがとうございましたー」


 肉まんの包を開け、半分に割ると一気に湯気が立ち上がる。

 手に伝わる温かさを感じながら、少年は肉まんを頬張り小腹を満たすと紙の包みを捨ててボトルのお茶を飲みながら再び歩き出した。


「よう、ソウタ。帰りか?」


 そんな彼に、後ろから背丈の高い少年が駆け寄って話し掛けた。


「カズマか。うん、今から帰るところ」

「じゃあ一緒に帰ろうぜ。途中まで一緒だろ?」

「わかった」


 少年、ソウタはそうして友人のカズマと合流すると再び街の喧騒の中を歩き出す。

 そして駅前。定期券で改札を通り抜けると二人はベンチに腰掛け、カズマはスマートフォンを触り始めた。


「何調べてんの?」

「怪獣の出現情報。そういうまとめサイトがあるんだよ」


 彼が調べているのは災害のように報道されるこの世界の日常の中に潜む非日常、怪獣の情報。

 魔王が打ち倒された今尚、こうした脅威が人々を脅かしているのだ。


「好きだなぁ」

「だってさ、かっけぇだろ? ヒロイックロボ!」


 だがそれに対して立ち向かう者たちもまた存在している。それ故に、この世界は一応の平和は保たれているのだ。


『二番線に、到着の電車は……』

「来たよ」

「おっと」


 話しているうちに待っていた電車がやって来る。

二人はそれに乗り込むと、話の続きを始めた。


「でさ、話あんだけど……」

「ん? 何?」

「ヒロイックロボのショーのチケット、手に入ったから一緒に行かね?」


 カズマが手に入れたというのは、怪獣相手にヒーローとして立ち向かう者たちが宣伝の為に開くイベントのチケット。

 実際のところかなりの人気で、取ることはなかなか難しいのだがなんとか二枚確保する事ができたようである。


「ゲームでしかよく知らないからなぁ、俺」

「十分だって!ファルガンの実物が来るってよ」

「実物か……。悪くないかも」


 ソウタの知識はゲームセンターに置かれたゲームくらいのものだが、それでもヒーローとして活躍するロボットの本物が見られると知り行くことを決めた。


「じゃあ決まりな! 明日、新ヶ浜にいがはまの駅前東側で待ち合わせでいいか?」

「細かい場所は電話してくれ」

「ああ」


 こうして翌日、土曜日の予定が決まった。


『特急との連絡待ちです。暫くお待ちください』

「で、お前はどの機体が好きなんだ?」

「えーっと……」


 そして電車が止まっている間、彼らはまた別の話に花を咲かせる。

 いくつかの種類があるロボットのうちどれが好きかという他愛のない話題。


「やっぱソードかなぁ。よく使うし」

「ソードのエース機? それとも量産機? エースもいいけどやっぱソードのカラーリングは量産機だよな!」


 色合いの違いなど興味のない人間からすれば大したことの無いことに思えるが、好きならばそんな事でも盛り上がれるのだ。


『間もなく三番線の各駅停車が発車します。閉まるドアにご注意ください』


 そうこう話しているうちに、ようやく電車のドアが閉じて再び走り出す。


「ごめん、そこまでは語れない」

「おま、それでも男かよ!」

「そこまで言うか!」


 ちなみにソウタには色の違いまで語れるほどの知識はなかった。


『間もなく……』

「あ、次で降りるわ」

「それじゃまた」

「じゃあな」


 そして程なくして着いた駅で、カズマは一足先に電車から降りていった。


「明日か……」






 十数分後。


「はぁ……」


 家に着いたソウタはリビングに入るや否や鞄を床に放ったらかしにしてソファに座り込んだ。


「テレビでも付けるか」

『本日午前11時26分、愛知県名古屋市に怪獣が出現。ガーディアンが派遣したヒロイックロボ、ファルソードがこれを撃破しました』

「また怪獣か……」


 そして何気なくつけたテレビに映ったのは、爆発を背に佇む緑色の差し色と白のヒーロー然とした、しかしミリタリー色も抜けきれない姿の巨大ロボットだった。

 これこそが今尚続く怪獣の脅威に立ち向かう正義の巨大ロボット、ヒロイックロボである。


『軽傷者42名、重傷者8名の騒動となりましたが幸い犠牲者は出ておらず、負傷者も命に別状はなし。ガーディアンの迅速な対応に称賛の声が数多く出ています』

『怪我人は出たけどよくやったと思うよ?』

『かっこよかったー!』


 街で巨大怪獣が暴れ回って被害はたったの怪我人50人。

 怪獣が現れる事に人々がある程度免疫があり冷静に避難しているというのもあるが、それでもこの程度の被害に抑えられているのはヒロイックロボの活躍あってのものだろう。


「ヒロイックロボ……」


 これまでは何気なくニュースで見て、時々ゲームセンターで遊んでいた程度のヒロイックロボだった。

 実物を見に行くというのが明日に控えていると思うと、ソウタもこうしたニュースに興味を抱かずにはいられなかった。


「お兄ちゃん!」

「どうしたんだ、マドカ」


 そんな彼に、後ろからかけられる快活な少女の声。

 振り向くとそこには、ツーサイドアップの茶髪の可愛らしい少女が。

 彼女はマドカ。両親が海外出張の中始めた家事を半ば趣味としている、ソウタの小学生の妹である。


「お買い物行ってくるからお米洗っておいてね!よろしくー!」

「わかったよ。行ってらっしゃい」


 時間は夕方。目当てはタイムセールだろう。

 友達と遊ぶのは土日で、平日はスーパーのタイムセールに行くのが楽しみだという少し変わった妹を見送ると、ソウタは立ち上がって炊飯釜を取り出した。


「今日はハンバーグだったな。4合でいいか」


 そして米を洗って炊飯器に入れて炊飯ボタンを押すと、またソファに座ってテレビに目を向けた。


『怪獣被害の続報です。建物17件が半壊もしくは全壊し、被害総額は……』


 先程の怪獣事件の続報がニュースで流れる。人的被害はともかく、物的被害はやはり大きいようだ。

チャンネルを切り替えてみる。


『やっば、これめっちゃ美味いやん』


 関西弁で食レポをする芸人が映る。グルメバラエティ番組だろうか。

 チャンネルを切り替える。


『明日の天気です。東京は晴れのち曇』


 天気予報。悪くはない天気だ。

 切り替える。


『きらりーん! 魔法少女プリティみるるん参上!』


 子供向けの魔法少女アニメの再放送。変身中に裸になる演出は今の夕方作品にはなかなか見られないだろう。

 切り替える。


『世間を騒がせたテロ組織の一つ、IESが本日未明壊滅したとの情報が入りました。現地では未確認の……』


 海外でテロ組織がひとつ壊滅などという物騒なニュース。

 結局見たい番組は見つからず、チャンネルを怪獣の報道に戻した。


『本日は怪獣専門家の司馬ジロウさんにお越し頂きました』

『よろしくお願いします』


 どうやら丁度怪獣専門のコメンテーターが出てきたところのようだ。一見するとただの中年男性にしか見えない。


『そもそも怪獣とは昔のような生物ではなく純粋に機械で造られた兵器であって、認識としては災害ではなくテロが正しいかと……』


 そんな彼が解説する怪獣。

 実はそれは魔王がいた頃とは異なり全て機械、即ちロボットであり何者かによって人為的に放たれているのだという。

 その為、正式には今世間を騒がせている怪獣はロボット怪獣と呼ぶのだが怪獣でも通じてしまう為あまり普及はしていないのだ。


「お兄ちゃんただいまー」

「あぁ。おかえり」


 二十分ほどすると買い物を終えたところのマドカが帰ってきた。

 両手には袋いっぱいの野菜や肉類、調味料など。小学生の少女にはやや重い荷物だが、それでもご満悦の様子である。


「持っていくよ」

「ありがとっ!」


 そして二人で協力して荷物をキッチンに運ぶと、マドカはついたままのテレビに目を向ける。


「怪獣のニュース? 名古屋だっけ。怖いねー」

「できれば会いたくはないね」


 そんな会話を交わす二人。

 怪獣騒ぎなどテレビの中の出来事で、彼らの周りは至って平和だった。


 少なくとも、今日この日までは。






 同日、午後2時40分。

 ガーディアン関東・東北支部、大会議室。


「それではこれより、ガーディアンの定例会議を始める」


 ヒロイックロボを運用し、怪獣の脅威に立ち向かうこの防衛組織の首脳陣が一堂に会する会議が、ここで開かれる。


「まずは予算確保の案ですが、ヒロイックロボのファルガン三機、ファルソード二機を米国に売却する事で、予算は昨年度の1.3倍を確保できる計算になります。如何でしょう」

「それは素晴らしいですな」

「無論賛成です」

「ここで前例を作れば後々の各国への輸出もスムーズになる」

「次はヒロイックロボの紛争地帯派遣について……」


 しかし議題に出されるのは怪獣対策でも災害の被災地支援などでもなく、資金の為に戦争用の兵器としてヒロイックロボを軍隊に売るなどというものや、影響力の強い国々の政府に忖度したヒロイックロボの戦争への派遣など。


 いずれも数十年前の勇者に代わる新たなるヒーローという存在意義からは遠くかけ離れている事は言うまでもないだろう。


 幹部たちは予め示し合わせたかのように賛同し、スムーズに話を進めていくがそんな有様に見かねた一人がここで立ち上がった。


「あなたたちはガーディアンを、ヒロイックロボを何だと心得ているんだ! ヒロイックロボは断じて人と戦う軍用兵器ではないッ!!」


 そのように説く彼の名は御法川みのりかわケンジ。

 30代の若手にして関東支部の司令官であり、日本のガーディアン全体の総司令官でもある男だ。


「理想論は聞き飽きましたぞ、総司令官殿」

「そもそも怪獣とて人の作った機械では?」

「ですな。はははは」


 しかしそんな彼の言葉を幹部たちは嘲笑するばかりで、耳を貸そうともしない。


 人々の平穏を脅かす怪獣に立ち向かう正義の味方であるべきにもかかわらず、今やただの軍事組織になり下がろうとしている。

 これが、今のガーディアンが直面している現実である。


(やはり今こそ必要だ、救世主が……本物のヒーローが!)


 そして御法川は唇を噛み締めながら心の中で待ち望む。


 組織のあり方などに囚われない、真のヒーローの誕生を。






 翌日、午前10時。

 新ヶ浜駅前東口ロータリー。


「お待たせ」

「こっちもデイリークエ終わったとこだ。それじゃ行くか」


 時間通りにやってきたソウタは、先に来てベンチでスマホゲームをしていたカズマと合流して目的地へと向かい始める。


「ここからどれくらいだっけ」

「5分くらいだな」


 この新ヶ浜は埠頭が近く海に面した場所で、海側である東側には広大な広場や小規模ながら水族館も入った巨大なショッピングモールがあり常に賑わっている地域である。

 目的であるショーは、その広場で行われる事になっているのだ。


「ほら、あれだ」

「あれが……ファルガン……」


 広場にあって離れていてもよく見えるのが、深緑の巨大ロボット、ファルガン。HR-X01の型式番号の通り、一番初めに造られたヒロイックロボである。

 旧来の軍事技術の影響を特に色濃く受けているこの機体は外観こそ非常にミリタリー感が溢れているが、それでも日々怪獣から人々を守り続けている立派なヒーローなのだ。


「思ったより興味津々なんだな」

「流石に巨大ロボを実物で見ると圧巻だからさ」


 遠くからでもよく見える25m近くの巨体というだけあって膝立ちの姿勢とはいえその迫力は凄まじく、これを見に来た彼ら以外にショッピングに来た道行く人の目も必然的に惹き付けていた。


「すげぇよな、アレ。あんなのが三十年前に作られて、まだ現役なんだぜ」


 このファルガンが完成してから、今はなんと三十年。

 当然今では新型のヒロイックロボも作られて性能面では遅れを取ってこそいるが、ファルガンはそれでも尚使われ続ける高いポテンシャルを秘めた傑作機だ。


「ママ、早く早く!」

「子供、多いな」

「まあヒーローだからな」


 目的地である広場に着くと、そこには老若男女問わず溢れんばかりの人、人、人。

 その中でも特に親子連れが多く、中には知り合いの子供を預かっているのか一家族にしては大勢の子供を連れた親も見受けられた。


「席、この辺でいいか」


 前列席は子供連れ専用になっている為、二人は中間あたりの席を取って座ることにした。


「それにしても凄い人だなぁ……」

「アニメや特撮じゃなくてモノホンのヒーローだし、こんなもんだろ」


 今でもアニメや特撮のヒーローは存在して人気も高いが、それでもショーとなるとやはり本物の迫力には及ばない。

 実物の巨大ロボットと触れ合えるこうしたイベントは、ガーディアンの宣伝であると同時に人々にとっても大きな娯楽となっているのだ。


「みなさーん! おはようございまーす!」

「「おはようございまーす!!」」


 そしてショーが始まった。

 ガーディアンの青い制服を来た女性の挨拶に、子供たちが一斉に返事をし、始まりの合図となる。


「本日はガーディアン主催、ヒロイックロボ公開イベントにお越しいただきありがとうございます! 本日は私たちの持つ正義のマシン、ヒロイックロボを皆様にその手その目で触れていただきたいと思います! 早速ファルガン、起動お願いします!」


 女性が始まりの句を述べ、そして指示を出す。


 直後、膝立ちの姿勢のファルガンの瞳が、全身のライトが一斉に輝き出し、ゆっくりと立ち上がった。


『起動完了! これが人類初のヒロイックロボ、HR-X01ファルガンだッ!』


 そうして大地に立ったファルガンは、口上を告げながらファイティングポーズを取ってその巨体を観客の目に焼き付ける。


「おおー!でけぇ!」

「アレどうやって立ってんだ?」


 皆ニュースなどでは見た事があるものの、実物の巨大ロボットが目の前で立ち上がったとなると流石に感動を隠せず、驚く者からどうなっているのか疑問に思う者まで反応は人それぞれだが凄まじいインパクトを与えられたのは確かだった。


「まずはこのファルガンの手に乗ってみたいお友達はいるかなー?」

「はいはーい!」

「乗ってみたーい!」


 そして始まったのは、子供たちを掌に乗せる体験会。

 子供たちはこぞって我先にと手を挙げ名乗り出る。


「じゃあ一人ずつ行ってみようか! 最初の子はスタッフのお兄さんに命綱を付けてもらってから手の上に乗ってねっ!」

「はーい!」


 まず一人目の子供が命綱をつけてもらうと、スタッフに抱き上げられてしゃがんだファルガンの掌の上に上がる。


『行くぞ少年!』

「うわあ、すげぇ……!」


 そしてファルガンはその子供を持ち上げると再び立ち上がり、子供を胸の高さまで持ち上げてみせた。


 それから十数分。

殆どの子供たちが既に乗せてもらって、ショーが次の段階に進もうとしていたその時だった。


「おい、なんだアレ」

「ん?どうした?」


 人々が一斉にざわめき出し、皆同じ方向に目を向ける。

 ソウタとカズマもつられて目をやると、そこには見慣れない物体がいつの間にか現れていた。


『KAMAGIRAAAAAA!!』


 緑色をベースにした毒々しいカラーリング。

 両手に取り付けられた鉈のようなブレードにカマキリのような姿。

 その姿はまさに悪役と形容するのが相応しく、とてもヒーローには見えなかった。


「え、何? 怪獣?」

「ショーの演出かしら」

「戦闘の実演までやってくれんのかよ、すげぇな」


 しかし人々は未だ落ち着いていた。

 何故なら皆この時は思い込んでいたのだ。

 現れたのがショーの演出用の怪獣だと。この瞬間までは……。


「きゃあぁぁぁぁぁ!」


 突然怪獣の目から光線が放たれる。

 怪光線は演出などではなく本物の街を焼き、大爆発を引き起こした。


 それと同時にあちこちのサイレンが鳴り出し、怪獣の出現を告げる。


「怪獣警報!? じゃあ、あいつマジモンかよ!」

「そんなっ!?」


 この瞬間、当たり前の日常は一転して非日常と化した。


『GIRAAAAAAA!!』


 斬撃ロボット怪獣カマギラー。

 全高25m、重量700t。

 目から怪光線を放ち、警戒な動きと両手のブレードで襲い掛かる、パワーとスピードを兼ね備えた怪獣である。


「イベントは中止です! 皆さん、落ち着いて係員の指示に従って指定の場所に避難してください!」


 突然の怪獣の出現でイベントは中止。

 広報担当で、戦闘訓練を受けていないパイロットもファルガンから降りて誘導に加わり、観客やショッピング客の一斉避難が始まった。


「なんでこんなことに……」

「ほら、お前も逃げるぞ!」

「あ、ああ」


 先に避難した人々に続いてソウタとカズマも席から立ち上がり、避難し始める。


「あいつ、こっちに向かってないかな」

「おいおい冗談だろ!?」


 だが怪獣は海を目指しているのか、広場側へと向かってきている。

 このままではいずれ追いつかれてしまうだろう。


「避難場所は?」

「港の地下! 怪獣がタンカーを襲った時の為に作られた防爆シェルターだ!」

「よし、それならきっと……」


 それでも決して遠くはない。目的地の防爆シェルターまで逃げ切れば助かる見込みは大きく上がるだろう。そんな希望を持ったその時だった。


『KAMAGIRAAAAA!』

「うわぁっ!?」


 カマギラーの放つ怪光線が彼らの遥か先を突き刺し、爆発を巻き起こす。


「クソっ……!」

「こんなところまで!」

「怖いよママ!」


 怪獣の攻撃に怯える人々。既に怪獣の攻撃の届く場所にいるという恐怖から立ち止まる人も少なくない中、ソウタとカズマは爆発した場所を思い起こす。


「カズマ、あの先って避難してる人たちの最前列が……」


 そう、今の攻撃で爆発したのはシェルターへ向かう進路上。当然そこには大勢の人がいてもおかしくない。


「いや、それならもっと騒ぎになってるはずだ」

「よかった……」


 だが犠牲者が大勢出たにしては、まだ騒ぎは落ち着いている。もし死者が出たのならば、今よりもさらにパニックになっていてもおかしくないだろう。

 そうした事からひとまず安心する二人。しかし……。


「避難が止まった……。まさか!?」


 ここまでは順調に避難が進んでいた人の流れが、突然ピタリと止まってしまう。


「今の攻撃で道が塞がれてしまいました! 申し訳ありませんが避難場所を変更します!」

「嘘だろ!?」


 攻撃されたのは恐らく何かの建物だったのだろうか。この先の道が先の攻撃の影響で、瓦礫で塞がってしまったらしい。これでは避難場所のシェルターに行く事はできない。


「このあたりの他の避難場所って……」

「アレの地下しかねぇよな……」


 残された避難場所は、ショッピングモールの地下三階駐車場。


『KAMAGIRAAAAA!』


 一応はシェルターとしての機能も持たされているが、その肝心のショッピングモールは今カマギラーに襲われ破壊されている真っ只中。とてもその地下に避難しようと思える状態ではなかった。


「お母さん、ファルガンは? ファルガンなら勝てるよね?」

「あのファルガンはお祭り用だから……」


 絶望的な状況下で、少年たちは思い起こす。つい先程まで、夢を見せてくれた巨大な深緑のヒーローを。

 その機体は戦闘用ではなく、パイロットもイベントスタッフでしかなかった為戦える態勢ではなかったのだが、そんな事など子供たちにとっては知る由もない。


「カズマ。確かあのファルガン、動くよね」


 逃げゆく道の中、ソウタは立ち止まって後ろを振り返る。

 その視線の先にあるのは、置き去りにされたファルガンだった。


「まさかお前……!」

「アレで他のヒロイックロボが来るまで時間を稼げないかな」

「バカかお前、あんなのどうにかなるわけねーよ!」

「大丈夫、逃げるだけだよ」


 ストレス発散にゲームで多少操作したことがあるだけの素人がいきなり怪獣を相手にするなど無茶なのだろう。

 だがカズマも分かっていたのだ。このまま逃げていても、確実に助かるとは言えない状況だということが。


「あーもう、この状況じゃしゃーねーか! 戻るぞ!」

「ごめん、付き合わせて」

「後でなんか奢れよ!」


 結局二人は人の流れに逆らい、来た道を引き返すことに。

 速く、もっと速くと走る二人の前に見えたのは、倒れた自転車とその近くで蹲るミニスカートを履いたギャル風の少女だった。


「痛っ……怪獣とかマジねーわ……」

「女の子!?」


 恐らく慌てて避難しようとして転んでしまったのだろう。足を怪我したのか、歩けないでいるようだった。


「こっちは任せろ! お前はファルガンに!」

「分かった!」


 彼女の事はカズマに任せ、ソウタは一直線にファルガンの元へと向かう。


「ファルガン……動かせるか……?」


 そしてその前に立つと、昇降用のワイヤーでコクピットへと上がっていった。


「操作はゲーセンと同じか。逃げるだけなら、やってみせる!」


 乗り込んだコクピットのレイアウトはゲームセンターの筐体と同じ。恐らく一般市民から搭乗者が出る事を想定されていたのだろう。

 実際の意図はわからないが、今のソウタにとっては好都合だった。


「動け、ファルガンッ!」

『ファルガン、通常モードから戦闘モードに移行します』


 シートに座り、切り替えレバーを倒した。


『セーフティシャッター作動、モニター展開。エネルギーライン全回路接続。火器管制システムの安全装置を解除。データリンク開始』


 コクピットが閉じ、その裏の何重ものシャッターも閉じて上から目の前にメインモニターが降りてくる。

 同時にサブモニターも一斉に点灯し、機体の状況が映し出された。


『電圧正常。油圧正常。イジェクションシート、パラシュート共に正常。スーパーイオンバッテリー出力、80%で安定』


 肩の上の操縦桿を握り、呼吸を整える。

 目を閉じて深呼吸し、緊張で早まる鼓動を抑える。


 そして力を込め一気に操縦桿を手元に引き下ろすと同時に、ファルガンの赤い目が輝いた。


『ウェルカムヒーロー。ファルガン、戦闘モードで起動しました』


 深緑の機体は力を込め、ゆっくりと立ち上がり敵を見据える。

 敵はカマキリのような怪獣カマギラー。

 戦いの火蓋は、切って落とされた。


「お前の相手はこっちだぁぁぁぁ!」


 道端の街灯を一本引き抜き、投げつけるファルガン。

 カマギラーに命中する。ダメージはない。

 だがその一撃でカマギラーはファルガンを認識、注意はそちらへと向いた。

 これこそがソウタの狙いである。


「よし、来た!」


 怪光線を放ちながら迫るカマギラー。

 ソウタはそれを一発一発慎重に避けながら、距離を取りつつ避難民とは逆方向に向かい注意をひきつける。


『やめろ、降りるんだ! イベント用のファルガンでは無理だ!』


 戦っている筈のないファルガンが動いている事に気付いたのか、通信機から男の声が響いた。

 何せこの機体はイベント用に持って来ていたもの。性能こそ同じとはいえ、バーニアの推進剤が安全の為に抜かれている上に丸腰というハンデを背負った状態である。


「ガーディアンの人ですよね。そちらの機体が到着するまで俺が時間を稼ぎます」

『誰だ、乗っているのは!』

「後で話します!」


 そうは言うものの、確実に時間を稼げる自信はない。

 だが上手くいけば、被害は最小限に抑えられる。それで救える命も計り知れないだろう。


『KAMAGIRAGIRAAAAA!』

「来た……!」


 咆哮を上げ、カマギラーが一歩、また一歩と迫る。


『名古屋の事後処理のせいで機体を送るのは時間がかかるが、武器だけでも出来る限り早くそちらに送る。すまないが、多くの市民の命……しばし君に託そう』

「ミスっても責任取れませんからね!」


 バーニアも武器も使えない。勝とうと思えば勝ち目のないような状況下で、ファルガンは人々の命を守る為に今駆け出す。






 一方その頃、カズマと少女は……


「サンキュ」


 カズマの肩を借りてなんとか立ち上がる少女。

 転んだ時に強く打ったのか、彼女の右膝は青い痣が出来てしまっていた。


「これくらいなんて事ねーよ。それよりあのチャリ、お前のか?」

「そうだけど……」

「後ろに乗れ。足怪我してんだろ」


 そしてカズマは少女の自転車に乗り、彼女を後ろに乗せて走り出した。


「いやー、悪いね」

「こっちもチャリあると助かるしおあいこだよ」


 もう殆どの人は避難を終えて、道に人は少ない。自転車で突っ走るには充分で、これならば素早く避難できるだろう。


 潮風を受けて走る中、少女は意識を今ファルガンと戦っているカマギラーへと向ける。


「それにしても何あのカマキリ怪獣、ダッサ」

「言ってる場合かよ!」

「いやいや、だってさ? 見てよあの手。刃物の付け根。絶対アレ、横から殴ったらポキッと逝くっしょ。あれ作った奴絶対アホじゃん」


 とはいえ考えていたのは、見た目へのツッコミ。


「おいお前、今なんつった」


 だがその発言は、この状況からの逆転のきっかけとなる。


「あの付け根、絶対横からポキッと逝くって……」

「ナイス!」


 すぐさまカズマは少女のアドバイスを受けて携帯電話を取り出しソウタへとかける。

 これが、カズマと少女にとっての始まりだった。







『KAMAGIRAAAAAAA!!』

「くそっ、距離を取らないと……!」

 ビュンビュンと繰り返しブレードを振るカマギラー。

 一発振り下ろされる度に空気が裂け、ビルが割れる。

 まともに喰らえば一巻の終わり。ソウタは落ち着いて距離を取りながら一発一発を確実に躱していく。


 そんな中、突然ポケットの中の電話が鳴り出した。

 咄嗟にソウタはカマギラーから一旦離れて携帯電話を肩に挟み込みながら操縦桿を握る。


『聞こえるかソウタ!』

「今は電話出来る状況じゃないんだ!」


 電話の主はカズマ。相手にしていられないと切ろうとするが、彼の口から告げられたのは勝利の鍵となる重要な事だった。


『そいつの弱点、多分両手の刀の側面だ! 横からキツイ一発ぶち込めば折れるんじゃないか!?』

「そうか!」


そう言われてソウタはカマギラーの両手の刃の根元を注視する。するとそこは、一つの球体関節で刃を保持しているだけの脆弱そうな構造をしていた。


 この瞬間から彼の頭の中にはある可能性か浮かび上がる。

 時間稼ぎだけではない。

 “勝てる”という可能性が。


 逃げるのをやめ、一気にカマギラーの懐に潜り込むファルガン。


「はぁっ!!」


 そして掴みかかると拳を握り、思い切り刃の側面を殴りつけた。


『KAMA!?』

「折れた!」


 分解する左腕のブレード基部。

 カマギラーが咆哮を上げて仰け反る。

 その隙にファルガンは落ちたブレードを拾い上げ、剣のように構えた。


「これで武器も一対一だ!」


 これで条件はほぼ対等。あとは戦って倒すのみだ。


「せい! やぁぁっ!!」


 振り回される両者の刃が、ガキンガキンと音を立ててぶつかり合う。

 拮抗する両者の力。だが先に勝機が訪れたのはソウタの方だった。


『ファルガン! これより30秒後に送信した座標に必殺武器を投下する! 使ってくれ!』

「了解!」


 報せと同時に一気に肉薄し、刃を右胸に突き刺す。

 刺さった刃が邪魔で振りおろせないカマギラーに再び掴みかかり、背負い投げを叩き込む。

 直後、空から投下された巨大なバズーカ砲が姿を見せた。


「こいつでとどめだ!」


 すぐさまバズーカを受け止め、構えるファルガン。

 ソウタはコクピットのスコープを展開させ、照準マーカーの中心にカマギラーの姿を捉えた。


「ラスタァァァァ! ビィィィィィィムッ!!!!」


 引き金を引いた。

 視界を覆い尽くさんばかりの光が放たれ、機体が反動で押し戻される。

 そして放たれたビームはカマギラーの姿を包み込み……


『KAMAGIRAAAAAA!?!?』


 光が止んだ途端、絶叫と共にカマギラーは跡形もなく爆散した。


「勝った……。勝ったんだ……!」


 爆炎に背を向け、佇むファルガン。


 これは、ヒーローが去った先の未来に現れたもう一人のヒーローの物語。その始まりである……。

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