第四話 黄昏の炎
夕暮れ、赤い大地をさらに朱で染めるように、巨大な火柱が立ち上っていた。
風下でなくてよかった。そうでなくとも肉が焼ける臭いが辺りに満ちている。もう肉なんか一生食えないだろうな、とミルスは思う。
サレグとの連絡が途切れ、それが失敗したとわかった。連中を見張っていたテラリスからの連絡で、半壊した敵のビルド・ワーカーが運び込まれたというのを知った。
ずっと同胞団の中継基地の動向を伺っていたテラリスの部隊が、万が一に備えて強襲するためのアンダー・コマンドを残していたのだ。確かに百二十人からなる部隊がリスタルに向かえば、戦局は変わるかも知れない。
だが基地は動かなかった。高みの見物か、結果を見越してリスタルの仲間を見捨てたのか。
だから戦争終結の一報が入った時、ミルスは動いた。テラリスを説得し、基地を襲撃したのだ。アンダー・コマンドは荒くれ者ばかりだった。妙に殺気だっていて戦いたくて仕方ない様子だった。リスタル進攻に加われなかったことが悔しかったのだろう。
ミルスの提案はあっさりと受け入れられた。基地は容赦なく攻撃され、そこにいた同胞団はひとり残らず死んだ。終結宣言など意味がない。目の前に敵がいるのだから。
谷の入り口の崖の上まで登ってきたミルスは、そこで膝を抱えて佇む小さな影を見つけた。
セリアはずっとそうしていた。
「終わった。みんな燃えている。なけなしの液体燃料を全部使ったから、骨の欠片すら残らんさ」
しかし少女は黙ったまま、じっと遠くに燃え上がる炎を眺めていた。
「お前のお手柄だ、セリア。本当にスマート・タレットを扱っちまうんだからな。セリアがあのビルド・ワーカーを真っ先に潰してくれたから、こっちの被害は少なくてすんだ」
それでも彼女は表情を変えない。
「サレグはダメだったか……」
ミルスは彼女の横に座って、その頭に手を添えた。
「でもこれでみんなの仇をとったぞ。どうだ、気分は」
ようやくセリアはゆっくりとミルスを見て、しかし何を言うでもなく膝に顔を埋めた。
嬉しくはないか、そうだろうな。これで「やった!」ってはしゃげる娘ならどんなに楽だったろうか……。
こうなることは分かっていたと思う。まだ若い娘が復讐などに囚われてはいけない。ミルスはセリアにそんな業を背負わせてしまったことを後悔していた。
俺はまだいい。妻と娘の仇、村の仲間の仇だ。戦争終結の一報が入ったときも、奴らの油断している隙を突けるとしか思わなかった。奴らの罪は深い、しかし同じ罪を被るのは俺たちだけで良かったのに。
泣いているのか、小刻みに震える小さな背中を撫でながら、ミルスはせめてこれから彼女が立ち直り、平穏な生活を営んでほしいと願った。幸い、全て灰になった。言い訳はいくらでもつくし、罪なら自分たちだけで背負おう。しかしセリアの心の傷までは……。
「明日、テラリスに合流するから、もし何か食べられるなら口に入れて、ゆっくり休んでおけ、いいか?」
小さな声で、うん、というのが聞こえた。ミルスにはそれで十分だった。
夕闇が深くなってきても、激しく燃え盛る炎がそれを見守る者たちを濃厚に照らし出す。彼らが背負ったものを炙り出すように。
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