第三章 機攻少女隊《フルメタル・ガールズ》
第一話 難民キャンプ
ルシルたちはさらに南へと進んでいた。ウォール・バンガーの後ろを五十メートルくらい遅れて人々の歩みがあった。
アンダー・コマンドに襲われていた人たちである。その姿は様々で、ボロボロの
彼らを先導するかのように走ってはいるが、人々はルシルたちを受け入れたわけではなく、ただ命を救ってもらった恩と、これ以上の厄介事に巻き込まれたくないという思いから、どうにも煮え切らない態度だった。
ルシルはそんな人たちを残していっていいものかどうか分からず、速度を落として距離をとりながら進んでいたのである。
しかし有体に言えば、ルシルにとっては生き残った人々などどうでも良かった。
肝心のリコットは押し黙ったまま、でもルシルの側を離れるでもなく、横で膝を抱えていた。その視線はぼんやりとしていて、見方によっては深い悩みの中に沈んでいるかのような雰囲気があって、声をかけられずにいた。
ルシルも同様で、ウォール・バンガーを運転している間、ずっと勢いのままアンダー・コマンドを四人も殺してしまったことを後悔していた。
平時ならもちろん殺人は重罪だ。これから罪を問われる可能性だって否定はできない。戦争といってもルシルは兵士ではないし、どんな理由があれ人殺しを正当化は出来ない。
アンダー・コマンドの遺体は集められ、丁寧に埋められた。墓標代わりに大きな石をそれぞれひとつ、その下に帽子と
遺体を埋めたのは意外にも襲われていた人々だった。遺体に怒りの矛先を向けるわけでもなく黙々と作業をする彼らをモニター越しに眺めながら、ルシルはただただ絶望感に囚われていた。
泥沼に落ちて溺れているような息苦しさと焦燥が胸を締めつける。口には常に不明な苦みがあって、ずっと顔をしかめていた。
切り傷が縞模様を作る腕がジクジクと痛みだし、それを押さえるように胸を抱く。
頭の中で、人殺し、人殺し、と繰り返し声が響く。自分自身の声だ。かつて自分を卑しい存在に貶めた、懐かしく忌まわしい声。
せめてリコットと話が出来れば……話がしたい……。
しかしその願いはむなしく、無言が支配する運転席の中で、ルシルはウォール・バンガーを進ませていた。
二キロほど走ると、不思議な光景が待っていた。
赤や青、緑色のコンテナが城壁のように取り囲み、その中に大勢の人間が集まっているようだった。
コンテナの狭い隙間が入り口らしく、そこでは薄い青色のジャンパーでお揃いの数人が、門番のように立って人々を中に招き入れていた。
コンテナの向こうに高いポールが何本も立ち並んでいるのが見え、その上では丸に赤い十字のマーク入りの旗がはためいている。そのマークは壁を作るコンテナにも幾つも記されていた。
「あれは……何でしょうか?」
ようやくリコットが立ち上がって、モニターを覗き込みながら言った。
ルシルは少し安心して、ただその光景に不可解なものを感じながら、さあ、何かしら、とだけ応えた。
その入り口らしきところで、二十代後半くらいの女性に止められた。ウォール・バンガーの目の前で両手を振っていて、仕方なくルシルはリコットと共に搭乗口を開いて姿を晒した。
女性はルシルたちを見て、まあ、と大げさに驚く。彼女はジーンズに薄い青色のジャンパーを着ていて、よく見るとその胸には丸に赤い十字のマークがあった。帽子も青色で、同じマークがある。
「これ、あなたたちだけで乗ってきたの?」
「え、ええ、そうだけど、ここは何?」
しかし女性はそれには答えずに少し考え込んだが、直ぐに笑顔になった。
「私たちはユニバーサル《U》・ライフ《L》・ガーディアンズ《G》よ。ここは難民キャンプ、あなたたちを歓迎するわ。でも……
最後は独り言のように小声になった。それよりも難民キャンプという言葉を聞いてルシルはリコットと顔を見合わせた。
「な、難民キャンプ、なんですか?」
「そうよ? あなたたちも難民なんでしょ? どう見てもテラリスの兵士ではなさそうだし」
「難民……私たちって難民だったんですか?」
「そう、みたいね……」
ルシルたちからはため息しか出て来なかった。
「まさか難民になっていたなんてね」
「そうですね、戦争で逃げ出すことになって……でも難民って言うとちょっと重い感じがしますね」
二人は難民キャンプの横に回り、コンテナが野積みされている広場の一角にウォール・バンガーを運んでいた。目立つところに置くことを渋られたのだ。
その後、直ぐにスタッフ・エリアと呼ばれるプレハブを繋げたような建物の中に向かった。身体検査と持ち物検査を行うためだ。特に武器に関しては厳しかった。リコットは整備に使う工具まで用途を根掘り葉掘り質問され、最後は二人とも衝立で区切っただけのシャワーがずらっと並ぶコンテナで裸になって検査を受けた。ULGの女性スタッフが一人ついてペーパー・モバイルにチェックを入れていく。
「お疲れさま、もう大丈夫よ。ここではあなたたちの身の安全を保障するわ。食事も提供出来るし、日用品や非常食の支給も受けられる。安心して過ごしてね」
女性スタッフの笑顔が、ルシルには少し重かった。リコットとふと目があって、お互いに深いため息をつく。
スタッフ・エリアの向こうにはテント村が広がっていた。文字通り、ULGから支給された三角のテントが立ち並ぶところで、難民のほとんどがそこにいた。テントは四、五人くらいが寝られるくらいの大きさがあって、それがひとつの街を形づくっているかのような光景は圧巻だった。
だがルシルたちはそこには向かわず、ウォール・バンガーで時間を過ごしていた。
「ULGって聞いたことがあるわ。紛争地なんかで人道支援をやってる有名な団体よね……。まさかこんな辺境の開拓惑星まで
運転席で何をするでもなく独り言ちたルシルは、どうにも居心地の悪さに肩身が狭かった。
難民キャンプ、ウォール・バンガー、リリコット……。モヤモヤしたものがルシルの胸の上にずっしりののしかかる。
ルシルは運転席を出て、車体の上に座って涼やかな風にさらされながら、コンテナの向こうに広がるテント村を眺めていた。
やや高い視点で眺めるとそこはまるで針の山だった。その中にところどころ大きなタープ・テントが連なり、難民たちに食事が提供されていたり、怪我人の治療、散髪などが行われていた。
遠巻きにそれを眺めながら、しかしどうにもそこに加わりにくかった。難民と言われたことがショックだったのだ。
リコットは前に伸ばしたウォール・バンガーの腕の装甲を外して、中のシリンダーにグリスを塗っていた。その前までしていたセンサーの電圧を計測する四角いラジオのような機器が腰に吊られていて、まるで専属の整備士のようだった。
ルシルは働くリコットを横に感じながら、何を考えるでもなかった。太陽は頭上に高く昇っていて、それでなのかキャンプの中は随分と賑わしくなっていた。
作業の終わったリコットが、ルシルの横に座る。拳ひとつ分の隙間がルシルに大きな距離感を感じさせた。
その表情を盗み見ると、視線を下に向けて足を前に投げ出し、しかし何かを我慢するかのように口を一文字に結んでいた。
風の音だけが二人の間をすり抜けていく。ルシルは微動だに出来なかった。彼女の肩を抱くことも声をかけることも。
そのまま長く時間が流れて、いや、それはルシルがそう思ったことであったが、不意にリコットが、ねえ、と声をかけてきた。
「さっきは……ごめんなさい」
リコットには似合わない重く沈んだ声。それを聞くとルシルは惨めな気持ちになった。
「ごめんって、何?」
唇を噛みながら、精一杯、虚勢を張る。
「あの、わたし、ルシルを責めるつもりなんてないの。ただ怖くて……。あの時、ルシルが……その……あの男たちと同じように見えて……」
リコットの顔は今にも泣きそうになっていた。自分があの時、どんな感じだったか思い出せそうにない。ただはっきりしているのは、リコットを凌辱したアンダー・コマンドへの怒りに突き動かされていたということだ。
「だから……お願い、ルシル、ルシルは変わらないで。ずっとわたしが大好きなルシルでいて……」
絞り出すようなリコットの言葉に、ルシルは沈黙で応えた。
人殺しは人殺し、その罪は消すことが出来ない。その一方でルシルはリコットを守りたかった。そして復讐したかった。愛するリコットを襲った連中に対して。
胸の奥で怒りの存在をはっきりと感じる。アンダー・コマンドに対しての、そしてリコットに対しての、自分自身に対しての、ぬぐい去れない怒り。
だがふと、奇妙な感覚に囚われた。アンダー・コマンドの連中もそうなのだろうか。彼らがイルダールを裏切り、テラリスの手先として人々を殺して回っているのは、彼らなりの
ゆっくりとリコットを見て、そしてお互いの視線がぶつかった。その真摯な瞳にルシルは息を飲む。
そうだ、あたしはこの瞳を守りたかったのだけなのだ。それだけでいい。過去のことは……許し難いことではあるが、復讐が目的ではない。リコットを守ることと復讐することを一緒にしてはいけない。
ルシルはようやく、自分にとって何が最優先なのかを理解した。
「あたしこそ……ごめん。あたし、リコットのためだってずっと思ってたけど……そうじゃないものね。リコット、あたしもあなたのこと……大好きよ。いえ、愛してる。あたしは変わらない。もう怒りに囚われたりしない。だから……これからも、一緒にいて?」
リコットがふっと笑った。その柔らかな笑みに巨大な分厚い壁が一気に氷解したような気がした。彼女が伸ばした腕が腰に巻きつき、顔を脇から寄せて胸へと沈める。ルシルもそれに応じてリコットの背中を抱き寄せた。
二人の間にもう隙間はなかった。
お互いの体温を感じ合っていた時、下から、あの、と声がかけられた。それが余りにも突然だったので、二人して体をびくりとさせて顔を上げた。
足元に、赤いセーターとボロボロのジーンズ姿の、ショートカットの黒髪を額で左右に分けた少女がいた。歳はルシルと同じくらい、黒い大きな瞳を見開いている。しかし背は高くないのか、車体の下でルシルたちを背伸びして見上げていた。
「お、驚かせてごめんなさい。わたし、あなたたちに助けてもらって……だからお礼が言いたかったの。ありがとう、撃ち合いに巻き込まれて死ぬかと思った……。あなたたちが来てくれなかったら、どうなっていたことか……」
ルシルはリコットと顔を見合わせ、そしてお互いに笑みがこぼれた。今まで実感がなかったが、あの戦いは無駄ではなかったのだ。
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