第二話 残された二人

 二時間も走っただろうか、トラックが突如、停車した。

「少し休もう。そこに水場がある。順番に行ってくるといい」

 運転席から声がかかる。しかし誰も動こうとしない。

 ルシルは喉も乾いていたが、それよりも生理現象を処理しなければならなかったので、リコットと示し合って立ち上がった。

 しかしそれを近くで座っている男が制した。

「ここは止めておけ」

「どうして? 喉がカラカラだし、次はいつ休めるか……」

「見ろよ、この辺りはまだテラリスの支配地域に近い。アンダー・コマンドもうろついているだろうし、あの兵器が置いてあるかも知れん」

 男は渋い顔で言った。ルシルはリコットと顔を見合わせる。

「あの兵器って?」

「スマート・タレットと呼ばれている。テラリスの使う設置型の大型の銃だ。自動で人間を判別して遠くからでも撃って来る。狙いが正確で威力が高い。当たればお嬢ちゃんくらいなら粉々になる」

 二人で身震いする。そんなものに狙われたらどうしよう。

「どうした? 誰も降りないのか? もう発車するぞ?」

 やはり誰も降りようとしない。みな押し黙ったまま、そこで固まっていた。しかしルシルはどうしても我慢が出来なかった。

「お、降ります。少しだけ待っててください」

 さあ、早く行こう、とリコットの手をとってトラックから降りる。彼女の踵のはみ出したサンダルがパタパタ音を立てた。

 辺りを慎重に見る。道の左右にはぐしゃぐしゃになった車やその部品が山を作っていた。赤黒いむき出しの地面の向こうには、瓦礫の山となった家屋が幾つか並んでいる。その庭らしきところに井戸とポンプがあった。

 頭を低くし音を立てないようにして、警戒しながらそこに辿り着く。ポンプは電動式だが動かない。仕方なく把手を上下させて水を出した。

 少し濁った冷たい水だった。長く出せば澄むのだろうが時間がない。袖口をまくらず、濡れないように手にとって顔を洗い、少しだけ口に含む。

 リコットもそれに倣った。彼女の格好では水の冷たさは堪えるだろう。ずっと啜った瞬間、激しく身震いした。そしてスカートを少しだけつまみ上げて、でも口をぎゅっと結んで指を離した。

 シャワーがあればな、なんて思いながら自分の体を見下ろす。長い黒髪もかなり傷んで汚れていた。ため息をひとつついて、それよりも重要な用件のために身を隠せそうなところを探した。

「おーい、早くしろ、そろそろ出発するぞ!」

 運転手が身を乗り出し、ルシルたちに告げる。

 それが終わってひと心地ついたルシルが、はーい、と返事をしようとした時、運転手の背後、遠くの稜線がチカッと光ったような気がした。

 何? と思った瞬間、運転手の頭が破裂した。破片が散らばって血煙が広がる。

 えっ? と思う間もなく、今度はその腹が吹き飛んで、血に染まった鮮やかな内臓が地面に大量にぶちまけられた。

「な、何? 何が起こったんですか?」

 慌てるリコットの手を引いて、ルシルは近くの物陰に飛び込んだ。その時、ドッドッと低く重い音が断続的に響き渡った。少し顔を出して覗くと、遠くから赤い尾を引いて何かがトラックを襲っていた。次々と撃ち込まれるそれは、運転席を粉々に吹き飛ばすと、幌やトラック本体に大穴を穿ち、破壊していった。

 けたたましい悲鳴が響いた。男の、女の、狂ったような叫び声、そして泣き声が、何かが撃ち込まれるたびに巻き起こり、そして消えた。

 荷台に後ろからひとりの女が飛び出してきた。サンダルをくれたあの女性だった。全身を真っ赤に染めて、意味のわからない言葉を大声でわめきながら走る。彼女の右手は肩からなく、足どりはヨロヨロと絡みそうになっていた。そして誰かの名前を呼んで手を伸ばした時、何かが彼女の体を貫いて腰から千切れ、上半身が宙を舞い、下半身は勢いのまま何歩か進んで、そこに倒れた。

「ひぃぃっ!」

 甲高い悲鳴を上げようとしたリコットをルシルは咄嗟に胸に抱いて、口を塞いだ。

「しーっ! 静かにして、大丈夫だから!」

 何が大丈夫なものか。でもそう言うしかなかった。

 あれがスマート・タレットというものだろうか。だが確かめる術などない。

 銃撃は直ぐに収まったが、ルシルとリコットは長くそうやったまま固まっていた。長く、長く、静寂の中をただ息を殺して待った。

 もう風の音しか聞こえない。遠くで地鳴りのような重い響きが地面を揺らしているが、すっかり馴れてしまっているので、それが何か想像も及ばない。

 ただひたすら、そこで時が過ぎるのを待つ。待ってどうなるのか、どうすればいいのか、そんなことはわからない。

 曇天の空は次第に午後の遅い暗さへと変貌していった。

 そしてようやく、ゆっくりとリコットの口から手を離した。彼女はまだ震えてはいたが、もう悲鳴は上げなかった。

「どうなったんですか?」

「わからないけど……」

 少しだけ顔を出してトラック、元トラックと言えばいいだろうか、その残骸を見た。ところ構わず大穴が空き、幌も原型を止めないほどぐしゃぐしゃ、荷台からは大量の血が流れ落ちていた。

 運転手や女性のことを考えれば、他の人たちがどうなったかは想像に難くない。

 激しい嘔吐感に襲われながら、それでもルシルは気を保った。

「トラックは……もうダメだわ。頭を低くしてゆっくりと建物のほうに歩く。向こうには壊れていないマンションもあるみたい。そこに隠れるの」

 ルシルが言うと、リコットは唇を震わせながら無言で頷いた。

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