鬩ぎ合い。

「グ、こんにゃろ……! 絶対にぶち懲らしめます!」

 柊木さんが猛りだす。当たり前だ、今のはあまりに失礼だろう。相手が本気で気にしていそうなことを茶化すべきじゃない。

「おい、生真! さすがに無職なのをからかうのは──」

「無職じゃありません! 大学生ですっ!」

 柊木さんとの通話が終了した。どうすんだ、これ。

「いんだよ、あの人のは自業自得だ。なんせ去年ずっと、就活そっちのけで片桐──今朝ショージンを襲ったヤツ追い回してたんだからな。オマエもああならねーように気をつけろよ?」

 アレを追い回すなんて、柊木さんは変わった人だな。何か因縁でもあるのだろうか。

 それにしても『気をつけろ』とは、生真もおかしなことを言う。どうせ帰還するのなら、定職に就く必要なんて無いはずなのに。

 やはり、生真は。


「んじゃ、場所変えるか。ヨッシーさんがマジで合流しようとしてたらマズいし」

 ソファーの肘掛けで干からびていた紫のパーカーと白い変なキャラT、迷彩のボトムスを生真はしげしげと眺め、俺に向かって放り投げた。

「ここ一応シャワールームついてっから、血流してこい、早めにな。着替えはオレのお下がりしかねーけど我慢してくれ」

 シャワーがあるのはありがたい。いい加減こびりついた血を落としたいと思っていた。

 けれど、どうしても言わなければならないことがある。

「下着はコンビニで新しいの買ってきてくれ」

「元の世界の金は使えねーぞ、無一文」

 なるほど確かに、こっちだと偽金になってしまうな。

「俺たち、親友だろ?」

「ああ、親友だ。洗ってあるんだし、同じパンツくれーどうってことねーだろ?」


 ──背に腹はかえられないぞ、高城正人……!


 ◯


 シャワーから上がると、生真は赤のスカジャンにカーゴパンツという見慣れた服装に着替え終えていた。

「お、上がったか。じゃあどこ行く?」

「んー、公園とかでいいんじゃないか? 話ができればいいんだし」

 平日の午前中なら公園に人気なんて無いだろう。それに、カフェやファミレスは無一文に優しくはない。


 アジトから大通りへ出ると、様々な店がひしめき合い、開店時間を今か今かと待ち構えていた。ジリジリと照りつける日の光や、雑多で生々しい人の気配が心地良い。隣に生真がいることで、余計に感傷的になってしまう。

「なあ、何であの時、俺だってすぐ気づいたんだ? 生真がいなくなった後、髪色とか髪型とか結構変わったのに」

 今の俺なら、どんなチープな言葉さえ鵜呑みにしてしまいそうだった。

「へえ、オレがいなくなってからか。すぐ気づけたのは、まあ、その。友情パワーって言いたいとこなんだが、実は最初から知ってたんだよ、ショージンの格好」

 妙に歯切れ悪く、生真が答えた。こういう時は大抵、言うべきかどうか迷いながら話しているのだ。

 それにしても友情パワーはどうかと思うが。


「えっと、ちょっと前にヤンキーっぽい女子がショージンのこと探してたらしくてな。ソイツがショージンの名前とか特徴書いた似顔絵持って、うちの学校の近くをウロチョロしてたんだとよ。なんかやらかしたのか?」

 ヤンキーっぽい女子とは誰だろうか。数少ない他校の知り合いにそんな人はいなかったはずだし、因縁をつけられた覚えもない。

「うーん、知らないなあ。別に何もやらかしてないし、俺の知り合いで柄が悪いのは生真だけだしな」

「つまり、オレがそのヤンキー女子だったのか」

「バカじゃねえの」


 街の喧騒が賑やかさを増した。気の早い店が開店し始める時間だった。


 ◯


「あ、そうだ。ついでに話しておくけどよ」

 街路樹が立ち並ぶ落ち着いた住宅街に差し掛かったところで、生真が思いついたように口を開いた。

 さっきまでの喧騒は遠く離れ、静かな現実味が辺りに漂っている。

 生真の声が、やけに聞き取りやすい。


「片桐の能力、覚えてるか? あれはだいたい見当がついてるんだ」

 その言葉で、あの時の状況がフラッシュバックする。完治したはずの左腕と喉がジクジクと痛み始めた。

 それらを気合いで押し込めて、なんともない俺を装う。

「アイツの『反傷』は、触れた物を剛体にして、その剛体になった物の周囲を削ぎ落とすって能力だ」

「へえ、どういうことだ?」

「アイツが触れてる物は折れない、切れない、曲がらない。もしそれに触れたら、スパッとトリミングされるってことだ」

 状況を選ばないくせに強力な能力だ。思い出して吐きそうになる。


「そんで、アイツの『対傷』は多分、複数人でいるのが条件なんじゃねーかな。ペアやパーティーで行動してた連中は誰一人逃げらんねーまま全滅しちまったし。だからノーヴィスは今、組織立って動きにくい状況になってんのさ」

 その予測は正しいのだろうか。正直、疑問符がつく。だがそれよりも先ず、言いたいことがあった。

「お前、それがわかってて何であの時俺のとこ来たんだよ。何もなかったから良かったけど、お前まで共倒れしてた可能性があったってことだろ」

 助けてもらった分際で言えることではないと思う。けれど、お節介な心配や情けない負い目に駆り立てられて、まるで責めるように言葉が流れた。


「そりゃあ行くに決まってんだろ。もし共倒れが怖くてあの状況から逃げたら、オレは絶対にオレを許さねぇ」

 生真の目は、燃えていた。その照らすような炎にたじろぐ。そうだった、こいつはこういう男だったな。

「……あの時、助けてくれて、サンキューな、親友」

 俺が思っているより、素直に言えたのではないだろうか。

「逆の時は頼んだぜ、親友」


 ──二人の拳が、コツンと打ち鳴らされる。現実が終わり、ノスタルジックな夢が始まる。


 ◯


 目的の公園に到着した。犬と散歩する女性や、ゆったりと時間を流す老人、ベンチに腰かけて外回りしているサラリーマンなど、意外に人が途切れない。

 公園内で唯一がらんどうなのは、遊具が置かれた一角くらいだ。

 生真がゾウのようなスプリング遊具に乗り込むのに合わせて、俺も何の動物かよく分からないスプリング遊具に乗り込む。

 男が二人、なんとなく子どものフリをしてみた。


「そういえば、さっき言ってた条件って矛盾してないか? 俺たちはちゃんと逃げられたわけだし」

 もし本当に生真の推測が正しいのなら、今俺たちが逃げ切れてるのはおかしい。時間差で発動するとしても、あまりに悠長だ。

「そこなんだよなあ。けどよ、あの時の片桐、顔に出るくらい動揺してたんだぜ? 何かしようとしてたのは間違いないと思うんだよなあ」

 生真がバネを勢いよく漕ぎだす。遠心力を思考力に変えているらしい。

「あれ、生真って《セルフ》だよな? 普段はあの馬鹿力じゃないのか?」

「んー? いや、スイッチ切り替えるみたいな──」


 突然、心臓がチリチリと熱を発した。何か嫌な予感がする。これが危機感知というやつだろうか。

 さりげなく周囲を見渡すと、生真の向こうから二足の妙なのが近づいてくる。

 黒いもやの身体をボタボタと崩す、覚束無い足取りのソレからは、人の肌のようなものが見え隠れしていた。

 あまりにチグハグでキモチワルイ。

「お、おい。後ろのあれ、なんだよ」

 出来る限り押し殺した声で囁く。公園内の人に変わった様子はない。相変わらずの時間が流れている。


「……ああ、アレは人工の咒骸だ。暴走してるけどな」

 遊具がミシミシと音を立てる。静かな怒りが込められた答えだった。

 生真が赦せないほど倫理に反した存在なのだろうか。

「よし、ショージン! オマエ一人で倒してくれ。自分の能力をちゃんと把握するのは大事だからな」

 取り繕った声で告げられた内容に耳を疑う。意図は理解できるが、倒せなかったらシャレにならないぞ。

「安全性は十分なのか?」

「戦うのに安全もクソもねーだろ。まあ、能力も頭も使えないザコだから大丈夫なはずだ。それに、咒骸は一般人には見えねーけど、ノーヴィス本人は普通に見えてるからな。《セルフ》はとにかく目立つんだよ」

 どうやら腹を括るしかないらしい。「わかったよ」と頷きながら、気持ちを切り替える。


rebelizeリベライズ──『絢爛な空人形』マリス・オブ・スケアクロウ


 スケアクロウが、足元の影からのっぺりと立ち上がった。

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