第141話 一年生の最終戦
三日間続いたクラス対抗戦も今日が最終日。否が応でも生徒達の熱気が高まる。それもここまで二つの組を下したクラス同士の雌雄を決する大将戦ともなれば尚更だ。
二組の大将はファラ。対する一組の大将はソフィア・ビスマルク。
「"
ソフィアが魔法を唱えると、彼女の周囲に無数の火の玉が現れた。その一つ一つが中級クラスの威力を持っている。構わず距離を詰めようとするファラだが、ソフィアに近づいた瞬間、火球が飛んでくるので思うように接近戦には持ち込めないようだ。
「……厄介ですね」
メラメラと燃えている火を忌々しげに見ながら、ファラがぼやく。ソフィアの戦い方は一貫していた。ファラの投擲に最大限の注意を払いつつ、全方位に魔法を展開し、彼女の接近を許さない。レベルⅤという圧倒的な魔力の持ち主である彼女だからできる戦法といえる。近接戦闘という自分の弱点をしっかりと理解し、尚且つ強みを活かしたいい戦い方だ。
「逃がしませんわっ!! "
自分目掛けて飛んでくる火球を華麗に躱すファラに向けて、ソフィアが更なる魔法を放った。数匹の炎の蛇が地面からファラに襲い掛かる。驚いた。魔法の使い方が上手い。ダンジョンでゴブリンと戦った時は魔力にあかせて魔法を連発していただけだというのに、かなりの成長ぶりだ。
ここまで試合が拮抗しているのは、やはりファラがパンドラを使えないのが痛い。あの子の戦闘スタイルは剣などの刃物を投擲する中・遠距離型。それには無限の武器を内包したパンドラが必須になってくる。だが、これは実戦ではなく、単なる学校の行事。そんな場で規格外の魔道具など使えるわけもなく、限られた武器で戦わなければならない。
「……こうなったら致し方ないですね」
大きく息を吐き出し、覚悟を決めると、ファラは全速力でソフィアに向かって駆け出した。襲い掛かってくる炎の蛇を持っている短刀で薙ぎ払う。迫りくる火球は致命傷にならない程度に躱し、最短距離で標的に向かっていった。
「ひっ! ウ、ウインド……!!」
「遅いです」
ファラの迫力に押されて魔法の詠唱が間に合わなかったソフィアは、そのままファラに組み伏せられる。なんとか逃れようとしたソフィアの喉元に、ファラが容赦なく短刀をあてがった。
「まだやりますか?」
「……ま、参りましたわ」
ソフィアの言葉を聞き、ファラが短刀を引いたところで審判の教師が勝者の名前を告げる。会場には割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「……流石はファラですね。完敗ですわ」
「いえ……私もあなたがここまで戦えるなんて知りませんでした」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、まだまだのようですわ」
差し出されたファラの手を掴んで立ち上がりながら、ソフィアが弱弱しい笑みを浮かべる。中々いい試合だった。想像通りファラ達のクラスがキング組となったけど、あそこまでのソフィアの奮戦は予想外だったよ。
……さて。
一年生の試合が全て終了し、まだまだ熱気が冷めやらぬ会場からこっそり抜け出し、闘技場の周りをふらふらと歩く。……あぁ、いたいた。
「日向ぼっこならぬ日陰ぼっこかな?」
植木の陰でちょこんと三角座りをして、自分の膝に顔を埋めているソフィアに優しく話しかけた。ぱっと顔を上げたソフィアは僕を見て一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにしょぼくれた顔になると、静かに自分の膝へと顔を戻す。
「……申し訳ないけれど、あっちに行っていただけませんの? 今は一人になりたい気分なんですわ」
「どうやら会場の熱気とこの強い日差しにあてられてしまってね。僕も日陰で休みたい気分なんだ。ご一緒させてもらうよ」
ソフィアの言葉を無視して隣に腰を下ろした。夏を感じさせるこの暑さも、日陰に入れば随分とマシになる。このままのんびりと昼寝でもしたい気分だ。
「……こんな情けない姿を、よりにもよって一番見られたくない相手に見られるとは、一生の不覚ですわ」
「情けない姿っていうのは、日陰で涼んでる姿の事?」
「試合に負けて落ち込んでるところに決まっていますでしょ!」
ソフィアがキッと僕を睨みつけてきた。その潤んだ瞳を見ながら、僕は小さく肩をすくめる。
「誰だって負ければ落ち込むさ。それは情けない事なんかじゃない。むしろ、負けたのに言い訳ばっかで気にもしない奴の方がよっぽど情けないでしょ?」
「そ、それは……そうかもしれませんが……!!」
いるんだよねぇ……何かのせいにして負けを正当化する人って。特に貴族には多い気がする。
「で、でもっ!! あんなみっともない試合をしてしまいましたわっ!!」
「みっともないってあの拍手と歓声が聞こえなかったの? あれは素晴らしい戦いをした二人に送られたものなんだよ。だから、みっともない事なんて何一つない」
「でも……でもぉ……!!」
ソフィアの体が小刻みに震えていた。僕は小さく息を吐くと、柔和な笑みを浮かべながら、彼女の頭の上にポンッと手を置く。
「驚いたよ、ソフィア。ダンジョンの一件からそう時間はたっていないというのに、こんなにも成長しているなんて。頑張ったんだね。……だからこそ、そんなにも悔しいんだろ?」
「っ!!」
その瞬間、ソフィアの顔がぐにゃりと歪んだ。その大きな瞳からは大粒の涙がぽろぽろとあふれ出してくる。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁん!! 悔じいよぉぉぉぉぉ!! 勝ぢだがっだよぉぉぉぉぉぉ!!」
「よしよし。悔しさを感じられるのはもっと強くなれる証拠だよ。……大丈夫、君ならもっと強くなれるさ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
僕に抱きつき、わんわん泣き始めたソフィアの頭を優しく撫でた。彼女が人目のない所にいてくれたのは幸いだったね。こんな姿、誰かに見られでもしたら大騒ぎになっていたところだよ。ただの平民に泣きながら抱き付く御三家令嬢だなんて、ゴシップとしては上々だ。ただでさえ、グレイスとの関係で変な噂が流れているんだからこれ以上は勘弁願いたい。正直な話、誰かが来る前に離れて欲しい所なんだけど……まぁ、もう少しだけこのまま感情を爆発させてあげるとしようかな。
「……またあなたにあられもない姿を見せてしまいましたわっ! この屈辱、いつか晴らして見せますわっ!!」
たっぷり十五分ほど泣いた後、目を真っ赤にさせながらそんな捨て台詞を吐くと、自慢のツインドリルを左右に振りながらソフィアは闘技場へと戻っていった。うん。あれだけ元気ならもう大丈夫だろう。僕も自分のクラスの所に戻るとしよう。
……で、闘技場に戻って真っ先に思った事がある。二年生が試合してるのに静かすぎるでしょ。いやまぁ、理由はいくつか考えられるんだけどね。
まず、二年生にはシャロン家やブロワ家といったビッグネームがいない。高くても上級貴族止まり。そして、戦いが圧倒的に地味。三年生みたいに剣と魔法を駆使して、というよりは魔法を撃ったから次は剣、その次はもう一度魔法、みたいなターン制のバトルのようなのだ。あまりスピード感を感じない。
極めつけは先ほどの一年生二人による激戦だ。あれは三年生の試合すらも凌駕してたからね、それだけ見応えがあった。あんなものを見せられたら、二年生の試合が物足りなくなっても仕方がないって話か。
本当に何の盛り上がりもないまま、二年生の対抗戦は静かに幕を閉じたのであった。
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