第140話 グレイアム・シャロン
初めて来たけど、すごいねこの部屋は。とても一学校の生徒会長室とは思えない。どこぞの貴族の執務室かと思ったよ。
「まったく……アポイントも取らずにやって来るとは礼儀知らずな奴だ。見ての通り私は忙しい、用件だけ言ってさっさと立ち去ってくれ」
こちらに顔を向けずに奥の机で書類にかじりついているポニーテールの女子生徒が鬱陶しそうに言った。こうやって見ると本当に立派な生徒会長だ。凛々しくもあり、威厳もある。だからこそ、あまり声をかけたくない。
「忙しいところごめんね、イザベル。どうしても聞きたい事があるんだ」
「っ!?」
ばねに弾かれたように顔を上げたイザベルが目にもとまらぬ速さで僕のそばにすり寄ってきた。
「レ、レレレレレ、レイ様!? 嘘っ!? レイ様自ら私に会いにっ!? そんな事があっていいの!? ……はっ!! もしかして偽物!? いや、この香りは愛しのレイ様のもので間違いない!! 毎日あの下着を嗅いでいる私にはわかるつ!!」
クンクンと僕の全身をイザベルが嗅いで回る。臭いで分かるって犬かこの子は。っていうか、ちょっと待って。毎日下着を嗅いでるって何? もしかしてファルがおふざけで渡したあれの事? そんなもの即刻処分しろ。
「……あのイザベルさん? 私もいるんだけど?」
にっこりと微笑みながらクロエが話しかける。その額にはなぜか青筋が立っていた。
「おぉ、これはクロエ王女! 気づかなくて申し訳ありませんでした! ささっ、おかけになってください!」
イザベルが黒塗りのソファを手で示す。とりあえず僕もクロエも腰を下ろした。僕達の屋敷の応接室に置かれた安物のソファとはまるで違う。座り心地がふかふかすぎて落ち着かない。……いや、落ち着かないのはべったりとくっ付いているイザベルのせいかもしれない。
「……イザベルさん?」
「ん? 何か気になる事でも?」
晴れやかな笑顔にもかかわらず、どす黒いオーラを身に纏っているクロエに、イザベルが不思議そうに首を傾げた。机を挟んで二人掛けのソファが二つ。そして、くっつき虫の如く離れないイザベルと僕が隣同士に座り、向かいにクロエが一人。ふむ。
「いや、おかしいよね? この場合、僕とクロエが隣同士で座って、イザベルが対面に座るのが普通だって」
「レイ様……普通という枠組みにとらわれていたら、何も新しいものは生み出されませんよ?」
「今は普通でいいんだよ」
「あぁん!」
そう言ってイザベルの腕を振りほどき、クロエの横に座る。そんな物欲しげな顔してもダメだ。引っ付かれたら話がしにくくてかなわない。
「くぅぅぅぅ!! せっかくレイ様成分を思う存分堪能しようと思ったのにぃぃぃ!! レイ様から私の所に来てくれたのにぃぃぃ!!」
「いつもそれだね」
「いやいや! もっと近くにいたいぃぃぃ!! ほっぺすりすりしたいぃぃぃ!!」
イザベルの趣味は僕に引っ付いて出汁を取る事だ。はっきり言って御免被る。とはいえ、ソファの上に寝転がって駄々っ子と化したイザベルからはまともに話が聞けそうにない。……やれやれ、仕方がないな。
「……今度一日付き合うから、少しの間、皆が憧れる強くて気高い生徒会長として接してくれないかな?」
ピクッ。
わかりやすく僕の言葉に反応を示したイザベルは、むくりと起き上がり何事もなかったかのように、凛とした表情をこちらに向けてきた。
「さて……私に聞きたい事があるという事であったな。さっそく話を聞こうか?」
ここまでの変わり身を見せられると逆に恐怖すら覚えてくる。隣にいるクロエとか盛大に顔を引き攣らせているからね。
「まぁ、王女とレイさ……レイという組み合わせだけであまりいい予感はしないがな。私の父が率いる騎士団で何か不祥事でもあったか?」
「騎士団とは無関係の話だから安心してほしい。仮にその話ならイザベルじゃなくてアレクシス総騎士団長に直接話に行くよ」
「確かに……それならば、なんの話だ?」
「グレイアム・シャロンについて教えてもらいたい」
僕がそう言うと、イザベルが以外そうな表情を向けてきた。だが、その表情をすぐに真剣なものへと変える。
「……それは貴様達が夏季休暇にブロワ家に来る事と何か関係があるのか?」
「え?」
イザベルの言葉にクロエが驚きの声をあげた。そうか。御三家の調査は極秘任務だからクロエとはいえ知らされていないのか。
「夏休みにブロワ家に行くの?」
「そういう手筈にはなってる。とは言っても、行くのはヴォルフ達だけで僕は行かないんだけどね」
「ふぇぇ!? そ、そんなぁ!!」
一瞬で情けない顔になったイザベルに僕がジト目を向けると、彼女は咳払いをしつつなんとか表情を戻した。
「その件とも一切関係ない。僕が彼の事を知りたいのはグレイスの変調の理由を知りたいからさ。コロッセオの廊下でグレイアムと話してから、どうにも彼女の様子がおかしいんだ」
「様子がおかしい? ……確かに、あの魔法には肝が冷えたな。学生が放っていいレベルじゃないぞ、あれは」
「そして、学生に向けて放っていい魔法でもない、でしょ?」
「その通りだ」
イザベルが静かに首を縦に振る。
「力を持つものはそれの使い方を心得なければならない。グレイスはそれを理解していると思っていたが、グレイアムが原因だったのか」
「まだ、可能性の域は出ないよ。だからこそ、君に話を聞きにきたんだ。グレイアムの人となりを知れば、何か掴めるかも知れないからね」
「ふむ……」
僕の話を聞いたイザベルが口元に手を当てた。同じクラスであり、同じ立場にいるイザベルなら歪曲した情報にはならないだろう。そう思ってここに来たんだ。
「……レイはグレイアムの事をどう思う?」
「そうだね……剣の腕は確かで、魔法の才能もある。人当たりも良くて平民の僕と話した時も侮蔑するような感じは一切なかった。おまけに顔がいいプレイボーイって感じかな?」
「なるほどな……クロエはどう思う?」
イザベルがちらりと横にいるクロエに視線を向ける。
「わ、私? うーんと……大体はレイと同じ意見だけど、プレイボーイとは違う気がするなぁ。なんとなくだけど」
「流石は王女様だ。人を見る目がある」
クロエの答えを聞いて、イザベルがニヤリと笑った。グレイアムがプレイボーイじゃない?
「結論から言おう。グレイアムは数多の女好きの貴族とは違う」
「どうしてそう言い切れるの?」
「私を見る目が違うからだ。恐らく、クロエもそれを感じたから奴がプレイボーイではないと言ったのだろう」
「あー……そうかも」
クロエが人差し指を顎に当てながら納得したように頷いた。
「洞察力の高いレイが分からないのも無理はない。この感覚は女性特有のものだからな」
「グレイアムは女たらしではない、と?」
「あぁ。少なくとも私がクラスメートとして、共に過ごした間はその印象を抱かなかった。確かに奴は多くの生徒を従えている。その中に女子生徒もいるのは確かだ。だが、それは彼女達が擦り寄っているだけで、グレイアムの方から声をかけているのは一度も見たことがない」
そうなのか。僕の思い描いていたグレイアム像とはかなりの乖離があるようだ。
「という事は、グレイアムが強引にグレイスに言い寄るなんて事は……」
「考えにくいな。彼女が美人であることは間違いないが、それを踏まえても可能性は限りなく低いと思うぞ」
みんなで試験勉強をしている時にグレイアムが来た祭に、彼女の機嫌が悪くなったのはそのせいだと思っていたのに。あの二人の関係はそんな単純なものではないということなのか? ……やっぱりこれは本人に直接問いたださないとわからなそうだね。
「ありがとう、イザベル。参考になったよ」
「もういいのか? あまり有益な情報を話せたとは思えないが」
「いやいや、とても助かった」
少なくとも、冒険者として名を馳せる平民を無理やり自分のものにしようとする貴族、って話じゃないことだけはわかった。
「という事は、もう生徒会長として接する必要は無いということか?」
「いや、出来ればずっとこんな感じで」
「きゃっほーう!!」
僕の言葉なんて無視して、イザベルがこちらにダイブしてくる。そのまま僕に抱きつくと、火を起こす勢いで僕の体に顔を擦り付けてきた。
「はぁはぁ……レイ様……!! はぁはぁ……!!」
「イ、イザベルさん!!」
イザベルの奇行に、クロエが顔を真っ赤にして声を張り上げる。これ以上ここにいても王女様の目を汚すだけだ。さっさと退散しよう。
「じゃあね、イザベル」
「あっ、約束の一日付き合うというのは」
「明日よろしく」
「は、はい! 闘技場にてレイ様と絡み合うのを楽しみにしております!!」
楽しみにって僕が大将になるのを知っていたのかな? 変人とはいえ、猛将アレクシス・ブロワの娘という事か。
「ちょ、ちょっと! レイ兄様から離れなさい!!」
「いやだ! 離れたくない! 私はここに永住する!!」
なにやら揉みあっている二人を見てため息を吐きつつ、適当にイザベルを引っ剥がし、僕とクロエは生徒会長室を後にした。
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