第113話 虎の本心

 レイと別れたヴォルフは少しだけ悩んだ後、山賊がアジトにしている村には寄らず、ハリマオが待っていると言っていたオリビアの眠る地を目指す。

 理由としては二つ。村に戻れば大型台風並みに荒れ狂っているであろう茶髪の美少女に会ってしまうという事と、わざわざ場所を指定されたのであれば、そこに行かない選択肢はない、という事だった。

 歩き慣れた道を、傷ついた身体を引きずりながら歩いていく。はっきり言って、今のヴォルフは立っているのもやっとの状態であった。手で押さえた腹部からは絶え間なく血が流れ、少しでも気を抜けば視界は黒く染まり、夢の世界へ旅立つことになるだろう。


「たくっ……本当、スパルタすぎんだよ。最初からこうするつもりだったんなら、もうちっと手を抜けっての」


 ここにはいない男の顔を頭に思い浮かべながら一人ごちる。自分をここまでボコボコにした当の本人からさっさと行け、とケツを叩かれたのだから文句の一つも言いたくなる。


「だがまぁ……拒否きょひるわけにはいかねぇわな」


 今回の一件は零騎士の任務とは全く関係ない。にもかかわらず、レイは自分の前に現れた。女王のめいが絶対で、それ以外には何の興味も持たないあの男が。つまり、純粋に自分を気遣ってここまで来たというわけだ。そんな男に、自分自身で真実を確かめてこい、と言われたら、死に体の身体に鞭を打ってでも行かないわけにはいかなかった。


「それにしても、あんな噂話を聞かせるとは……本当、いい性格してるよ」


 ヴォルフの顔に苦い笑みが浮かぶ。レイから聞いたのは賢者の石を高値で売ろうとしている輩がいるという事。単純に考えれば、それをしようとしているのは今まさにその石を手に入れようとしている者、つまり猛虎隊という事になる。そうなれば、自分は金に目がくらんだ連中の片棒を担いだという事になるが……。


「信じたくねぇよなぁ……他の奴らはいいとして、ハリマオとクマに裏切られたなんてよ」


 ハリマオは何もかもがどうでもよくなっていた自分を救ってくれた男。そして、クマは大事な女も守れなかった情けない奴を、それでも慕ってくれた男だ。どちらも今こうして生きていられる力を与えてくれたかけがえのない恩人。望めるのであれば、そんな噂とは二人が無関係であって欲しい。


「……さて、鬼が出るか蛇が出るか」


 ここを抜ければ小高い丘がある。そこで奴は待っているといった。ヴォルフはゆっくりと息を吐き出し、覚悟を決めて森から出る。


 果たして、そこにハリマオはいた。多くの部下を引き連れて。


「よぉ、兄弟。いかした格好してるじゃねぇか」


 その第一声でヴォルフは全てを察する。小さくため息を吐きながら煙草を咥え、薄い笑みを浮かべてこちらを見下ろしている男の方へと歩いていく。


「……デートの待ち合わせ場所に他人を連れてくるのはルール違反だぜ?」

「固いこと言うなって。こいつらも見たいんだとよ。伝説の男が死ぬところをな」


 ハリマオの言葉を聞いて、周りにいる連中がニヤニヤと笑いながらヴォルフを見た。一方、ヴォルフは興味なさげに煙草を吸っている。そんな彼を見ていたハリマオが僅かに眉を潜めた。


「うーん……思ったよりも反応が薄いな。もっと面白いかと期待してたのによ。ガッカリだぜ」

「どんな反応を期待してたんだ?」

「信じていた奴に裏切られて絶望に打ちひしがれるとか、怒りの余り我を忘れて襲ってくるとか、そんなんだよ」

「…………」


 醜悪な笑みを見せるハリマオを、ヴォルフは煙を口から出しながら静かに見つめる。


「でも、意外だったな。お前があの化け物に勝てるとは思っていなかったぜ」

「あの化け物?」

「あぁ。お前が仲良くつるんでる奴だよ。お前を殺すにはあの男を使うといいって言われたんだけどな。まさか返り討ちにしちまうとは……そういやお前も化け物だったな」


 ハリマオの言葉に、引っ掛かりを感じたヴォルフがピクっと眉を動かした。だが、問いただすような真似はしない。聞いたところで適当にはぐらされるのがオチだ。


「……理由はなんだ?」

「あぁ?」

「何かあるんだろ? どうしても'金狼'ヴォルフを殺したい理由がさ」

「…………」


 ハリマオの顔から笑みが消える。ジッとこちらを見ている表情には憎悪の色がにじみ始めた。


「俺はなぁ、兄弟……お前がずっと目障りだったんだよ」

「目障り? お前が俺を山賊に誘ったのにか」

「あぁ、そうだ」


 憎しみに顔を歪めながらハリマオが肯定する。いまいちヴォルフには彼の真意が掴めなかった。そんなヴォルフを見て、ハリマオはくだらなさそうに鼻を鳴らす。


「わからねぇよなぁ、兄弟……他人なんかどうでもいいお前には。いつだって自分がしたいようにするだけだ。気に入らねぇ奴がいたらぶん殴る、そうやって山賊時代も他の山賊を潰してたもんな」

「……それがどうした?」

「けっ! そんな自分勝手なお前に、バカ共は憧れちまうんだよ!! その圧倒的な強さに、屑共はかれちまうんだよ!! せっかく腕っぷしのいい使える手駒が手に入って、こいつを利用して裏の世界をのし上がろうと思ったのによ!! いつの間にかお前が山賊団のトップになっていやがった!! 鬱陶うっとうしいことこの上ねぇよ!!」


 積年の恨みを吐き出すように、ハリマオが激しく声を荒げた。ヴォルフは表情を変えずに、その告白を聞きながらただただ煙を肺に送る。


「てめぇが山賊を辞めた今でもそうだ!! '金狼'の名前が俺を縛り付ける!! そんな男、五年も前に死んだって言うのによ!! ちらつくんだよ!! だから、殺してやろうと思ったんだ!! そのために自分を一から鍛えなおしてな!!」


 そう言いながら、ハリマオは手を前に出し、グッと力強く握った。虎のタトゥーが入った腕が筋肉で盛り上がる。


「この辺で山賊をやってれば、いつかはお前の耳に届くだろう。そうすれば、お前はノコノコやってくるはずだ。そこで俺はお前を殺す……伝説の男を殺して俺が伝説になってやる!!」


 目を血走ちばしらせながらハリマオが叫んだ。自分をかすませる強大な存在、それを排除することだけが、今の彼の生きる目的となってしまっていた。

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