第87話 ゴミ掃除

 ジャック達と別れた僕はファラと共に長い廊下を抜け、多くの人が集まる広い部屋に出た。おそらくここでオークションが開かれるのだろう。前の方は一段高くなっており、出品する商品を置くテーブルも用意されている。


「……どう?」


 部屋に入るや否や周りの者達の品定めを始めたファラに、顔を向けることなく声をかけた。


「大した奴はいませんね」

「そうだね。僕もそう思うよ」


 ジャックもド素人の開くオークションって言ってたし、名の通った悪党はこんな危ない催しには参加しないんだろう。多分、あの二人が特殊なだけだ。尤も、あの二人も来たくて来たわけじゃなさそうだったけど。

 パッと見た感じそこそこ戦えそうなのが十数人、後は路地裏で小銭を巻き上げてそうな連中と、世間知らずな貴族様って感じか。想像していたよりもずっと楽な仕事になりそうだ。


 適当に会場内を歩き回っていたら、派手な服を着た肉付きのいい男が壇上に立った。僕達は足を止め、その男に視線を向ける。


「お集りの皆様、大変長らくお待たせいたしました! これより、ロンド商会がお届けする、普通の生活では体験することのできない刺激的なショーをお送りしたいと思います!」


 ロンド商会……あまり聞いたことのない名前だ。マイクと呼ばれる声を拡張することのできる魔道具を使って会場に集まる者達に話しかけている男にも見覚えはない。


「この場所は元々私が店を切り盛りしていた地なのですが、悲しい事件により泣く泣く手放すことになってしまったのです……ですが、なんとか取り返すことができました!」


 なるほど、主催者はここの持ち主だった男か。そうなると悲しい事件っていうのは非合法取引を騎士団に押さえられたとかその辺りか?


「汚い手口で商品をかき集め、無節操に売りまくるマルク商店に苦渋を舐めさせられ早五年……やっとの思いで私はこの場所に帰ってきたのです!!」


 ロンドの演説に熱がこもってきた。だが、悲しいかな。可哀想な商人の苦労話に興味がある者などこの場所にはいない。横にいるファラがちらりとこちらに視線を向けてきたので、僕は小さく頷いた。


「今日は私の復活の日でもあり、皆様との出会いの日でもあります!! 日頃目にすることのできないような珍しい品がたくさん登場いたしますので最後までごゆるりと……えっ?」


 突然、壇上に飛んできた僕達二人を見てロンドが目を丸くする。僕はそのまま素早い動きでロンドの近くまで移動し、鳩尾みぞおちに一発喰らわせた後、その手からマイクを奪い取る。

 突然の出来事に騒然となる場。僕は会場を見渡しながらロンドの護衛が出てこないか様子を窺った。……どうやらガードマンは雇っていても、護衛は雇っていないらしい。まったく、呆れてものが言えないよ。無理やり商品を奪いに来る輩がいないとも限らないっていうのに、この男は闇オークションを甘く見過ぎている。


「あー……ここからはこいつに代わって俺がこの場を取り仕切りたいと思う」


 だらしなく気絶しているロンドを横目で見ながら、僕はマイク越しに会場に集まる人達に話しかけた。一応、キャラはゼロの方にシフトしておく。


「とは言っても、別にオークションをやろうってわけじゃねぇ。むしろ、その逆だな。俺はこのオークションを潰しに来た」


 僕の言葉を聞いて会場がざわつく。一部の連中が鋭い眼光でこちらを睨みながら剣呑な雰囲気を纏いだしたけど、僕は気にせず話を続けた。


「まぁ、こんな場所でパーティを開こうとしたのが運の尽きってこったな。悪いことすんならもっと相応しい場所でやれって話だ」


 僕はつまらなさそうに言いながら、観客に目を向ける。いい感じにボルテージが上がっている中、忍耐力がなさそうな奴が数名ほど見えた。だけど、そんなのお構いなしで僕はマイクに向かってしゃべり続ける。


「というわけで、早速ゴミ掃除を始めたいところなんだが……優しい優しい雇い主からお前達にチャンスをやれ、って言われてんだよな」


 面倒くさげに頭を掻いた僕はゆっくりと手を前に出し、指を三本立てた。


「三分だ。それだけ時間をやる。その間に今すぐこの場所からけつまくって逃げろ。そうすりゃ事実はどうであれ、気の迷いってことで今回は見逃してやる。だが、三分経ってもまだこの場所にいようもんなら、めんどくせぇけど俺達の手で……」


 突然、黒装束に身を包んだ男が猛スピードで僕に接近してきた。思った通り忍耐強くなかったか。話の途中だっていうのに襲いかかって来るとか、育ちはあまり良くないみたいだ。

 マイクを持ったまま身動き一つしない僕に手が届くところまで迫った男は、隠し持っていた小型ナイフを取り出し、喉元に突き立てようとする。こうなってくると入口におけるボディチェックは本当に無意味なものだったことを思い知らされるよ。こんなにも簡単に武器を持ち込むことができるとは。


 まぁ、それに関してはこちらも同じなんだけどさ。


 目の前まで迫っていた男が不意に僕の視界から消えた。僕はのんびりと顔を横へとむける。そこには十本の細長い剣により、壁にくし刺しにされた哀れな男の姿があった。


「……まだ三分経ってねぇよ」

「……正当防衛」


 僕が呆れながら顔を横に向けると、ファラが『トレス』の口調で当然とばかりに言い放つ。そして、身に付けている小さなポシェットに手を入れ、そこから男に刺さっている剣と同じものを八本取り出し、指と指の間に挟むと、何が起こったか理解できていない観衆を睨みつけた。


「……私の'穿牙せんが'は斬るのではなく穿つ」


 小さい声で告げられた言葉は、それでも会場内に響き渡った。一瞬の静寂、からの大混乱。外聞もなく我先にと出口に向かっていく人達を見ながら、僕はふぅと息を吐いた。


「……ゼロの」


 少ない言葉でファラが差し出してきたのは干将かんしょう莫邪ばくやだ。僕はそれを取り出したであろうポシェットに目を向ける。これこそ、彼女が第零騎士団の一員になった時に女王から賜った武器、通称パンドラ。無機物であればいくらでも中に物を貯蔵することができる世にも珍しい魔道具。おそらく、これに値段をつけるとしたら下級貴族の財産では足りないくらいだろう。


「サンキュ」


 お礼を言いつつ受け取りながら、地獄絵図と化した会場に目を向ける。悲鳴を上げながら逃げ惑う者達が九割、僕達を睨みながら出方を窺っているのが一割ってところか。その中にはいない。貴族を始末するとなると、色々と面倒なこともあるから非常に助かる。


「さて、と……約束の三分が経ったな」


 一通り逃げ終わるのを待った後、僕は呟いた。会場に残っているのは殺気を滾らせた十二人の狼藉者達。見た感じ実力は……お察しって感じかな? とりあえず言えることは二人で来る必要はなかったってことだ。


「俺の忠告を無視して会場に残ったってことはそれ相応の覚悟があるってことだよな?」


 僕の問いかけに答える者はいない。全員が身体のどこかに隠していた武器を取り出し、今にも襲い掛かって来そうな雰囲気だった。うん、デボラ女王に言われた通り忠告もしたし、もういいかな。


「じゃあ、さっさとおっ始めるか」


 その言葉と同時に男達が動き出す。でも、それじゃ遅い。遅すぎる。こちらの合図を待って動き出すようだから大したことない奴らって言われるんだよ。


「……'時雨しぐれ'」


 乾いた声が隣から聞こえた瞬間、目の前に銀色の雨が降りそそいだ。その一粒一粒が鋭利な刃物であり、会場の中にいる者達の身体を容赦なく貫いていく。一切の慈悲も、断末魔を上げる余裕すら与えない。雨が上がった時、この場に立っている者は僕達以外に誰もいなかった。


「……やりすぎでしょ?」

「手っ取り早く終わらせたかったもので」


 ここの後始末をする人を不憫に思いながら、ため息を吐く。ファラは剣山となり果てた会場を見つつ、澄まし顔で持っていた'穿牙'をパンドラへと戻した。

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