第29話 お見舞い

 魔法の授業で試験があった日から三日がたった。相変わらずなんの進展もない。僕らの事をよく思っていない騎士団の連中の所にもわざわざ確認しに行ったっていうのに、行方不明になった者などいない、と門前払いを食らってしまった。やはり、国が失踪事件を調査し始めたことにターゲットが勘付いたのは間違いなさそうだ。

 そうなってくると、正直手の出しようがない。不謹慎ではあるが、何か起こらない限り手がかりを掴みようがないのだ。


 これは完全に詰みだね。


 ため息をつきつつ教室の扉を開けると、ジェラール・マルクが一直線に僕の所へと歩み寄ってきた。その表情は少しだけ暗い。


「何かあったの?」

「我らが大事な友であるニックが魔物に深手を負わされ入院したらしい」

「ニックが入院?」


 確かに昨日の帰りに「魔物を蹴散らしていくぜ!」なんて言いながら意気揚々と冒険者ギルドに行ったのは知っている。だが、入院するとは思えない。彼は猪突猛進タイプではあるが、油断をしたり、調子に乗ったりするような男ではないのだ。

 それに加え、アルトロワ王国周辺にある森や山の魔物は落ち着いてると聞いた。王国は魔物大暴走スタンピードの脅威をしっかりと理解しているから、その前兆は絶対に見逃さない。

 だからこそ、普段通りの魔物を狩りに行ったニックがケガを、ましてや入院する必要があるほどの重傷を受けたことがどうにも不可解だった。


「……俄かに信じがたい話だね」

「そうだね。僕もそう思うよ。……というわけでどうだい? 今日の放課後、友人の落ちこんでいる顔を見に行きがてら、直接話を聞いてみるっていうのは?」


 なるほど……ランクD冒険者であるニックがやられた魔物というのが何なのかは少し興味あるな。どうせ街を駆け巡ったところで、今日も大した情報は得られないだろうし、偶には学生らしく友人とともに過ごしてみるのもいいかもしれない。


「それなら君のお店で果物でも買って病院に行こうか」

「決まりだね」


 僕の答えに満足したのか、ジェラールは嬉しそうにニコッと笑った。


 放課後、約束通り僕はジェラールと共にマルク商店によってから、ニックのいる病院へと足を運ぶ。いやぁ……それにしても、すごかったな。マルク商店はいろんな商品が揃っているから僕も時々利用するんだけど、ジェラールが一緒にいるのといないのとじゃ大違いだ。

 いつもニコニコ愛想のいい店員が、今日は冷や汗まみれの顔で僕達を案内してくれた。他の人達も直立不動の姿勢で立ってたし……やっぱり息子とはいえ畏れ多いんだろうね。その様を楽しそうに笑いながら観察していたジェラールは本当にいい性格していると思う。


「さて、ここだね」


 ジェラールと僕が巨大な建物の前で立ち止まる。ここはアルトロワ王国の城下町にただ一つだけある病院。とはいえ、これほどまでに立派な病院があれば、他には必要ないというだけの話。

 中に入ると、なんともいえないツンっとした臭いが鼻をついた。やはり、病院ってところはあまり好きじゃないな。この薬品の臭いをかぐと、いやでも昔の事が思い出される。よく病院送りにされたもんだよ。任務よりも鍛錬のせいで。ノーチェはあんなにも人当たりが柔らかいっていうのに、鍛錬になると人が変わってしまうんだよね。


 僕が苦い記憶を呼び覚ましている間に、ジェラールは受付にいる看護師さんに話しかけ、ニックの病室を聞いていた。五〇五号室か……じゃあ、一般病棟だね。記憶が正しければ一、二階が各種診療室で、三、四階が急を要する患者を診る緊急医療室。それで五~十階が一般病棟で十一階より上が特別病棟だ。

 そこはあまり公にはできない人物が入院する場所。王族とか位の高い貴族とか……命を狙われている者とかね。でも、なぜか僕も鍛錬中にいつも緊急医療室へ運ばれ、そのまま十一階より上に搬送されていたな。公にできない人物なんかじゃないのに……公にできないようなケガを負わされたのは事実だけど。


「やぁ。情けない姿を見に来たよ」


 病室の前に立ち、遠慮もなしに扉を開けたジェラールの第一声がそれだった。僕も続いて中に入っていくと、そこには全身包帯まみれでベッドに横になって仏頂面を浮かべているニックの姿があった。いつもツンツンに逆立っている髪も、今は包帯に押し付けられぺちゃんこになっている。


「……お前らにだけはこの姿を見せたくなかった。特にジェラール」

「おやおや、ひどい言い草じゃないか。せっかく友人を心配して様子を見に来たというのに」

「情けない姿を見に来たとか言ってたじゃねぇか!」


 怒声をあげるニックを見て、ジェラールはニヤニヤ笑っていた。どうやら命に別状があるわけではないらしい。が、そこまで浅い傷でもない。ニックレベルの冒険者にこれだけやれる魔物となると……グリズリーでもいたのかな?


「元気出しなって。包帯姿もイケてるって僕は思うよ? アラクネにとらわれた獲物みたい」

「レイ、それ誉めてないからな」


 ニックが顔を顰めながらジト目を向けてくる。ちなみにアラクネっていうのは上半身が女性の人間のなりをしていて、下半身が蜘蛛の魔物だ。レベル的にはかなり高ランクの魔物なんだけど、ニックのお気に召さなかったようだ。

 ジェラールは適当に置いてあった椅子に腰を下ろし、買ってきたリンゴの皮をむき始める。僕も近くの椅子に座った。


「それにしても君ともあろう者が魔物に病院送りにされるなんてね。何ににやられたの? ベヒーモス? ドラゴン?」


 そんな幻獣種の魔物にやられたら、寝るのは病院のベッドじゃなくて土の下だね。もちろん、身体の原形が少しでも残っていたらの話だけど。


「それが……よくわからねぇんだ」

「わからない?」


 僕が眉をひそめて尋ねると、ニックは渋い顔で頷いた。


「遠目で見たときはフォレストウルフだと思ったんだ。でも、近づいてみたら違った。見た目こそフォレストウルフだったが、身体の大きさも凶暴性も遥かに増したまったく別の魔物だった」


 震える自分の腕をニックが無理やり抑えつける。僕とジェラールは視線を交わした。

 フォレストウルフというのは初心者冒険者だと少し苦労するような魔物。当然、Dランク冒険者であるニックが苦戦するような相手ではない。にも拘らず、ここまで彼を痛めつけ、その心に恐怖まで植え付けた。詳しいことは分からないが、ただの魔物ではないことは確かだ。


「ニックはどこへ狩りに行ってたんだい?」


 切り分けたリンゴを渡しながらジェラールが尋ねる。「サンキュ」とそれを受け取るとニックは美味しそうにリンゴを食べ始めた。


「いやーうめぇな! ここの飯は全然味がしないから、久しぶりに美味いもん食ったぜ! ……えーっと、なんだっけ? 狩りの場所だっけか?」

「うん」

「別に変った場所じゃねぇよ。トレフォス大森林のとばっくち辺りだ。そこまで奥には入っちゃいねぇ」


 トレフォス大森林か……あそこはかなり広大だから未知の魔物が出てもおかしくないのかな? でも、入り口付近だよね? 最深部まで入り込めばわからないけど、そんな所にニックを圧倒する魔物が出るなんて考えにくい。


「なんつーか異質な魔物だったなぁ……野生で生きてくうちに力をつけていったっていうより、無理やり強くなったって感じだったな」

「無理やり強く、ねぇ……」


 ジェラールが自分の分のリンゴを頬ばりながら、急に黙りこくった。その目は値打ち物を見定める時のように真剣だ。恐らく僕と同じようなことを考えているんだと思う。


 あの森に魔物の実験を行っている誰かがいる。


 まるで根拠のないただの妄想だ。ニックが見たのは大食らいのフォレストウルフだっだのかもしれないし、本当に新種の魔物だったのかもしれない。だが、ニックは本能のままに生きているだけあって、そういう鼻が結構利く。彼が無理やり強くなったと感じるのであれば、それが正しい可能性が高い。そうなってくると、誰かが魔物でをしているということになる。


「あーぁ、それにしても見舞いに来てくれたのがお前らじゃなぁ……その辛気臭い顔を見てると、傷がぶり返しそうだ」


 拗ねたようなニックの声に、僕の思考は中断する。辛気臭い顔、なるほど。確かに一理あるかもしれない。


「そっか、それは申し訳なかったね。じゃあ、ファラでも連れてくればよかったかな?」

「え?」

「あぁ、それはいい。なら僕はエステル嬢にでも声をかけてみようかな。昼食の時にニックの事を心配していたから、きっと来てくれると思うよ」

「なっ!?」


 僕達の返答に急に慌てだすニック。


「せっかくだから、ファラとエステルさんの二人だけで来てもらってはどうかな?」

「レイ、君は天才だね。あんなに可愛い子達が来てくれたら、ニックも嬉しくてケガなんて治ってしまうに違いないよ」

「いや、ちょ、まっ……!!」


 すでに呂律が回っていない。これはあの二人が来た時が見物だね。


「じゃあ、そういう事で」

「この辺で失礼させていただくよ」

「待ってくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 俺が悪かったぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 病院内に響き渡るニックの叫び。だが、僕もジェラールも一切耳には入れないまま病院を後にしたのであった。

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