第30話 双子の学園生活
病院から出た僕はジェラールに別れを告げ、周囲に気を配りながら城もとい第零騎士団の詰所に戻ってきた。少し迷ったけど、とりあえず帰ることにしたんだ。情報収集をしようにもあてが全然ないからね。
家に入るといつものようにノーチェが玄関に立っており、穏やかな笑みを浮かべながら頭を下げた。
「おかえりなさい、レイ様」
「ただいま戻りました」
僕は帰りの挨拶もそこそこに、家の様子を伺う。どうやら双子は帰ってきていないらしい。ニックのお見舞いに行っていたから僕より早く帰ってきていると思ったんだけど、どこかに寄っているのかな?
「ファル様とファラ様はエステル様と流行りのパンケーキのお店に行っておりますよ」
僕の考えを読み取ったのか、ノーチェがニコニコと笑いながら教えてくれた。いつも思うけど、この詰所にずっといるはずの彼がどうして双子や姫様の動向を知ることができるのだろうか。多分だけど、そのパンケーキの店に行くことが決まったのは帰り道での会話の流れだと思う。それなのにちゃんとそれを把握しているのはどう考えても普通じゃない。……まぁ、ノーチェだからと言われたらそれまでなんだけどね。
「ヴォルフもまだ帰ってきてないみたいですね」
「はい。ですが、そろそろお戻りになるんじゃないでしょうか」
ヴォルフがここを出てから一ヶ月。彼にしてはかなり手こずっているみたいだ。だが、待つしかない。今のところヴォルフが何かを掴んで帰ってくることにしか希望はないんだよね。
「これから情報を街へ集めに行くのですか?」
「うーん……いや、今日は久しぶりに身体を鍛えようと思ってます」
「そうですか。ならば、お手伝いいたしましょうか?」
「お願いできますか?」
「喜んで」
ノーチェが朗らかに微笑む。彼が相手なら相手に不足はない……というより十分過ぎるくらいだ。明日は筋肉痛で動けなくなることを覚悟しないといけないね。
「たっだいま~!」
「帰りました」
しばらく中庭でノーチェと汗を流していたら玄関の方から賑やかな声が聞こえてきた。そのまま彼と打ち合いを続けていると、二つの茶髪が視界の端に入ってくる。
「うへぇ……ボスはまだ強くなる気?」
「流石としか言えませんね」
呆れたような声が耳に届いた。なんだかよくわからないけど、僕はヴォルフを含む三人から鍛錬マニアと呼ばれている。別にそんなつもりはないんだけどね。ただ、鍛錬自体は好きだし、身体が鈍るのは嫌だし、汗を流すのは気持ちいいからやっているだけで。
「……ここまでにしましょうか」
「そうですね」
ノーチェに言われ、僕は両手に持っている木剣を下ろした。
「日々のトレーニングを欠かしていないことがよくわかります。素晴らしいことですね」
「ありがとうございます」
一息つきながら額の汗をぬぐう。対するノーチェは涼しい顔で双子に笑いかけた。
「どうですか? お二人もやりますか?」
その言葉に、ビクッと身体を震わせるファルとファラ。
「あ、あたし達はいいかなー!」
「そ、そうですね! 今日の所は遠慮しておきます!」
早口でそう言うと、二人仲良く自分の部屋へと走っていく。その姿をノーチェが楽し気に見つめていた。
「さて、私はそろそろ
「あっ、いつもノーチェさんばかりにまかせっきりなので、僕も手伝いますよ」
彼は家事も完璧にこなす超人なので、どうしてもそれに甘え切ってしまう。僕もいい歳だから、頼りっきりはいけないな。そんなことを考えながら言ったのだが、ノーチェは笑いながら首を左右に振る。
「日夜街で情報収集に勤しんでいるレイ様には休息が必要です。それも立派な鍛錬の一環ですよ?」
鍛錬の一環……そう言われたら何も言えなくなってしまう。
「なら、お言葉に甘えてシャワーを浴びたらリビングで寛がせていただきますね」
「そうしてください」
「何かあれば遠慮なく言ってください」
「はい」
まぁ、ノーチェが僕に何かを頼むことなんてこれまで一度もないんだけどね。でも、一言添えておきたいのが人情。
僕は風呂場へと向かい、鍛錬でかいた汗を洗い流す。身体を動かして汗を流すのも気持ちいいけど、その後のシャワーもまた格別だ。なんだか、生まれ変わった気さえするよ。
バスタオルで髪を拭きつつ、すっきりした身体でリビングに戻ると、双子がダラダラしていた。いや、この言い方では語弊がある。ダラダラとソファに寝転がっているのはファルで、ファラはその対面にあるもう一つのソファにお行儀よく座りながら本を読んでいる。僕は大きなソファを一人で占領しているファルを見てため息をつきながらファラの隣に腰を下ろした。
「学校は慣れた?」
「んー? まぁそこそこー」
僕が尋ねると、足をパタパタと動かしながらファルが答える。ファラは読んでいた本をパタンと閉じ、机の上に置くと、眼鏡をくいっと上げた。
「やはり貴族ではない、というだけで蔑みの目で見られていました」
「いました? 過去形?」
「そんな目で見てきた連中にはしっかりと教育を施しましたから、今は怯えた目で見られることが殆どです」
ファラがにっこりと笑う。その顔はとても可愛らしいのに、寒気がするのはなぜだろう?
「……お願いだから貴族と揉め事なんて勘弁してね」
「大丈夫だよ~! その辺うまくやってるから~!」
「ファルが?」
「ファラが!」
自信満々に言ってのけるファルを見て、僕は頭を痛めた。多分、彼女はファラの指示を受けて暴れているだけなんだろう。そして、大事にならないようファラが裏工作をする。……まぁ、それで問題になっていないなら別にいいか。
「もぉ~ボスは心配性だな~。ちゃんと普通の友達もいるよ~」
「友達がいるいないの心配をしているわけじゃないんだけど。……でも、友達出来たんだ。よかったね」
「はい。特にファルには毎日のように決闘を申し込んでくる友達がいます」
ファラが楽しそうに笑いながら言うと、ファルの表情が渋いものへと変わる。
「ファラ……それってソフィアのこと?」
「他に誰かいましたっけ?」
ファラがとぼけた感じで答えた。しかめっ面を浮かべているファルを無視して、僕はファラに視線を向ける。
「それは穏やかじゃないね。そのソフィアっていうのはどんな子なの?」
「それはもう才気あふれる女の子ですよ。御三家として名高いビスマルク家の名に恥じないくらいに」
それを聞いた僕の頭が一瞬真っ白になった。ビスマルク家の令嬢と決闘だって?
「……ファル、それは本当に止めた方がいい。御三家を敵に回したらやばいってことくらい君にもわかるだろ?」
僕はまじなトーンでファルに話しかける。ファルもファラも僕がこんなに真剣な顔をするとは思っていなかったので、若干面食らっているようだ。でも、そんなことは関係ない。
「わ、わかってるよー! あたしだってバカじゃないんだから! 適当にあしらってるって!」
「そ、そうですね。他の貴族の喧嘩は嬉々として買っていますが、ソフィアさんからの喧嘩はちゃんと断っていますね」
二人が少し怯えた目で僕を見てくる。……思わず感情的になってしまった。よくない傾向だ。僕は一つ咳ばらいを挟むと、極力優しい口調で話しかけた。
「他にはどんな友達がいるんだい?」
僕が纏う雰囲気がいつもの感じに戻ったのを察した二人が安心したようにホッと息を吐く。
「私達みたいに貴族ではない人たちも極僅かにいますからね。同じクラスにいる農家の一人娘の子と仲良くさせてもらってます」
「名前はフランっていうんだー! 可愛いんだよぉー?」
農家の娘か。普通だったらあの学院には絶対に入れないね。
「高レベルの魔法師なのかな、その子」
僕が目を向けると、ファラが何とも言えない表情を浮かべる。
「……一応レベルⅢではありますが、魔法の構築が恐ろしく下手です」
「でも、すっごくいい子なんだー!!」
なるほどね。レベルⅢなんていう希少価値の高い才能で有れば、特に試験もせずに通ったんだろう。でも、蓋を開けてみればって感じか。いくら魔力の保有量が多くても、充填、構築、放出の三つがスムーズにできなければ宝の持ち腐れと言うほかない。
「だから、明日の社会科見学もフランっちと一緒に回るんだー! 楽しみ!」
「社会科見学?」
僕が初耳とばかりに聞き返すと、ファラがこれ見よがしにため息を吐いた。
「ボスがいかに昼食時の私達の会話に参加していないかが分かります。せっかく一緒に食べているというのに」
「最近は露骨に上の空だもんねー」
「……ごめんなさい」
ファルにまでジト目を向けられ、謝ることしかできない。ここのところ任務に進展が全くないから、そのことばっかり考えていたせいだね。
「ボスも行ったんじゃないの? 一年生はどこかしら見に行くって聞いたよ?」
「あー……そういえば……」
「どこに行ったんですか?」
「…………アルトロワ王国騎士団詰所」
ファラに聞かれ、思い出したくないことを思い出した僕は全くの無表情で答えた。
「そ、それは……」
「な、何とも言えないねぇー」
双子が微妙な笑みを浮かべる。確かあの時は王国が誇る第一騎士団の訓練風景を見学したんだ。そんな
「二人はどこを見学しに行くの?」
「んー……よくわからない」
「どこかの研究所とは聞きましたけど、詳しい話は特に」
「なんか生物の観察ができるとかなんとか……動物園みたいなもんかなー?」
研究所ねぇ……これはまた社会科見学の王道がきたね。研究者っていうのは自分の研究に誇りを持っていて凄い熱弁してくれるけど、全然内容が理解できないんだよね。ファルとか絶対途中で寝るでしょ。
「あーあ……どうせなら歓楽街とか見学に行きたかったな」
「歓楽街?」
「そう! よくヴォル
ファルがキラキラした瞳をこちらに向けてきた。はっきり言ってあそこはそんな純真な目をしている子が行く場所ではない。
「そういえば、最近あの人見ませんね」
「そうだよー! ヴォル
ゴロン、と身体を起こしながらファルは唇を尖らせる。少し迷ったけど、別に隠すことでもないし、僕は本当のことを言うことにした。
「ヴォルフは任務で情報収集に出てるんだよ」
「「え?」」
二人が声をそろえて目を丸くしてこっちを見てくる。僕は二人を交互に見ながらゆっくりと頷いた。その瞬間、二人の表情が第零騎士団のものに変わっていく。
「へー……あのヴォル
「かなり手ごわい相手のようですね」
そうなんだよね。人を誑し込む天才(女性限定)がここまで苦戦するとは思わなかったよ。二、三日でふらっと帰ってくるかなって思っていたのに、とんだ計算違いだ。……それはそうと二人に言っておかなきゃいけない事がある。
なにやら期待をしている様子の双子に僕は晴れやかな笑みを向けた。
「二人がこの任務に参加する事は絶対に許さないから」
僕の言葉を聞いた二人の顔が一瞬にして絶望に染まる。仕方ないよね、これは罰なんだから。……それに奴隷商なんて人種にこの二人を関わらせたくはないんだよ。はぁ……まったくもって気が重い。こんな任務、早く終わらせたいんだよね。さっさと帰ってきて欲しいよ、ヴォルフ。
あからさまに落ち込む二人を見ながら、僕はそんな事を考えていた。
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